◆第六話『バーゲスト戦と戦士の覚悟』
一気に仕留める。
そんな気持ちで距離を詰めるが、予想を遥かに上回る速度で敵が前へと出てきた。
「うぉっ」
アッシュはとっさに急停止し、後退する。と、敵は歯をガチガチとかみ合わせながら涎を飛ばしはじめた。まるで近くに来た餌を食わんとする飢えた獣だ。
気を取り直して側面に回り込もうとするが、またも万全の態勢で迎えられる。どうやら鎖で動ける範囲は限られているものの、その中であればかなりの速さで移動できるようだ。これではまともに接近戦を挑めない。
「だめ! ゴーストハンドも効かないよ!」
クララが敵の移動速度低下を狙って《ゴーストハンド》を使っていたが、属性石が少ないせいか、まるで効果がなかった。ルナも幾本もの矢を射ていたが、ことごとく口で咥えられては噛み砕かれてしまう。
「これ、当たる気しないね……っ!」
クララ、ルナの声が響く中、敵が遠吠えのポーズをとった。たっぷりと頬を膨らましたあと、口を突き出してくる。そこから飛び出てきたのは一直線に伸びる火炎だ。敵は広間全体に火炎を行き届かせるよう端から端へと首を振りはじめる。
後衛2人は岩陰に隠れられたようだが、こちらには逃げ場がない。光のカーテンで防ぐか。いや、防げるかどうか定かではない。なら――。
アッシュはすぐさま壁に向かって跳躍。高いところにスティレットを突き刺し、ぶら下がった。ほぼ間を置かずに足下まで火炎が到達する。
あまりの熱気に思わず顔を歪めてしまう。もし火炎がこちらに直接向けられたら壁を蹴って回避するつもりだったが、そうはならなかった。
敵が口を閉じ、火炎を止める。と、今度はその場でガチガチと激しく歯をかち合わせ、咆えはじめた。呼応するように拳大の火の粉が幾つも向かってくる。
アッシュは飛び下りて巻こうとするが、執拗に追いかけてくる。とっさに生成した光のカーテンをもすり抜けてきた。
火の粉たちは接近するなり周囲を回りはじめる。
これ自体に攻撃の判定はないようだが、いったいなんなのか。
「きゃっ」
後方からクララの悲鳴が聞こえてきた。
振り返ると、クララとルナの頭上にグリムリーパーとほぼ同形状の魔物が浮かんでいた。鎌を持って、いまにも首を狩ろうとしているさまはまさに死神だ。
「ルナ、クララ伏せろ!」
アッシュはスティレットを素早く振るって属性攻撃を放った。敵の外見からして聖属性の攻撃に弱いと思ったのだ。その予想通り、白の巨大な斬撃は死神たちを衝突と同時にあっさりと葬った。
火の粉たちもあわせて消滅する。
もしかすると先の死神と連動していたのかもしれない。
「当たった奴じゃなくてほかの奴に行くとかタチ悪いなっ」
視線を戻すと、敵は遠吠えのポーズをとっていた。火炎を吐いてくるつもりだろう。このままではまた繰り返しになってしまう。敵に決定打を与えるには――。
足を止めている、いま、仕掛けるしかない。
アッシュは前方へ突っ込んだ。敵が頭を前に倒し、火炎を吐きはじめる。その最中、上から飛びかかって馬乗りになった。敵が身をよじって暴れだし、火炎があちこちに飛びはじめる。
アッシュは敵の後頭部にスティレットを突き刺した。それが効いたのかはわからないが、火炎が止まった。振り落とされる前に自ら敵の背から転がり落ちる。敵の前足を斬って機動力を削いだあと、即座に後退する。
「クララ、ルナ!」
そう叫ぶと、待っていたとばかりにクララがフロストレイを放った。押しつけられる格好で敵が奥の壁に衝突した。ずるずると敵が落ちる中、ルナが1本、続けて3本の矢を放った。すべてが命中し、敵は壁に貼りつけ状態になる。
だが、まだ敵は息をしている。
アッシュは追撃のため、すでに走り出していた。全体重を乗せたスティレットを敵の体へとぶっ刺した。低い呻き声を残し、敵は今度こそ消滅をはじめる。その肉体の色を薄くし、まるで空気に溶け込むように消えていった。
ふぅ、とアッシュは息をついて武器を収めた。
「いつやってもレア種は緊張感があるな」
「楽しそうにしてるのはアッシュだけだけどね」
「ほんとだよー! 付き合わされるこっちの身にもなってほしいよっ」
「とか言いながら一番に戦利品漁ってるよな」
「それとこれとはべつだからねっ。……いいのないかな~っと」
クララは浮かれた様子で戦利品を漁りはじめた。彼女が一番輝くときだ。最近では戦利品漁りの際は保護者のような気分で見守っている。
じゃり、と砂を踏む音が入口のほうから聞こえてきた。
やがて入ってきたのは4人組のチームだ。
先頭を歩くのは大きな斧を持った挑戦者。
ダリオンだ。
「よく遭うな」
「……もしかしてお前ら、バーゲストをやったのか?」
「バーゲスト? ここにいたレア種のことなら、いま倒したところだぜ」
そう返答すると、ダリオンが瞳孔を開いたまま固まった。
後ろでは彼のメンバーたちが驚きの声をあげている。
「初見でかよ。す、すげぇ」
「俺ら3回も挑んでやっと倒したってのに」
「おい、お前ら。余計なこと言うなよっ」
両手に拳を作って身をぷるぷると震わしているダリオンを見てか、メンバーたちは慌てて口をつぐんだ。
「ダ、ダリオンさん……?」
ひとりが恐る恐る声をかけた、瞬間。
ダリオンがぎりっと目を鋭くした。
「絶対に負けねぇ……ッ!」
空洞内に響くほどの大声でそう言ったのち、肩をいからせながら去っていった。あとを追いかけて彼のメンバーたちも空洞内から出て行く。
ダリオンチームがいなくなったのを機に、ルナが苦笑する。
「アッシュ、完全にライバル視されてるね」
「……どうして俺なんだか」
ダリオンよりもあとに島に来て、追いついたのだから意識されるのはわかる。ただ、あそこまで苛立ちや怒りをあらわにされると、置いていかれた感があるというのが本音だった。
「属性石1個だけ? えー、すくなくな~~~い!?」
空洞内に残った剣呑な空気を吹き飛ばすようにクララの声が聞こえてきた。ダリオンの声は相当に大きかったはずだが、まったく気づいていなかったらしい。そのあまりの呑気さに、アッシュはルナと顔を見合わせ、思わず笑ってしまった。
◆◇◆◇◆
ダリオンは赤の塔から帰還後、チームメンバーを置いて中央広場への道を歩き出した。心が落ちつかないこともあり、歩く速度がどんどん増していく。
アッシュ・ブレイブのチームにレア種を先に狩られたからではない。自分のチームが苦労してやっとの思いで倒せるようになったレア種を一度で、しかも大した被害もなく倒していたことに苛立ちと焦りを感じているのだ。
「ダリオンさんっ! ちょっと待ってくださいって!」
中央広場に辿りついたとき、行く手を阻むようにひとりの青年が回り込んできた。彼はチームメンバーのギィル。お調子者だが、憎めない性格をしている。メンバー内ではもっとも親しくしていて、いわば弟分のような存在だ。
「前にも言ったじゃないすか、レリックですよレリック! あいつらはレリックがあったから俺たちに追いつけたんすよ。レリックがなけりゃ、いまもきっと1、2等級でうろちょろする程度の奴らですって」
ギィルは両手を忙しなく動かしながら必死になだめようとしてくる。
レリックとは3等級ながら7等級の質を持ち、白の属性石を3つはめれば9つ分の効果を発揮できるという、ぶっ壊れた性能の武器だ。
たしかにレリックの力は大きいだろう。
自分もレリックさえあれば今頃もっと上にという気持ちはある。だが――。
「そういう問題じゃねえんだよ。ギィル」
ギィルを押しのけて再び歩きだす。
と、ちょうど近場の委託販売所の扉が開いた。
そこから出てきた人物を見て、思わず目を見開く。
ベイマンズとロウ、ヴァンの3人だった。
彼らは所属するギルド《レッドファング》の幹部だ。いまは平常でないこともあって気は乗らないが、挨拶はしておいたほうがいいだろう。そう思って彼らのもとへ向かおうとする。
「最近は新しく6等級に来る奴が少ねぇなあ」
「でも、あいつらも頑張ってますよ。ほら、とくにダリオンとか」
ベイマンズが口にした言葉に、ヴァンがそう応じた。
自分のことが話題に出たからか、ダリオンは反射的に建物の角に隠れてしまう。
「……ヴァンさん」
ギルドに入ってからというもの、ヴァンにはよくしてもらっていた。一緒に酒を飲むことも少なくない。いまでは弱音を吐ける唯一の人物であり、島に来た理由を唯一明かした相手でもあった。
「良かったじゃないすか」
いつの間にか一緒になってギィルも隠れていた。「うるせぇっ」と一蹴して、ダリオンはベイマンズ一行の会話に耳を傾ける。
「ん~~でも、まだ4等級だろ?」
「ま、まあ。それはそうなんすけどね……」
「それより、あの男だあの男」
「あの男……?」
「アッシュだよ。アッシュ・ブレイブ」
ダリオンは感情が一気に沸騰しそうになった。ギィルから顔色を窺われていることも気にせずに思い切り下唇を噛んだ。血が口内に流れていく。
「あいつ、俺を前にしてもまったくびびってなかった。肝が据わってやがる。あれぐらいのがうちにも入ればな」
「ベイマンズ」
そう諌めるように言ったのはロウだ。
「わかってるわかってる。あまり増やすなってんだろ」
「本当にわかっているのかっ」
おざなりに返事をしながら、ベイマンズは手をひらひらと振って歩いていく。ロウはため息をつきつつ、ヴァンは苦笑しつつと二様の反応を見せながら、ベイマンズのあとを追った。
ダリオンは物陰から出ると、去っていく《レッドファング》の幹部3人の背中をじっと見つめた。口内に満ちた大量の血をごくりと呑み込む。
ベイマンズに相手にされていないのも無理はない。なにしろそれだけの結果を残していないからだ。島に来てから約1年。いまだ5等級階層に到達できていない。
きっと覚悟が足りていないからだ。
アッシュ・ブレイブに勝負を挑んだのも、退路を断つことで自分の中にある甘えを完全に消すためだった。
――俺はこんなところで止まってちゃいけねえんだ。あいつのためにも神のもとへと辿りつかねぇといけねえんだよ……!
ダリオンは胸中でそう決意しながら強く拳を握りしめた。





