◆第十二話『譲れぬモノ・前編』
ダリオンはチームメンバーとともに赤の塔40階――試練の間を前にしていた。
「これで3度目っすね……」
ギィルが眼前の壁を見上げながら強張った声でそうこぼした。
彼の言うとおり赤の塔40階にはすでに2度挑戦していた。
1度目は敵の攻撃に圧倒され、あえなく撤退。2度目は対策を万全にしたものの、発狂状態まで到達したところで凄まじい攻撃を受け、命からがら逃げ延びた。
「敵の行動パターンは把握した。強化もこれ以上ないってぐらい完璧だ」
ダリオンは自身の得物――戦斧に6つの青の属性石をはめていた。2つのオーバーエンチャントを成功させたのだ。防具に関しては《ブラッディ》シリーズの重鎧を揃え、硬度増加の強化石、青の属性石を2つずつ全部位にはめている。
ほかのメンバーもほぼ同等の強化を装備に施している。
「これなら絶対に勝てるはずだ……!」
「ああ、ダリオンの言うとおりだ。俺たちは絶対に勝てる!」
そう意気盛んに声をあげたのは回復役のラッドだ。
ジュラル島のローブには等級に依存して魔力上昇と魔法の威力上昇の効果がある。それを捨ててまで彼は重鎧を装備し、盾まで手にしていた。耐久力を高めたいという理由かららしいが、実際は違うことをメンバーの誰もが知っている。彼はただ臆病だった。
「今度こそ俺のハンマーでぺしゃんこにしてやるぜ!」
メンバー最後のひとり、ゴスマンが言った。
巨大なヘッドを持つハンマーとは不釣合いに彼の体は細い。ただ、膂力がないわけではなく、むしろ引き締まったその体にはぎっしりと筋肉が詰まっていた。ゴスマンは血気盛んにぶんぶんとハンマーを振り回す。気合充分といった様子だ。
「ダリオンさん……!」
ギィルが決意に満ちた顔でこちらを見つめてくる。
ダリオンは力強く頷いたあと、試練の間のほうへと向いた。
「行くぞ、お前らァッ!」
「「「おうっ!」」」
◆◆◆◆◆
最奥にて灯った炎がそれをあらわにさせる。
床を力強く踏みしめる鋭い鉤爪を生やした足。支える4本の脚はいずれも雄雄しく、隆々とした筋肉を蓄えている。
そんな獅子を思わせる巨大な体躯には歪なものが2つ合成されていた。ひとつはその体を簡単に包み込むほどの雄大な翼。そしてもうひとつは人間の上半身だ。
それは美しい女性のものだった。
黒く長い髪が特徴的で、さらされた病的なまでに白い肌を彩るように流れている。
この歪な魔物こそが赤の塔40階の主だった。
敵が一歩踏み出すと、女の乳房がたゆんと揺れた。
それを見たギィルが「うはっ」と興奮した声をあげる。
「何度見ても良い体っすよねぇ……!」
「ギィル、お前の趣味マジで危ねえって。あんな化け物のどこがいいんだよっ」
ドン引きするゴスマンにギィルが反論する。
「化け物だからいいんだろ! 神聖なもんに欲情すんのと似てて、手を出せないからこそ、なんかこう……そそるっていうか――」
「てめぇら、馬鹿やってねーでさっさと構えろ! 来るぞ!」
ダリオンは大声で味方を叱責した。
ほぼ同時、敵が翼をはためかせて飛び上がった。
敵は弱るまでは長時間の滞空をしない。
これまでの戦闘で得た情報だ。
予想通り敵は中央に下り立った。女が奇声をあげると、両手を天井に向けた。その掌の上で赤い炎が揺らめきはじめる。
「来るぞ! 8発だ! 数えとけよ!」
全員が散開し、全力で走り出す。
すぐ背後で轟音が鳴り出した。
何度も体験してきた攻撃だ。
見ずともわかる。《フレイムピラー》だ。
5、6、7――8。
「いまだ、詰めろッ! ラッドは魔力温存だ!」
「わかってる!」
ダリオンはギィル、ゴスマンとともに敵との距離を一気に詰めた。ここで属性攻撃を放っておきたいところだが、初撃を受けてから敵はすぐに後退してしまう。そのため、もっとも火力の出る近接攻撃を当てる必要があった。
ダリオンは跳躍して正面から斧を振り落とした。女の顔面目掛けて放ったそれは、赤色の薄い透明の障壁によって阻まれる。だが、氷片を散らした刃は障壁を辛うじて破り、その綺麗な顔面にめりこんだ。
ただ、見た目こそ美しい女の顔だが、やはり魔物。硬度は相当で、かすり傷をつける程度に終わった。
その間、ギィルが右方から仕掛けていた。剣身が軽く曲がった武器――半月刀で斬りかかり、敵の左前脚から血を噴出させる。左方からはゴスマンのハンマーが敵の横っ腹へと激突。その体を大きく歪ませていた。
痛みで怒り狂ったか、女が尖った爪を振るってきた。ダリオンは斧を盾代わりにして慌てて受け止める。ギィル、ゴスマンのほうには獅子の爪が襲いかかっていた。彼らは間一髪のところで身を投げて回避する。
と、敵は広間の最奥まで飛び退いた。
女の指先すべてに赤い光点がふっと現れる。
「俺の後ろに回れ! 連撃くるぞ!」
ダリオンは斧を床に突きたてると、その後ろに隠れるよう身を屈めた。同様にゴスマン、ギィルと背後に続く。敵に対して1列に並んだ状態だ。なんとも不恰好だが、こうするのが最善だった。
女が突き出した指先から極細の《フレイムレイ》を放ってきた。多くが無人の空間を貫くが、一本が目の前で構えた斧に衝突した。ジーと振動音が響く中、熱が伝わってくる。斧を持った手が火傷しそうになるが、その前に《フレイムレイ》は止んだ。
しかし、そこで敵の攻撃は終わらない。
今度は数えきれないほどの《ファイアアロー》を放ってくる。突風であおられた雨のように隙間がない。斧で防ぎきれなかった何本もの《ファイアアロー》が肩や太腿をかすめていく。
「ダリオンっ!」
「大丈夫だ……ッ! 大したことはねぇ!」
疼痛がないといえば嘘になる。
だが、すぐにそれらの傷は収まった。
ラッドがヒールで回復してくれたのだ。
「助かる、ラッド!」
「これが仕事だからね……!」
構えた盾から顔を出して、ラッドが笑顔を見せてくる。
無駄にヒールを使わせなければ彼の魔力を攻撃に回せるのだが……敵の魔法を完全に防ぐことも躱すこともできない現状では難しい話だった。
魔法の嵐が止んだ。
ダリオンはギィル、ゴスマンとともに立ち上がり、弾かれたように駆け出した。属性攻撃――斬撃を放ちながら敵との距離を詰める。
「ここで一気に削るぞ!」
敵が指先を向けてくれば《フレイムレイ》。掌を天井に向けて持ち上げれば《フレイムピラー》。何度も戦った相手だ。攻撃パターンは頭に入っている。
襲いくる魔法を紙一重のところで躱しながら近接による猛攻撃を続ける。それほど長い時間ではなかった。ただ、武器を強化したこともあって充分な損傷を与えられたようだ。
女が血の涙を流した。
敵の攻撃パターンが変化した証だ。
「来るぞ! 隅まで走れぇえええ――ッ!」





