◆第十三話『居るべき場所へ』
アッシュは崩れ落ちるようにして地面に転がった。
炎に焼かれた手足がひりついて力が入らなかったのだ。
「アッシュくんっ」
駆け寄ってきたクララがヒールをかけてくれる。
爛れていた皮膚が徐々に治っていく。
「悪いな」
「もう、ほんと無茶しすぎ。あと少し遅かったら焼肉になってたよ」
「そんときゃ食って供養してもらってたかもな」
「あたしあんまりお肉食べないし。っていうか、人のお肉とか食べたくないよっ」
少し時間がかかったが、火傷の痕はなくなった。
手が思い通りに動くことを確認して立ち上がる。
「助かった」
「どういたしましてっ」
役立ったことがよほど嬉しかったのか、クララが得意気に笑んだ。
ルナも近くに寄ってくる。
「しぶとい敵だったね」
「だな。放置されるのも納得だ」
単純に火力で押し切るのが難しい相手だった。動きがわかったので次に戦う機会があればもっと楽に倒せるとは思うが、正直に言って当分は勘弁してほしいというのが本音だ。
「あ、見てみて! 赤の属性石がある!」
クララがしゃがみ込んで、サラマンダーが落としたものを早速漁っていた。
「ジュリーは……2000ぐらいかな?」
「あの強さのわりに少ない気もするけど、どうなんだろうね」
「ま、ないよりはマシだろ」
アッシュは赤の属性石を手に取って、クララとルナに確認する。
「二人とも、いいよな」
「うんうん」
「先に決めてたからね」
予め、仲間内で相談していたことがあった。
それはサラマンダーから得た儲けの多くをユインに渡すというものだ。
「ユイン、これもらってくれ。青の塔で準備してるとき、かなり融通してもらったからな。これはそのお返しだ」
一応、青の塔で狩りしているときもユインには公平に分け前を渡していた。ただ、それでも装備収集に付き合ってもらったことは事実だ。彼女には大きな借りがある。
「落ちたものはすべてそちらがもらってください」
「そういうわけにはいかないよ。ユインさんがいて倒せたようなものだしっ」
ユインの返答に、クララがすかさずそう応じる。
だが、それでもユインの考えは変わらないようだった。
「わたしにはもう必要ないので」
突き放すというより興味がないといった口ぶりだ。
よく見れば、ユインの瞳から覇気が消え失せていた。戦闘中の鬼気迫る姿が嘘のようにいまや生気が感じられない。戦士とはとても言いがたい状態だ。
「やっぱり島を出るつもりなのか?」
「……はい」
もしかしたら違うかもしれない。そんな希望染みたことを抱きながら訊いてみたのだが、やはり予想通りの言葉が返ってきた。
「以前にも話しましたよね。ヴァネッサさんの大切な人を殺してしまったと。理由は色々あるのですが……わたしはサラマンダーを倒すことがその償いであり、けじめだと決めていました。情けないことに自分の力だけで成し遂げることはできませんでしたが……」
ユインは清々しい顔で話を継ぐ。
「それを果たしたいま、もうここに残る意味はありません」
「塔は諦めるのか?」
「わたしだけのうのうと昇るなんてことはできません」
そう口にしたユインからは迷いがいっさい見られなかった。
意志は固いようだが……。
「それでいいのか?」
「……え?」
「償いだとか、けじめだとか、全部自分だけで完結していいのか? ちゃんとヴァネッサと向き合って話をしたのか?」
「それは……」
ユインは俯き、両手にぐっと拳を作る。
「わたしはマスターの大切な人を奪ってしまったんです。いまさら顔を出すようなことはできません……っ」
「あいつは、そうは思ってないみたいだぜ」
アッシュは広間の入口を見るよう視線で促した。
その先にはギルド《ソレイユ》のマスター。
ヴァネッサ・グランの姿があった。
彼女を見た途端、ユインが目を見開く。
「マスター……どうして……」
「俺が呼んだんだ」
ソレイユが縄張りにしている酒場を訪れた、あの日。
本日のサラマンダー討伐に合わせて彼女を呼んでいたのだ。
出しゃばったことをしたかもしれない。だが、少しでも両者に関わった身として、できることをしたいと思ったのだ。
ヴァネッサは近くまで来ると、気遣うような声音で「ユイン」と呼んだ。ユインが少し怯えたように体を震わせ、目をそらす。
「わたしにはあなたの前に立つ資格がありません……」
「どうしてだ?」
「それはっ……わたしが――」
「リィスが頼んだんだろ。あたしに認めてもらうためにサラマンダーを倒したいって」
そのとおりだったのだろう。
ユインが一瞬答えに詰まっていた。
「……違います」
「わかってる。全部、わかってるんだよ」
少しだけ責めるような物言いに、ユインはうろたえていた。だが、認めたくないからか。半ば錯乱気味に自分を責めはじめる。
「ですが、わたしが頷かなければ……! リィスが死ぬことはなかった……っ」
「リィスは自ら望んで強敵に挑んだんだ。己の力を証明するために」
続けて、ヴァネッサは言う。
「挑戦者としての、あいつの勇気を認めてやってくれないか」
ずるい言葉だ。
それを否定することはリィスの決意を無駄にすることも同じ。
ユインもその答えに行き着いたか、ついに言葉を失っていた。
「大体な、ユイン。お前は大事なことをわかってないんだよ。たしかにリィスはあたしにとって特別だった。けどな、お前ももうあたしにとって特別なんだよ」
ヴァネッサはユインのそばに歩み寄ると、その小さな体を片手でそっと抱き寄せた。
「もしあたしのために島を出るってんなら残ってくれ。ユインまでいなくなったら、あたしは自分を許せなくなるよ」
「マスター……っ」
「戻ってこい」
ヴァネッサの優しくも力強い言葉。それによってユインの心を縛っていた鎖が外れたようだった。ユインはヴァネッサの服をぎゅうと掴むと、静かに泣きはじめる。そして幾つもの嗚咽の中、紛れるように「はい」と漏らした。
「めでたしめでたしって感じかなっ」
ユインたちを見ながら、クララが嬉しそうに言った。
そのそばでは、ルナがなにやらにやにやと笑っている。
「アッシュってほんと優しいよね」
「べつに大したことはしてないだろ」
せいぜいヴァネッサとユインを引き合わせたぐらいだ。
ルナが「そうじゃないよ」と首を振る。
「最後、ほかの方法でも倒せたでしょ」
「え、そうなの?」
クララも話に入ってくると、興味津々にくりっとした目を向けてきた。
「さぁ、どうだろうな」
たしかに被害を最小限に抑えて倒す方法はほかにあったかもしれないが――。
アッシュはいまも抱き合う〝ソレイユの二人〟を見ながら口にする。
「ただ、たしかなのは……俺は最高の選択をしたってことだ」





