◆第十話『怒涛の攻略①』
翌日。
中央広場の店が開いて間もない頃。
アッシュは仲間とともに用事の済んだ鍛冶屋から出てきた。
「さすがに驚いてたね……」
「無理もないよ。あたしが鍛冶屋の人だったら、『この人頭おかしい!』って思うもん」
「……頭おかしいはさすがにひどくないか」
「いや、アッシュ。3本はないよ3本は……」
ルナが心底呆れたような顔をする。
アッシュは3本の大剣を肩に担いでいた。どれも4等級の武器で、いましがた鍛冶屋ですべてに赤、青、緑の属性石を4つずつはめてきたところだ。
余っていた武器交換石を使ったので大きな出費は属性石3種2個ずつ。装着、解除費用をあわせれば合計で約4万ジュリーもかかった。
ちなみにリッチキング戦の収入13万ジュリーにはいっさい手をつけていない。胸中で消化できない部分があって使う気にならなかったからだ。おかげで使えるジュリーはほとんど残っていない。
「どうせだし、いっぺんにやろうと思ってさ」
「それにしても限度ってものがあると思うよ……でもアッシュ、長剣を持てないって聞いてたけど、大剣はいいの? 似てるような気がするけど」
「無理なのは正統的な長剣だ。そこから大幅に形状が外れてたら問題ない」
「アッシュの認識次第ってことかな?」
そういうことだ、とアッシュは答える。
大剣で《ラストブレイブ》が発動しないことは過去に検証済みなので危険はない。
ハルバードとどちらにするか迷ったが、後衛2人の補助もあるので汎用性を高めるよりも威力をとって大剣にした。ちなみにヴァネッサの大剣さばきを見て、久しぶりに使いたいと思ったのも理由のひとつだったりする。
と、視界の端でかすかに俯いたクララが目に入った。
なにか悩み事でもあるような感じだ。
「どうしたんだ、クララ?」
「……昨日は賛成したけど、これでいいのかなって思っちゃって」
クララが言っているのは、昨日相談した〝これからしようと思っていること〟についてだろう。
――ダリオンに勝たせてやってくれないか。
そうヴァンから頼まれた。
ダリオンが今後も塔を昇るにあたって希望や自信を持てるように、とのことかららしいが……。
アッシュはそのやり方は違うと思った。
仮にそれで希望や自信を持てたとしても、やはり一時のものであるうえに偽りのもの。ヴァンが望む、ダリオンのためにはならないと思った。
だから、クララとルナにはこう話したのだ。
本気で勝ちにいく、と。
「相手はクララにひどいこと言ってきた奴だぜ。忘れたのか?」
「……忘れてないよ。でも、あんなこと聞いちゃったあとだし」
よほどダリオンの過去話に心打たれたらしい。
本当に純粋で優しい子だ。
「クララの気持ちもわかる。けど、俺はあの話を聞いたからこそ徹底的にやるべきだと思った。たぶん……いや、間違いなくそれがあいつのためになるはずだ」
レリックを預けたのもそのためだ。この勝負において、レリックの逸脱した力はあまりにも有利。これでは勝ったところで文句をつけられても無理はない。
もちろんレリックを預ければ装備面でこちらが圧倒的に不利になるのはわかっている。ただ、今回はその状況が大きな意味を持つのだ。
クララが静かに深呼吸をすると、こくりと頷いた。
「……うん、わかった。ごめんね、もう決めたことだったのに」
「気にするな、もとはといえば俺の我侭だ」
そう、クララはなにも悪くない。アッシュはにっと笑ってみせると、彼女は安心したように顔の緊張を解いてくれた。
「それでアッシュ、今日はどこの塔に?」
場の空気が入れ替わったところで、ちょうどよくルナが疑問を投げかけてきた。
「赤が38で青が37、緑が39だったよな」
1、2等級階層より敵が手強いこともあり昇る速度は明らかに落ちている。だが、それでもほかの挑戦者の進行に鑑みれば順調といっていいだろう。
「ユインさんから聞いた話だけど、多くの人が4等級階層に到達してから40階を突破するまで半年ぐらいかかってるんだって」
そう言ったのはルナだ。
昨日、ブランの止まり木でユインとよく喋っているなと思っていたが、塔の攻略について話していたようだ。それにしても――。
「半年って随分とかかってるな」
「36から39階で狩りをして装備を整えてようやくって感じみたい。中にはそれでも突破できない人たちはいるみたいだけど」
ダリオンのところも、そのうちのひとつというわけか。
予想以上に多くの挑戦者が40階で詰まっているようだが……。
「じゃ、じゃあやっぱりあたしたちも当分は雑魚狩り?」
「そのつもりだったけど……どうみてもボクたちのリーダーは違うみたいだよ」
「うぅ、やっぱりルナさんもそう思う?」
「2人ともよくわかってるな」
多くの挑戦者が苦戦しているという試練の主。そんな話を聞いたら、たとえダリオンの問題がなかったとしても同じ行動をとっていただろう。
アッシュは不敵な笑みを浮かべながら告げる。
「赤、青、緑の40階。今日と明日で全部突破するぞ……!」
◆◆◆◆◆
最初に選んだのは一番進んでいた緑の塔だ。リフトゲートを使って40階まで飛んだのち、試練の間に繋がる転移魔法陣の前に立った。
「一応、2人はいつでも逃げられるように入口近くで戦ってくれ」
「って言われても、アッシュくん置いて先に逃げるのは……」
「でも、ボクたちが先に出ないとアッシュは絶対に逃げないからね」
「そういうわけだ」
後衛を置いて前衛が先に逃げてはならない。
多くの場合、前衛のほうが後衛よりも耐久面で勝るという理由からできたチームを組む上での暗黙の掟だ。
ただ、そういった掟を抜きにして、アッシュは自分が先に逃げるのが性に合わなかった。つまりは完全に自己満足だ。きっとルナの発言もそれをわかったうえだろう。
「もし俺を死なせたくないって思ってくれてるなら、やばいときはさっさと逃げてくれよ」
「……うん、わかった」
「あ、でもびびってすぐに逃げ帰るのだけはなしだぜ」
「そんなことしないよっ! ……たぶん」
いま彼女が目をそらしたところをばっちり見たが、クララのことだ。なんだかんだと言いながら最後まできっちり戦うだろう。……たぶん。
「そんじゃ、行くか」
3人揃って転移魔法陣を踏み、試練の間へと移動した。
入った直後の暗さには慣れたものだが、緊張はほどよく残っている。待ち受けているのは得体の知れない魔物だ。安心することは絶対にない。
アッシュは手に持った大剣を構える。
剣身の長さは自身の背と同程度。
幅は肩幅と同じぐらいにしてある。
重さは威力を高めるために増し気味だ。もちろん力を入れれば振られることはないが、脱力すれば体ごと持っていかれる程度には重い。
4つの穴にはまっているのはすべて赤の属性石。斬撃を放つことはできないが、充分な属性攻撃は有している。これなら大抵の魔物にも攻撃は徹るはずだ。
最奥のゴブレットに炎が灯り、試練の間がほのかに照らされる。
瞬間、クララとルナが揃って息を呑んでいた。
「えぇ……うそでしょ」
「間違いなく、いままでで一番だね……」
現れたのは樹の魔物。
四肢を持ち、二足で立っている。
ただ穴が空いているだけの目が2つ。
その下には大きな口がある。
手もあり、指は5本。
本当に人と変わらない形状だ。
試練の塔にも樹をもとにした人型の魔物はいた。
だが、それとは違う点がひとつだけある。
その大きさだ。
眼前の魔物は、とてつもなく大きかった。
広々とした試練の間が狭いと感じるほどだ。
これまでの主も決して小さくはなかったが、眼前の樹の巨人を前にしては小物としか言いようがない。
アッシュは敵を見上げながら思わず笑みをこぼす。
「……これは大剣を選んで正解だったな」





