◆第十五話『レリック解放』
翌日の正午近く。
中央広場の噴水前にて。
アッシュは《聖石の粉》の取引のため、ラピスと向かい合っていた。
「その、この前は悪かったな」
「べつにいいわよ。あのあと、あのミルマが誤解だってしつこく謝ってきたし。それより――」
こちらの背後に控える、ある人物を睨みながらラピスが言う。
「どういうことか説明してくれる?」
クララとルナのほかに、ヴァネッサもこの場に来ていた。
昨日の夜、彼女は〝レリック封印解除の場に立ち合わせろ〟と要求してきた。ユインの件を解決したとはいえ、《スコーピオンイヤリング》という超高価なアクセを譲ってもらう身だ。こちらに拒否権などはありもしなかった。
問題があるとすればソレイユ……とくにヴァネッサと関わりたくないというラピスの機嫌を損ねることだろう。案の定、ラピスはいまも最高に不機嫌といった様子だった。
「久しぶりだねぇ、ラピス」
そう馴れ馴れしく声をかけたヴァネッサを無視して、ラピスがぎろりと睨んでくる。さっさと事情を説明して、と言わんばかりだ。
とぼけたところでどうにかなる段階はすでに超えている。観念して白状するしかない。
「あ~……バレた」
「バレたってなにが?」
「俺たちが《スコーピオンイヤリング》を欲しがったのは、ラピスと《聖石の粉》を交換するためだったってことだ。ついでにレリックのこともな」
「あれだけ言ったのに」
なにを言われようと悪いのはこちらだ。
甘んじて受けるしかない。
「そう責めてやるな。大体、あんたが《聖石の粉》を下げた時点でバレバレだったよ」
ヴァネッサが擁護してくれたが、逆効果だったようだ。
ラピスの目つきがさらに鋭くなった。
「相変わらず陰険な女」
「慎重と言ってくれるかい。今日はなにもする気はないから安心しな」
今日はということは以前になにかしたのだろうか。
二人の浅からぬ関係に興味はあるが、いまはほかに進めたいことがある。
「ラピス、これを」
アッシュは《スコーピオンイヤリング》を差し出した。
「あたしの愛用品だったんだ。大事に使ってくれよ」
と後ろからヴァネッサの声が飛んでくる。
愛用品という単語が気に障ったのか。ラピスは一瞬硬直するが、気持ちを振り切るように勢いよく《スコーピオンイヤリング》を手に取った。
「はい」
ラピスが代わりに渡してきたのは、人差し指大の小瓶だった。中では純白の細かい粒が陽光を反射してきらきらと輝いている。
「これが《聖石の粉》か」
「ただの白い砂に見えるけど」
「でも綺麗だよね」
クララ、ルナが興味深そうにしていたので《聖石の粉》を預けておいた。彼女たちは揃ってまじまじと観察しはじめる。
「それじゃ、早速レリックの解放と行こうじゃないか」
ヴァネッサが意気揚々と声をあげた。
「待ちきれないって感じだな」
「そりゃそうさ。なにせ滅多に見られないもんだからねぇ」
好奇心を隠そうともしないその姿は、まるで子供のようだ。こういったところが彼女が多くの人を引きつける魅力のひとつなのかもしれない。
アッシュは交換屋へと足を向ける前に、ラピスに向きなおった。
「改めて礼を言わせてくれ。ありがとう」
「お礼を言われるようなことはしてないと思うけど」
「取引で大幅に譲歩してくれただろ?」
「わたしも充分な対価は得たから、なにも問題はないわ」
「ならよかった」
なにしろラピスには世話になりっぱなしだ。
これ以上、借りを作ることはできるだけしたくない。
「俺たちはこれから交換屋に行ってくる。念願のレリック解放だ」
「……そう」
「あと一回残ってる食事、そのうち声かける。それじゃあな」
「ちょ、ちょっと待って」
焦ったように呼び止められた。
「ん、どうした?」
そう問いかけると、なにやらラピスが目をそらした。
普段の彼女に似つかわしくない、挙動不審な様子で話しはじめる。
「そのっ、レリックなんて早々見れるものじゃないし。ほら、聖石の粉をどうやって使うのかも気になるし……だから、わたしも見にいっても……」
どうやらラピスもレリックの封印解除が気になるようだった。
◆◆◆◆◆
「本当に持ってきたのね……」
交換屋のミルマ――オルジェにレリックの交換石と《聖石の粉》を手渡すと、ひどく驚かれた。どうやら本当に揃えてくるとは思っていなかったらしい。
「ああ、かなり苦労したけどね」
「みたいね。すごく疲れそう……」
オルジェは後ろの女性陣を見たあと、そのぷっくりとした唇で意味深なことを発した。なにやら盛大に勘違いしているような気がするが、あえて触れないことにした。
「少し待ってて。封印を解除するための道具が必要なの」
オルジェは奥の部屋に引っ込むと、がしゃんがしゃんと大きな物音を立てはじめた。しばらくして戻ってきた彼女の手には分厚い石板が持たれていた。大きさは広げた両手を合わせた程度。中央に丸い窪みがあり、その周りに複雑な線が刻まれている。
カウンターにどんと置かれた石板を見て、アッシュは思わず不安になった。
「……だいぶ汚れてるな」
「仕方ないでしょう。先代のときに一回使ったきりってぐらい頻度少ないんだから。埃ぐらい被るわよ」
「大丈夫なのか?」
「さぁ」
オルジェは他人事のように答えると、早速準備に取り掛かりはじめた。
「えーと……交換石を中央に置いて。あとは《聖石の粉》を溝に沿ってまぶす……と。できた。これでいいはずだけど」
彼女も初めてのことらしく、どうやら自信がないようだった。失敗したかも、と彼女が不安な顔を見せてきた、瞬間――。
《聖石の粉》が淡い光を放ちはじめた。
光は静かに浮き上がると、半球状となって交換石を包み込んだ。燐光同士が接触しては弾けるような動きを見せる中、交換石が発光しはじめる。やがてすべての光が収まったとき、交換石はその色を真っ白に変えていた。
「で、できたみたい」
オルジェが戸惑いながら、変貌した交換石を手渡してきた。
「これが本来の姿ってわけか」
アッシュは受け取った交換石をかざすようにして見つめる。全体は乳白色だが、数字と剣の絵は金色で描かれている。光沢もほかの交換石とは別格で、思わず見惚れてしまいそうなほどの美しさだ。
「すごい。さっきとは大違いで綺麗……!」
「これそのものがお宝って感じになったね……」
いつの間にやら両脇に立っていたクララとルナが揃って感嘆の声を漏らす。
「どんな武器にするか、決まってたらすぐにでも変換するけど……どうするの?」
オルジェからそう訊かれ、アッシュははっとなった。
「そういや誰の武器にするか決めてなかったな……」
「なんだ、まだ決めてなかったのかい」
ヴァネッサが呆れたように言ってくる。
「色々ありすぎて頭から抜け落ちてたんだ」
封印解除のためにすることが多く、あとのことを考える暇などなかったのだ。どうしたものかと悩みだした瞬間、ルナがさらっと言ってくる。
「そのことだけど、アッシュが使いなよ」
「いや、けどな」
多大な時間と労力を使って、ようやく得られたものだ。自分ひとりだけが得をしていいものか。そんな思いがどうしても先行してしまう。
「実はもうクララと話し合ってたんだよね」
クララと顔を見合わせてから、そうルナが言った。
「うん、武器の質に一番左右されるのはアッシュくんだからって」
「それにボクたちのチームで唯一危険な前線を張ってくれてるからね。良い装備をあげなくちゃ」
「二人とも……」
正直、攻撃が徹らないといった状況に苛立つことは多かった。それが解消されるのは非常に助かる。ここは素直に甘えるのが良さそうだ。
「ありがとな。じゃあ、俺が使わせてもらうぜ」
クララとルナはなんの未練もなく頷いた。
本当に良い仲間に巡り合えた。
彼女たちのためにも、得られたレリックで最高の活躍をしたいところだ。
「で、どの武器にするかだな」
「そういやあんた、最初は短剣だったのにサラマンダー戦では槍を使ってたねぇ。もしかして、なんでもいけるのかい?」
ヴァネッサが興味深そうに訊いてきた。
「ああ。っても、あまりにも珍しいものは無理だけどな」
「だったら長剣が良いんじゃないか? 汎用性は高いだろう」
やはり誰もがその考えに至るようだ。
「あ~……悪い。長剣だけは使えないんだ」
「長剣だけってまた珍しいね」
「彼、長剣に悪い思い出があって握れないらしいわ」
ラピスが会話に割り込んできた。
ヴァネッサが怪訝な顔をする。
「悪い思い出?」
「小さい頃に自分の腕を軽くな」
「あぁ」
悪い思い出ということもあってか。
漠然とした説明でも深く追及されずに済んだ。
「まあ無難に短剣にしようと思う」
とくに使い慣れているものだ。
間違いはない選択だろう。
「アッシュの好みに任せるよ」
「うんうんっ」
ルナとクララの了解を得て、オルジェに向かった。
「待たせて悪かった。頼む」
「3等級だから1000ジュリーね」
「やっぱり取るのか」
「当然よ。レリックだからってタダなんてことはないから」
サラマンダー討伐の取り分が消えるが、すべてはレリックのためだ。
ガマルをプッシュして、渋々代金を支払った。
「それじゃ軽く握っててね」
交換石を持った右手を軽く閉じる。
と、オルジェの杖がかざされた。
ついにレリックが入手できる。
期待に胸が膨らむ中、交換石が眩く光りだした。音もなく細長い形状へと姿を変えていく。ここまでは通常の変換と同じだが――光が収まったとき、それは姿を現した。
イメージをもとに造ったものとあって普段の短剣と形状はまったく同じだ。しかし色、意匠が普段とは明らかに異なっていた。
先の交換石をそのまま武器にしたような乳白色を基調に、まるで黄金の炎を纏っているかのような意匠が施されていた。
「これが……レリック」
複雑な外見ではない。
ただ、そこからは圧倒的な存在感。
そして溢れんばかりの神聖が放たれていた。





