◆第十六話『リッチキング戦・前編』
「城の敷地に侵入した時点で大量のゾンビが湧き出てきます。それらを排除しながら城内に侵入。玉座の間に到達したところでリッチキングが出現となります――」
オルヴィの口からつらつらと説明がされていく。
――作戦会議を行った、翌日。
リッチキング討伐戦に参加するメンバーが黒の塔38階に集合していた。
ソレイユは総出。
そこにアッシュ、クララ、ルナ。
そしてラピスが加わり、46人という大所帯になった。
これほど多くの挑戦者が一堂に会することはそうそうない。
実に壮観な光景だ。
「やっぱりあのお城が棲家だったんだ」
「ま、いかにもって感じだったしね」
クララとルナがそんな会話をしている。
彼女らの視線を辿った先にあるのは大きな城。以前、訪れた際と同じく不気味な空気を漂わせていた。気のせいか、黒い蝙蝠のような影もちらほらと見える。
ふと視界の端に、強張った顔で城を見上げるひとりの挑戦者が映り込んだ。今回の討伐戦を企画したソレイユのマスター、ヴァネッサ・グランだ。
ここ数日で既出の防具を学んでわかったことだが、彼女が装備しているのは8等級の防具、《レガリア》シリーズの軽鎧型だ。淡い白銀に金で模様づけされた豪華な見た目が特徴的で、セットで揃えた場合、敵への損傷を少し増加させる効果があるという。
「緊張してるのか?」
アッシュはヴァネッサのそばに立ち、そう声をかけた。
「わかっちまうかい」
「なんとなくな」
「察しのとおり、柄にもなく緊張してる」
たしかに普段の彼女らしくはない。
だが、彼女もひとりの人間だ。
背負ったものを考えれば緊張しないほうがおかしい。
「居場所、作ってやるんだろ」
「ああ、そうさ。こいつらのために、あたしは絶対にこの討伐を成功させる」
ヴァネッサは決意を固めるように大剣を握る手を強めると、顔から不安を取り除いた。大剣を肩に担いだのち、ソレイユメンバーを見回しながら力強い声で叫ぶ。
「それじゃ行こうじゃないか! お前たち、気合入れていきなよ!」
ソレイユメンバーの高くも覇気のある声が重なり合う。それが反響することなく消えたのを機に、ヴァネッサは再び声をあげた。
「ドーリエ!」
「了解ッ!」
威勢よく答えたドーリエが盾を構えながら駆け出した。
彼女が身に纏っているのは茶褐色の無骨な重鎧。
7等級の《巨人》シリーズだ。
8等級階層に到達した彼女がなぜその7等級の防具を着ているのか。収集に手こずっているのもひとつの理由らしいが、ほかに大きな理由があった。それは、いまの防具の強化がほぼ完成されているからだった。
すべての部位に強度増加の強化石が8つずつはまっているという。《巨人》シリーズのセット効果、〝物理攻撃による損傷を大幅に軽減〟とあわせれば、これ以上ないぐらいガチガチな装備だ。
ドーリエが城の敷地内――前庭に侵入した途端、あちこちからゾンビが湧き出てきた。その数約20。だが、ドーリエは怖気づくことなく、その場で跳躍。野太い咆哮をあげながら、右手に持った巨大なメイスを地面に叩きつけた。
直後、彼女の足場から放射状に亀裂が走ると、その合間から凄まじい突風が巻き起こり、大量の土とともにゾンビたちを吹き飛ばした。衝撃の余波か、遠く離れたこちらまで風が流れてくる。
「う、うわぁっ」
「なんだあれは……っ」
「まるで地震だね……」
ドーリエの凄まじい攻撃にアッシュはクララ、ルナとともに驚嘆する。その姿を見てか、近くで待機していたオルヴィが面倒臭そうに説明してくれる。
「ドーリエのメイスには緑の属性石が8つはまっていますから」
「あんなこともできるのか」
「特定の武器では出る属性攻撃が変わるんです。ハンマーやメイスだと、あのような攻撃になります」
その説明の間にもほかの参加者がドーリエに続いていた。大量のゾンビが湧き出てくるたび、瞬時に排除されていく。
「というよりあなた……ドーリエの回復役でしょう。なぜここにいるのですか?」
「あ、そうだったっ!」
オルヴィに睨まれ、クララが慌てて走り出した。
そのあとに続いてルナも走り出す。
「ルナ、クララのこと任せた!」
「わかってるー! アッシュも無理しないようにね!」
「おうっ!」
そう答えて見送っていると、隣に立つオルヴィから細めた目を向けられた。
「あなたも、これ以上さぼっていたら頭をかちわりますから」
前にはゾンビ。
後ろにはオルヴィ。
なんとも窮屈な戦場だが、どちらの対処が楽かといえば間違いなくゾンビだ。アッシュはいつものごとく2本の短剣を手に城の敷地内へと侵入する。
前線だけでなく、両側からも大量にゾンビが迫ってきていた。敵が多くいるところを狙い、アッシュは白の属性攻撃――斬撃を放っていく。
一振りで約5体から10体のゾンビが消滅する光景を見てか、周囲から感嘆の声があがる。後ろで控えていたオルヴィも例外でなかった。
「これがレリックですか……あなたには勿体無い力ですね」
侮蔑も忘れずにつけてくる辺り相変わらずだったが。
その後も前庭のゾンビを狩りつづけていると、やがて出現が止まった。
前庭を抜けた先の巨大な城門前に全員が集まる。
城門は木製ではなく鉄製だ。厚さも相当にあるようだが、ヴァネッサやドーリエ、ラピスの前では紙も同然だった。
ラピスの一振りで門全体が凍りつき、ヴァネッサの振り下ろした大剣で稲妻のような亀裂が入る。そこへドーリエが豪快にメイスを叩きつけると、轟音とともに門が砕け散った。
「やるじゃないか、ラピス」
「ほとんどそっちの筋肉2人がやったようなものでしょ」
ラピスとヴァネッサがいがみ合いつつ、先頭を切って城内へと侵入する。続いて、全員がなだれ込んでいく。
中は暗いのかと思いきや、過剰な数の蝋燭の火が灯っていた。おかげで老朽化したボロボロの壁やあちこちに張られた蜘蛛の巣。埃まみれの硝子窓等がはっきりと見える。
幅広の通路を抜けると、巨大なエントランスホールに出た。
直後、大量の弓やら魔法が飛んできた。そのすべてをドーリエが一身に受ける。さすがの耐久力とあってか、ほぼ損傷はない。
攻撃をしかけてきたのは黒いスケルトンだ。
2階の両側に伸びた通路。そこの手すりから上半身を出す形で弓と魔術師型がずらりと並んでいる。おそらく先の不意打ちはあれらが放ってきたのだろう。
正面の1階には剣型のスケルトンが30体ほど待ち受けていた。
アッシュは2階の左側通路へ、ヴァネッサが右側通路へと属性攻撃を放つ。その攻撃で多くを屠ったが、すべては倒し切れなかった。そこへルナ含む遠距離部隊がすかさず攻撃を繰り出し、仕留めていく。
1階の敵には、ユインやマキナたち近接部隊が突っ込み、処理していく。骨で埋め尽くされていたエントランスホールだったが、瞬く間にすっきりした。
エントランスホールを突破したあと、さらに幾つもの廊下を抜けていく。そして幾度かのスケルトンとの交戦を経て、ついに目的の場所――玉座の間へと辿りついた。
試練の間とは比べ物にならないほど広い空間だった。参加者46人。ここにゾンビ100体が召喚されたとしても誤射の心配はまずなさそうだ。
最奥は真っ暗なまま、なにも見えない。
リッチキングはまだ出現していないのか。
「全員、配置につきな! もうすぐ敵が出てくる! 支援魔法をかけるならいまのうちだ!」
ヴァネッサの指示を合図にあちこちで支援魔法が使用される。遠くでクララが《マジックシールド》を使っているのが見えた。役立っているのが嬉しいのか、無尽蔵の魔力を活かしてあちこちにかけて回っている。
と、オルヴィがこちらに向かって左掌を向けてきた。彼女の指にはめられた4つの指輪が発光する。途端、アッシュは4種の光に包まれた。
「物理軽減の《プロテクション》、魔法軽減の《マジックシールド》、直観力を上昇させる《インテュイション》、攻撃精度上昇の《アキュレイト》。後半2つはおまけみたいなものです」
かけた支援魔法の説明をしてくれる。
おまけとはいえ、明らかに頭はすっきりしていた。
腕のほうも軽くなっている。
「それから戦闘が始まれば《サンクチュアリ》を使用します。その中であれば治癒効果が上昇するうえに微量の回復効果を得られるので、できるだけそこで戦ってください」
委託販売所でも見たことのない魔法だ。
おそらく8等級のものだろう。
「なんていうか……オルヴィって本当に凄かったんだな」
「わたしをなんだと思っていたのですか。頭を――」
彼女がセプターを持ち上げ、いつもの台詞を言おうとした、そのとき。
最奥の空間が紫色の怪しげな光によって照らされた。
3つの段差先に置かれた玉座と思しき椅子。
そこに王冠を被ったスケルトンが座っていた。
豪奢なローブを羽織り、首輪や腕輪、指輪の宝飾品をじゃらじゃらとつけている。宝に執着した王の末路といった風貌をしているが……。
あれがリッチキングだろうか。
それにしては覇気がないように見える。
そう思った矢先、人骨の王――リッチキングが立ち上がった。
ふらついた足取りで3歩ほど前へ出てくると、こちらを睥睨。まるで嘲り笑うようにカタカタと高速で歯をかち合わせる。直後、その体の輪郭がぼやけ、最奥の壁を覆うほどまでに膨張した。足はないものの、まさに先の姿のまま巨大化した感じだ。
リッチキングの真の姿を歓迎するように、天井付近の壁に置かれた幾つもの盃に紫色の炎が灯った。一瞬にして広間全体が最奥の空間と同じく紫色の光で彩られる。
「なんつーでかさだよ……っ」
リッチキングを見上げながら、アッシュは思わずそうこぼした。その大きさもさることながら、纏う不気味な空気はあまりに異質だ。つー、と冷たい汗が背中を伝って流れ落ちていく。
ほかの参加者の様子を見れば怖気づいている者が少なからずいた。クララは見るからに恐怖に顔を歪めているし、あのルナでさえ険しい顔をしている。
辺りに満ちはじめた、いやな空気。
それを吹き飛ばすように勇ましい声をあげた者がいた。
ヴァネッサだ。
彼女は大剣を手に誰よりも早くリッチキングへと襲いかかった。
「さぁ、行くよ! 戦闘開始だッ!」