◆第六話『白の塔・2等級階層』
そこかしこに落ちた、雲の合間から漏れる日射しのような光。多くが白で彩られた鬱蒼とした森。そしてひんやりとした静謐な空気――。
まるで現実ではないような空間が、そこには広がっていた。
白の塔。
2等級階層の11階。
アッシュは眼前に迫ったスケルトンファイターの剣を受け止めつつ、もう1体の同種の両腕をスティレットで斬り裂いた。沈黙した骨の体を蹴り飛ばし、受け止めていた敵の四肢も斬り落として解体する。
と、視界の端に眩い光が映り込んだ。半ば反射的に飛び退くと、すぐそばの地面に白い発光体が衝突。弾けるように飛び散った。
白球が飛んできたほうを辿った先、立っていたのは杖を持ったスケルトン。赤、緑、青の塔では出てこなかった魔術師型だ。
魔術師は杖をかざし、またも白球を放ってくる。アッシュは転がるようにして避けたのち、スティレットを握る手に力を込めた。
――魔法の類と同じなのですが、ただ望むだけで発動できますよ。
ミルマによる助言を脳内で再生しながら、虚空を裂くようにスティレットを振り下ろす。と、斬った軌跡が光を持ち、三日月形を成した。さらに凄まじい速度で突き進むと、魔術師を左右真っ二つに両断。奥でふっとかき消えた。
その間、先ほど対峙していたファイターのうち、1体がむくりと起き上がった。腕はないが、両脚がまだ残っている。そこを裂くように斬撃を放ち、スパッと切断した。無力化したファイターが今度こそ消滅していく。
「ははっ、こりゃいい……!」
あまりの使い勝手の良さに、アッシュは思わず笑みを零した。
少し離れたところで観戦していたルナが歩み寄ってくる。
「どうだった? って訊くまでもないね」
「ああ、最高だ。でもユインが使ってた奴より太いし色も濃かったよな」
「属性石が1つ多いからじゃないかな。彼女のは5つだったし」
なるほどな、と思いながらスティレットをかざしてはめた属性石を見る。と視界の端に頭を抱えるクララが映り込んだ。
「どうしたんだ、クララ?」
「う、うん。いまの見たら、あたしの出番なくなりそうって思って……」
それで不安になっていたというわけか。
なんとも彼女らしい悩みだ。
「まあ、現状は飛距離が出ないみたいだしな。それにフロストレイより威力もなさそうだし、気にする必要はないんじゃないか」
と、そこまで言い終えたときだ。
樹の陰から敵が飛び出てきた。
大きさは人の頭ほど。
色こそ白色だが、形状はまるで炎そのものだ。
「スピリットかっ」
敵は踊るように舞うと、幾つもの燐光を空中に散布した。まるで雪のごとく落ちたそれらは空中でぴたりと止まり、弾かれるようにしてこちらに向かってくる。
「散れ!」
「うわぁああっ」
全員が慌ててその場から飛び退いた。
各人が先ほどまで立っていた地面に燐光が突き刺さり、小さな穴を幾つも作り上げる。
アッシュはすかさずスティレットを振り上げて斬撃を放出。敵に当てるが、わずかに後退させるだけに終わった。さらにもう一発見舞うが、やはり消滅させるまでには至らない。
と、ルナの矢がスピリットに刺さった。スピリットは矢を抱いたまま大きく揺らぐと、奇声を発しながらすぅと溶けるように消滅していった。
「こういった霊体系は同属性に対する耐性が強いみたいだね」
言って、ルナが弓を軽くかざして得意気に笑った。
レリックから放たれる斬撃は聖属性そのもの。
まさに先の聖属性の塊とも言うべきスピリットには通用しないというわけだ。
「だな。てことで、そういう系は二人に任せる」
「やった、仕事できた!」
先ほどまでの不安な様子はどこへやら。
元気を取り戻したクララの声を合図に、アッシュは先へと足を進めた。
◆◆◆◆◆
白の塔の2等級階層に踏み入ってから2日目。
アッシュは仲間とともに18階から昇りはじめ、試練の間に到達。主との交戦を開始していた。
「だめだ! 攻撃が当たらない!」
「あたしのもダメみたい!」
ルナの矢とクララのフロストレイが揃って敵の体を通り抜けていく。
敵の体はうっすらと透けていた。形状は人間の女性型。青の塔20階のフロストクイーンと容姿は似ているが、こちらが身に纏うのは聖職者のような法衣だ。裾を優雅になびかせながら、いまも床の上をすべるように移動している。
アッシュは敵へと肉迫して2本の短剣で斬りかかるが、感触なく虚空を斬るだけに終わった。後衛二人と同様、こちらの攻撃も当たらないようだ。
と、敵はこちらをすり抜けて背後に回り込むと、掌に息を吹きかけるように開けた口から小さな白球を出した。それは明滅した直後、カッと強い光を発して弾け飛ぶ。
予想外の広範囲に及ぶ衝撃に、アッシュは避ける間もなく弾き飛ばされた。床の上を跳ね転がったのち、膝を立てて飛び起きる。不覚をとった悔しさから思わず舌打ちしてしまう。
「アッシュくんっ」
「大丈夫だ! 大したことはない!」
ヒールをかけようとしてきたクララを制止する。
勢いよく弾き飛ばされたが、その程度だ。
戦闘に支障が出るほどの怪我はない。
そんなことよりいまは敵にどう攻撃を加えるかだ。
これまでも挑戦者がこの階を突破している。
完全に無敵ということはないだろう。
「必ず攻撃できる機会があるはずだ! それまで耐えるんだ!」
そう叫んだとき、敵がふわりと舞って広間の中央に下り立った。さらに両手を広げながら、くるくると横回転をはじめる。いったいなにをしているのかと思った矢先、広がった法衣の裾から無数の白球が溢れ出てきた。
波のごとく迫ってくるそれらから逃げんと、アッシュは急いで壁際へと走る。ほぼ間を置かずに後方から凄まじい炸裂音が響いてきた。押し寄せる突風の中、腕で目を庇いながら振り返る。
と、敵がまるで祈るように両手を合わせ、天を仰いでいた。戦いの場において、なんとも不釣合いなしぐさだが、ほかにもっと目につくことがあった。透けていた敵の体が色づいていたのだ。
――ここが攻撃の機会か。
ルナとクララもそう思ったのか、素早く攻撃をしかけていた。クララはお馴染みのフロストレイ。ルナは氷片を散らす青の矢だ。しかし、どちらの攻撃もなんらかの壁に阻まれ、敵に届く前に勢いを失っていた。
楽に攻撃はさせないということか。
もっと高威力の攻撃なら届いたかもしれないが、どうやら現状では難しいようだ。
二人の攻撃が行われている間にも、アッシュは駆けていた。だが、敵に辿りつくよりも先に異変が起こる。
まるで敵の祈りに応えるように、天井から広間全体に光の柱が幾本も射した。それらは上下の両端から縮まり、やがて衝突した瞬間に球形へと変化。その場で宙に浮遊しはじめる。
大きさは人を丸呑みできるほど。
それらが先ほど敵が口や服の下から出した白球と同様に明滅しはじめる。
いやな予感しかしなかった。
だが、逃げようにも至るところに大きな白球は浮いている。試しにスティレットを振って斬撃を飛ばしてみるが、属性の関係からか効果はない。
「アッシュ、その場でじっとしてて!」
ルナの声が聞こえたかと思うや、近場の白球に矢が突き刺さった。
瞬間、白球は控えめな破裂音を鳴らして消滅する。
どうやら攻撃を受けたことで不発に終わったようだ。
ほぼ同時、ほかの白球が一斉に爆発した。
まるで地鳴りのような音が響き渡ったのち、広間は霧のような光で満たされる。きらきらと煌く美しい光景とは裏腹に凄まじい衝撃音だった。
ルナのとっさの機転がなければ爆風から見ても完全に巻き込まれていた。アッシュは冷たい汗が背中をつぅと流れる中、ルナへと叫ぶ。
「助かった!」
「さっきの球、スピリットと同じみたい! だからアッシュのレリックじゃ効かないんだと思う!」
そう叫んだルナのそばにはクララもいた。
どうやら彼女も無事に先の攻撃をやり過ごせたようだ。
アッシュは安堵しつつ、敵のほうを振り返った。
瞬間、思わず顔をしかめてしまう。
敵の体がまた透けていたのだ。
「元通りかよっ」
アッシュは急いで敵へと接近した。攻撃が通じないとわかっていても離れるわけにはいかない。離れれば後衛の2人に標的が移るかもしれないからだ。口から出される白球を回避しつつ、ひとり敵の目を引き続ける。
「さっきの祈ってるときなら攻撃は通じるみたいだけど、ボクたちの攻撃じゃ届かなかった! アッシュが決めるしかない!」
ルナの声が飛んできた。
「っても、その前の白球が邪魔で近づくのが難しい!!」
「フロストクイーンのときと同じで、あたしがウインドアローで壊すよ! だからアッシュくんは真っ直ぐに走って!」
クララは血統技術《精霊の泉》の持ち主だ。
無尽蔵の魔力を用いて無数のウインドアローを放つことができる。
たしかに彼女の攻撃なら先の白球群を一掃できるかもしれない。
「わかった、任せた!」
「ボクはクララのサポートに回る!」
取り決めが終わった直後、再び敵が広間の中央へと下り立った。踊るようにその場で横回転を始めると同時、服の下から無数の白球を出してくる。見るのは二度目だ。どの程度まで押し寄せてくるかは感覚で掴んでいる。
アッシュは当たらない限界のところで待機。白球が爆発したのを機に走り出す。敵の祈りが終わり、射し込んだ光の柱が白球へと変貌していく。それらが爆発すれば無事では済まないだろう。だが、当たる心配はない。
クララのウインドアローが白球を次々に撃破していく。
撃ち漏らしもあったが、ルナが見事に射抜いている。
「行って!」
「アッシュ!」
二人の声に押されるがまま、アッシュは一気に敵へと肉迫した。後衛二人の攻撃を阻んだ壁の辺りでスティレットを突き出すと、パリンっという音とともに透明の板のようなものが弾け飛んだ。どうやらこれが遠距離攻撃を阻んでいたようだ。
アッシュは勢いを殺さずに敵の腹へとスティレットを突き込んだ。
敵が耳をつんざくような金切り声をあげながらもがき苦しむ。離れろとばかりに爪を立てた手を振るってくる。それらを避けながら、さらに2本の短剣で攻撃を加えていく。
ルナの矢が3本続けざまに敵の頭、胸、腹の中心を射抜いた。敵が大きく仰け反り、倒れはじめる。その間にアッシュは敵の背後へと回り込み、全体重を乗せたスティレットを繰り出した。
およそ人の肉を刺したとは思えない小気味良い音が鳴った。敵は体を大きくしならせたのち、そのままの体勢で消滅しはじめる。聖職者の格好もあいまってか、燐光を残して消え行くさまは、まるで天に召されたかのようだった。
「フロストクイーンと似てたけど、こっちのが強かった気がする……」
「いまの装備じゃなかったらもっときつかったかもね」
近くまで来たクララとルナが、そんな感想を漏らした。
たしかに「白の塔はあとにしろ」と言われるわけが実によくわかる敵だった。
アッシュは彼女たちと掌を打ち合わせる。
「おつかれ。二人とも最高の援護だったぜ」
そう褒め称えると、クララが嬉しそうにふにゃっと顔を崩した。
ルナのほうもまんざらでもないといった様子だ。
「さてと、戦利品の確認だな……って」
「あはは……相変わらずだね」
いつものごとくクララが誰よりも早く戦利品の確認を行っていた。ルナと一緒になって苦笑したあと、小さな背中に問いかける。
「どうだー、クララ。いいのあったか?」
「えとね、武器の交換石が2つ。あと……あっ!」
なにかを高速で掴み取ったあと、クララはぴょんっと跳ねるように立ち上がった。
「ルナさんルナさんっ、手出して!」
「うん?」
首を傾げたルナに、クララが紫色の強化石を手渡した。
「これ、毒の強化石だよねっ」
「……ほんとだ」
ルナは信じられないといったように目を瞬いている。
「えっと……いいのかな? ボクがもらっても」
「そういう約束だったろ。っていうかもらってもらわないと俺が困る」
麻痺だけでなくレリックやその他諸々。
チームだからと融通してもらっていることが沢山あるのだ。
これでルナが受け取ってくれなければ立つ瀬がなくなってしまう。
「たしかに。それじゃ、アッシュのためにも頂くよ」
ルナは若干ためらいつつも、ぎゅっと毒の強化石を握りしめた。
「実は、全然でないから買っちゃおうかなって迷ってたんだ。リッチキング戦では使わないだろうけど、普段の狩りでは絶対に役立つし」
「なら買う前に出て良かったな」
「うん。でも、幾つあっても損はないんだけどね」
麻痺や毒、出血。軽量化や硬化の強化石は、同種のものをはめることで効果が増す仕組みとなっている。つまりルナの場合、毒の効果を高めたければさらに毒の強化石をはめる必要があるわけだ。
「リッチキング戦のあとにでも本格的に毒の弓矢を作ってみようかな」
毒の強化石を見つめながら、ルナが楽しげにそうこぼした。
等級が上がることで安全にはめられる強化石の数も増える。
そうなれば戦い方の幅も増えることになる。
アッシュは剣帯に収めた短剣をさすった。
レリックは白の属性石しか選択肢はないが、ほかの鞭やソードブレイカーは別だ。
今後、どのように強化していくべきか。
初期の頃とは違って、いまでは塔の知識も少しはある。その中で強化石の組み合わせを考えるのは、なかなかに心躍るものがあった。





