◆第三話『参加表明』
翌朝。
リッチキング討伐参加の意思を伝えるため、アッシュは仲間とともにソレイユ本部を訪れていた。ソレイユメンバーに先導され、ヴァネッサの待つ部屋前へと案内される。
と、荒々しく扉が開け放たれた。
「ラピス? どうしてここに――」
中から出てきたのはラピスだった。
彼女はこちらをひと睨みしたあと、返事をすることなく脇を通り過ぎていった。そのままかつかつと荒い足音をたてながら去ってしまう。
「な、なんかすごい怒ってたように見えたけど」
「アッシュ、なにしたの?」
「……俺にもわからない」
心当たりといえば、彼女の反対を押し切ってリッチキング討伐の参加を決めたことぐらいだ。ほかにはなにもない。……おそらく。
「お、あんたたちかい。待ってたよ」
その声は部屋の中から聞こえてきた。見れば、ヴァネッサが奥のソファにどかっと座って待っていた。アッシュは仲間とともに中へと入り、彼女の対面に腰を下ろす。
ヴァネッサの背後にはドーリエ、オルヴィが控えていた。ドーリエは山のごとく泰然としているが、オルヴィは相変わらずの剣幕でこちらを睨んでいる。
「やーやー、この前ぶりーっ」
「……どうもです」
右手の壁際にはマキナとユインが立っていた。
マキナは相変わらず溌剌とした感じだ。
ユインのほうも古巣に戻ったとはいえ、変わりないらしい。
「ちょうどいいところに来たねえ。面白い展開になったよ」
なにやらヴァネッサが興奮冷めやらぬといった様子で話を続ける。
「あんたたちがリッチキング討伐に参加するなら自分も参加するってラピスが言ってきたんだ」
「……ラピスが?」
すでにいないとわかっていても振り向かずにはいられなかった。
あれだけ毛嫌いしていたソレイユの本部に、なぜ来たのか。ひどく疑問だったが、まさかリッチキング討伐の参加表明のためとは思いもしなかった。
「やけに気に入られてるじゃないか」
「それはないと思うぜ。いつも睨まれてばかりだ」
「きっと好意の裏返しさ」
だったら良いのだが。
実際は本気で嫌われているだけな気がしてならない。
「まあいい。それよりリッチキングの件だ。ここに来たってことは返事を聞かせてもらえるんだろう?」
アッシュはクララ、ルナと目で確認を取ってから返答する。
「俺たちも参加させてもらうことにした」
「そう言ってくれると思ってたよ」
ヴァネッサは満足そうに笑ったあと、静かに宣言する。
「これで必要な矛が揃った。討伐は決行だ」
「マスター。そのことですが……わたくしは彼らの参加に反対します」
そう意見したのはオルヴィだ。
ヴァネッサが威嚇するように目を細める。
「ほう、どうしてだい? 男だからって理由なら認めないよ」
その理由もあったのだろう。
オルヴィは一瞬狼狽していたが、すぐに顔を引き締めて口を開いた。
「単純に挑戦者として力不足だと思っています」
「わたしもオルヴィの意見に同意だ」
「ドーリエ、あんたもかい」
さすがのヴァネッサもチームメンバー二人からの反対には困っているようだった。難しい顔で深く息をついている。
「実力的に……か。ユイン、どう思う? 一緒に狩りをした仲だ。色々と見えただろう」
「はい。粗はありますが、サラマンダー戦を見た限りではもっと上でやれる力はあると思います」
まさかユインがそれほど高く評価してくれているとは思いもしなかった。ただ、そんなユインの発言を聞いてもオルヴィの目は変わらなかった。
「もちろんサラマンダーを倒したことは評価しています。ですが、その程度。さらに格上のリッチキング戦において、重要な役目を果たすに足るほどとは思えません」
重要な役目と口にしたとき、オルヴィが真っ直ぐにこちらを射抜いてきた。どうやら彼女の狙いはこちらのチーム全体ではなく、レリック持ちのようだ。
そこまでだ、とばかりにヴァネッサがため息をついて空気を一変させた。
「レリックの交換石を持ってるんじゃないか……そう疑念を持ったときから、アッシュたちの実力は、あたし自らはかることに決めてたんだ。でないと後ろの二人が納得しないとわかってたからね」
レリックが使い物になるかならないか。その判断がされる前から、どうやらヴァネッサの中でリッチキング討伐の一材料として数えられていたようだ。
「オルヴィ、ドーリエ。こいつらの実力はあたしが保証するよ。そしてレリックを持つこの男――アッシュなら、きっと上手くやるはずだ」
「えらく買ってくれてるんだな」
「あたしは自分の目を信じてるだけさ」
心底そう思っているようだ。
ヴァネッサは自信に満ちた顔でオルヴィ、ドーリエに再び確認する。
「まだ文句あるかい?」
「いえ、マスターがそこまで言うなら」
「……はい」
あっさりと引き下がったドーリエとは相反して、オルヴィは渋々といった様子で頷いていた。その間、こっそり睨まれたのは言うまでもない。
「悪いね、いまさらになって」
「いや、俺もここじゃ異物だって自覚はあるしな」
「そうだねえ。外から見ればハーレムそのものだ」
言って、ヴァネッサは声をあげて笑う。
「手を出したら後ろから刺されそうだけどな」
「それどころか頭をかちわってあげます!」
素早いオルヴィの反応にはもはや苦笑するしかない。
さて、とヴァネッサが話を切り替える。
「リッチキングを倒したあとの話だ。落とした金については頭割りでいいかい?」
「ああ。人数出してるほうが多くもらうのは当たり前だ」
「話が早くて助かるよ。それから金以外の品に関しては……」
彼女の話が続く前にアッシュは割り込む。
「そっちがもらってくれていい。それでいいよな? クララ、ルナ」
「そうだね、それがいいと思う」
「うん、こっちは参加させてもらう側だし」
こちらの対応に、ヴァネッサが怪訝な顔をする。
「レリックあってこその討伐だ。そっちが遠慮する必要はないよ」
「そのレリックの件でヴァネッサには世話になったからな。ここは譲らせてくれ」
いくらユインの件があったとはいえ、高価な《スコーピオンイヤリング》を譲ってもらったのだ。これ以上、こちらが利する形になるのは避けたい。
ふとユインがひとり首を傾げているのが見えた。
自分のために《スコーピオンイヤリング》を手放した。そんな負い目を感じさせたくないからか、ヴァネッサは彼女に事情を話していないのかもしれない。
「そうかい。じゃあ、そうさせてもらうよ」
ユインに悟られまいとしてか、早々に話を切り上げると、彼女は次の議題に移った。
「準備期間は20日でいいかい?」
「ああ、待ってもらって悪いな」
「構わないよ。こっちも白の属性石を大量に用意しないといけないからね」
さすがに相手が相手なだけあって、ソレイユでも入念な準備が必要のようだ。
「この際だし、ボクたちも白の塔を昇りつつって感じがいいかもね」
ルナがそう提案すると、ヴァネッサが「それがいい」と言ってきた。
「20日って期限も大まかだ。最悪、無理そうなら延ばすよ」
「つっても、その期間内で俺らならいけると思ったんだろ?」
「ああ、そのとおりだ」
「だったら望むところだ」
こちらの挑戦的な態度に、オルヴィはその顔面を怒りで塗りつぶしていたが、ヴァネッサは楽しくてたまらないといった様子で無邪気に笑っていた。
「ほんと、あんたといると退屈しないねえ」
「それはこっちも同じだ」
ソファから立ち上がったヴァネッサと、どちらからともなく握手を交わした。それを機に、ヴァネッサが勇ましい声で号令をあげる。
「それじゃ、リッチキング討伐に向けて準備開始だ……!」