◆第十九話『戦いの後に①』
「さあ、みんな好きなだけ飲みな! 今日はあたしの奢りだよ!」
ヴァネッサの威勢の良い声が響き渡ると、あちこちでカップが掲げられ、歓声が沸き上がった。
リッチキング戦後、そのまま参加者全員でソレイユの酒場へとやってきていた。
固定の席なんてものはない。各々が好きなように歩いては軽食の載ったテーブルを囲み、酒を片手に語り合っている。
戦闘後とあって疲労は間違いなく残っている。にもかかわらず、この賑わいようだ。今回の勝利がよほど嬉しかったのだろう。タダ酒が飲めるから喜んでいる者も中にはいるかもしれないが。
「まさかこんなに取り分が増えるとはねーっ。これで次の5等級分は確保! オーバーエンチャントしまくっちゃうよー!」
相変わらず騒がしいマキナの声が店内に響き渡った。
実はヴァネッサの機転により、マキナの剣消失の補填が戦利品からされることになったのだ。剣が折れた経緯を話したくはないこちらとしても助かる処置だった。
とはいえ、そんな余裕があるのかという話だが、まったく問題なかった。むしろ有り余るほどだった。
というのも、リッチキングからある装飾品が落ちたのだ。
その名も《レクイエムブレスレット》。ミルマに確認したところアンデッド復活阻止効果を持つことがわかった。それをヴァネッサが600万ジュリーで購入。一気に余裕が生まれたわけである。
おかげでマキナのほうも機嫌は元通り。
むしろ上位装備に移行しやすい現金となったことで喜んでいるようにも見える。
そんなマキナとは正反対に暗い顔をする者がいた。
いまも隣でハニーミルクをちびちびと飲んでいるクララだ。
「どうしたんだ? 元気ないな」
「うん……」
クララが俯いたまま生返事をする。
「配当金、約13万ジュリーだよ。クララ」
普段のクララなら絶対に大喜びする言葉をルナが告げる。案の定、クララの耳はぴくりと動いていたが、それ以上の反応はなかった。
「それは嬉しいけど……でもあたし、ずっとヒールしかしてなかったから。なんだかなぁって」
「でも、そのヒールがなかったら今回の勝利はなかったよ」
そう言ったのは、ちょうどいまクララの後ろに立ったドーリエだった。
相変わらずの大きさでクララの後ろに立つと小人と巨人状態だ。彼女はいま《巨人》シリーズを脱いでピチピチの肌着を纏っていた。おかげで甲羅のような筋肉がはっきりと見える。
「あんたのヒール、感じてたよ。回復力は小さいけど、一番頻繁に来てた。頑張ったね」
クララの肩をぽんぽんと叩いたあと、ドーリエは去っていく。その後ろ姿を見送ったクララが、口をあんぐりと開けたままこちらに顔を向けてくる。
「ドーリエさんに褒められちゃった……!」
「ちゃんと貢献できてたってことだ。良かったじゃないか」
「うんっ」
えへへ、とクララは頬を緩めていた。
単純というほかないが、これでこそ彼女といった感じだ。
「ボクのほうも力不足を痛感したよ」
ルナがぼそりと零した。
その視線は手に持ったカップの中に向いている。
「同じ弓使いの人がいたんだけど、その人はリッチキングのゾンビを4発で仕留めてた。対してボクのほうは6、7発必要だった」
「武器の差もあるだろ」
「だとしても、技術で埋められる部分もあると思うんだ」
すでに達人の域だが、まだ上を目指すという。
さすがの向上心だ。
「ルナならきっと追い抜ける」
「うん。ボクにはアッシュの背中を守るって大事な役目があるからね」
ルナはにっこりと笑ったあと、「で」と顔を覗き込んできた。
「そういうアッシュも浮かない顔してるよね」
どうやら狩人の目は誤魔化せないようだ。
「あんなに大活躍だったのに、なにが引っかかってるの?」
「俺もルナと同じようなもんだ」
「本当に?」
「ああ」
「……そういうことにしておく」
意味深な発言をしてルナは話を切り上げた。
なにかを隠している。そのことをわかっていながらも引いてくれたようだ。いまはその気遣いに感謝するしかなかった。
「でも、みんなが昏睡してたとき、どうやって切り抜けたんだろうね?」
聞こえてきた疑問の声はマキナのものだった。
そばにいたユインが興味津々に食いつく。
「それ、わたしも気になってました」
「ね。ドーリエさんでも受けるの難しかった攻撃と、あとたぶんゾンビもいたんでしょ」
奥の隅でひとり静かに飲んでいるヴァネッサには訊きづらかったのか。彼女たちはこちらを向いてきた。促される形でほかのソレイユメンバーの視線も一斉に集まる。
「あ~……ヴァネッサがほぼひとりで対処してたんだ。そりゃあ、もう凄かったぜ。リッチキングの攻撃を受けつつ、ゾンビをばっさばっさとなぎ倒して」
「さっすがわたしたちのマスター!」
一瞬、ヴァネッサから視線を感じたような気がしたが、飛びついていったマキナやほかのソレイユメンバーによってすぐに遮られた。
アッシュはほっとするが、なにか違和感を覚えた。
こんなときに一番に騒ぎ立てる、ヴァネッサ信者――オルヴィがなぜか大人しくしていたのだ。
と、そのオルヴィがこちらに向かってきた。なにやら決意に満ちた顔だ。また罵倒でもしてくるのかと思いきや、丁寧に頭を下げてきた。予想外の行動にアッシュは思わずたじろいでしまう。
「……いきなりどうしたんだ?」
「その……気を失っていたわたくしを、あなたが決死の思いで守ってくれたとマスターから聞きました」
たしかに守ったのは間違いではないが、かなり脚色されているような気がしてならない。慌ててヴァネッサのほうを見ると、したり顔をしていた。
「ありがとうございます」
「あぁ……いや、気にしないでくれ」
以前までの態度が態度なだけに調子が狂ってしまう。
こちらを窺うようにオルヴィが頭を上げる。
「この島に来てまだ間もない頃、強敵を前にしてチームの男たちが、わたくしをひとり残して一目散に逃げていったんです。それ以来、男なんてクズでゲスでカスばかりと思っていました」
滲み出る口の悪さは隠しきれていないが、明らかに口調は柔らかくなっていた。
「ですがあなたは……アッシュさんは違うようです……」
「さ、さん……!?」
「これまで失礼なことを沢山言ってしまってごめんなさい」
オルヴィのしおらしい姿に、アッシュは思わずたじろいでしまう。
「ま、まあ……そんな事情があったんなら仕方ないよな。とにかく、これからは男にも少しは優しくしてやってくれ」
「それは無理です」
「……は?」
「アッシュさん以外の男は無理です。生理的に受けつけません。むしろ男はアッシュさんだけでいいのではと思います」
なんて極端な。
「そ、それでは話は以上ですのでっ」
彼女は伏し目がちに熱っぽい視線を向けてきたあと、そう言い残して去っていった。
アッシュはぽかんとしながら、その後ろ姿を見つめていると、横合いからルナが声をかけてきた。
「まさか彼女まで落としちゃうなんてね。さすがアッシュ」
「茶化すなよ。俺にも予想外すぎてなにがなんだか……」
彼女の変貌ぶりを誰が予想できただろうか。
いまだに幻覚でも見ているような気分だ。
「あのオルヴィも随分と変わるもんだねえ」
そう言いながら、ヴァネッサが目の前までやってきた。片手には相も変わらずエール入りのカップが握られている。
「おい、ヴァネッサ。脚色しすぎなんじゃないか」
「それはお互いさまだろう?」
そう言われるとなにも言い返せなかった。
隣でルナが首を傾げる中、ヴァネッサが酒場の外を指差した。
「ちょっといいかい?」
きっと〝あのこと〟について二人きりで話したい。
そう言っているのだろう。
アッシュはヴァネッサとともに店の外へと向かった。





