◆第三話『予想外の切り込み』
レッドファングといえば、ソレイユやアルビオンと同じく三大ギルドのひとつとして数えられるギルドだ。そんなところのマスターがいったいなんの用なのか。
たしかダリオンがレッドファング所属だったはずだが、もしかしてそれ絡みだろうか。昨日、彼の勝負を断った。そのことでマスターが直々に話をつけにきた……なんてことはさすがにないと思うが、ほかに思い当たる節はない。
アッシュはいつでも短剣を抜けるように手を腰に近づける。
「ああ、そう警戒しないでくれ。べつに喧嘩を売りにきたわけじゃねえ」
言って、ベイマンズは近くの椅子を引いて座った。
厳しい顔つきとは裏腹になんとも気さくな感じだ。
荒事を期待していたわけではないが、思わず拍子抜けしてしまう。
「だったらなんの用で来たんだい? いまアッシュくんは僕と飲んでるんだよ」
「お前はレオ・グラント……いたのか」
「さ、最初からいたよ」
さすが古参のレオ。
レッドファングのマスターとも知り合いのようだ。
「まあ、話はすぐに終わる」
ベイマンズはレオにそう答えると、こちらに向きなおった。両膝にパンッと両手を乗せたあと、ぐいっと前のめりになって顔を寄せてくる。
「俺たちのリッチキング討伐を手伝ってくれ」
「断る」
「はぁ? 即答かよっ」
そんな声とともにベイマンズが片側の目と頬だけを吊り上げるというなんとも器用なことをしてみせた。驚いているのか怒っているのかわかりにくい顔だ。
「まだ湧いてないだろ。っていうか大型はいつ湧くかもわからないって聞いてるぜ。中型で10日から20日。それが大型になればどれくらいかかるか」
「湧くまで待つ!」
決意が固いことを証明するように彼は顔を引き締めた。
アッシュは人知れず右手に拳を作りながら答える。
「第一、いまは勝てる気がしない」
「俺たちがソレイユより弱いって言いたいのか?」
「そうじゃない。まあ……色々あって奇跡的に勝てた部分が大きいんだ」
こちらの要領を得ない返答にベイマンズは首を傾げていた。
詳細を話すとなると《ラストブレイブ》のことを明かす必要が出てくる。それだけは避けたい。
「では、せめて情報だけでももらえないだろうか。もちろん礼はさせてもらうつもりだ」
そう言ったのは背後に控えていた2人のうちのひとり。
怜悧な顔立ちの男だ。
白の属性石9ハメの装備は運次第で用意できる可能性がある。それを踏まえての質問だろう。
「死ぬ気で戦って得た情報だ。いくら金を積まれても俺から話すことは絶対にない」
「ソレイユに直接訊けってことか?」
ベイマンズがそう確認してくる。
「ああ」
「無理だ。無理無理! そんなこと俺のプライドが許さねぇ!」
ありえないとばかりに首を振ったあと、彼は続ける。
「戦いは男の領分だ。女に負けてちゃいけないんだよ!」
「その女にあんたは先を越されたんだぜ」
「ぐっ」
ベイマンズが口を噤み、悔しそうに歯軋りをする。
レッドファングはアルビオンと仲が悪いと聞いていたが、ソレイユとも良いわけではなさそうだ。ベイマンズとオルヴィ辺りが対峙すれば、喧嘩勃発は間違いないだろう。
「まあ、ボス。一度、話をしてみるってのも……」
背後で控えていたもうひとりの男――切り込み隊長風味な男がそう提案した。ベイマンズの顔つきが一気に険しくなる。
「おい、ヴァン……お前、へたれたんじゃねぇだろうな?」
「そ、そんなことねえっすよ。女に頼るなんざ、男のすることじゃあねえ!」
「そうだ。わかったらつまらねえこと二度と口にするなよ」
「うっす!」
ベイマンズはなにがあってもソレイユ――というより女性の手を借りたくないらしい。なんとも面倒な生き方だ。
ただ、ヴァンと呼ばれた男のほうは同意しつつも不満のある顔をしていた。というよりなぜかこちらを見て、そわそわしている。少し気持ち悪い。
「まあ、そういうことなら仕方ないな。じゃあアッシュ。お前、うちに入れよ。そうすりゃ色々解決するだろ?」
ベイマンズが名案だとばかりにそう言った。
予想外の展開に、アッシュは思わず目を瞬かせる。
「ベイマンズ!」
待ったをかけたのは怜悧な顔つきの男だ。
「なんだよロウ、なにか文句でもあるのか?」
怜悧な顔つきの男はロウというらしい。
彼はベイマンズの睨みに臆することなく言い返す。
「無闇にメンバーを増やすなと何度言ったらわかるんだ」
「俺は見込みのある奴に声をかけてんだ。無闇じゃねえ」
「人数が増えすぎてる。いずれ統率が取れなくなるぞ」
「統率つっても家族みたいなもんだろ。大丈夫だ。全員、仲良くやってるじゃねえか」
「くっ……」
ロウが下唇を噛んだ。
なにかわけありのようだが……。
アッシュは当事者だったはずが、突如として始まった口論のせいで完全に置いていかれていた。
「あ~話し中のところを悪いんだが……俺、入るなんて一度も言ってないぜ」
「なんだよ、入らないのか? この島で最強のギルドだぞ」
三大ギルドの力関係は知らないが、どうやら彼の中で最強は《レッドファング》で間違いないようだ。
「最強ギルドかどうかは判断基準じゃない」
「そうか。ま、気が変わったらうちのメンバーにでも声をかけてくれ」
そう言うと、ベイマンズは立ち上がった。「行くぞ。ロウ、ヴァン」と声をかけて去っていく。あっさりした幕引きだったが、かき乱すだけ乱された気がしてならない。
「どうぞ」
いつの間にアイリスがそばに立っていた。
頼んでいたクルナッツのジュースが置かれる。
「なにやら立て込んでいるようでしたので」
「悪いな、待たせて」
「問題を起こしたらすぐに追い出そうと思っていたのですが。それより――」
アイリスが視線を向けた先、レオがいびきをかいて寝ていた。心地良い夢でも見ているのか、むにゃむにゃと口を動かしながら締まりのない顔をしている。
「そこの人、帰る際に責任を持ってどうにかしてください」
「どうして俺が……」
「当然です。二人一組なのですから」
やはり彼女の中ではセットでイメージが固定化してしまっているようだ。
こうなれば腹いせだ。帰るまでに起きなければエールでもかけて起こそうか。そんなことを考えていると、ドドドと騒がしい足音が聞こえてきた。なにかと思えば、先ほどベイマンズと一緒にいた男――ヴァンが戻ってきた。
なにやら彼はきょろきょろと辺りを見回している。
「忘れ物でもしたのか?」
「いや、そうじゃないんだ……」
なにか言いにくいことなのだろうか。
ヴァンは口を開いたり閉じたりを繰り返したあと、ようやく話しはじめる。
「アッシュ・ブレイブ! いや、アッシュの兄貴ッ! あんたに折り入って頼みがあるんだ……!」
鼻息が荒いし、顔も赤い。
いったいなにを言い出すのか。
言い得ぬ緊張感に包まれる中、ヴァンが意を決したように声をあげた。
「俺に……女を紹介してくれッ!!」





