◆第十四話『違う形で』
「や、やめてくださいっ。暑苦しいですっ」
「えぇ、そんな連れないこと言わないでよぉ。あたしの妹分として一緒に骨埋めるって約束したじゃーん!」
「ですからマキナさんの妹分になった覚えはありません。それにそんな約束をした覚えも、あのっ! んぅ~~っ!」
抱きついてくるマキナから必死に逃れようとするユイン。そんな彼女らを囲んでソレイユのメンバーたちが酒を片手に笑い合う。
サラマンダー戦から数刻後。
アッシュは仲間とともにソレイユ縄張りの酒場を訪れていた。
以前とは違い、今度は正式なヴァネッサからの招待を受けている。なんでも〝今回の礼〟をしたいとのことらしい。厳しい戦闘後とあって疲労は溜まっていたが、飯と酒が奢りと聞いては断る理由はなかった。
わずかに沈静化した場から、ユインが抜け出してきた。
「あの、みなさん。このたびは本当にありがとうございました」
こちらの席に駆け寄ってくるなり、深く頭を下げる。
「わたし自身、まだ整理がついていないこともありますが、向き合っていきたいと思います。マスターと、ソレイユのメンバーのためにも」
そう宣言するユインは晴れやかな顔をしていた。
アッシュは同席するクララ、ルナと顔を見合わせ、答える。
「そうか。応援してるぜ」
「……はい」
少しはにかむように返事をすると、ユインはまたソレイユのメンバーのところに戻っていった。再びユインを中心にできた輪ができあがり、酒場内に和気藹藹とした空気が満ちはじめる。
「アッシュ、嬉しそうだね」
ルナが含み笑いをしながらそう言ってきた。
「ん、ああ……なんていうか、まさかジュラル島に来て、こんな光景を見ることになるなんて思わなかったからな」
「もっと殺伐な感じだと思ってた?」
「ああ。ついでに言うともっとむさ苦しいかと思ってた」
「それじゃ正反対の光景を見てるってわけだ」
本当にそのとおりだ。
おかげで現実ではないような感覚に見舞われている。
これはきっと酒のせいではないはずだ。
そう思いながら、アッシュはカップに入ったマスカを口に含んだ。
「ねえアッシュくん。誘わないの?」
クララがカップに口をつけながら言った。
彼女の視線の先にはユインがいる。
おそらく〝チームに誘わないのか〟と訊いているのだ。
「あれを見て誘えると思うか?」
「ん~……ちょっと無理かも」
「だろ」
いまもユインと、その周りには笑顔がたくさん見られる。チームに入ったからといってギルドにいられないわけではない。ただ、あの光景を少しでも崩す可能性のあることをしたくなかった。
「ま、チームを組まないと一緒に狩りしちゃいけないって決まりはないんだ」
「そうだね。……うん」
そう頷いたクララだが、視線はユインに向いたままだった。
ジュラル島に来て、やっと友人というものを知った彼女だ。最近はユインとずっと一緒に狩りをしていたこともあり、きっと寂しい気持ちになっているのだろう。
アッシュは無言で彼女の頭に手を置いた。鬱陶しがられるかと思いきや、彼女はなにも言わずに受け入れ、カップに入ったハニーミルクをちびちびと飲み続けていた。
「アッシュ・ブレイブ」
それは横合いから聞こえてきた。
明瞭かつ透明感のあるこの声は、いったい誰のものか。半ば誘われるようにして声のほうを見ると、ローブを身に纏った女性――オルヴィが立っていた。
また「男が嫌いだから」という理不尽な絡まれ方をするかもしれない。その思いから身構えたところ、彼女は丁寧に頭を下げてきた。
「ユインさんのこと、聞きました。ソレイユのメンバーとして心から感謝します」
「あ、ああ」
アッシュは思わず面食らってしまう。
このオルヴィは別人なのでは。
そう思いながら顔を覗いてみたところ、やはり目が血走っていた。
オルヴィは再び顔を上げると、悪魔の面で睨みつけてくる。
「ですが覚えておいてください。今回の件を理由にわたくしのマスターに手を出したら、その頭をかち割って――」
「またお前は男とみたら噛みついてるのか」
「マ、マスター……!」
オルヴィの血管がはちきれるのではないか。
そう思った瞬間、ヴァネッサが割って入ってきた。
ヴァネッサは嘆息しつつ、オルヴィの頬に手を当てる。
「ったく、いつも言ってるだろ。それじゃせっかくの可愛い顔が台無しだって。もっと笑顔振りまいときな」
「か、可愛い……マスターがわたくしを可愛いと……っ」
オルヴィが天井を見上げたかと思うや、そのまま後ろにバタンと倒れた。ヴァネッサは動じることなく声をあげる。
「ドーリエ、オルヴィの回収を頼む」
「了解っ」
勇ましい返事をした巨人の女性――ドーリエが昇天したオルヴィを片手で担ぎ上げると、酒場の隅へと運んでいった。一連の流れを見て、アッシュは仲間とともに思わず唖然としてしまう。
「……手慣れてるな」
「一緒に死線をくぐってきた仲間だからね」
ヴァネッサは得意気にそう答えると、近くの椅子を引き寄せて座った。長い脚を組んで、いつもの余裕ある笑みを浮かべる。
「あんたたちには本当に世話になったね」
「酒の量は減りそうか?」
「もう日課になっちまったからねぇ」
それほど長い間、思い悩んでいたということだろう。
見た目に似合わず、どうやら繊細なようだ。
と、ヴァネッサが左耳に垂らした銀色の耳飾――《スコーピオンイヤリング》を外すと、片手で摘んで差し出してきた。
「約束の品だ」
受け取るため、こちらも掌を出した。そして、そこに《スコーピオンイヤリング》が置かれる、直前。ヴァネッサがすっと手を引いた。
「と、これを渡す前に少し話がしたい」
いったいどういうつもりなのか。
彼女はにやりと笑って勝手に話を始める。
「あんたたちの戦いを少し見させてもらったが……大したもんだった。とくにアッシュ。あんたはまだまだ余裕があるように見えた」
ヴァネッサが訝るような目を向けてくる。
「だが、だからこそ疑問がある。あんたならスコーピオン程度の毒攻撃なんて食らわないだろう。どうして、これが必要なんだい? 金か? 金ならこれの売値分に色をつけて払ってやる。そうだな……600万ジュリーだ」
「600万っ!?」
クララが立ち上がり、驚愕の声をあげた。
だが、場の空気を読んですぐさま座りなおした。ただ、興奮は抑えきれなかったようだ。「600万もあったらずっと生活に困らないよね」とひとりぼそぼそと口にしている。
そんな彼女をよそに、アッシュは返答する。
「今後のために備えるって奴だ」
「たしかに、なにが待ち受けているかわからないからね。特に8等級の階層には毒対策をしていないと面倒な奴がいる」
なぜそこで8等級階層の話をしたのか。
次に出された名前で納得がいった。
「ラピス・キア・バルキッシュ」
ラピスは自身の関与をソレイユに知られたくないようだった。アッシュは顔に動揺を出さないようにしたが、ヴァネッサは確信したように口の端を吊り上げる。
「あいつと随分仲が良いみたいじゃないか。二人きりで食事をするぐらいにね」
その瞬間、クララとルナが揃って細めた目を向けてきた。
「夜に外出てるの、豚の酒場に行ってるんだと思ってた」
「アッシュ……ボクには声かけてくれないのに」
「ね、ずるい。あたしも美味しいもの食べたいっ」
なんとも愉快な仲間たちだ。
アッシュは盛大にため息をついてから、ヴァネッサに質問する。
「俺がラピスと会ってたとして、それがどうかしたのか?」
「委託販売所にずっと出ていた《聖石の粉》が少し前に取り下げられたのを知っているか?」
「知らないな。なにしろこっちは万年金欠だ。買えるものは限られてる」
「とぼけるねえ」
ヴァネッサはこのやり取りを楽しんでいるようだ。
「《聖石の粉》を入手できる奴は少ない。だから、あれの出品者が誰かは大体の予想はついてたんだ。それがあんたと関わることで確信に変わった」
どうやらこちらのことは徹底的に調べたようだ。
ヴァネッサは《スコーピオンイヤリング》を摘み、垂らしながら言う。
「これと《聖石の粉》を交換するんだろう。ラピスと」
あの女のことをわかっていない。
ラピスが言っていたのはこのことか。
どうやら隠したところで無駄のようだ。
「なにが目的だ?」
ラピスが関与を知られたくなかったのは、《ソレイユ》の勧誘を断った過去があるからだ。だが、それを知られたところで大きな支障が出るとは思えない。
ラピスに《スコーピオンイヤリング》が渡るぐらいなら取引はなかったことにする。なんて小さいことを言い出す相手なら話はべつだが、ヴァネッサがそんなことをするとは思えない。
となれば、ひとつ。
ヴァネッサも答えに行きついているであろう〝あの装備〟絡みか。
「そう怖い顔をするんじゃないよ。なにも約束を反故にしようってつもりはない。あんたたちには大きな借りもあるしね。ただ……」
ヴァネッサはこれまでの意味深な空気を取っ払い、無邪気な笑みを見せた。
「あたしは見たいだけだ。レリックが生まれる瞬間をね」





