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五つの塔の頂へ  作者: 夜々里 春
【朽ちた遺物】第二章
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◆第二話『レリック入手の報告』

 その日の夜。

 アッシュは中央広場に続く通りをひとり歩いていた。


 なにもあてもなく彷徨っているわけではない。

 目的地は《喚く大豚亭》。

 そこでレオと会う約束をしている。


 彼にはレリックのことで相談に乗ってもらった。

 それもあって無事に解放できたことを報告しようと思ったのだ。


 ふと左前方の家屋の壁に、背を預ける人影を見つけた。

 暗がりでもわかるほど目立つ金の髪を流している。

 あれほど目を引く挑戦者はひとりしか知らない。


「よー、ラピス。どうしたんだ、そんなとこで」


 彼女は返事をせずに家屋から離れると、まるで行く手を阻むように正面に立った。


「もしかして俺を待ってたのか?」

「……参加するの?」


 どうやら待っていたらしい。

 また、彼女の質問が「リッチキング討伐に参加するのか」というものであることをすぐに理解した。


「そのつもりだ」

「……やっぱり」


 溢れる憤りをどうにか処理しようとしてか。

 深く息を吐いてから、彼女はゆっくりと話しはじめる。


「アルビオンのメンバーがほとんど生存して帰ってるの、おかしいと思わないの?」

「まだ真の姿を見ていないってことだろ」


 ジュラル島の塔の魔物は弱ってから真の力を発揮することがほとんどだ。おそらくリッチキングであってもそれは同じだろう。そして、それほど強大な魔物が凶暴化したなら、ただですまないことは容易に想像できる。


 そんな中、リッチキングに挑んだアルビオンがギルドとして存続し続けている。そこから、〝弱らせるほどまで達していないのでは〟という推測はしていた。


「わかってるなら、どうしてっ」

「ただ戦ってみたいだけだ。それ以上の理由はない」


 平然と言ってのけたからか、ラピスがきょとんとしていた。


「そういや言ってなかったか」


 アッシュは勝ち気に笑みながら右手に拳を作る。


「俺はここに力試しをしにきた。だから、強い敵に挑むことは俺にとって大いに意味のあることなんだ」


 自分という存在が、強さがどの高さにあるのか。

 それを知るのにジュラル島ほど適した場所はない。


 ラピスは目を見開いていた。

 馬鹿な発言に驚いているといった感じではなく、本当にどう反応したらよいかわからないといった様子だ。


「ありがとな。心配してくれて」

「べつに……そういうわけじゃない」


 表面では嫌そうにしながらも色々な助言をくれる。そんな根の優しい彼女のことだ。ただただ、こちらの身を案じてくれているのはわかっている。


 そんな彼女の不安を取り除くため、アッシュはにっと笑った。


「ま、きっと大丈夫だろ。しぶとさだけは自信あるしな」


 そう伝えると、ラピスは俯いてしまった。

 なにやら右手を胸元に当ててぎゅっと握りしめる。


「あなたを見てると、あの人を思い出してすごくイライラする」

「あの人……?」


 と、ラピスが背を向け、早足で歩きだした。


「あ、おいっ。ラピス!」


 呼びかけても彼女が足を止めることはなかった。

 やがて暗闇に溶け込むように姿が見えなくなってしまう。


「行っちまった……」


 以前にも胸元のなにかを握りしめていたが、いったいそこになにがあるのか。そして、あの人とは誰なのか。


 いつか聞ける日が来ればいいが……。


 たびたび喧嘩別れのようになってしまうあたり、その日はまだまだ遠そうだ。



     ◆◆◆◆◆


「ブヒィイイイイイッ!!」


 耳障りな叫び声を聞きながら、アッシュは《喚く大豚亭》に入った。


「あんたの声を聞くと、酒場に来たって感じがするよ」


 馴染みの酔っ払い男を扉に設置しなおしてカウンターへ。注文したエールを受け取ったあと、いつものごとく角の席に向かった。


「よっ、待たせたな」

「いいよいいよ。のんびり飲んでたしね」


 先についていたレオと向かい合って座り、カップを軽くかちあわせた。互いにぐいと一口飲む。泡のかすかな苦味とほんのりとした甘味が狩りで疲れた体に染み渡る。相変わらずジュラル島のエールは最高だ。


「それよりどうしたんだい? アッシュくんから会いたいだなんて。もしかして、ついに僕の魅力に気づいたとか」

「初っ端から飛ばしてるな」

「じゃあ、この話題はあとに回すよ」

「そのままどこかへ放り捨ててくれ」


 レオの冗談を軽くいなし、早速本題に入る。


「あれを手に入れた」

「あれって……?」


 と首を傾げたレオだったが、すぐに思い当たったようだ。


「もしかしてレリック?」

「そうだ」


 アッシュは鞘に入れたまま、レリックを机の上に置いた。


「これが……」


 レオが感嘆しながらレリックを手にした。そのまま鞘からゆっくりと引き抜こうとするが、慌てて収めなおした。


「ってダメだね。こんなところで出しちゃ」

「いつかはバレるだろうし、いいんじゃないか」

「でも、いま騒ぎになったら美味しいお酒は飲めなくなるよ」

「それは困るな」


 レオから受け取り、剣帯ごとベルトにはめなおした。


「それから能力なんだが、これそのものに聖属性はなかった」

「じゃあ僕は嘘の情報を言っちゃったわけだ」

「あながち間違いってわけでもなかったけどな。……やばい能力があった」

「やばい……?」


 アッシュは頷いて、続きを口にする。


「白の属性石に限り効果3倍だそうだ」

「な、なるほど。それはたしかにやばいね……」


 普段、あまり驚いた素振りを見せないレオだが、さすがに動揺を隠せなかったようだ。酔いでとろけていた目が一気に開いていた。


「等級のほうは7で合ってた?」

「そっちは合ってた」

「ふむ……武器が揃ったアッシュくんなら、すぐにでも追いつかれちゃうかもなぁ」


 レオは悔しさを微塵も見せず嬉しそうに言うと、まるで祝福するようにエールを一気にあおり、カップの中を空にした。


「っても、レオ。俺の戦いなんて見たことないだろ」

「さあどうだろうね。ただひとつ言えることは、僕はいつもキミを見てるってことさ」

「やめてくれ。本気で寒気がした」


 むさ苦しい酒場にあって、この寒さはちょうどいいのかもしれないが。浸りすぎると色んな意味で戻れなくなりそうだ。


 レリックの話ついでにリッチキング討伐の話もしたいところだが、部外者に話していいのか確認が取れていない。なにぶんソレイユ主導の討伐だ。あまり勝手なことはできない。


「あ~、くそっ! ムラムラするぜ~! こんなとき女がいりゃなあっ」


 ふと、そんな声が聞こえてきた。

 出所は2つ離れた席に座る二人組の挑戦者からだ。


「ソレイユの奴らでもやっちまうか」

「やめとけやめとけ。ヴァネッサにぶっ殺されるぞ」

「っても、いつもいるわけじゃねぇしな。こっそりやっちまえばバレねぇだろ」


 下卑た笑いとともに彼らの会話はなおも大声で続けられる。


「紳士的じゃないねぇ」


 言って、レオが呆れたように息をついていた。


 いまやソレイユには少なくない知人がいる。

 あまり……いや、かなりいい気はしなかった。


 これ以上続くようなら、あの二人組の口を閉ざしてやろう。

 そう決めたとき――。


「よっと」


 なにを思ったか、レオが空のカップを放り投げた。宙を舞ったカップは二人組の片方の頭に直撃。こんっ、と音を鳴らして床に落ちた。


「ってぇ! 誰だコラァ! このカップ投げた奴出てこい!」


 先ほどまでの上機嫌な様子はどこへやら。

 男はカップを掲げながら怒り狂っていた。


「ごめーん! ちょっと手が滑っちゃってー」


 しんと静まり返った酒場の中、レオが場違いに緩い声で応じる。


「って、なんだよ。レオかよ……ったく、まぁ手が滑ったんなら仕方ねぇな。手が滑ったんなら……」


 どうやらレオ相手では黙るしかないらしい。すっかり勢いを失くした男は、とすんと静かに椅子に座りなおした。


 すぐにまた酒場にいつもの喧騒が戻る。


「意外と簡単に当たるものだね」


 レオが得意気に笑みながら、手を開いたり閉じたりする。


「……一杯奢る」

「いいよ。僕が勝手にしたことだから」


 本当にレオは良い奴だ。

 いまも尻へと伸ばしてくる手がなければ、本当に――。


 アッシュはレオの手を迎撃しつつ、エールを一気に飲み干した。



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書籍版『五つの塔の頂へ』は10月10日に発売です。
もちろん書き下ろしありで随所に補足説明も追加。自信を持ってお届けできる本となりました。
WEB版ともどもどうぞよろしくお願いします!
(公式ページは↓の画像クリックでどうぞ)
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