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五つの塔の頂へ  作者: 夜々里 春
【朽ちた遺物】第二章
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◆第十七話『リッチキング戦・中編』

 始まりはヴァネッサが振り下ろした渾身の一撃だった。まるで水面を叩いたように剣筋から両側へと飛び散る白い燐光。それらが空中を舞いながら煌いた、瞬間――。


 全員が弾かれたように動き出した。


 ラピスをはじめとしたマキナやユインの近接部隊は敵の両側から各々の得物を振って攻撃。ルナ含む弓や魔法の遠距離部隊は敵から一定の距離をとって扇形に陣取り、矢や魔法を絶え間なく放ち続ける。


 アッシュは敵に向かって右端から攻撃に参加していた。この戦いではスティレットしか使う気はない。それ以外に効果的な損傷を与えられる武器がないからだ。


 味方の武器の多くが白の属性石を装着しているからか。

 あちこちで白色の光が明滅している。


 ただひとり真正面に立ったドーリエが猛りながらメイスを敵に叩きつけた。重く鈍い音が響き渡る。さらに彼女は休むことなく、一心不乱になってメイスを振り続ける。


 攻撃を受けながらも様子見をしていた敵がついに動き出した。天井に向けた右掌に、ちょうど収まる大きさの黒球を生成すると、押し出すように放った。呑み込むようにドーリエを襲ったそれは、周辺の床を軽くへこませたのち、骨に響くような重い音を鳴らして四散する。


 黒球から解放されたドーリエは膝を折りかけていた。外からではわからなかったが、凄まじい衝撃に襲われたようだ。その顔も苦痛に歪んでいる。


 おそらくいまの攻撃が《シャドウボール》だろう。


 床を抉ったうえに、あのドーリエが一撃で膝を折りかけた威力。想像以上のようだ。おそらく彼女以外、まともに受けることは難しいだろう。


 ただ、ドーリエの傷はすぐに治癒していた。

 彼女の後方に控えるクララを含む回復役3人のおかげだ。


 敵が今度は左手から《シャドウボール》を放ってくる。それが終われば右手、と交互に放ちつづける。そのたびにヒールがかけられ、ドーリエは常に輝いていた。まさに光の戦士といった状態だ。


 ひとまず《シャドウボール》対策は万全といったところか。


 アッシュは横目で観察しながらも、攻撃の手は緩めていなかった。ドーリエを挟んだ向こう側、激しい攻撃を続けるヴァネッサ、ラピスに負けじと連撃を繰り出していく。


 ふと足下から優しい光が舞い上がってきた。見れば、周辺の床に白色で描かれた大きな魔法陣が描かれていた。おそらく開始前、オルヴィが言っていた《サンクチュアリ》の魔法だろう。


「いいですか!? 《闇の衣》が張られるのは《ダークバースト》の直後です!」

「了解だ!」


 そう答えたとき、敵が右手の人差し指をピンと立てた。その先に靄のような火の玉が出現し、ヴァネッサへと勢いよく向かっていく。《シャドウボール》ではない攻撃だ。となればあれが昏睡魔法か。


 だが、靄はヴァネッサに近づいた瞬間、弾け飛んだ。あわせて彼女と重なるように、うっすらと純白のドレスを着た美しい女性が現れる。ただ、それは瞬き1つする間に消えてしまった。おそらく《ウェディング・ベール》が発動した際に起こる現象だろう。


 いずれにせよ昏睡魔法の対策も完璧。

 残るは――。


 ふいに敵が両手を大きく持ち上げた。


「来ますッ!」


 オルヴィの警告が来るよりも早く、アッシュは後退を始めていた。ほかの近接部隊も一斉に後退を始めている。


 敵の両手が勢いよく振り下ろされる。その掌が床に押し当てられた、瞬間。とてつもない突風が押し寄せてきた。逃げる場所はどこにもない。


 アッシュは試しに光のカーテンを生成してみたが、防ぐことはできなかった。すり抜けてきた突風が肌に触れ、無数の切り傷が刻まれる。


 体のあちこちに疼痛が走るが、それはすぐに収まった。オルヴィがヒールをかけてくれたのだ。辺りを見回せば、同じように全員がヒールを受けて再び立ち上がっている。


 リッチキングが両手を使ってまるでなにかを持ち上げるような動作を見せる。と、床のそこかしこに黒く小さな魔法陣が描かれた。そこから噴き出た黒い靄と同時にゾンビが湧き出てくる。その数は事前情報どおり、およそ100体。


 多くの挑戦者がゾンビの排除に当たる中、リッチキングはなにもない虚空目掛けて右手を払った。直後、リッチキングを覆うように青みがかった透明の壁が出現した。おそらく、これが《闇の衣》だろう。


「アッシュッ!」


 ヴァネッサの声に応じて、アッシュは駆け出した。逆手に持ったスティレット(レリック)を振り上げ、属性攻撃を放つ。虚空を突き進んだ白く巨大な斬撃は、けたたましい破裂音を鳴らして《闇の衣》に衝突する。が、弾けるようにしてあっけなく散った。


 あちこちから落胆の声が聞こえてくる。


「まだだッ!」


 アッシュは《闇の衣》に接近し、スティレットの切っ先を押し当てた。白の属性攻撃の余波か、尖端から周囲へと白い燐光が拡散する。


 ――これでも無理か。

 そう思ったとき、みしりと音が聞こえた。

 目を凝らせば、わずかにひびが入っている。


 アッシュはその場で体を素早く横回転。ひねりを利用しながら全体重を乗せてもう一度同じところへとスティレットを突き込んだ。瞬間、初めは小さかった亀裂が一気に《闇の衣》全体へと広がった。ついには大きな破砕音を鳴らして砕け、飛び散る。


「ははっ、さすがだアッシュ!」


 ヴァネッサが嬉しそうな声をあげたのち、続けて叫ぶ。


「闇の衣は破壊できた! このまま討伐は続行! ゾンビを排除したら、すぐにまた全員で総攻撃だ!」


 まるで勝ち鬨のようなその声に、全員が歓喜するような声で応じた。


 ゾンビは通常よりも耐久力が高いという話だったが、集中攻撃を受けて次々に消滅していく。白の属性石による強化が遺憾なく発揮されているようだ。ゾンビの処理が終わり、また全員によるリッチキングへの攻撃が始まる。


 ゾンビ出現中でも、ドーリエのほうは安定して《シャドウボール》に耐えていた。クララも頑張って回復役を務めているようだ。


 それから間もなく、再びの《ダークバースト》が襲ってきたものの、2度目とあってか全員が危なげなく対応。のちのゾンビ処理も素早く終えた。全員による総攻撃が再開される中、ヴァネッサがこぼす。


「いける、いけるぞっ!」


 たしかに彼女の言うとおり順調だ。

 このまま行けば間違いなく倒せるだろう。


 おそらく、ほかの誰もがそう思っている。

 だが、まだ敵は〝変化〟を見せていない。


 唐突に広間を照らしていた紫色の光が血のような赤色に変わった。


 連動するようにリッチキングがすべての指先に火の玉状の靄を生成。両手を交差するようにして広間全体へと放った。指先から離れた靄が混ざり合い、視界すべてを覆うように霧へと変化。《ダークバースト》のような突風にまみれて襲いくる。


 アッシュはいやな予感がしてならなかった。

 半ば反射的に後退しつつ、地面を薙ぐようにスティレットを振り、光のカーテンを展開。その背後に屈む格好で身を隠した。


 ほぼ同時、霧が間近にまで到達した。どうやら霧は光のカーテンを突破できないようだ。避けるようにして後方へ流れていく。オルヴィのかけてくれた、直観力を上昇させる《インテュイション》がなければ反応できなかったかもしれない。


 霧はすぐに晴れた。

 アッシュは立ち上がり、周囲を見回す。

 と、その光景に目を疑った。


「冗談だろ……っ」


 多くの者が気を失ったように倒れていた。


 オルヴィやクララ、ルナ。

 あのラピスでさえもその場で倒れ込んでいる。


 ただ、誰一人として傷がなかった。そのことから察するに、おそらく先の霧は全体への昏睡魔法だったのだろう。いま思えばヴァネッサに放たれていた靄と共通点も多い。


 味方が損傷を受けなかったことは幸いだが、昏睡魔法の効果によって一定時間は目を覚ますことがないのだ。その間に攻撃を食らえば無事では済まない。


 ふいに地鳴りのような音が鳴った。


 それはリッチキングの真正面。ドーリエのそばに着弾した《シャドウボール》によるものだった。黒い球が弾けるように散ると、中からひとりの挑戦者が姿を現す。


「ヴァネッサッ!」


 彼女には《ウェディング・ベール》がある。

 先の全体に放たれた昏睡魔法をやり過ごせても不思議ではない。


「アッシュ……あんたは無事だったんだねぇ……」


 ふらふらと立ち上がった彼女へと、またも《シャドウボール》が襲いかかった。大剣によって直撃は防いだものの、少なくない衝撃が抜けたようだ。その顔がさらに歪む。すでに見ていられないほどにボロボロな状態だ。


「一旦下がれ、ヴァネッサ!」

「できるわけないだろう! あたしが下がったら標的が移っちまう……!」


 アッシュは思わず舌打ちしてしまう。


 たしかにヴァネッサの言うとおりだが……《シャドウボール》はあのドーリエですらヒールなしに受けるのが厳しい攻撃だ。いくらヴァネッサでも、まともに受け続ければ無事では済まない。


 とはいえ、彼女が受けなければ昏睡した無防備な者たちに標的が移ることも事実。


 ――どうすればいい。自分が受けるか。


 いや、等級の関係で受けられてもせいぜい一撃だろう。全員のために犠牲になるのが怖いわけではない。ただ、一瞬だけ凌いだところであとには繋がらないと思ったのだ。


 ほかに、なにかないか――。


 すがるような思いで辺りを見回した、そのとき。

 クララから少しだけ離れたところに倒れた、ひとりの女性が目に入った。片側で結った髪が特徴的な垢抜けた挑戦者。マキナだ。


 そばには正統的な剣が落ちている。

 以前、彼女が自慢してきた白の属性石6はめの4等級武器だ。


 ――いけるか。


 アッシュはそう自問した。


 止まれる要因はある。

 被害は出さずに済むはずだ。


 それでも危険だが――。

 全員が助かるにはほかに選択肢はない。

 第一、迷っている時間はない。


 アッシュはマキナのもとへと駆けながら、ヴァネッサへと叫ぶ。


「全員が目を覚ますまで俺が時間を稼ぐ! だからヴァネッサは後退してくれ!」

「稼ぐって、いったいどうやって……!?」

「説明してる暇はない! 早くしろ!」


 こちらの決意に満ちた顔を見てか、ヴァネッサが訝るような目を向けてくる。


「アッシュ……あんた、なにを――」

「2つ、頼みがある! 絶対に俺と目を合わせるな! それと……これから目にしたことは誰にも言わないでくれ……!」


 救いは塔の昇りと無関係な戦闘であったことか。

 いや、それでも――。


 ――叶うなら、この《血統技術》だけは使いたくなかった。


 ヴァネッサが戸惑いながらも後退した直後。


 アッシュは重い腕を動かし、マキナの手から零れた剣を手に取った。



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