◆第十三話『譲れぬモノ・後編』
ダリオンは腹の底から声を出すやいなや、広間の隅を目指して全速力で走った。
その間に敵は翼をはばたかせると、飛び回りながら奇声をあげた。広間の中央に小さな火球がすっと現れる。それは見る間に膨れ、破裂。凄まじい熱風を周囲へとまき散らした。
ダリオンは背中を蹴飛ばされるような感覚に見舞われ、前方へ転がった。隅っこの壁にぶつかり、ようやく勢いが止まる。そこへ遅れてゴスマン、さらにギィルが転がってきた。ダリオンは2人の緩衝材となり、2度の衝撃を前に思わずむせ返った。
「すまねぇ、ダリオン!」
「す、すんませんッ」
「気にすんじゃねぇ。それよりも――」
前回はここでギィルとゴスマンが負傷してしまったが、今回は全員が無傷だ。ラッドも対角の隅で盾を構えて無事にやり過ごしている。
「休んでる暇はねぇ! ここからが勝負だ!」
「オウッ!」
敵は頭上で旋回しながら、《フレイムピラー》と《ファイアアロー》を放ってきた。
全員が広間を駆け回りながら敵の魔法を回避していく。だが、攻撃パターンが変更する前よりも放たれる数は圧倒的に多く、すべてを綺麗に躱すことはできなかった。ラッドの回復でなんとかもっている感じだ。
ダリオンはギィルとともに虚空を斬っては上空へと属性攻撃を放ち続ける。敵の旋回の速さになかなか捉えられなかったが、ギィルの一撃が翼に命中した。
「よくやった! ギィル!」
敵が大きな音をたてて墜落する。起き上がろうとしたところをゴスマンが思い切りたたきつけ、床に再び貼りつけた。その間にダリオンはギィルと猛追をかける。
血だらけになった敵が苦痛の叫びをあげた。直後、身を守るように幾本もの《フレイムピラー》が円状に迸り、全員があえなく後退する。
その間に敵は飛び立ってしまったが、先ほどよりも翼の動きがゆったりとしている。
「敵は弱ってる! いける、いけるぞ!」
「次で仕留めてやりましょうっ!」
「しゃああ、やってやんぞおらぁああ!」
飛び回る敵を見上げながら、前衛3人で騒がしく声をあげる。と、敵がぐるぐると旋回をはじめた。おそらくまた大火球を放ってくるつもりだ。ほかのメンバーも同じ予想に至ったか、隅のほうへと駆け出していた。
「急げ!」
これを避ければ勝てる。
ついに、5等級へといける。
そんな確信を抱いたとき――。
ぼぅと目の前に火球が出現した。
それは段々と大きくなっていく。
ダリオンは血の気が引いた。
慌てて視線を巡らせると、ほかの四隅にも巨大化する火球が出現していた。
「戻れぇええええッ!」
ダリオンは気づけば叫び、中央へと駆け出していた。
斧を持ったままではとうてい間に合わない。中央へ放り投げ、両腕を力一杯振りながら走った。ほぼ間もなく、轟音とともに大火球が破裂。ダリオンは背中をぶたれたような衝撃に見舞われた。床の上を跳ね転がるようにして中央へと吹き飛ばされる。
いったいどうなったのか。
頭が混乱している。
きぃんと耳鳴りもひどい。
ただ、辛うじて手足の感覚はあった。
ダリオンはゆっくりと身を起こすが、目に入ってきた惨状に思わず目を見開いてしまう。
ギィルとゴスマンがそばに転がっていた。どちらも顔をあげることすら厳しいようだが、かすかに体が震えている。どうやらまだ生きてはいるようだ。
安堵したのも束の間、視界の端で赤い閃光が煌いた。
見れば、敵がこちらに向けて《フレイムレイ》を放とうとしていた。
「くそ……ッ!」
自分の馬鹿のせいで失くしてしまった、大切な存在。
弟のティダースの顔が脳裏にちらついた。
兄とは違って読書が大好きだった。
海を見るのが大好きだった。
そして、いつも喧嘩をして帰ってくる馬鹿な兄のことを叱りつつも大好きだと言ってくれた。
――あいつのためにも、俺はこんなところで死ぬわけにはいかねぇんだよ……!
だが、現実は非情だ。
想いとは裏腹に手足が思ったように動いてくれなかった。
敵の指先がきらりと煌く。
放たれた《フレイムレイ》を目にし、諦めの感情が胸中を支配する。だが、視界にちらついた柔らかな白い光が正気を取り戻させてくれた。
ダリオンは転がるようにして横に身を投げた。《フレイムレイ》が先ほどまでいた空間を貫いていく。
気合で体が動いたわけではない。
これは――間違いなくヒールの力だ。
「は、はは……やっぱりヒーラーこそ重装備だよね……!」
「……ラッド!」
ギィルたち同様に寝そべっていたラッドだが、その重装備と盾のおかげか。先の爆風を凌ぎきったようだ。
彼は苦痛に顔を歪めながら、短めの杖をかざしてさらにヒールをかけてくれる。完全とはいかないが、充分に体を動かせるほどまで回復した。
「今日ほどお前の格好が最高だと思ったことはないぜ、ラッド!」
ダリオンは落ちていた斧を拾い、敵へと向かう。襲いくる《フレイムピラ-》の回避には成功したが、《ファイアアロー》を肩に喰らってしまった。さらに右膝にも受けてしまう。凄まじい痛みだが、興奮状態にあるからか。すべてを意識から飛ばすことができた。
「こんなんで止まってやるかよぉおおおおッ!」
ダリオンはついに敵へと肉迫。
大上段に構えた斧を勢いよく振り下ろした。
刃が女体の肩に深くめり込む。敵が慟哭をあげる中、ダリオンは引いた斧をさらに払い、女体の腹をかっさばいた。たまらず敵が翼をはばたかせる。
また飛び上がられると厄介だ。
なんとか防ぎたいが、次の一撃が間に合わない。
「逃がすかよ!」
ふいに左脇から飛び出してきた影が敵の横っ腹へととてつもない衝撃を与えた。影の正体は――。
「ゴスマン!」
「俺もいますよ、ダリオンさん!」
今度はギィルだ。
彼は反対側から敵の左翼を斬りつけ、わずかにだが損傷させた。
これ以上ないぐらい最高のタイミングでの援護だ。
ただ、二人ともボロボロだった。辛うじて動ける程度のヒールを受けたのか、一撃を見舞っただけで膝をついてしまう。
だが、充分だった。
敵はよろめいている。
仕留めるならいましかない。
「ダリオンさんっ!」
「決めろ、ダリオン!」
「行けぇえええッ!」
仲間の声を受けて、ダリオンは走り出した。
敵が放ってきた《ファイアアロー》が頬をかすめたが、構わずに敵の懐に潜り込んだ。急停止したのち、腰のひねりを最大限に利用して斧を振るう。
「オォオオオオオオオオオオ――ッ!」
鈍い音とともに敵の胴体へと深く刺さり、半分以上を裂いた。さらに振り切ると敵が弾き飛び、鈍い音をたてて床上を転がる。まだ起き上がろうとしていた姿に戦慄したが、それを最後にばたりと倒れた。
女体ともども獅子の魔物は無数の燐光となって四散すると、ついには宝石を残して完全に消え去った。
辺りに満ちた静寂の中、ダリオンはぼそりと呟く。
「た、倒した……のか……?」
あまりに辛い勝利だったからか。
まったく現実感がなかった。
ただ、ゆっくりと振り返ったとき。
視界に飛び込んできた仲間たちの笑顔が勝利を実感させてくれた。
そして――。
気づけば雄叫びをあげていた。
◆◆◆◆◆
遅い時間から塔に向かったこともあり、中央広場に戻った頃には夕刻を迎えていた。塔から帰還する挑戦者が多い時間帯とあって辺りは賑わいはじめている。
「これで俺たちもようやく5等級か……!」
ダリオンは晴れやかな気分でそうこぼした。
そばではチームメンバーが弾んだ声で会話をしている。
「ジュリーはある。5等級の装備を揃えれば10日以内には青と緑も突破できるはずだ」
「いくらレリック持ちって言っても、さっきの奴には手こずるだろうしね」
「ああ、これなら絶対に俺たちの勝ちだぜ」
ダリオンも彼らと気持ちは同じだった。
自信がないわけではなかったが、これほど早く40階を突破できたのは予想外だった。これならアッシュとの勝負に勝ったも当然だろう。ならば奮戦してくれた仲間のためにも、ここはガマルの腹をプッシュするしかない。
「久しぶりの階級突破ってこともあるしな。今日は俺の奢りだ!」
そう告げると、仲間たちが歓喜の声をあげた。
と、すぐ近くを《レッドファング》のメンバーである男が通りかかった。こちらを見つけるなり、はっとしたように声をかけてくる。
「お、ダリオンじゃねえか。さっきヴァンさんがお前を捜してたぜ」
「ヴァンさんが? ……なんの用かは聞いてないか?」
心当たりがないだけに思わず目を細めてしまう。
「さあな。たぶんまだ本部のほうにいるはずだから直接聞いてみろよ」
そう言い残して、メンバーの男は去ってしまう。
「ちょうどいいじゃないっすか。ヴァンさんに報告したらきっと喜んでくれますよ」
ギィルがにっと笑いながら提案してきた。
たしかにヴァンには色々と世話になっている。
40階を突破した報告はしておいたほうがいいだろう。
「よし、じゃあ飲みに行く前に一旦本部に寄らせてくれ。飲みはそのあとだ」
浮かれた声で応じた仲間とともに、ダリオンは意気揚々と《レッドファング》の本部へと向かった。





