表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
五つの塔の頂へ  作者: 夜々里 春
【名もなき少女の挑戦】
492/492

◆第七話『遥か遠き頂へ』

「うわ、すごい人。挑戦者ってこんなにたくさんいたんだ」

「わたくしもこんなに多くの挑戦者を1度に見たのは初めてです」

「なんかここで一斉に投げるのが恒例みたい。どうせだしあたしらも一緒に投げよっ」


 ジャックオーランタン狩りを終えてから間もなく──。


 ほかの挑戦者たちが同じ方向へぞろぞろ歩いていたのでついてきたところ、浜辺に辿りついた。ざっと見ただけでも挑戦者の数は200人以上。しかもいまだに増え続けている。


「やった……やったぞ! 今回は我々の勝利だ! もう落ちぶれたなんて言わせはしない!」

「くっ、3差か。あの群れを逃してなけりゃ、あたしらの勝ちだったってのに……」

「俺たちが最下位だと……なんかの間違いだ。おい、誰かまだ持ってないのか!?」


 なにやら言い争うように声を張り上げる3人組を見かけた。

 1人が大喜びし、残り2人が悔しがっている。


「なんだろあれ。喧嘩かな?」

「三大ギルドっていうところのマスターらしいよ。なんかイベントが開催されるたびに競ってるんだって」


 そうエミナが教えてくれた。


 たしかに3人ともほかの挑戦者と比べて屈強な雰囲気を持っている。纏う空気感も特別で近寄りがたさがある。ただ、煽りあう姿はどこからどう見ても子供のそれだ。なんだかおかしくて、ニニは人知れず「ぷっ」と笑った。


 そのとき、視界の端で気になる人を見つけた。

 5人組の挑戦者──その先頭を歩く男だ。


 よほど顔見知りが多いのか、歩くたびに多くの挑戦者から声をかけられていた。彼もまたそんな彼らに人懐っこい笑みを返している。


 歳は20半ばかそれ以降か。

 引き締まった体は無骨さがいっさいない。

 まさに洗練された造形物のようにも見える。


 背丈は特別高いわけではないものの、浜辺にいる誰より大きな存在感を放っている。歩き方を始めとした動きの1つ1つ。剣を交えずとも一目で理解できた。


 あの人が最強だ、と。


 ただ、それよりも気になることがあった。

 彼の背格好や風貌に見覚えがあったのだ。


 ──あのときは霧ではっきりと見えなかったけど……たぶんそうだ、うん。

 そう胸中で自身に問いかけたのち、頷く。


「ごめん、わたしちょっと行ってくる」

「ニニさん? どこへ──」

「すぐ戻るからっ!」


 そう言い残して、ニニは駆け出した。

 詳しい説明をする暇はあったかもしれない。

 ただ、いますぐに確認したい気持ちが勝ってしまった。


「あの、さっき雑魚を倒してくれたのってあなただよね?」


 目的の挑戦者のそばに行くなり、声をかけた。

 彼は何事かと振り向いたのち、こちらをまじまじと見てきた。やがてなにかを思い出したようにはっとなったあと、少し困ったように頭をかく。


「バレないようにしたつもりだったんだが……気づかれてたか。手を出すか迷ったんだが、ちょっと危なそうに見えてな。でも、いま思い返すと余計な真似だったかもなって反省してる。……悪かった」


 言い終えるや、頭を少し下げてくる。

 まさかいきなり謝られるとは思わなかった。

 予想外の返しに、ニニは思わずあたふたとしてしまう。


「あ、謝らないで。助けられたのはこっちなんだからっ」

「そうか。ならよかった」

「むしろお礼を言わないとって思ってて。その……ありがとう」


 思ってもみなかった反応に動揺してしまったが、ひとまず礼は言えた。彼も「ああ」とさっぱりとした感じで受け取ってくれる。


 最低限の礼は尽くせたし、このまま解散しても問題はない。ただ、好奇心がそうはさせてくれなかった。ニニは緊張感を追い出すように息を呑んだのち、問いかける。


「あの……間違ってたらごめんだけど……あなた〝アップル〟さん? 最高到達階チームのリーダーで島で1番強い挑戦者の」


 訊かずにはいられなかった。


 当の彼はというと目を瞬かせていた。

 間違いないと確信していたのだが……。

 まさか人違いだったのだろうか。


 ──やばいやばい。間違ってたの!? どうしよう!

 そう胸中で焦りを募らせながら、返答を待っていたときだった。後ろで静観していた人たちが、こぞって前に出てきた。


「そうでーす、この人がアップル・ブレイブだよ。見かけによらず可愛い名前だよねー」

「お、おいクララなに言って──」

「アップルがボクらのリーダーってのも間違いないね」

「ルナも悪ノリするなよ」

「島だけじゃないわ。世界で1番強いの。アップルは」

「……ラピスまで」


 愛らしい杖持ちに中世的な顔立ちの弓使い。

 さらに妖精を思わせる綺麗な槍使い。

 3人の女性挑戦者たちが彼を彩るようにそばに立った。


「そしてアップルは僕の大切な人だよ。身も心もね。あいたっ」

「レオはどさくさに紛れて触りにくるな」


 最後にひょこっと顔を出した男は、まさに物語に出てくる騎士といった風貌だ。ただなにかよからぬことをしたのか、アップルに思いきり手の甲を叩かれて間抜けな顔をしていた。


「え、えっと……」


 どう反応するべきか。

 一気に人が増えたこともあって少し混乱してしまった。そんなこちらの様子を見てか、アップルが困ったように息をつく。


「おい、みんながふざけるから変に思われてるだろ」

「えへへ、ごめん」


 ちろり、と舌を出して謝る杖持ちの女性挑戦者。

 言動やしぐさは子どもっぽいが、どことなく気品を感じる人だ。もしかすると、どこかの国で高貴な身分だったのかもしれない。……いや、さすがにそれは考えすぎか。


「ま、最高到達階ってのは事実だが……こいつらがいたからってのを覚えておいてくれると助かる」


 そう誇らしげに言い切るアップル。

 紹介された側は少し照れたように嬉しさを滲ませていた。


 どうやら彼らはアップルのチームメンバーで間違いないようだ。アップルほどではないが、たしかに彼らも相当な実力者らしい。1人1人が先ほど見かけた三大ギルドのマスターと同格か。……いやそれ以上にも感じる。


「ええ、もちろん」


 そう頷き返したとき、思わず「あっ」と声をあげてしまった。相手の名前を確認しておきながら、自分の名前を伝えていなかったのだ。とんだ非礼だ。


「ごめん、名乗るの忘れちゃってた。あたしはニニ・ラントール。よろしく」

「ああ。こちらこそ」


 握手を交わした。

 瞬間、まじまじと手を見てしまった。


 硬くて厚いだけの手とは、これまで何度も握手をしたことがある。ただ、彼からは言葉では表せないような凄味を感じられた。そう、まるで何千年と生きた大樹を前にしているような、そんな感覚だ。


 これが最強の挑戦者。

 ──アップル・ブレイブ。


「必ず追いついてみせる。ううん、必ず越えてみせる、あなたを」


 気づけば声に出してしまっていた。

 気持ちが昂ぶって胸中で思っていたのは本当だ。


 ただ、口にするつもりはいっさいなかった。

 恥ずかしさで顔が一気に熱くなってしまう。


「って、ごめんっ。なに言ってるんだろ、わたしっ。いきなりこんなこと……なんかつい口から出ちゃって──」

「べつにいいんじゃないか。そうやって宣言するの、嫌いじゃないぜ」


 大人な対応をされてしまった。


 実際、アップルとは一回り近く歳が離れていると思うが……だとしても余裕を見せつけられた気がしてならなかった。ただ、彼の顔は一変して少年のものになった。


「でも、俺は……俺たちはずっと昇りつづけてる。だから──」


 そばにそびえる塔を一瞥したのち、再び視線を向けてくる。

 と、彼は勝ち気な笑みを向けてきた。


「追いつかれるつもりはない。誰にもな」


 アップルの言葉に、彼のメンバーたちも同じように頷く。

 その光景からはチームの意志が完全に固まっていることをありありと感じられた。


 こちらは来たばかりの新人だ。

 本来、相手にされなくてもおかしくない。

 だが、同じ挑戦者として見てくれている。

 それがたまらなく嬉しく感じた。


 だからこそ改めて思う。

 この人が見ている景色を見てみたい、と。


 そうひとり決意を新たにしていたときだった。

 アップルが頭をかきながら、歯切れ悪く話しはじめた。


「それとみんながふざけたせいで勘違いさせたみたいだが……」

「うん?」

「俺の名前、アップルじゃないんだ」

「……………………え」



     ◆◆◆◆◆


「あはははっ、面白過ぎるよニニちゃんっ」

「もーっ、笑いごとじゃないよ。いや、笑ってもらったほうがいいかもだけど……本当に恥ずかしかったんだからっ」


 腹を抱えて笑うエミナに、ニニは赤面しながら抗議した。


 チームのもとに戻ったのち、早々に先の出来事──名前間違いの件を説明したところ、エミナを喜ばせることとなってしまった。反面、シュリからは申し訳なさそうな顔を向けられている。


「ご、ごめんなさい! まさかそんなことになるなんて思わなくてっ」

「べつに責めてるわけじゃないよ。わたしだってたしかめもせずにそのまま使っちゃってたし。ただ、すっごく恥ずかしかっただけで……」


 いまでも顔が熱い。

 夜でなければ海に飛び込んでいたぐらいだ。


「アッシュ・ブレイブって言うんだね。あの人」

「うん、そうみたい。……って、あれ? 聞いてたの?」


 そう問いかけたところ、エミナとシュリが顔を見合わせた。

 エミナが代表して「うん」と頷いて話しはじめる。


「実はさ、途中から盗み聞きしてたんだよね」

「ごめんなさい。どうしても気になってしまって」


 聞かれて困ることはないので構わない。

 ……名前を間違えた件は恥ずかしかったが。


「追い越してやるって宣言したのも、ちゃ~んと聞いたよ?」

「わたくしもしっかりと耳にしました」

「あ、あれはっ。つい口から出ちゃって……」


 言ったことに後悔はない。

 ただ、なんとも気恥ずかしい感覚に見舞われた。

 エミナとシュリがにやにやと笑っているせいで余計に、だ。


「なんか、さ。握手したときにわかっちゃったんだよね。あぁ、この人、本当にすごい人だって。そしたらなんか急に胸が熱くなっちゃって……気づいたらあんなこと言っちゃってた」


 きっと負けず嫌いな性分が出てしまったのだろう。そう自分自身で結論を出したのだが、エミナとシュリは違う意味で捉えたようだ。揃って目を輝かせ、頬をほんのりと赤らめている。


「なんか恋みたいじゃん」

「はい、どきどきしました」

「ちがっ、そんなんじゃないって」


 慌てて両手をぶんぶんと振ってみせる。

 が、それがまた煽ってしまったらしい。

 エミナとシュリがべつの意味で納得しているようだった。


「さすが色情魔のアップル。じゃなかった、アッシュ・ブレイブだ」

「ニニさんもその色にいずれ取り込まれると思うと、なんだか複雑な気分です」

「もうっ、本当に違うってば」


 アッシュのチームメンバーによる悪ノリも凄かったが、こちらも負けず劣らずだ。思わず膨らませてしまった頬を、ぱたぱたと手で仰いだそのとき──。


 そこかしこから歓声があがった。


 慌てて周囲を見やれば、ほかの挑戦者たちがパンプキンソウルを空に向かって投げはじめていた。投げられたそれらは燐光を放つと、片手で持てる程度の小さなランタンに変貌。橙色の仄かな光を残しながら、ふわふわと空へ昇っていく。


 次々と暗い空を彩りはじめたランタンを見ながら、ニニは思わず感嘆してしまう。


「へぇ、あんな風になるんだ」

「不思議ですね。せっかくですし、わたくしたちも投げてみませんか?」

「だね。ほら、ニニちゃん、シュリちゃん」


 エミナが猟奇的ガマルを手に持つと、足元の砂浜に向かってパンプキンソウルを吐きださせた。そこから少しずつ摘んでいくのかと思いきや、すべてを両手で掬いはじめる。


「え、全部投げる気!?」

「いいじゃんいいじゃん。一気に投げたほうが綺麗だって」

「では、わたくしも」

「シュリちゃんまで。……じゃあ2人がそうするなら、わたしも」


 1人なら間違いなくちびちびと楽しんでいた。

 ただ、誰かと一緒にいるときぐらい普段と違うことをするのもいいかもしれない。そう思いながら、2人と同じようにガマルから出したパンプキンソウルのすべてを両手で持った。そして──。


「「「それっ!」」」


 3人揃ってすべてのパンプキンソウルを投げた。まるで水しぶきのように舞ったそれらはまるで花開くかのように燐光を散らし、ランタンに変化。ふわふわと頼りない飛び方ながらも空へ向かいはじめた。


 一気に投げたこともあってか、ほかの挑戦者が投げたものと区別がつきやすかった。ニニはエミナ、シュリと揃って空を見上げ、自分たちのランタン集団を目で追いつづける。


「なんていうか……壮観だね」

「うん、思わず見とれちゃうよ」

「……とても綺麗です」


 すでにほかの挑戦者もすべてのパンプキンソウルを投げ終えたのだろう。気づけば星だけだった暗い空が沢山のランタンで埋め尽くされていた。


 普段、中央広場のような挑戦者が多くいる場所では騒々しさが消しきれない。だが、いまだけは違うようだった。全員が静かに空を見上げている。


「さっきニニちゃんがあの人に宣言したとき、実は胸が熱くなってたんだよね」


 ふいにエミナが話しはじめた。

 ただ、その目はずっと空に向いたままだ。


「なんていうか触発されたのかな。あたしもやったるぞーって感じで」

「……エミナ」

「だからさ、ついてくよ。どこまでも」


 ようやく向けられたエミナの目。

 ふざけてばかりの彼女だが、いまだけは違う、と。

 そう感じられるほどに真っ直ぐで強い意志を宿した瞳だ。


「わたくしもエミナさんと同じです。ニニさんの想いを知って……もっと上へ行きたいって思いました。まだまだへなちょこ魔術師ですが、力の限り頑張っちゃいますっ」

「……シュリ」


 シュリはいつだって変わらない。

 柔らかな笑みで温かな気持ちにさせてくれる。

 それだけでなく一生懸命な姿で元気づけてくれる。

 エミナともども、本当に心強い仲間だ。


「わたしもまだまだ未熟だよ。今回の収穫祭ですごく思い知った。だから、さ」


 ニニは2人の手を取った。

 3人で横並びになって改めて空を見上げる。


「みんなで強くなろう。そんでもって──」


 繋いだ手を掲げた。


 この手はどう足掻いても空に届かない。

 それどころか、いましがた上げられたランタンたちにも届かない。


 だが、いまは無理でもいつか届かせる。

 そう強く思いながら、ニニは星とランタンまみれの夜空を見つめる。


「もっともっと高みにいこう。あの人たちを追い越せるように」


 挑戦はまだ始まったばかりだ。

 見つめる先は首が痛くなるほどに高い。


 これから先、きっと幾つもの試練が待ち受けていることだろう。


 だが、辿りついてみせる。

 いや、必ず辿りつく。


 あの、最強の挑戦者。

 アッシュ・ブレイブを越えた先。

 遥か高みの向こう側──。



 五つの塔の、頂へ。



これにて番外編【名もなき少女の挑戦】は終わりとなります。

完成したのが最近だったのでハロウィンにかぶせてみました。

いかがだったでしょうか。


またなにか話を思いついたら載せる予定ですので、そのときはよろしくお願いします。

(※最近は感想に返信できていませんが、しっかりと読ませて頂いています。本当にありがとうございます!)


それから以前に投稿していた作品の連載を再開しています。まだ本1冊分の文量しかなく、すぐに追いつけると思いますので、よければ読んでやってください。


タイトル『俺の召喚獣はとっても可愛い小人さん!』

URL【https://ncode.syosetu.com/n7786fy/】


よろしくお願いします……!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

書籍版『五つの塔の頂へ』は10月10日に発売です。
もちろん書き下ろしありで随所に補足説明も追加。自信を持ってお届けできる本となりました。
WEB版ともどもどうぞよろしくお願いします!
(公式ページは↓の画像クリックでどうぞ)
cop7m4zigke4e330hujpakrmd3xg_9km_jb_7p_6
ツギクルバナー
登場人物紹介
― 新着の感想 ―
[一言] 全部見終わってしまった、、、最っ高に面白かったです!!
[一言] ダンジョンものの終わりかたとして最高なんじゃないかってくらい満足した
[気になる点] ・完全に行方不明になった元アルビオンのボスと元聖騎士の女の子 ・人格も重視という割に聖騎士の女の子は何故キ○ガイ感が強いのか ・なんかストーリーありそうで無かったお金にがめつい女の子 …
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ