◆第四話『白の塔』
空間を派手に貫く青き光線。
その脇を彩るように飛んでいく氷の矢。
瞬く間に伏した5体のゴブリンが弾けるように散った。燐光が空気に溶け込む中、宝石がカランカランと音をたてて床に転がり落ちる。
「やっぱり最初の広間はゴブリンなんだな」
ソレイユ本部を出たあと、早速白の塔へと足を踏み入れていた。いまは洗礼部屋とも言われる最初の広間を制圧したところだ。
「色的に不釣合いだよね。周り白い中に緑って」
クララが周りを見ながら言った。
白の塔はほんのりと暗みを帯びた白色が基調となっている。おかげで体が緑のゴブリンはひどく目立っていた。
「にしても悪いな、ルナ。こっちも1階からで」
「それは言わない約束だよ。それに二人とならすぐに昇れちゃうだろうしね」
「黒の塔のゴーストみたいな奴、やっぱりここにもいるのか?」
「みたいなのっていうか……って、話してたら出てきたね」
奥の通路から広間内に飛び込んできた5体のゴブリンファイター。その後ろに続く形でゴーストが漂っていた。
まさしく黒の塔でも見た人魂のような姿だ。
足がなく、ゆらゆらと宙に浮いている。
ただ、こちらは黒の塔のものと違って、その手に杖を握っている。もしかすると魔法を撃ってくるかもしれない。そう観察している間にもゴブリンが前衛2、後衛3の隊列を組んで突っ込んできた。
アッシュはゴーストの魔法を警戒しながらソードブレイカーとスティレットを構えて前へと踏み出た。ゴブリン1体をソードブレイカーで受け、後続の2体に当たるよう弾き飛ばす。
無事な2体のゴブリンには、そばを駆け抜けざまにスティレットの尖端を喉に当て、斬り裂いた。揃ってばたりと倒れた2体のゴブリン。だが、その体が眩く光りはじめると、傷が見る間に塞がった。むくりとゴブリンたちが起き上がる。
見覚えのある現象だと思ったが、これはまさしくヒールだ。
放ったのは言うまでもない。
「あいつ、ヒールが使えるのかっ」
「うん。だから最初に狙わないと厄介なんだ」
ルナは冷静に答えながら矢でゴーストを射抜いた。すとんと壁にはりつけになったゴーストが金切り声をあげながら消滅していく。
回復役を失ったゴブリンなど相手ではない。アッシュは半ば暴れるようにして5体のゴブリンを屠った。ふぅと息をついて上体を起こす。
「あのゴースト、まるでクララみたいだったな」
「あたし、あんな薄くないし空も飛んでないよっ」
「地縛霊的な意味でってことじゃない?」
「もう、ルナさんまでっ」
1階とはいえ、冗談を言い合うほど余裕がある。
これもきっと全員が成長した証だろう。
「とりあえずいまの装備なら問題なく進めそうだ。ひとまず10階まで駆け上がるぞ!」
「おーっ」
◆◆◆◆◆
ひょろろろ、と声をあげながら宙を漂う2体のゴースト。そこに1本ずつ鋭い矢が吸い込まれるように刺さると、どちらもその色を失くし、ふっとかき消えた。
残ったのは鞭持ちゴブリン3体と根型魔物が3体。いまも血気盛んに向かってきているが、機先を制すようにクララのフロストレイが前衛の球根型魔物2体と奥のゴブリン1体をぶち抜いた。
残りは3体と少ない。
アッシュは2本の短剣を後ろに流して構え、敵中に突っ込んだ。敵が迎え撃たんと襲いくる。それらをかいくぐるように剣を振り、駆け抜けた。低くしていた体勢をもとに戻したと同時、後ろで魔物たちが揃って弾けるように消滅する。
「後ろ大丈夫! 湧いてないよ!」
後方確認をしたクララが声を張り上げる。
「よし、一気に抜けるぞ!」
アッシュは指示を飛ばし、9階から10階に至るまでの坂を上がりきった。順番に踏破印を刻んだのち、ようやく一息つく。
「ルナのおかげでゴーストがいないも同然だな」
「いまはサラマンダー戦用に属性石3つもはまってるからね。一撃で仕留められなかったら厄介だよ」
たしかにゴーストのヒールは面倒だ。
もし火力が不足していたなら満足に進むことはできなかっただろう。
「さてと今日は昇りはじめた時間も遅かったし、これで仕上げといくか」
言って、アッシュは広間の奥――レリーフが施された荘厳な壁へと向かった。
◆◆◆◆◆
いまや見慣れた試練の間。
最奥のゴブレットに炎が灯ると同時に主が姿を現した。
人型だ。
大きさは通常の人間よりも一回り大きいぐらいか。全身を輝く白銀の鎧で包み、右手には長剣を、左手にはその巨体をすっぽり覆うほどの大盾を持っている。
「鎧人間か」
「ま、眩しい……っ」
「まさに聖なる騎士って感じだね」
がしゃんがしゃんと音をたてながら鎧人間が歩き出した。かと思いきや、力強く床を蹴りつけて跳躍。剣を上段に構えながら、こちらに向かってくる。
「避けろ!」
散開直後、先ほどまで立っていた場所に敵が着地。地鳴りのような音とともに地面が大きく抉られた。さらに振り落とされた剣が地面に亀裂を走らせる。
「こいつッ!」
アッシュは即座に敵へと肉迫。側面からスティレットを突きつける。が、阻むように割り込んできた盾にガンッと受け止められた。ほぼ同時、攻撃をされていないにもかかわらず、なぜか頬に一本の切り傷が走り、血が散った。
驚く間もなく、敵が長剣を振りかざしてくる。
アッシュはすかさず後退し、頬傷から流れた血を肩で拭った。
「くそっ、なんだこれっ」
「たぶんヴェンジェンス――反射の魔法がかかってるんだ!」
「厄介だな……!」
たしか反射効果を持つ強化石があったはずだが、それと同じだろうか。いずれにせよスティレットでもあの盾は貫けなかった。傷ひとつ入っていないことからも、破壊できないものと考えたほうがいいかもしれない。
「アッシュ、こっちに背中を向けさせて!」
「了解だっ!」
鎧人間の背面へと素早く回り込む。これで敵がこちらを向けば、ルナに敵の背後をとらせることができる。と、敵は少し屈んだかと思うや、そのまま大きく飛び退いた。意地でも背後をとらせる気がないらしい。
「見た目に似合わずほんと機敏だな……っ!」
これだけ離れていたなら反射しても問題ないと判断したか、クララとルナが揃って攻撃を繰り出した。だが、フロストレイは盾に当たるなり拡散するようにして消え、矢は虚しい音をたてて床に落ちてしまう。
「えぇ、まったく効かないんだけど!」
「あの盾がある限り無理そうだね……」
二人の攻撃でも傷がつかないとなると、やはりあの盾は破壊不可能とみて間違いないだろう。ならば、どうにかして盾を躱して本体に攻撃を食らわせるしかないが――。
敵がまたも跳んだ。
向かった先は――ルナだ。
彼女は即座に床を転がって敵の着地点から逃げ延びる。が、敵は着地後にまたもルナを標的に定めていた。ほぼ硬直なしに剣を真横に流すと、すぐさま薙ぎの一撃を繰り出す。
まろぶようにしてルナは回避するが、逃がすまいと敵は追撃をしかける。ときに鋭い音を鳴らして空気を斬り、ときに轟音を鳴らして床を砕く。その豪快な攻撃を前にルナは避けるだけで精一杯といった様子だ。
このままではいつか捉えられてしまう。アッシュは地を這うように駆け、敵の背後目掛けて飛びかかる。敵がこちらの接近を悟ってか、すぐさま剣を引いて膝を軽く曲げた。また飛び退くつもりか――。
と、ふいに敵がもがくように腰を振りはじめた。いったい何事かと思いきや、敵の足に幾つもの黒い手が絡みついていた。これは黒の塔で入手した妨害魔法ゴーストハンドだ。
「アッシュくん!」
クララの声を受けて、アッシュは敵の背後へと回り込み、全体重を乗せてスティレットを突き刺した。敵からまるで猛獣のごとく呻き声が漏れる。
アッシュはスティレットを引き抜いたのち、敵の肩に飛び乗った。頭の天辺へとスティレットを勢いよく刺し込む。さらに敵が慟哭をあげる。
だが、敵が消滅する気配はいまだに見られない。
むしろ頭を激しく動かし、振り落とそうとしてくる。
「ルナッ!」
声をかけるよりも早くルナは矢を射ていたようだ。1本、2本と次々に鎧を貫いて矢が突き刺さっていく。優に十を超える矢が突きたてられたとき、敵がついによろめいた。よたよたと後ろへ下がり、ずしんと音をたてて背後から倒れる。
アッシュは下敷きにされないように飛び退いたのち、消滅しはじめた敵を見てスティレットを収めた。視界の中、ほぅと優しい光が映り込む。クララが頬傷を治すため、ヒールを使ってくれていた。
「しかしここでゴーストハンドとはな。クララ、良い機転だったぜ」
「でしょ~! って言っても、実はさっきまでゴーストハンドの存在忘れてたんだけどね……」
目をそらしながらばつが悪そうにするクララ。
忘れていたのは問題だが、それでも最高の機会で放ったことは間違いない。
「ルナも怒涛の攻撃だったな」
そう声をかけながらルナのほうを見たところ、嬉しいというよりほっとしたような顔をしていた。目が合うと、彼女は少し困ったように軽く弓をかかげた。
「あの主、1、2等級程度の武器じゃ押し切るのは難しかったかもね」
「そんな感じはするな。レリックはさすがに徹ったが」
「ボクの矢は刺さってたけどぎりぎりな感じだったよ」
そうしてルナと感想を言い合っていると、「うそぉっ」とクララの驚愕する声が広間に響いた。いつものごとく彼女はガマルと一緒に戦利品を漁っているようだが……。
「どうしたんだ、そんな声出して」
「見て! ヒールの魔石!」
言って、彼女が見せてきたのは白色の宝石だった。
アッシュはルナとそろって感嘆の声を漏らす。
ただヒールの魔石は、すでにクララが持っているものだ。つまり売ることになるが――。
「たしかこの前見たとき、1万ジュリーだったような」
とルナが思い出すように言った。
「そんなにするのか」
「やっぱりチームに一つは欲しい魔石だからね」
たしかにヒールを使えるものがいるかいないかで攻略の難易度は大きく変わるだろう。いずれにせよ、その相場どおりで売れればかなり大きな収入だ。ガマルも満足してくれるに違いない。
「でねでね、まだあるんだよ」
クララが口元を思い切り緩ませながら握った拳を差し出してきた。もったいぶるように間を置いてから、ぱっと手を開く。と、そこには2つの白く丸い宝石が載っていた。
「じゃーん、白の属性石2つも出ちゃいましたっ!」