◆第三話『青の塔46階』
青の塔、5等級階層の舞台は巨大な洞窟だった。囲む壁は荒い岩肌。地面のあちこちには大小様々な湖が見られる。湖底から光が発せられているのか、洞窟内は青く照らされ、幻想的な空間となっていた。
「くそっ、まだ来るのかっ!」
46階の中間を越えたところで、アッシュは魔物の大群を前に足止めを喰らっていた。道を塞いでいるのは馬の耳と下半身を持つ人型の魔物――シレノスだ。
5等級階層に共通で出現する魔物で右手に斧を、左手には飴色の瓶を持っている。変わったいでたちだが、その強さは低層の魔物とは比べ物にならなかった。
前衛2体のシレノスが飛びかかってきた。アッシュは横へ身を投げる。シレノスの斧が力任せに振り落とされ、地面を豪快に砕いた。岩の破片があちこちに飛んでいく。
岩に斧を突きたてたままのシレノス1体にアッシュはすぐさま肉迫。背後から首にスティレットを刺し込み、抉るようにしてちぎった。
直後、残りの1体が体勢を立て直し、薙ぐように斧を払ってくる。アッシュはその上を飛び越えると、着地と同時に転がるようにして敵の股を潜り抜けた。飛び上がり、また敵の首を飛ばす。
執拗に首を狙う理由はただひとつ。等級も上がって敵の耐久力が格段に上がったこともあり、ほかの箇所では一撃で倒しきれないからだ。
こちらが前衛を相手にしている間にも、ルナとクララが後方のシレノスに攻撃を繰り出していた。その数は3。2体は沈んでいたが――。
「ごめん、1体飲ました!」
ルナがそう声をあげたとき、ちょうど残り1体が瓶に口をつけていた。酒が入っていたのだろう。「ぷはぁっ」と呼気を漏らすと、上気したように顔を赤く染めた。かと思うや、みるみるうちにその体は青くなった。
シレノスが瓶を放り投げるなり斧を縦に振るう。その軌跡をなぞるように生まれた斬撃が、青い光となってこちらに向かってくる。まさに属性攻撃そのものだ。
アッシュは迎撃せんとスティレットを振って、白の属性攻撃を放った。敵の斬撃を呑み込み、さらに奥へと突き進んでいく。ついには奥の壁に激突するが、そこに青いシレノスの姿はなかった。
先ほどとは比較にならないほど機敏な動きで斬撃を避け、シレノスはこちらに向かって走ってきた。雄叫びをあげながら、乱雑に斧を振って追加の斬撃を飛ばしてくる。それらを避けながら、アッシュは舌打ちする。
「こっちは酔ったら弱くなるってのにっ。羨ましい限りだ……ッ!」
変貌したシレノスを相手にするのはこれが初めてではない。機敏になっただけで動き自体は先ほどと同じ。すでに攻撃は見切っている。
アッシュは敵が斧を振り落としてくる直前、前に飛び込んだ。敵の横腹にソードブレイカーを引っ掛けるように刺し、それを支えに体を振った。敵の背中に巻きつく格好でしがみつき、スティレットを首裏に刺し込む。呻き声を漏らした敵がぐったりと前のめりに倒れていった。
「アッシュ、追加! ピグミーつきだ!」
奥の通路から3体のシレノスが出てくる。それらの肩には人間の頭大ほどの小人が乗っていた。あれはピグミー。稀にシレノスとともに現れる魔物だ。
ピグミーたちは楽しそうに足をぶらぶらさせている。ルナが即座に射抜こうとするが、行く手を阻むように巨大な氷の壁が地面からせり上がってきた。ピグミーが使う5等級の魔法、《アイスウォール》だ。
「クララッ!」
呼びかけるよりも早く、クララは《ウインドアロー》を放っていた。3つの属性石で強化されたうえに属性相性もあってか、風の刃は氷壁に突き刺さると、一瞬にして全体に亀裂を走らせた。重い音を鳴らして氷壁は崩れていく。
「えぇ、せっかくすぐ壊したのに! もう飲んでる!」
すでにシレノス3体が瓶に口をつけていた。青く変化した3体が、またも暴走したように激しい動きで迫りくる。
後衛に標的がいかないよう、アッシュは前に出ると、敵の注意を引きつけた。ルナがピグミーを処理する中、アッシュはクララの援護を受けながらなんとか3体を倒しきる。
「これで落ちついたか――って、まだまだ来てるな」
ようやく静かになったかと思いきや、かすかに足音が響いていた。奥のほうからだ。近くの壁に耳を当てて数を予測していると、クララが不安な顔で訊いてくる。
「ど、どのくらい?」
「10……近いかもな」
「そんなにっ?」
倒せないほどではないが、46階に足を踏み入れてからほぼ休みなしの状態だ。次の集団を倒しても休めるとは限らない。ならば少しでも余裕のあるいまのうちに休むのが得策だろう。と言っても身を隠せる場所があればの話だが。
ふと振り返ると、少し高いところに穴を見つけた。3人が余裕を持って入れるほどのものだ。前方ばかりを見ていたこともあってまったく気づかなかった。
「あそこに一旦隠れよう」
少し高いところにあるが、都合よく壁がでこぼこしているおかげで簡単に登れそうだ。ルナを先頭に、クララを挟む格好でアッシュは最後にのぼった。ほぼ同時、シレノスの大軍が先ほどまでいた空洞に乗り込んできた。
身を隠しながら敵の様子を窺う。侵入者――こちらの姿が見えなかったからか、敵は戸惑っていたようだが、またべつの場所へと走っていく。
「行ったみたいだ」
全員がほっと息をついた。
「しかし処理が追いついてないな」
「もう少し火力を上げる必要がありそうだね」
弓を見ながら言ったルナに、クララも腕輪を触りながら追随する。
「あたしも火力上げたいけど……5等級の魔法ってウォール系だから、わざわざ買うのもなぁって」
「使いやすいアローやレイ系を強化するってのもありかもな」
「うん、ちょっと考えてみる」
5等級階層に到達してからというもの、難度がぐんと上がった。おかげで1日で3階進めればいいほうというペースだ。
歯ごたえがあって程よい緊張感だが、もっと上手く攻略していきたいというのが本音だった。それでも周囲から言わせれば充分早いとのことだが。
「ねね、あそこからまだ進めるみたいだけど、もしかして隠し通路だったり?」
ふいにクララが奥のほうを見ながら言った。
暗がりで見えにくいが、たしかに右手側に道が続いている。
「……ほんとだな」
「あの感じはレア種っぽいね」
「ってことは行ってみるしかないな」
アッシュは思わず昂揚感からにっと笑ってしまう。
しまったとばかりにクララが頭を抱える。
「うぅ、余計なことしちゃったかも」
「手柄の間違いだろ」
半ばクララを引きずる形で奥へと突き進んでいく。道は段々と広がっていき、いつの間にか10人が横に並んでも余裕があるほどの幅にまでなった。
やがて、試練の間前のような広間に辿りついた。奥の壁には、なにやら竜の顔と思しきレリーフが施されている。壁の両脇下には人工的な縁に囲まれた小さな湖が1つずつ。ほかの湖同様、光が漏れていて辺りは青く彩られている。
「行き止まりみたいだね」
「思わせぶりな見た目してるのにな。なにか仕掛けがあるかもだが……ちょっとわからないな」
ひとまずレア種との交戦がないとわかってか、クララが安堵していた。
「ま、ちょうどいいし、ここで休憩するか」
言って、アッシュは中央にどかっと座り込んだ。
クララとルナは湖の縁に並んで腰を下ろす。
「それにしても意外だったなぁ。あ、ロウって人のことね」
ルナが思い出したようにそう口にした。
クララとルナには、ロウとの一件をすべて話していた。
「前に見たことあったけど、そんなメンタル弱い人に見えなかったからさ」
「それは俺もだ。意外すぎて別人かと思ったぐらいだしな」
それほどロウにとっては大切なことだったのだろう。だが、それにしてもあの落ち込みようは異常としか言いようがない。
「でも、相変わらず色んなところに首突っ込んでるよね、アッシュ」
呆れたようにそう言ったルナに、「まあ、アッシュくんだし」とクララがしれっと添えた。
「俺もしたくてしたわけじゃない。放っといたら死にそうだったから仕方なくだ」
「でも解決してないんだよね。じゃあ、いまも危ないんじゃ……?」
「どうだろうな」
クララにそう答えてから、アッシュは一気に不安になってきた。
昨夜は、お開き前に目を覚ましてひとりで帰っていったロウだが……あの生気のない姿を思い出すと、本当に自殺をはかっている気がしてならない。
少しでも事情を聴いた身だ。
死なれると寝覚めが悪いどころではない。
「……あとで様子でも見にいってくるか」





