◆第一話『大型レア種』
ぼぅと遠くで火が灯った。
暗い広間にかすかな光が渡り、最奥で潜んでいたモノの姿があらわになる。
先の垂れたとんがり帽子を被り、くしゃくしゃの黒い法衣を纏った骨の魔物。その手に持った人の頭大の水晶を大事に抱えながら、こちらをねめつけている。
アッシュはスティレットを構えながら、骨の魔物――敵へと疾駆する。
「そんじゃ行ってくる……!」
レリックを手に入れた、翌日。
試し切りも兼ねて、仲間とともに黒の塔を昇っていた。
現在は10階。
試練の主に挑戦中だ。
敵が両手に持った水晶が怪しげに光った。直後、敵の正面に人を呑み込めるほどの大きな黒球が出現。弾かれるようにしてこちらに向かってきた。
赤の塔で見られた火球。
その黒の塔版といったところか。
速度も同程度とあって大したことはない。アッシュは地面を蹴って難なく回避した。が、敵は近づかせまいとしてか、黒球を続けて何発も放ってくる。
アッシュはそれらすべてを軽やかに躱しながら前進を続けた。このまま接近して一気に仕留める。そう意気込んで、さらに速度を上げたとき――。
行く手を阻むように巨大な壁がすっと現れた。慌てて足を止めようとするが、勢い余って左掌をついてしまう。触れることでなにか危害があるかもしれないと心配したが、見たところ異変はない。
ほっと息をついた。
瞬間、うっすらと黒ずんだ壁の向こう側から黒球が向かってきているのが見えた。
壁があるにもかかわらず敵は黒球を撃ってきたこと。
加えて、壁を生み出したのが敵であること。
その二つの情報から、すぐさま壁の正面から飛び退いた。直後、黒球が壁をすり抜けて先ほどまで立っていた空間を貫いていった。
アッシュは再度、敵との距離を詰めようとするが、またしても壁に阻まれた。さらに向こう側から追撃のごとく黒球が襲ってくる。
黒球を回避したのち、思わず舌打ちした。
なんとも面倒な組み合わせだ。
せめてあの壁さえどうにかできれば簡単に接近できるのだが……。
ふと右手に持ったスティレットを強く握ったとき、その存在を思い出した。
――試してみるか。
「アッシュー、手伝うー?」
「いや、たぶんやれる!」
後方から飛んできたルナの声にそう答えたのち、アッシュは再び前へと駆ける。
ほぼ間を置かずに壁が前方に現れた。
アッシュはスティレットを腹の高さに構え、柄尻に左掌を添える。そのまま壁へと突っ込み、スティレットの尖端を突き立てた。
ほぼ抵抗なく刃が吸い込まれ、瞬く間に壁全体へと亀裂が走る。そこへ体当たりをかますと、硝子が割れるように壁が砕け散った。破片がぱらぱらと舞う中、アッシュは受身を取って立ち上がり、敵への直進を即座に再開する。
レリックであれば壁を壊せるのではないか。
その考えから至った行動だったが、見事に成功した。
ただ、もとから壁の耐久が低かった可能性もある。
検証も兼ねて再び現れた壁にソードブレイカーで斬りつけたところ見事に弾かれてしまった。やはりレリックの高い質だからこそ破壊できたようだ。
その後も黒球を躱しながら次々に現れる壁を破壊し、ついに敵へと肉薄。スティレットで水晶ごと骨の体を貫いた。奇声をあげながら敵が崩れ落ちていく。
魔導師とあって単に脆かったのか。まだなにかしてくるかもしれないと警戒を続けていたが、そのまま骨は風に吹かれた灰のように消え去っていった。
敵が完全消滅したのを確認してから、クララとルナが駆け寄ってきた。
「あっさり終わっちゃった……やっぱりレリックってすごいんだね」
「ん~、でもレリックっていうよりアッシュ自身の力でごり押した感はあったかも」
7等級相当とあって、レリックの切れ味は凄まじいの一言だ。
これなら赤の塔で出てきた岩の魔物だって簡単に貫けるだろう。ただ現状は、使用者の技量次第で攻撃力が変わる、一般的な武器でしかなかった。
「質が高いのは間違いないんだけどな」
やはりジュラル島の武器は属性石をはめて初めて真価を発揮するのだろう。交換屋のミルマ――オルジェもそう言っていた。
「属性石は……落ちてないなぁ。ジュリーはっと……」
クララがガマルと一緒になって宝石を確認する中、ルナが訊いてくる。
「ねえ、アッシュ。結局どうするつもり?」
「ん、なんの話だ?」
「あれだよ。ソレイユマスターからの」
「あぁ……」
アッシュは思わず顔をしかめた。
思い出すと頭が痛くなるような内容を含んでいたからだ。
とはいえ、先延ばしにすべき問題ではない。
アッシュはスティレットを見つめながら、昨日の交換屋での一件を思い出した――。
◆◆◆◆◆
「封印の解除に伴って情報が解禁されたわ」
レリックへの変換が完了した直後、オルジェがそう言った。
「情報解禁?」
「ええ、正しい情報ね」
レリックが世に出たのは随分前だと聞いている。そんな中、間違った情報が出回っていないとは限らないので正確な情報の提供は大いに助かる。
「といっても、すぐにわかることなんだけどね。レリックの穴、幾つあるかわかる?」
「……3つだな」
「そう。3等級だからね。そしてここがほかの武器と違うところなんだけど、レリックはそれ以上の穴を開けることができない。つまりオーバーエンチャントはできない仕組みになってるの」
「それじゃ使い物にならないじゃない」
ラピスが切り捨てるように言った。
どうやら彼女にとってオーバーエンチャントができない装備は問題外のようだ。いや、この場合は斬撃を放てる最低限の数――5つ以上の属性石をはめられない武器と言ったほうが正しいのかもしれないが。
「そう思うでしょ。けど、レリックにはある特殊な効果があるの。それもとびきりすごい効果がね」
オルジェは得意気に言うと、もったいぶるように間を置いて続きを口にした。
「白の属性石に限り効果が3倍」
「3倍って嘘でしょ……?」
「おいおい、こいつは予想以上だねえ……」
上位陣のラピス、ヴァネッサが揃って驚愕の声をあげた。
そんな中、アッシュはクララ、ルナとぽかんとしていた。
3倍ということは最大で9つ分の属性石効果を得られるということだ。おそらく凄いことなのだろう。だが、実際に体験したことのない身としては、具体的にどうすごいのか想像がつかなかった。
そんなこちらの様子を見てか、ヴァネッサが説明してくれる。
「オーバーエンチャントってのは、はめた強化石の数だけ確率が低くなっていくんだ。だから8つ目までを安全にはめられる8等級の武器でも、9つ目をはめるのはかなり難しくてね。ラピスが持ってる槍ぐらいしかないのが現状だ」
1本しか存在していないとは思った以上に厳しい世界のようだ。そして、それをラピスが持っているあたり、さすがというべきか。
ラピスが背負っているウィングドスピアを見ながら、ヴァネッサが言う。
「それ、いくらかかったか言ってやんなよ」
「……大体800万ジュリーぐらいだと思う」
オーバーエンチャントに失敗した場合、武器は残るものの、はめていた強化石はすべて失うと聞いた。だが、それにしたって凄まじい金額だ。
「は、はっぴゃくまんじゅりぃ……」
「って、クララッ!? アッシュ、クララが白目むいてる!」
どうやらクララには刺激が強かったようだ。
「あ~、とりあえずすごいってことはわかった」
そう締めくくろうとしたところ、ラピスが凄んできた。
「すごいどころじゃないわ。やばいわよ」
「……わかった。やばい武器だな」
違いはよくわからないが、ここは彼女に乗っておいた。
と、ヴァネッサが顎に手を当ててなにやら思案していた。
「にしても9か……それなら壊せるかもな」
「壊せる?」
「ああ」
ヴァネッサが悪巧みでも思いついたかのようににやりと笑った。
「なあ、あんたたち。あたしたちソレイユと共同で、ある魔物を討伐しないか?」
「ヴァネッサ。もしかしてあなた――」
動揺するラピスの声を遮って、ヴァネッサが続きを口にする。
「ある魔物ってのは黒の塔38階にいる大型レア種……リッチキングだ」
リッチキング。
聞いたことのない名前だが、黒の塔38階という情報には覚えがあった。以前、《スカトリーゴ》でラピスと食事をした際、彼女が教えてくれた――。
「アルビオンが討伐に失敗したっていう奴か?」
「知ってるなら話は早いね。そうさ、そしてまだ誰も討伐したことがない魔物だ。どうだ、ワクワクしないかい? あんたはそういう人間だろう、アッシュ」
ヴァネッサが挑戦的な笑みを向けてくる。
上手く心をくすぐってくる誘い文句だ。
――ああ、面白そうだ。
そう答えようとしたときだった。
「ちょっと待って」
ラピスが間に割って入ってくると、ヴァネッサをぎりりと睨みつけた。
「アルビオンが無理だった相手に、あなたたちが勝てるとは思えない」
「それは奴らが闇の衣を破壊できなかったからだ。だが、おそらくレリックがあれば破壊できる。もし無理なら撤退するまでだ」
「たとえ破壊できたとしてもっ」
「やけに噛みつくねえ、ラピス」
面白い玩具を見つけたかのようにヴァネッサが笑う。
ラピスが苛立ったように拳を強く握った。
「わたしはただ目の前で死にに行こうとする人を見過ごせないだけ」
「いつからそんな正義感の強い奴になったんだい?」
ヴァネッサとラピスの睨み合いが続く。
やがて険悪な空気が部屋を満たした、そのとき。
「野蛮な番犬がいるところじゃダメだね」
ヴァネッサが肩を竦めて険を抜いた。
「誰が番犬よ。って、ちょっと待ちなさい!」
ラピスが制止の声をあげる中、ヴァネッサは背を向けて歩き出した。店を出る際、肩越しに振り返り、こちらをじっと見つめてくる。
「返事、待ってるよ」
そう言い残して、彼女は手をひらひらと振りながら去っていった。
◆◆◆◆◆
アッシュは昨日のことを思い出し終えると、スティレットを腰裏の剣帯に収めた。
「やっぱり俺としては戦ってみたいってのが本音だ」
「アッシュくんだもんね……そう言うと思ってた」
ジュリーを数え終えたのか。
クララがガマルを抱きながら、少し呆れたような顔を向けてきた。
「あのアルビオンが倒せなかったっていうんだ。つまり、そこにはいまの人間の限界がある。知りたくないわけがない」
そこまで言い終えてから、アッシュは自身から野心をそぎ落とした。肩の力を抜いて、「ただ」と話を続ける。
「かなり危険だってことも理解してる。クララとルナがいやだってんなら俺は手を引くぜ。べつにいまじゃなきゃダメだってわけじゃないしな」
ソレイユの都合でいまを逃せば挑戦する機会はなくなるかもしれないが、そのときはそのときだ。リッチキングはあくまで塔の頂に到達するまでの〝ついで〟の存在でしかない。戦わなくとも問題はない。
「正直に言うと怖いよ」
そう言って、クララが顔を強張らせながら話しはじめる。
「でも、アッシュくんが行きたいっていうなら、あたしはそれに応えたい……かな」
「クララ……」
意外にも一番反対しそうなクララが後押しをしてくれた。
ルナはどうだろうか。そう思いながら彼女のほうを窺ってみると、いつもと変わらない飄々とした表情が待っていた。
「ボクはもとよりリーダーのアッシュの選択に従うまでだよ」
「リーダーって初耳だな」
「あれ、ボクはずっと前からそのつもりだったけど」
ルナが「違うの?」とクララのほうを見やる。
「そうだよ。だってあたしがリーダーなんて無理だし」
胸を張って言うことではないと思うが……。
どうやら知らないところでリーダーになっていたらしい。
「じゃあ、チームとして参加ってことで構わないか?」
「うんっ」「ああ」
迷いのない2つの首肯が返ってきた。
反対されることも覚悟していただけに嬉しい結果だ。
ともあれ参加すると決めたなら、いまはできるだけ黒の塔を昇っておきたい。なにしろリッチキングがいるのは38階とまだまだ遠いのだ。
「よし、頑張って続きも昇っていくか」
出口を見ながらそう告げた途端、クララが焦りはじめた。
「え、10階で充分じゃない? 今日はここまでで――」
「これはリーダー命令だ」
「えぇぇ。いまそれ言うのずるいよっ」
「恨むなら俺をリーダーにした自分を恨むんだな」
リーダー権限とは、なんと便利なものか。
そんなことを思いながら、アッシュは上階を目指して歩き出した。