◆第一話『新たなる旅路』
「なあ、嬢ちゃんはどうしてあの島に行こうと思ったんだ?」
海に出てからまもなくして。
船頭の男がそう話を切り出してきた。
ニニ・ラントールは穏やかな海面から視線を外した。
風で揺れる髪をかきあげながら船頭へと目を向ける。
「その質問、やっぱりみんなにしてるの?」
「それぐらいしか楽しみがねえからな。……陸じゃ女房に睨まれながら酒をちびちびと一杯飲む生活。唯一の癒しだったカワイイ息子もでかくなっていまじゃ俺より髭もじゃだ。もう俺にはここであんたらに質問して違いを愉しむぐらいしかねえんだよ」
とてもおしゃべりな船頭だ。
厳めしい顔立ちだったので少し気難しい印象を抱いていた。
だが、どうやら完全に見誤っていたらしい。
「その割にはとても幸せそうな顔してるけど」
「そうか? ま、振り返れば悪くない人生だったって思えるけどな」
「なにそれ。いまから死んじゃうみたいな言い回し」
「あんたらとは違うんだ。そう簡単には死なねえよ」
少し呆れたような言い草だった。
「やっぱり死にに行くように見えるんだ?」
「そりゃあな。出来れば嬢ちゃんみたいな未来のある奴にはぬくぬくと育ってもらいたいもんだぜ」
慈しむような顔でぐいと櫂を漕ぐ船頭。
身を案じてくれるのはとてもありがたいが……。
「ねえ、ずっと思ってたんだけど……わたしのこと、子どもだと思ってない?」
「違うのか? 16ぐらいだろ?」
「やっぱり幼く見えるんだ……正解は18ですー」
「おいおい、冗談だろ。14って言わなくてよかったぜ」
「もう言っちゃってるじゃん」
思わずむっと少し頬を膨らませてしまった。
「たしかに同世代の子と比べて背も小さいけど。これでも力は誰よりも強かったし、胸だって結構あるんだから」
「悪かった。悪かったってっ」
両手で胸を少し持ち上げて見せたからか。
船頭が困ったように目をそらし、櫂を漕ぐ手を早めた。
どうやら反撃はこれ以上ないぐらい成功したようだ。
「ともかくっ! 心配してくれたのは嬉しいけど……大丈夫。わたしは死なないよ」
「そう言って死んでった奴を俺は何人も知ってる。いや、大半の奴らはそうだった」
再び向けられた船頭の目。
子育ての経験があるからだろうか。
真剣に心配してくれているのが伝わってきた。
ニニは胸元にそっと右手を置いたのち、ぎゅっと拳を作る。
「さっきの答えだけど……わたしはね、試したいの。自分の力がどこまで通用するのか……あの先の見えない空の向こう側……どこまで届くのかって。だから──」
言いながら、右拳を天へと掲げた。
その先で燦々と輝く陽を掴むように広げ、もう1度握りしめる。
「簡単に死ぬつもりなんてないよ」
きっとこの船に乗ったほかの人たちも同じ気持ちだったはずだ。それでも気持ちでは誰にも負けるつもりはない。もちろん、ほかの面でもだ。
船頭がふっと笑みをこぼした。
バカにされたかと思いきや、どうやら違うらしい。
「さっきの訂正させてくれ。あんたみたいな挑戦者を見たのは久しぶりだ」
「久しぶりって……わたしみたいな人、ほかにもいたの?」
「少し前に、な。っても5年前ぐらいだけどな」
外見か、内面か。
話の流れからして後者だとは思うが……。
興味が湧いて仕方なかった。
「ねえ、その人、どうなったか訊いてもいい?」
「教えてもいいが……いや、やっぱやめとくか」
「えー、そこまで言ってやめるの?」
「ついたらいやでも知ることになるさ」
そこまで言うとは、よほどの有名人なのだろうか。このまま問い詰めて名前ぐらいは知っておきたいと思う反面、その〝自分と似た〟人物を探す楽しみも捨てがたい。そうして「う~」と葛藤のまま唸っていたときだった。
「ほら、話してるうちに見えてきたぞ」
船頭が顎をしゃくるようにして言った。
ニニは促されるがままそちらを見やる。
と、思わず目を見開いてしまった。
それはまだ遠くにあるようで小さい。
だが、これまで見たなにものよりも大きな存在感を放っている。
「あれが……!」
船頭がまたひと漕ぎしたのち、「ああ」と頷いた。
「神が創った島……ジュラル島だ」
お久しぶりです。
番外編を書かせて頂きました。時系列は一応連載準拠です。
そう言えばアッシュ以外の新人視点で始まりを書いたことがなかったなーと。ふと思い立って書いた感じです。若干、アッシュオマージュも入ってます。
7話で完結。31日まで毎日連載予定です。
既存キャラもちらちら出てきますので、その辺りを楽しんで頂ければと思います。
ではでは。





