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五つの塔の頂へ  作者: 夜々里 春
【朽ちた遺物】第二章
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◆第十三話『敵の根城』

 最大強化レリックの前では2、3等級の魔物は相手ではなかった。振れば一掃。ほぼ詰まることなく1日目にして26階へ。2日目の昼を迎える頃には30階に辿りつくことができた。


 ――黒の塔30階。


 奥に現れた主は宙に浮遊していた。


 真っ黒なフード付きローブを羽織っただけの簡素な格好。覗く顔も、伸びた手もスケルトンと変わらず人骨でしかない。足は存在しないのか、ただローブの裾がひらひらと舞うだけだった。


 主の両手には鎌が握られていた。三日月のように弧を描いた刃は、人の首を一度に5つ刎ねても余りそうなほど長い。


「し、死神みたい……」

「みたいじゃなくて、そうだね」

「ああ、グリムリーパーだ」


 試練の塔でも戦ったことがある魔物だ。


 ただ、こちらのほうが体も鎌も一回り大きい。

 それに雑魚ではなく主として出現している。これまでの経験からも完全に別物と考えたほうがいいだろう。


「こっちから仕掛けるッ!」


 アッシュはひとり抜け出し、逆手に持ったスティレット(レリック)を振り上げた。斬撃が巨大な発光体となって放たれ、敵へと襲いかかる。


 斬撃が接触する瞬間、敵はその姿をスッと消し、斬撃が通り過ぎてから再び姿を現した。その体にはどこにも傷がない。


「すり抜けたっ!?」


 クララが驚愕の声をあげる。


 その間、敵はすぐあとに生成された光のカーテンを避けたのち、虚空を斬り裂くように鎌を二度を振った。交差する形で生成された黒線の斬撃2本がこちらに向かってくる。その鎌の大きさもあいまって相当に範囲が広い攻撃だ。


 アッシュはすぐさま地面を薙ぐようにスティレットを振り、眼前に光のカーテンを生み出す。防げなかったときのことを考えて後退したが、杞憂に終わった。黒の斬撃は光のカーテンに衝突すると同時、バシュッと音を鳴らして散った。


 だが、安心する暇はない。

 視界の中、姿を消した敵が瞬きする間に光のカーテンの右端――切れ目に現れていた。さらに敵はすっと消える。


 次はいったいどこに現れるのか。

 警戒を強めながら迎撃準備をしていると、ぞっと寒気がした。


「アッシュ、後ろ!」


 ルナの声が聞こえるよりも早く、アッシュは振り向きざまにスティレットを振っていた。視界に映り込む黒のローブ。敵も鎌を振り上げていたか、致命傷を避けるためか。攻撃を諦めて、すぐさま姿を消した。


 アッシュは思い切り叫ぶ。


「走れ! 足を止めるな!」


 全員が散り散りになって駆け出す。敵は姿を消しては瞬時に誰かひとりに接近し、鎌を振るってくる。まるで慌てた様子がなく、不気味としか言いがない。


「か、髪の毛切られるッ!」


 クララが必死の思いで逃げている。

 時間的にもあまり余裕はなさそうだ。


「瞬間移動でもしてるのか!?」

「いや、敵は光のカーテンを避けてた! おそらくだけど消えてる間に高速移動してるんだと思う!」

「だとしたらッ」


 襲ってくる場所を限定すればいい。


 アッシュは全員を呼び集めたのち、即座に両脇から真っ直ぐ前へと向かって地面を振り上げ、光のカーテンを生成。さらにすぐ後ろにも蓋をするように光のカーテンを描き出した。


「なるほどね……!」

「え、どういうことっ!?」


 即座に理解したルナとは相反して、クララは混乱していた。


「あっちのカーテンがないところに敵が現れる。そしたら全力でフロストレイを撃ち込めばいい!」

「よくわかんないけど、わかった!」


 クララが返事をしてから、間もなく――。


 光のカーテンで蓋をしていないほうに敵がすっと現れた。どうやらルナの推測は当たりのようだ。


「一気に決めるぞ!」


 敵も鎌を振り上げているが、こちらのほうが早かった。

 混ざり合う形で襲いかかった三様の攻撃が敵に命中。まるで浄化されるように敵はその色を失くすと、耳障りな嘆き声を残して消滅した。


 ほぼ同時、壁代わりにしていた光のカーテンが消えた。三匹のガマルたちがぴょんぴょんと跳ねながら、敵が落としたジュリーを食べに向かう。


「白の30階は少し手間取ったけど、こっちは一瞬だったね」

「レリックのおかげだな」

「だね。それにしても……まだ時間あるけどどうしようか」


 そうルナが訊いてきたときだった。


「このまま38階まで行こうっ」


 クララが戦利品漁りを中断し、意気揚々と声をあげた。

 あまりにも予想外で、アッシュはルナと揃って目を瞬いてしまう。


「珍しいな。どうしたんだ?」

「……もしかしたら熱があるのかも」

「もうっ、2人ともひどい! あたしだってやる気になるときはあるよっ」


 頬をぷくっと膨らませるクララ。

 やる気になるのはいいことだ。

 ただ――。


「本音は?」

「は、早くついたらあとでゆっくりできる時間作れるかなぁ~って……」


 クララは窺うようにぼそぼそと口にした。

 正直者というかなんというか。


「そのほうがクララらしくて安心するよ」

「まったくだ」

「うぅ……」


 クララが恥ずかしそうに俯きながら赤面していた。

 そんな彼女を横目に、アッシュはルナと笑い合う。


「じゃあ、ゆっくり休むためにも頑張って残り8階、昇るか!」



     ◆◆◆◆◆


 黒の塔31階に足を踏み入れたとき、アッシュは思わず顔をしかめてしまった。


 焼け野原のように黒ずんだ土。

 葉が一枚もない枯れた樹々。

 どこかしらが欠損した無数の墓石。

 そして立ち込める、深い霧――。


 墓地をさらに不気味にしたような光景が広がっていたのだ。


「お化け出そう……」


 クララはすっかり怯えてしまったようで、服のすそを掴んで放してくれなかった。


「出そうっていうか、これは出るだろ」

「えぇ~……」


 そんなクララが情けない声を出した、瞬間。

 前方の墓石近くの土が不自然に盛り上がった。そのまま噴き上がるように隆起すると、土を飛ばしながらなにかが飛び出してきた。


 全身土まみれだが、ほぼ人間と変わらない形状の魔物だ。ただ、その肌はひどく爛れ、人間からはかけ離れている。魔物は剥き出しの眼球をぐりぐりと動かしてこちらを捉えると、足を引きずりながらゆっくり向かってくる。


 クララがぐわしっと体当たり気味に抱きついてくる。


「ひぃっ! な、なんか気持ち悪いの出てきたっ!」

「ゾンビだね」


 クララとは対照的に、ルナはひどく冷静だった。

 誰よりも早くに動き出し、敵の額を矢で射抜く。だが、それでもゾンビは足を止めずに向かってきた。


 さらにルナは矢を射続けたが、倒すまで必要とした矢は実に3本。いま、ルナの弓には白の属性石が4つ装着されている。それを考えると、とてつもない耐久力だ。


「足は遅いけど、その分タフだね……」

「処理が遅れると一気に囲まれそうだな」


 ルナが1体のゾンビを倒す間に周囲の土から追加のゾンビが5体も飛び出してきていた。さらにまた土が盛り上がり、5体が追加。計10体が四方から迫ってくる。


 アッシュは迫りくる敵へ向かってスティレットを振るい、斬撃を放った。そこかしこで白い光に包まれたゾンビたちが呻き声をあげる。まるで溶けるように肌が失われていくと、やがて骨だけになってその場に崩れ落ちた。


 骨は瞬く間に粉となり、霧にまみれるように消えていく。


「こいつらも一撃か」

「見るからにアンデッドな敵だしね」

「お、終わったぁ……?」


 背中に隠れていたクララが顔を覗かせながら訊いてきた。


「ああ。っていつまでそうしてるつもりだ」

「だって気持ち悪いのはちょっと……」


 クララが渋々といった様子で離れる。

 その様子をルナが神妙な面持ちで観察していた。


「ん~こういうのがいいのか……」


 いったいなんのことを言っているのか。

 その疑問は次にゾンビが出てきたときに判明した。


 右方に4体。

 左方に5体。


 ゾンビがまたも地面から飛び出てきた、そのとき。

 今度はルナがぴとっとくっついてきた。


「あ~、怖いよー。アッシュー、助けてー」

「……棒読み過ぎるだろ」


 なにを考えていたのかと思えば……。

 アッシュは呆れつつ、スティレットを二度振ってゾンビをさくっと排除した。


「なかなかクララみたいに上手くできないものだね」

「そ、その言い方だとあたしが演技してるみたいじゃんーっ!」

「あれ、違ったの?」

「違うよっ。ってもうっ、ルナさんからかうのなし!」


 クララの抗議をルナが笑っていなしたとき、視界の端で影が動いた。


 それは人型でありながらクモのように両手両足で地についた。肉体そのものが影であるかのように黒く、目は血のように赤い。胴体を深く落としたのち、涎を垂らしながらこちらを見つめてくる。


「グールだっ」


 アッシュはすぐさま斬撃を放つが、かすらせることもできなかった。グール――敵は勢い良く飛び退くと、近くの樹の上に着地。当ててみろとばかりに長い舌を出して挑発してくる。


 移動速度の遅いゾンビとは対照的にグールはとても俊敏だ。属性石で放つ斬撃では、まともに撃ったところで捉えるのは難しいだろう。


「ルナ、いけるか!?」

「了解っ」


 と、ルナは一射目を牽制にして放ち、敵が着地した瞬間を狙って2射目を命中させた。怯んだところに、さらに3射目も当てて瞬時に処理してみせる。


「さっすがルナさん!」

「グールはボクが攻略した試練の塔にいたからね」


 少し得意気にルナが返答した、直後。


 新たに3体のグールがどこからともなく出現。1体が即座に飛びかかってきた。眼前に着地すると、長い爪を伸ばしてくる。アッシュはソードブレイカーでそれを受け流しながら、スティレットを敵の顔面に突き刺して迎撃、消滅させた。


 その間にルナも1体を処理していたが、残り1体が驚くべき行動をとっていた。追加で現れたゾンビ5体のうち、1体を押し倒していたのだ。その口でゾンビの腐肉をむしり、むさぼっている。試練の塔では見られなかった行動だ。


「あいつ、ゾンビを食ってやがる……っ!」

「うわぁ……」


 捕食中とあって敵は足を止めている。その機会を狙ってルナは矢を射るが、グールは驚くほど素早い動きで回避。地面を蹴って勢いよく襲いかかってくる。


 先ほどよりも明らかに速い。敵の劇的な変化に驚きつつ、アッシュは半ば反射的に前へと出た。限界まで身を低くして待機。敵が頭上を通り過ぎるタイミングで一気にスティレットを突き刺した。耳をつんざくような慟哭を残して敵が消滅していく。


「さっきとは段違いに速いぞ……!」

「ゾンビを食べたからかも!」

「だとしたら、ここは餌の宝庫だな……っ」


 なにしろ、そこかしこからゾンビが湧いてくるのだ。

 これは悠長に狩っている暇はなさそうだ。残ったゾンビへとレリックの斬撃を放ちながら、アッシュは指示を飛ばす。


「ルナはグールを集中的に頼む! 俺はゾンビを食べられないように片っ端から処理する! クララもそろそろ働けよ!」

「が、がんばるっ」


 レリックの一撃で倒せる敵ばかりとはいえ、そう簡単にはいかないのがジュラル島の塔だ。アッシュは今一度気を引き締め、墓地の中を突き進みはじめた。



     ◆◆◆◆◆


 初めこそグールに手こずったものの、以降は一度も苦しめられることはなかった。ゾンビを食べさせないよう徹底したこともあるが、やはり闇属性への対策として白の属性石をしっかりとはめたことが大きかった。


 その後も勢いに乗って、アッシュは仲間とともにどんどん階を上げ――。

 ついには38階へと辿りついた。


 遠くで3本の矢が刺さったグールが消滅していく中、ルナが弓をふぅと息をつきながら、弓を下げた。


「グールにももう大分慣れてきたね」

「食べるところさえなければ、なんとか……!」


 こくりと頷くクララだが、その顔は引きつっている。


「上に行けば、もっとえぐいのがいるかもしれないからな。いまのうちに慣れとくのがいいかもだぜ」

「あれよりって……そんなの見たくないーっ」


 そんな悲鳴をあげたクララが急にぴたりと止まった。

 あるほうを指差しながら、きょとんとしている。


「ねえねえ。あっちのほう……おっきなお城があるんだけど」


 クララが指差したほうを見る。


 と、不自然に霧が晴れた箇所があった。

 そこには彼女の言うとおり城が鎮座している。


 広々とした前庭に巨大な門。城を包むように屹立する4本の尖塔。城壁はないものの、とても立派な造りだ。王を名乗るものが住んでいてもおかしくはない。


「なんだあれは……」

「こんなの、初めてだね」


 これが塔の中だというのだから本当に驚きだ。

 クララがぎゅっと腕を掴んでくる。


「アッシュくん、なんだかいやな感じがするよ……」

「明らかにほかとは違う造りだし。ここは38階だ。もしかしたらあそこにリッチキングがいるのかも」


 ルナと同じ見解だった。

 これまでのレア種も、ほかとは違った造りの場所に存在していたことを踏まえれば、あの城内にリッチキングがいる可能性はかなり高いと言える。


「まさか行くって言わないよね……?」


 城のほうをじっと見つめていたからか、クララが強張った声音で訊いてきた。実を言うと、初めは様子見も兼ねてちょっかいをかけようかとも思っていた。だが、城のほうから漂う空気を肌に感じて、考えが変わった。


「いや、やめとく」

「アッシュ。今回ばかりはさすがにやめたほうが……って、え?」


 ルナが目をぱちくりとさせていた。


「アッシュのことだから、てっきり行くものだと……」

「なんだ、行ってほしいのか?」

「そんなわけないよ。もし行くって行っても全力で止めるつもりだったし」


 焦るルナに、アッシュは肩をすくめて応じた。


 気にならないと言えば嘘になる。

 ただ、今回ばかりは痛い目を見るだけでは済まないような気がしてならなかったのだ。


「時間も時間だし、ここで帰還するか」

「そうだね」

「うんうんっ」


 ルナもクララも揃って心底安堵しているようだった。


 アッシュは2人とともに来た道を戻りはじめる。

 ただ、最後に一度だけ振り返って城を見やった。


 おそらく、あそこにリッチキングがいる。

 まだその姿を見ていないが、ほぼ確信のようなものを抱いていた。


 ――自分が想像しているよりも、ずっと強大な敵かもしれない、と。



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