◆第十一話『サラマンダー戦・前編』
ほぼ同時に重なったスコーピオン3体の断末魔の咆哮。
大空洞内で反響すると、緩やかにその音を弱め、やがて消えていく。
赤の塔23階。
アッシュは仲間とともに迫りくる魔物を倒しつつ進み、以前ユインが倒れていた通路に辿りついた。
奥には、まるで檻のように仕切られた幾本もの岩柱が見える。いまは暗くてよく見えないが、あの先に目的のレア種が待ち受けているという。
サラマンダー。
上位陣の挑戦者も避けるほどの敵。
いったいどんな魔物なのか。
まだ見ぬ全貌を想像しながら、アッシュは口の端をかすかに吊り上げる。
「いよいよだな」
「楽しそうですね」
ユインから咎めるような目を向けられた。
「ああ。お預け食らってた肉をやっと食べられる気分だ」
行き当たりばったりで戦ってきた身だ。
5日という準備期間はとても長く感じた。
「アッシュくん、ユインさんがいなかったら絶対に突撃してたよね」
「間違いないね」
クララ、ルナに半ば呆れ気味に笑われた。
ユインが緩んだ空気を引き締めるように言ってくる。
「本当に侮らないほうがいいですよ」
「わかってる。だからこうして我慢してきたんだ」
ユインだけではない。
ラピスですら警戒していた敵だ。
事前情報なしで戦いたい気持ちは少なからずあったが、友人の忠告を無視するほど無謀ではないつもりだ。
「前にも話しましたが、サラマンダーは炎を纏っていますので、できるだけ距離をとって戦ってください」
言って、ユインはこちらの防具を見てくる。
「本当ならガーディアン装備も全部揃えて、属性石もはめてほしかったのですが。これならほんの少しの間、炎にも耐えられますし」
ユインは《ガーディアン》シリーズを4部位揃え、さらに3つずつ青の属性石をはめている。3等級において、対火属性装備としてこれ以上ない仕上がりだ。
その完璧な装備を目にしながら、ルナが苦笑する。
「まあ、そこまでってなるといつになるかわからないしね」
「そう……ですね」
ユインが少しむすっとした。
事情を知ったいまだからこそわかる。
彼女はただ仲間に死んでほしくないだけだ。
ヴァネッサの妹分――リィスのように。
「ではせめて簡単な敵の情報だけ説明させてください」
「ああ、頼む」
ユインによる説明がはじまる。
「敵の特徴的な攻撃は2つ。ひとつはブレス。大きく後退したら放ってくる合図です。前衛のわたしとアッシュさんは敵の側面、または背面に回れば避けられます。後衛のお二人は広間の一番手前まで後退してください」
クララが片頬をひくつかせる。
「え……そんなに広範囲なの?」
「はい。広間のほとんどを覆います」
まだ広間とやらを見ていないが、相当な広さと受け取ったか。
クララが大袈裟に怯えはじめる。
「だ、大丈夫かな……」
「まあ、ボクもいるから」
「ルナさんだけが頼りだよ……!」
後衛二人のやり取りがされる中、構わずにユインが話を続ける。
「もうひとつは燐光爆炎。こちらがかなり厄介で、もっとも近い相手に一定間隔で放ってきます」
「ってことは俺かユインってことか」
「はい。視界に光がちらついたら爆炎が発現する合図です」
「了解だ」
聞いた限りではおそらく避けられるだろう。
それだけの場数は積んできている。
「サラマンダーはブレスを吐き終わると、その身を覆う炎を一定時間失います。そこが狙い目なのですが、皮膚がとても硬いので一点集中で攻撃しなければ肉まで届きません」
「ほんとこれまでのレア種とはなにからなにまで違うんだな」
厄介やら面倒やら言われる理由がよくわかった。
「ただ、これらは私が知る限りの情報です」
「弱るとパターンが変わるかもってことか」
「はい。そこまではわたしも到達していないので」
「充分に注意しろってことだな」
結局のところ、やってみなくてはわからないということだ。
「そんじゃ、行くとするか」
アッシュは全員の顔を窺って確認を取ったのち、勇んで歩を進めた。
檻型の岩柱を通り過ぎると、侵入者を迎えるかのごとく壁に群生した赤色結晶が一斉に光を放ちはじめた。暗かった空間が一気に明るくなっていく。
試練の間ほどではないが、それに近い広さを持った空間だ。ただ、天井が低いせいで洞窟の中といった雰囲気は薄れていない。
と、最奥の壁に寄り添う形でソレはいた。
人をひと呑みできそうなほどの大口から、ちろちろと伸びる舌。ぐりんと剥き出した琥珀色の目。長い胴体に五本指を従えた4つの足。胴体に勝るほどの長さを持った尻尾。
まさにトカゲをそのまま大型にした外見だが……。
唯一、異質なものがあった。
その身を覆う炎だ。
いまも近づく者すべてを焼き尽くさんとばかりに激しく揺れている。
「こいつがサラマンダー……」
応じるようにサラマンダーが口を開け、咆哮をあげた。猛獣のような低い雄叫びではなく、耳を直接揺さぶるような不快で高い声だ。
敵は決して凶悪な見た目ではない。だが滲み出る風格が、これまでジュラル島で戦ったどの敵よりも強いことを語っていた。
高揚か、それとも恐怖からか。
アッシュは震える体を楽しみながら槍の矛先を敵へと向けた。
「思った以上に強そうじゃねぇか……!」