◆第二話『謎の3人組』
翌日。
燦々と降り注ぐ陽光によって朝の冷たい空気が暖まりはじめた頃。アッシュはひとり中央広場をあてもなく歩いていた。
今日の狩りは昼からの予定だが、まだ時間がある。
先ほど委託販売所にも寄り終えたので、次はどこで暇つぶしをしようか。そんなことを考えながら東側の通りを南下したときだった。
「お~い、アッシュく~ん!」
ふと覚えのある声が聞こえてきた。
正面の《スカトリーゴ》のほうからだ。
通りに侵食する形で置かれた客席の中、手をブンブンと振っている金髪の男がいた。見た目こそ青年だが、実は中年の挑戦者――レオだ。
とくに予定もなかったのでレオのもとへと向かった。
彼のカップに入った黄色い飲料を見て、思わず顔をしかめる。
「冗談だろ……朝から飲んでるのかよ」
「朝酒は最高だよ、あははっ」
すでに酔っているのか、首元まで赤い。
ただ、全裸になっていないところを見ると泥酔にはまだ達していないようだ。
アッシュは呆れつつ、レオの対面に座る。
「狩りはいいのか?」
「うん、今日は休みだからね」
「レオって休み多いよな。本当に狩りしてるのか?」
「してるよ。ただ、まあ……色々あってね」
レオは苦笑しながら、ばつが悪そうに答える。
時折、彼はこうして影を作る。
普段が普段なだけに、それが余計に際立って見えた。
踏み込んでいいものかと悩んでいるうちに、レオはその顔に明るい笑みを戻した。
「そういうアッシュくんも休みなのかい?」
「いや、今日は昼からなんだ。たまにはゆっくり寝たいって奴がいてな」
「クララくんだね」
バレバレのようだ。
たまにクララやルナも交えて食事をするので、いまではレオにとっても彼女たちは顔なじみの存在だった。
「早く昇りたくてうずうずしてるんじゃないかい?」
「そういう気持ちはあるにはある。けど急ぎすぎても詰まるってのを思い知ったからな。いまは長期的に見てる」
「アッシュくんもジュラル島の生活に馴染んできたね」
「快適過ぎて困ってるぐらいだ」
魔物を狩れさえすれば、下手な街で過ごすよりも断然良い暮らしができる。挑戦者たちがなかなか島を出ないのもこれが理由だろう。
「それにしても……注目されてるね」
店に入ってからというもの、周囲の客や通りを歩く者たちからちらちらと視線を向けられていた。有名人であるレオにではなく、こちらに向けられたものだ。
「一部では噂になってるからね。リッチキングを倒したレリックのアッシュって」
「っても、ひとりで倒したわけじゃないからな。ソレイユのメンバーにラピス。それにクララやルナがいてこそだ」
謙遜ではなく事実だ。
ほかの試練の主なら、ひとりでも倒せると思うものはいたが、リッチキングだけはどうにも倒せる想像ができない。ヴァネッサの〝ここの塔はひとりで昇ることを想定していない〟という意見を体言したような存在だった。
「そうかもしれないけど。そんな彼女たちと一緒に行動したってことが一番驚かれてるんだよ。だって誰にも気を許さないような気難しい人たちばかりだからね。それが新人のアッシュくんと組んだんだから――」
驚きだよ、とレオは締めくくる。
「気難しいって……いや、たしかにそれは否定できないな」
「ほらね」
「でも、みんな良い奴だぜ」
死力を尽くして戦った仲として贔屓目もあるが、いまではその評価に尽きる。彼女たちとは今後も長く付き合っていくことは間違いない。
「最悪な2人組が揃っていますね……」
言いながら、店員のミルマ――アイリスがそばに立った。いやそうな態度を隠そうともしないあたりは相変わらずだ。
「随分な言われようだな」
「……お飲み物がないようですが」
「クルナッツのあれ、頼む」
彼女の棘には慣れたものだ。
アッシュは気にせずにやり取りをする。
「アッシュくんアッシュくん。2人組だってさ」
レオがやけに嬉しそうにしていた。あらためて〝2人組〟を強調されるとどうしてこうもいやな気分になるのか。……いや、理由は明確だ。レオが変態だからだ。
「ねえ、アイリス嬢は聞いたかい? アッシュくん、リッチキングを倒したんだよ。すごいよね」
「……そうですね」
レオの言葉に、アイリスはさして驚くこともなく相槌を打った。
「てっきり調子に乗るなって言われるかと思ったぜ」
「わたしをなんだと思っているのですか」
とはいえ、面白くないのは事実なのだろう。その顔はいっさい笑っていなかった。と、なにやら彼女は目を細め、こちらの腰辺り――短剣を見てきた。
「どうした?」
「いえ……ご注文の品、すぐにお持ちしますね」
そう言い残して、そそくさと去ってしまった。
なにかゴミでもついているのだろうかと思って確認してみたが、なにも見つからなかった。いったいなんだったのだろうか。
疑問に思いながらアイリスの後ろ姿を見つめていると、レオが「そういえば」と話しはじめた。
「アッシュくんは見た? 委託販売所で売られてたナイトウォーカー」
「最近貼られてたネックレスだよな。息を止めてる間、姿を消せるんだったか」
1000万ジュリーの《ドラゴンネックレス》を上回る1500万ジュリーで売られていたので最近話題になっていた品だ。
「そうそう。実は買おうか悩んでるんだよね」
「買うって……さっき販売所寄ってきたけど、もうなくなってたぜ」
「えぇっ!? そんなぁ……」
取り下げられたか、あるいは誰かが購入したか。
いずれにせよ、あれほど高価な品だ。
能力からしても稀少品であることは間違いない。
再び購入できる望みは薄いだろう。
「でも、レオのスタイルは盾型だろ。あんなの手に入れてどうするつもりだったんだ?」
「決まってるじゃないか。中央広場で悪戯するためだよ。知り合いを見つけたら後ろから近づいて『わっ』って声をかけて脅かすんだ」
「……狩りで使わないのかよ」
「これは当分寝込みそうなぐらいショックだよー……」
レオは生気が抜けたようにぐでんと頭を倒し、頬をテーブルにくっつけた。落ち込んでいるところ悪いが、用途を聞かせてもらった身としては、むしろ買わなくて良かったと思うばかりだ。
「おー、いたいた。お前がアッシュだな」
ふいに後ろから声をかけられた。
振り返った先、立っていたのは3人の挑戦者だ。
ひとりは小柄ながら隆々とした筋肉を纏う男だ。歳は25ぐらいか。ツンツンにはねた髪が特徴的で、山賊やら海賊やらの切り込み隊長にでもいそうな、怖いもの知らずといった顔つきをしている。
もうひとりは長身痩躯の男。先の男よりも年齢は少し上か。いかにも頭が切れるといった怜悧な顔立ちをしている。腕輪や指輪を幾つもはめているのをみると魔術師型で間違いないだろう。
そして、最後のひとり。
ダリオンと同程度の巨躯に無駄のない引き締まった体を持つ男だ。左頬に切り傷をつけた顔からは幾つもの死線をくぐり抜けてきた貫禄のようなものが滲み出ていた。一目見て、この男が3人のリーダーだとアッシュは悟った。
「アッシュは俺だが……誰だ、あんた?」
「俺はギルド《レッドファング》のマスター。ベイマンズだ」
リーダー格の男――ベイマンズはにっと笑って、話を継いだ。
「今日はお前に話があってきた」





