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五つの塔の頂へ  作者: 夜々里 春
【朽ちた遺物】第二章
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◆第十五話『作戦会議』

 夜の帳が落ち、塔から帰還した挑戦者たちによって中央広場が賑わいだした頃。


 アッシュは仲間とともにソレイユ本部を訪れていた。

 明日のリッチキング戦に向け、これから作戦会議を行うためだ。


 一階の広間に通されると、すでに多くのソレイユメンバーが集まっていた。男ばかりのむさ苦しい酒場とは違って甘い匂いが満ちている。自分の体が異物であるかのような錯覚に見舞われ、アッシュは思わず居心地が悪くなった。


「ララたん、やほー!」

「マキナさんっ」


 マキナがクララを見つけるなり、駆け寄ってきた。

 二人は両手を合わせ、きゃっきゃとはしゃぎはじめる。


 以前の食事をきっかけに、すっかり仲良し状態だ。

 最近は二人だけで会うこともあるようだし、よほど気が合うのだろう。


 そんなことを思いながら2人を見守っていると、ユインが目の前までやってきた。その柔らかな金の髪をさらりと垂らし、丁寧にお辞儀をしてくる。


「どうもです。アッシュさん、ルナさん」

「よっ」

「こんにちは」

「お二人とも、防具揃ったんですね」


 ユインはこちらの装備を見ながら言った。


 アッシュはルナとともに《ブラッディ》シリーズをすべて揃えていた。最後まで頑張って狩り続けたこともあり、購入した部位は1箇所だけで済んだ。


「そっちもだな」

「みんな同じ《ブラッディ》だね」

「はい、お揃いです」


 言って、ユインがお披露目するように両手を広げた。

 彼女は軽鎧型のようで部分部分に板金のようなものがあしらわれている。超接近型のクローとあって、多少の攻撃を受けてもいいようにとの考えだろう。


「アッシュ」


 ふと呼ばれた声のほうを向くと、ヴァネッサが手を挙げていた。威風堂々とした立ち姿は相変わらずの貫禄だ。


 こちらまでやってきた彼女とがっちりと握手を交わす。


「装備は万全のようだね」


 ヴァネッサが満足そうに口の端を吊り上げた。


「ああ、できる限りの準備はしたつもりだ」

「こんなに余裕があるなら、あと一回ぐらいは飲みに誘っとくんだったね」

「リッチキングを倒したあとなら、いくらでも付き合うぜ」

「その言葉、忘れないよ」


 彼女らしい勝ち気な笑みを見せる。

 初めて2人きりで飲んだ日から、3度ほど飲みに行っていた。


 こちらとしても話し相手が増えて嬉しい限りだが、その反面、レオに「最近、付き合いが悪いよ」とごねられていた。


 いつか飲み友としてレオにヴァネッサを紹介したいとは思っているが……2人が噛み合う気がしなくて、なかなか実行に移せないでいる。


「いま、飲みがどうとか聞こえたような気がするのですが」


 そう言ってきたのはオルヴィだ。

 いつの間に近くまで来ていたのか。聖女のような清廉な外見に反して、彼女は黒の塔に出てきそうな闇の空気を纏いながらこちらを威嚇してくる。


「気のせいだろ」

「わかっています。マスターがあなたのような方と飲みに行くなんてこと、絶対にありませんから」


 果たして、彼女に真実を話したらいったいどうなるのか。

 あまり考えたくはないが、夜道に気をつけることになるのは間違いなさそうだ。


「あとはラピスだけか。もうそろそろ時間だが……」


 ヴァネッサがそう零したとき、後ろで扉が開く音がした。

 ソレイユメンバーが一斉に口を閉じ、警戒を強める。


 いったい誰が来たのかと振り向いたところ、これ以上ないぐらい納得した。

 槍を片手に持った挑戦者――ラピスだ。


「……なに?」


 彼女は、まるで全員に喧嘩を売るかのように無愛想な顔で言った。ほかのソレイユメンバーがラピスへの敵対心をむき出しにする中、ヴァネッサがふっと楽しげに笑った。


「どうやら来たようだね。それじゃあ、始めようじゃないか」



     ◆◆◆◆◆


 中央のソファに座ったヴァネッサ、ラピス。

 彼女らと向き合う形で、アッシュはチームを代表してひとり座った。


「まずは敵の攻撃から話していこうか。オルヴィ、頼めるかい」

「はい、マスター」


 ヴァネッサの近くに立っていたオルヴィが一歩前へと出て話しはじめる。


「リッチキングの攻撃は大きくわけて4つ。まず1つ目は単体攻撃魔法の《シャドウボール》です。こちらは正面に立つドーリエさんが標的となります」


 任せろとばかりにドーリエが胸を張っていた。

 あの巨大な図体だ。近接型であることは予想していたが、その中でも(ナイト)型とは。これ以上ないぐらいぴったりだ。


「2つ目は死霊術。リッチキングは定期的にゾンビを召喚します。一度に召喚される数は約100」

「ひゃ、ひゃく!?」


 そんな大声をあげたクララに全員が一斉に注目する。

 クララは顔を真っ赤にしながら慌てて口を塞いでいた。


 話を中断されたからか、オルヴィが少し不機嫌な様子で続ける。


「しかも、このゾンビたちは4等級階層に出現する個体より耐久力が高いです。移動速度こそ遅いものの、放置するわけにはいかないので、基本的にゾンビが召喚されたら優先的に排除してください。但し、属性石7以上の方はそのままリッチキングに攻撃で構いません」


 レリックは属性石9つ分。

 つまり、ずっとリッチキングの相手をしていればいいというわけだ。


「次に3つ目。回避不能の魔法攻撃、《ダークバースト》。これの範囲は全体ですが、敵に近ければ近いほど威力が高まる攻撃です。予備動作は〝同時に持ち上げた両手を地面に叩きつける〟ですので、近接の方々は可能な限り予測して距離をとってください」


 後ろで誰かがほっと息をついていた。

 見なくともわかる。クララだ。

 きっと近接でなくて良かったなどと思っているのだろう。


「そして最後の4つ目は昏睡魔法です。もっとも多く損傷させた対象に放ってくるのですが、こちらに関してはマスターが引き受けることになっています」

「昏睡魔法?」


 とルナが質問する。


「《スリープ》の上位魔法です。受ければなにをしても一定時間は目を覚ましません」


 オルヴィの説明を聞いて、アッシュは覚えた疑問をそのまま口にする。


「そんなの、主力のヴァネッサが受けていいのか?」

「あたしには効かないんだよ」

「……そういう装飾品があるのか?」

「あ~、そうじゃなくてだね」


 ヴァネッサがはっきりしないでいると、代わりにラピスが口を開いた。


「あらゆる行動不能系の魔法を無効化する……その女が持ってる血統技術よ。名前はウェディ――」

「おいっ、ラピス」

「なにか問題でも?」

「いや、問題というかだね……」


 なにやらヴァネッサが珍しく困惑している。

 よほど知られてはまずいことなのか。

 そう思いながら様子を窺っていると、オルヴィが鼻息荒く大声で参入してきた。


「そうです、マスター! 問題なんてなにもありません! 《ウェディング・ベール》……まさに美の象徴であるマスターに相応しい血統技術ですっ!」


 オルヴィが昇天しそうなほど満ち満ちた顔をする横で、ヴァネッサが片手で顔を押さえていた。気のせいか、手の隙間から見える頬が赤らんでいる。


「笑ってくれていい。こんな生娘のような名前がついたもの、あたしに似合わないことはよくわかってるからね……」


 なぜヴァネッサが血統技術の名を明かすことに難色を示していたのか。

 ようやく理解できたが――。


「べつにおかしくはないだろ」

「そ、そうかい」


 ヴァネッサが目をぱちくりさせる。

 どうやら彼女にとって予想だにしない言葉だったようだ。


「よくわかっていると言いたいところですが……なんだか頭をかち割りたい気分です」


 オルヴィに賛同したも同然なはずだが、なぜか敵意を向けられていた。

 これ以上話を広げたくないからか、ヴァネッサが早々に話を進める。


「まあそんなわけで、あたしにはあらゆる行動不能系が効かない」


 上位陣ともなればなんらかの血統技術を擁していてもおかしくはない。そう思っていたが、まさか行動不能系に耐性とは。かなり強力な能力だ。おそらくスコーピオンイヤリングを装備していたのも、その能力の唯一の穴を埋めるためだったのだろう。


「理解した。ただ、もっとも損傷させた対象っての……ヴァネッサになるとは限らないんじゃないか?」

「あたしを上回るって言いたいのかい?」

「べつに舐めてるわけじゃない。そっちは大剣。こっちは短剣。火力に差があるのは理解してる。けど、こっちにはレリックがある」


 リッチキングが纏っているという闇の衣。

 それを破壊できるかできないか。その境目を属性石8つか9つかで彼女たちは判断していたのだ。明確な違いがあるはずではないのか。


「こっちも属性石は8つはめてる。レリックほど属性攻撃力はないが、充分な火力は出るはずだ」

「質もこっちが7でそっちは8だしな」

「そういうことだ」


 こちらの戦いぶりも見た上での判断だ。

 彼女を信じるしかないだろう。


「大丈夫よ。その女、見た目以上に怪力だから」

限界突破(リミットブレイク)なんてもんを持ってる奴に言われたくないねぇ、ラピス」


 唐突に口を挟んできたラピスに、ヴァネッサが噛みついていた。

《限界突破》とはいったいなんなのか。目線で疑問を投げかけると、ラピスがため息をつきつつ答えてくれた。


「……わたしの血統技術よ」

「一瞬の火力だけなら、ラピスの右に出る奴はいない」


 ヴァネッサが楽しげにそう補足する。

 一瞬、という言葉に引っかかったが……おそらく、そこにラピスが独りで塔を昇っているにもかかわらず、上位陣に食い込んだ大きな理由があるのだろう。


「使っても最後だけだから」

「わかってるさ」


 そんな謎の約束が2人の間で交わされていた。

 あわよくばラピスの血統技術も見れるかもしれない。

 別の意味でもリッチキング戦は楽しめそうだ。


「それからアッシュにはオルヴィをつける。あんたは今回の作戦の肝だからね」

「っても、こっちにはすでにクララがいるぜ?」

「属性石3つしかはまってないようだからね。瞬間回復力が不安だ」

「うぐ……」


 力不足を指摘され、クララがへこんでいた。

 彼女の《精霊の泉》について話そうとも思ったが、指摘されたのは瞬間回復力。魔力切れとは無関係なので思い留まった。


「オルヴィは回復、支援魔法ともにこの島で最高の挑戦者だ。安心しな」


 ヴァネッサに絶賛されたオルヴィが勝ち誇ったような笑みを向けてくる。いつも攻撃的な姿しか見ていないからか、誰かを癒すことなんてできるのかと疑問だったが……思っていた以上の実力者だったらしい。


「でも、いいのか?」


 彼女は極度の男嫌いだ。

 それも、会うたび手に持ったセプターで頭をかち割ろうとしてくるほどの。


「不本意ではありますが、それが最善なので仕方ありません。なによりマスターの命令ですから。ただ……間違ってヒールを忘れてしまったらごめんなさい」

「良い笑顔でよく言うぜ」


 ヴァネッサの命令を受けてのことだ。

 本当にヒールを忘れるなんてことはないだろう。


 ただ、嫌がらせ程度は覚悟しておいたほうがいいかもしれない。いまも気持ち悪いぐらいにこやかな顔を向けてくる彼女を見ると、そう思わざるを得なかった。


「代わりにその子にはドーリエの回復を頼みたい」

「クララ、いけるか?」

「う、うん。不安だけど……」


 人見知り特性を発揮しているようで、クララはいまにも泣きそうだ。そんな彼女にルナやユイン、マキナが寄り添う。


「大丈夫だよ、クララ。ボクが近くにいるから」

「あ、ありがとルナさん……!」

「ララたん、わたしもなるべく近くで戦うよ!」

「わたしもです」

「マキナさん、ユインさんもありがと……!」


 どうやらクララのほうは心配いらなさそうだ。

 そんな微笑ましい光景を見てか、場の空気が和みはじめた。それを見計らってか、ヴァネッサが会議をしめにかかる。


「ひとまずこんなところだね。なにか質問はあるかい? ……ないなら、これで解散だ」


 ヴァネッサに続いて、アッシュはラピスとともに立ち上がる。

 それを機に、ヴァネッサが周囲を見回した。ソレイユメンバーたちが顔を引き締めたのを確認したのち、最後にこちらを向いてくる。


「いよいよ明日だ。よろしく頼むよ」


 その言葉にアッシュはクララ、ルナとともに力強く頷いて応えた。


 約20日間に渡って準備してきたリッチキング戦。

 その仕上げが、ついに明日行われる。


 誰も討伐できていない魔物への挑戦。

 アッシュは、これ以上ないぐらい気持ちが昂ぶるのを感じていた。



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