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五つの塔の頂へ  作者: 夜々里 春
【番外編】第三章

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◆第五話『イクスネビュラ戦②』

 10人の暗黒騎士たちが両手で掴んだ剣の切っ先をゆらりと天へ向けた。一糸乱れぬ美しい動きだ。思わず目を奪われそうになったが、すぐさま襲ってきた圧迫感に戦闘態勢を崩すなんてことはできなかった。


「来るぞッ!」


 そう忠告した、直後。


 どんっと暗黒騎士たちが足場を蹴る音が重なった。とても重鎧を着こんだ者とは思えない速度だ。マントを棚引かせながら向かってくる暗黒騎士。やはり予想通り敵は参加者にもれなく1体ずつ当たるようだ。黒の軌跡がすべての参加者へと引かれている。


 味方がその場で受けようとする中、アッシュはひとり前へ出た。勢いよく接近してくるこちらを見て暗黒騎士が急停止、迎撃せんと剣を薙いでくる。おそろしく早いうえに鋭い。いい一撃だ。しかし、読んでいた通りの軌道だ。


 アッシュは足から飛び込む格好で身を投げた。空気を呑み込むような音が頭上を駆け抜ける。およそ人の力では到達できない振りの速度だ。当たれば間違いなく肉がひしゃげるだろう。


 ぞっとしそうになるが、すでに敵のそばを通過したところだ。恐怖を感じる暇などない。アッシュは足裏を地面に叩きつけて跳ねるように起き上がると、即座に反転。敵の背面へと剣を振り下ろす。確実に捉えたかと思ったが、しかし振り抜くには至らなかった。


 響く甲高い衝突音。敵が足だけを動かすような洗練された体さばきを見せ、反転。剣を割り込ませてきたのだ。


「……いい反応するじゃねえか」


 敵は喋らない。代わりに凄まじい圧力が剣を伝って感じられた。ぐいと押し込まれそうになったのを感じて即座に後退する。やはりまともにぶつかっても力では勝てないようだ。ならば──技術で上回るのみ。


 アッシュはまたも肉迫したのち、連撃を繰り出していく。辺りに響く小気味いい音。防がれてばかりだが、隙がないわけではなかった。敵がいら立ったように繰り出した一撃を受け流しつつ、前進。懐に入ってその腹を刻んだ。


 反撃を警戒して即座に離脱する。と、やはりこちらを粉砕せんと剣を振り下ろしていた。足場が揺れるほどの衝撃音。やはりというべきか、この程度で弱る様子はない。鎧に刻んだ切り口からもかすかな煙が出ているだけだ。


 なかなかの強敵だ。ジュラル島に来た頃なら間違いなく初手で殺されていただろう。だが、塔で揉まれて成長したいまなら負ける気がしない。とはいえ──。


 誰よりも先に戦闘へと入ったのは仲間たちに少しでも情報を与えられればとの考えからだ。ただ……思った以上に敵が強い。速いだけでなく、一撃一撃が重い。これは塔の中でもなかなか見ない敵だ。


 ──これはまずいかもしれない。


 そう不安を感じながら、アッシュは暗黒騎士の相手をしながら仲間たちの様子をさぐる。と、懸念していたとおりの光景となっていた。すでに交戦状態となった仲間たちのほとんどが苦戦していたのだ。幸いにも誰一人として伏してはいない。だが、防戦一方の状態が続いている。


「冗談じゃ、ないよ……! アレと同じかそれ以上じゃないかっ」

「あのときはヴァネッサと2人で相手にしたが……っ」


 ヴァネッサとシビラが言っているのは、おそらく90階の天使の軍勢を率いていた主のことだろう。彼女たちはすでに90階に挑戦し、突破を果たしている。


 眼前の暗黒騎士は外見だけでなく単純に性能を見ても90階の主と酷似している。単体ならばこちらのほうが少し手ごわいか。とはいえ、あちらは大勢の天使を相手にしながらだ。どちらが難しいとは断言しにくいところだ。


 いずれにせよアイティエルが〝個の力〟を強調していた意味がよくわかった。実力がなければ、いまもこうして全員が立っていられなかっただろう。


「……にしてもアイリスの奴はさすがだなっ」


 アイリスだけは唯一、暗黒騎士に反撃を繰り出していた。100階の守護者なのだから90階級に負けないのは当然といえば当然かもしれないが。とはいえ、いまの彼女は特技が使えない状態だ。さすがの地力といったところだろう。


 それにしても──。


 仲間たちの状況を探り終え、もう一度眼前の暗黒騎士へと視線を戻す。すでにかなりの傷を負わせているが、まるで倒せる気がしない。よく見れば傷口は塞がっているし、溢れた煙も収まっている。なにか特殊な方法でしか倒せないのか。あるいはそもそも倒せる相手ではないのか。


 そう思考を巡らせながら、再び暗黒騎士の身を削ったときだった。敵本体が咆哮をあげると、あちこちに《フレイムバースト》を吐き出しはじめた。さらにはその鎌の両手を勢いよく振りはじめる。


 敵本体は暗黒騎士が出てからいまのいままで沈黙していた。ゆえに動かないものと思っていたが、どうやら楽はさせてもらえないらしい。


 アッシュは頭部を刈り取らんと払われた敵本体の薙ぎをくぐる格好で身を投げて回避する。と、思わず目を見開いてしまった。敵本体の鎌が暗黒騎士の体をすり抜けていってしまった。


 真っ直ぐにこちらに向かってくるや、突きを繰り出してくる暗黒騎士。アッシュはすぐさま起き上がったのち、向かってくる刃を見定めた。剣の腹をすっと当てて頭部から軌道をそらし、前へと出る。そのまま反撃へと振り下ろし、敵の身を裂いた。暗黒騎士が呻きながら後退する。


 危ないところだったが、なんとか凌げた。だが、息つく暇はない。暗黒騎士がまた距離を詰めてきたうえ、敵本体の攻撃も襲ってきている。


「くそっ、ただでさえぎりぎりだってんのにっ」

「なんとも歯ごたえのある敵を用意しやがって……!」


 悪態をつくベイマンズとディバル。

 喋るぐらいの余裕があるとも見えるが、実際はそうでもなさそうだ。ほかの者たちも敵本体の攻撃が加わったことでより苦戦している。


「僕が受ける……と言いたいところだけど、この状態で本体を相手にするのは……!」


 レオが暗黒騎士の剣を盾で受けながら苦し気に声をもらす。仮に敵本体を相手にすれば、その背後を暗黒騎士にとられる可能性があるのだから仕方ない。


 試しにレオを襲っている暗黒騎士に接近し、幾度か攻撃をしかけてみた。たしかに傷を与えたが、まるで見向きもしない。


「ダメかっ!」


 やはり敵は個々で標的を決めているようだ。

 余所見をするなとばかりにずっとこちらを追ってきていた暗黒騎士の一撃を回避。すぐさま敵本体へと駆けだした。


「俺が本体を引きつける!」


 レオが受けられないなら、ほかに選択肢はない。


 攻撃が徹らないと承知のうえで斬撃を蟻塚に飛ばしたかいがあったか、近づいたところで敵本体の注意がこちらに向いた。大きくあけたのち、《フレイムバースト》を見舞ってくる。


 挙動が大きいおかげで軌道は読みやすい。身を投げることなく回避に成功する。が、その恐ろしいほどの衝撃音に思わず背筋が凍りそうになった。こんなもの、レオ以外の者がまともに受ければ間違いなく死が待っている。


 ただ、その威力に戦慄している暇もなかった。背後から脅威が迫っていたのだ。追ってきた暗黒騎士から繰り出される払い。首を斬り飛ばす軌道で迫ったそれをアッシュは自らの剣で弾き上げつつ、反転。これまで同様、敵の懐に潜り込もうとして──留まった。


 左方から敵本体の鎌が迫ってきたのだ。今度は低い軌道の薙ぎ。後退しつつ、跳躍。敵本体の鎌を飛び越えると、今度は頭上から空気を呑み込むような音が聞こえてきた。おそらくもう片方の鎌が迫ってきている。


 アッシュは半ば勘で位置を把握しつつ、空中で回転。剣を体の前に割り込ませた。予想どおり敵本体がもう片方の鎌を振り下ろしてきていた。すでに眼前。回避は不可能だ。ただひたすらに受け流すことだけに集中し、敵本体の鎌にあわせて剣を傾ける。


 現状、これ以上ないぐらいの完璧な対応ができた。だが、あまりにも相手の力が強すぎた。すべてを受け流せず凄まじい衝撃が全身に押し寄せてくる。下方へと追いやられ、背中から叩きつけられる。わずかに体が跳ね返る中、そばの足場に突き刺さる敵の鎌が映り込んだ。


 なんとか直撃をまぬがれたか。だが、全身をとてつもない痛みが駆け巡っていた。視界も白に染まりかけている。


「アッシュ!」


 聞こえてくるラピスの悲鳴じみた声。


 おかげで意識を保つことができた。アッシュは歯を食いしばって即座に気持ちを切り替えた。地に伏せることなくあえて転がり、勢いを活かして起き上がる。が、こちらの決死の復活をあざ笑うように敵本体と暗黒騎士による追撃が襲いくる。


 先ほどのように連携攻撃を決められればもうあとはない。そう自身に言い聞かせながら回避の位置、タイミングを考慮して敵からの攻撃を凌いでいく。だが、あまりにも余裕がなかった。仲間の状況を探るなんてとうていできそうにない。


 くそっ、と悔しさから思わず舌打ちしてまった、そのとき。


「──あなた1人では荷が重いでしょう」


 そう言いながら同じく前線に来たのはアイリスだ。


 彼女は後ろに目がついているのかと思うほど暗黒騎士の追撃を華麗に回避。蟻塚に斬撃を見舞うと、敵本体の注意を引きはじめた。おかげでこちらにばかり向けられた敵本体の攻撃がアイリスにも分散し、一気に余裕ができた。


「助かる!」


 アッシュはそう叫びながら暗黒騎士の一撃を回避。すかさず敵本体から《フレイムバースト》が飛んでくるが、こちらも問題なく躱せた。紙一重だったこれまでとは違い、熱さをあまり感じない距離だ。


 と、アイリスを狙う暗黒騎士の姿が視界に映り込んだ。先ほどレオが担当する暗黒騎士に攻撃した際、見向きもされなかった。おかげで容易に攻撃を与えられたが……あの特性を活かせられないだろうか。


 そう瞬時に考えたときにはすでにアイリスのもとへと駆けだしていた。すぐさま指示を飛ばそうとしたところ、彼女と目が合った。彼女は対峙する暗黒騎士の攻撃を凌ぎながら、「……なるほど、そういう狙いですか」とこぼす。と、こちらへと駆けてきた。


 どうやら瞬時にこちらの意図を理解したらしい。交差する瞬間を狙って互いが受け持つ暗黒騎士に一撃を加える。隙だらけに勢いの乗った攻撃とあってこれまでとは比べものにならないほど大きな損傷を与えられた。


 暗黒騎士は標的の挑戦者以外からの攻撃に対して、回避がおろそかになる。その考えは当たっていた。だが、気になることがある。


「なにも言ってないはずだがっ!」

「あの変態が受け持つ暗黒騎士にあなたが攻撃していたでしょう。その際の状況から導きだしただけです」


 その言葉を聞いた瞬間、思わず心が熱くなった。


 今回の特別クエストにアイリスを誘ったことに関して、仲間たちから連携を心配する声もあがっていた。初めてともに戦う相手だから無理もないことだ。しかし、彼女自身の実力はそういった声のすべてを吹き飛ばすほどだった。


 言い得ぬ高揚感に見舞われたからか、戦闘中でありながら思わず口元を緩めてしまった。その表情の変化すらも見られてしまったらしい。アイリスからいぶかるような目を向けられる。


「なにを笑っているのですか……?」

「笑うに決まってんだろ! こんな歯ごたえのある敵と戦えてんだからな!」


 再びアイリスと交差する、その瞬間。アッシュは暗黒騎士に攻撃しながら「それに」と続ける。


「あの100階の守護者だったアイリスと協力して戦ってんだぜ! んなの、楽しいに決まってんだろ!」


 1度目の戦闘で敗北し、初めて絶望に近い感情を抱いた。だが、同時に世界にはまだあれほどの存在がいるのだと知ることができた。そして再挑戦した際にはいままでにないほどの興奮を味わわせてもらった。


 そんな相手といま、肩を並べて戦っている。彼女ほどの実力者ならば連携をたしかめるまでもなく、あわせてくれるはず。そう思っていたが、予想以上だ。神であるアイティエルがどれほどの存在かは想像もつかない中、やはり現状でもっとも〝最強〟の印象があるのは彼女だ。


「わたしにはっ、わかりません……!」

「そいつは残念だな!」

「ですがっ、〝人間相手〟とは違って手加減せずに済むのはとても気楽です!」

「はっ、言ってくれるじゃねえか!」


 どうやらアイリスも意外と負けず嫌いなようだ。


 実際に刃を交えた際、彼女が手加減していたとは思えない。負け惜しみであることは間違いないだろう。とはいえ、戦闘に関して彼女にはあまり向上心が見られない。そんな彼女がもしさらに上を目指したとしたら。


 ──最高に興奮する展開だ。


「おい、アッシュ! あの本体、さっきより色が濃くなってねえか!?」


 そう声をかけてきたのはディバルだ。

 最初こそ暗黒騎士に押されていたが、いまでは周囲を探れるほどまで余裕ができたらしい。声に出して言いたくはないが、対応力はさすがといったところだ。


 報告どおりいま一度敵本体に目を向ける。たしかに暗黒騎士が生まれたときよりも色濃くなっている。霧のようにも見えた状態から輪郭がはっきりした状態に戻っている。


 その変化からは〝いまなら攻撃が当たるかもしれない〟と推察できる。だが、試そうにも敵本体までは距離がある。斬撃を飛ばしたところでとうてい届かない。暗黒騎士の攻撃を躱しながら、後衛に向かって声を張り上げる。


「ルナ、クララ! 攻撃する余裕はあるか!?」

「頻繁には出来ないけど、少しなら……!」

「あたし、実は結構余裕あるかもっ!」


 ルナが回避に専念することでなんとかやり過ごす中、クララは敵を翻弄するように《テレポート》で逃げていた。


 ほかの魔術師と違って魔力量が豊富なクララには《テレポート》を連発できるという強みがある。ゆえに今回のような状況になっても問題ないと判断したが、思った以上だった。いずれにせよ、2人とも攻撃する余裕があるなら話は早い。


「2人とも敵本体に攻撃してみてくれ! あとクララ! 余裕があるのは《テレポート》だけを使ってるからだ! 魔力の残量には充分注意しろよ!」

「わ、わかってるよ!」


 動揺気味のクララの返事を皮切りに、後衛組による攻撃が敵本体へと飛んでいく。ルナによる白の矢が命中した瞬間に舞い散る白の燐光。それらを吹き飛ばす形でクララが放った《ライトニングバースト》が炸裂する。


 すり抜けた先ほどまでとは違って、どちらもたしかに命中していた。敵本体がもがき苦しむように奇声をあげる。


「くっ、またすり抜けた!?」

「と思ったらまた当たったぁっ!」


 敵本体への攻撃を再開した直後は順調だったが、またすり抜けはじめた。ただ、すべてが当たらないわけではなく、少し経ったらまた命中するといった感じだ。


 敵本体に攻撃が当たるようになったのは時間経過によるものかと思ったが、どうやら違うようだ。ほかになにか仕掛けがあるのか。アッシュは思考を巡らせつつ、いまもまたアイリスと連携して暗黒騎士を刻んでいく。その最中、視界にちらついた黒い煙にはっとなった。


 暗黒騎士の傷口から漏れ出た煙だ。初めて見たときはただの演出かと思ったが、よく見れば煙は敵本体に戻っている。もしかすると、あの煙が敵本体の存在をたしかなものにしているのか。


 最初に攻撃が当たらなくなってから、先ほど再攻撃をしかけるまでの時間は長かった。その分だけ煙が蓄積していたため、再開直後は順調だった。そしてまた当たらなくなったのは敵本体を形成する煙がなくなってしまったから──。


 そう考えれば色々と納得ができる。

 だとすれば話は早い。


「暗黒騎士の傷から出る煙だ! おそらくこれが敵本体をあらわにしてる!」


 全員に聞こえるように思いきり叫んだ。


「つまり、こいつをぶちのめせば敵本体にも攻撃が当たるようになるってことか……!」

「ったく無茶な注文をしてくれるよ……でも──」

「ああ、信頼して声をかけてもらった手前、応えないわけにはいかないっ!」


 これまで回避に専念していたベイマンズとヴァネッサ、シビラが反撃を繰り出しはじめた。多少の傷を負ってはいるようだが、構わずに攻撃を加えている。


 そんな彼らとは相反して、レオは一つどころに留まって闘っていた。暗黒騎士の攻撃を受けては剣の切っ先を繰り出している。


「僕は盾の陰からチクチクとやらせてもらうよ!」

「そんなもんじゃないだろ、レオ! いつもの手癖の悪さはどうした!」

「ア、アッシュくん! 人聞きの悪いことは言わないでおくれよ! でも、求められているなら──」


 暗黒騎士の攻撃を受けるだけでなく、弾くようにして突進。間合いを詰めるなり全体重を乗せるような勢いの乗った突きを繰り出すレオ。堅実な戦いぶりがよく目につくレオだが、あんな強引な攻め方もできる。さすが我らがチームの〝盾〟だ。


「おい、アッシュ! 傷をつけるだけでいいのか?」

「もちろんぶっ飛ばせるならやってくれても構わないぜ、親父!」

「お父さんを舐めるんじゃねえぞ、息子!」


 ほかの挑戦者と同様、暗黒騎士に苦戦していたディバルだが、いまやその顔は楽し気なものになっていた。まるで舞う葉のようにひらりと敵の攻撃を躱すや、反撃にと一振り。鮮やかに暗黒騎士に傷をつけ、煙を出させた。


 認めるのは癪だが、やはりあの男の戦闘感覚は頭抜けている。


 年老いた父親であるディバルにだけは負けたくない。そんな気持ちに突き動かされてか、体がさらに熱を持ちはじめた。度重なる脅威にさらされて摩耗した精神も、いまや逆に原動力となっているようにすら感じる。


 ──これだ。この感覚が最高に心を奮い立たせてくれる。


 高ぶる感情に胸中を支配される中、自身を追いかける暗黒騎士を連れ、幾度もアイリスと交差する。そのたびに彼女を標的とする暗黒騎士に斬撃を見舞う。敵本体からの攻撃も変わらず襲ってきているが、いまやもう脅威には感じられない。


 暗黒騎士から出る煙が増えたことで後衛組の攻撃も多くが当たるようになってきた。状況は好転しはじめている。にもかかわらず、すれ違いざまに映ったアイリスは怪訝な表情をしていた。


「……不思議です。空気が一変しました」

「べつに不思議でもなんでもねえよ。あの神様と一緒でずっと覗いてたから知ってるだろ。こういう逆境。そんでもって敵が強ければ強いほど燃える──」


 敵本体から放たれた《フレイムバースト》を身を投げて回避。暗黒騎士から追撃とばかりに振り下ろされた剣を、横向けた自身の剣で受け流す。前へと駆け抜け、すれ違いざまに払いの一撃を見舞った。煙が舞い上がる中、振り返ってアッシュはにかっと笑う。


「──それが俺たち挑戦者だ」


 あれだけの才を持ったアイリスだ。遠くから見るのではなく、肌身で感じれば楽しめるのではないか。アイティエルを蝕んでいた脅威がなくなったいまなら、その感情を知ることができるのではないか。


 今回、アイリスに声をかけたのはそんな想いもあったからだった。ただ、なにか思うところがあったのか、暗黒騎士から繰り出された剣の脅威が迫っているにもかかわらず、彼女はなにやらぼーっと突っ立っていた。こちらを見ながら目を見開いている。


「お、おい、アイリス……!?」


 様子が変だと察した瞬間に体が動いていた。アイリスに飛びつき、抱きかかえる。「な、なにをっ」と動揺するアイリスの声が聞こえる中、そのまま勢いよく地面を転がって距離を稼いだ。


 そばから聞こえてくるガンと地面を叩く剣の音。どうやら間一髪のところで躱せたようだが、まだ危機的状況は続いていた。轟音とともに迫りくる敵本体の鎌が足場上をなぞる軌道で迫ってきた。


 アッシュは流れるように立ち上がり、アイリスを背に鎌に向かった。切っ先を下向けた恰好で剣を構えた瞬間、鎌が衝突する。とてつもない衝撃が全身に走る。ただ受けるだけでは間違いなく押し負ける。


 ゆえに鎌を上方向に流さんと剣を傾けたが、あまりにも鎌の勢いが強すぎた。体が吹っ飛ばされそうになる。だが、そうなれば背後のアイリスに鎌が当たってしまう。それだけは避けねばならない。その一心で踏みとどまりつづけ──。


「ぁおおおおおおおおおおおおッ!」


 剣の下に体を潜らせ、肩から持ち上げる格好で鎌を弾きあげた。


 なんとか凌いだ。しかし、息をつくには早い。もう片方の鎌が反対側から迫ってきていた。敵の鎌をまともに受けたせいで腕がしびれ気味だ。こんな状態でもう一度受けられるのか。──いや、受けるしかない。


 そう決意した直後、アイリスがゆらりと立ちあがった。こちらに向けられた彼女の目は先ほどまでとは違ってしっかりとしている。その推察通り彼女は迫りくる鎌を回避せんと跳躍していた。こちらも彼女を追う恰好で鎌の下を潜るようにしてやり過ごす。


「もう大丈夫なのか、アイリスッ!?」

「は、はい……申し訳ありません。わたしが気を抜いてしまったばかりに……!」


 当然とばかりに2体の暗黒騎士が即座に間合いを詰めてきた。本当に息つく暇も与えてくれない。アイリスと互いに暗黒騎士を相手しながら会話を交わす。


「あんぐらい大したことねえよ! 大体、さっきのは話しかけた俺のせいだ! ってもアイリスもあんな風になることあるんだなって思ったけどな!」

「……あなたはわたしのことをなんだと──」


 アイリスが眉を吊り上げて睨んできた、そのとき。


 敵本体が両手の鎌を引き戻すと、癇癪でも起こしたかのように誰もいない足場を叩きはじめた。とてつもない地響きとともに足場が揺れる。最中、蟻塚の穴から最初と同じように無数の卵が生成。ぬちゃっと粘膜が破け、蜘蛛型の雑魚たちが再び現れた。カサカサと音をたてながら蟻塚を下りたのち、こちらへと向かってくる。


「こんな状況でまた出てくるのかよ!」

「しかもさっきより数が多い……!」

「ったく、窒息しそうなクエストだねぇ……!」


 ベイマンズに続いてシビラ、ヴァネッサの声が辺りに響く。


 全員が暗黒騎士を相手にしている状態だ。蜘蛛型が参戦すれば一気に形勢が傾いてしまうかもしれない。ましてやあの雑魚は装備破壊の糸持ちだ。総崩れになる可能性も考えられる。1体1体は文字通り雑魚だが、充分な脅威だ。無視はできない。


「どうするつもりですか?」


 アイリスが暗黒騎士の攻撃を受けながら問いかけてきた。おそらく雑魚たちの対応についてだろう。仮に雑魚たちに群がられる状況が続いた場合、崩壊する可能性は高い。


 ──ならばこちらがとるべき選択は1つ。


「攻めるッ! こんな総出で出迎えてくれてんだ。きっと敵も厳しい状況だってことだろ! だからここで一気に攻めて仕留める!」

「そんな憶測で敵が弱っていると判断するのは──」

「勘だ! っても、いける余裕があるならいくしかないだろ! それともそっちには前に出る余裕がないのか!?」

「……誰に訊いているのですか」


 アイリスの繰り出した鋭い一閃が暗黒騎士の肩を斬り裂いた。問題などひとつもありはしない。そう言い切らんばかりだ。負けず嫌いもここまでくると清々しいくらいだ。


「はっ、アイリスなら乗ってくれると思ってたぜ」

「ですが、あの雑魚たちはどうするのですか? 無視するにはさすがに厳しい数ですが」

「そっちに関しては考えがある! ……ラピスッ!」


 アッシュは暗黒騎士の攻撃を受け流しながら、視界の端に目を向けた。黒い煙が色濃くあがっているその中では、ラピスが華麗に槍を振り回している。


「そろそろ慣れてきたか!?」

「とっくに……! もうあの頃のわたしじゃない……っ!」


 暗黒騎士は90階の主と同等かそれ以上だ。あのときはラピス1人で受け持つことはできなかったが、いまの彼女ならば話はべつのようだった。ほかの挑戦者の誰よりも余裕をもって暗黒騎士を圧倒している。


「なら、クララのサポートを頼む! 注意は引けなくても移動の妨害はできるはずだ!」

「──任せて」


 応じるやいなや、ラピスが暗黒騎士を連れて後衛へと駆けていく。その背中を横目で見送りつつ、「クララ!」と叫ぶ。


「解禁だ! 雑魚を蹴散らしてくれ!」

「待ってました……っ!」


 少ない言葉だが、通じたようだ。


 クララは《テレポート》で暗黒騎士との距離を最大限に保ったのち、敵本体の上空に向かって右手を掲げた。その先で現れた巨大な魔法陣からずずずと姿を見せはじめる巨岩──《メテオストライク》。しかも11等級仕様。手に入れた頃とは規模が違う。


 あれが着弾したとき、周囲に散らす衝撃はとてつもない。ゆえにある程度まで離れて避難するのが常だが、それでは再び接近するまでに雑魚が湧いてしまう可能性がある。となれば、選択肢は1つ──。


「行くぞ、アイリス!」


 アッシュは大げさに剣を振るって暗黒騎士を弾き飛ばしたのち、敵本体へと駆けた。アイリスもまた同様に対峙する暗黒騎士をよろめかせてからあとを追ってくる。


 すんなり応じてくれたことには感謝しているが、思わず目を見開いてしまった。てっきり危険やら無謀やらといってこの強行作戦に反対してくるかと思ったのだ。


「今度は反論しないんだな!」

「もはやなにを言っても無駄だとわかっていますから。それに──わたしもそれしかないと考えていましたからっ」


 そう口にしたアイリスの目は、すでに覚悟を決めたものだった。彼女には100階の守護者としての役目がある。だが、その心には間違いなくこちら側《挑戦者》のものも混ざっている。いや、正確には芽生えたと言うべきか。


 新たな戦友が誕生したからか。

 あるいはそんな戦友と並んで駆けているからか。

 胸中で湧き上がる高揚感がさらに勢いを増していた。


 視界の中、クララの放った《メテオストライク》はすでにその全貌をあらわにしていた。轟々と地鳴りのような音をたてながら周囲の空気を呑み込み、落下していく。敵本体に移動手段はないのか、ただ受けるだけの様相だ。


「みんな、衝撃にそなえて! 落ちるよ~~ッ!」


 戦闘には不釣り合いなクララの警告から間もなく──。


 空を食らっていた巨岩がついに落下した。敵本体の頭上を叩く恰好で落下したそれは、瞬く間に形を崩していく。下方から上方へと走る亀裂。ついには全体に巡ると、炸裂するように周囲へと無数の岩片を散らしはじめた。


 衝突によって生まれた風に後押しされた岩片たちは、そのすべてが圧倒的な破壊力を持っている。実際、蜘蛛型の雑魚たちはその岩片を受けてことごとく潰えていた。当たれば人の体も容易にひしゃげるだろう。だが、そんな中をアイリスとともにアッシュは構わずに駆けた。


 視界は岩片だらけなうえに、轟音で声も聞こえてこない。そんな状況でも不思議とアイリスがどこにいるのかを感じられた。確証はないが、彼女もきっと同じ状態に違いない。その証拠に、ついに視界が晴れたとき、すぐ隣に彼女の姿を認めることができた。


 蟻塚に到達し、ごつごつとした足場を駆け上がっていく。すでに蟻塚の穴から卵が生まれはじめていたが、構わずにひた走る。視界の中、映る敵本体はまるで溶けたように輪郭があやふやだ。《メテオストライク》をまともに受けたからだろうか。ぐったりしているようにも見える。いずれにせよ、弱っていようがいまいがここでトドメをさすしかない。


「一気に決めるぞ、アイリスッ!」

「言われなくとも……!」


 と、接近を感じ取ったのか、敵本体が弾かれるようにしてこちらに向いた。両腕の鎌を持ち上げたかと思えば、結合させ、1本の槍へと変貌させた。進路のすべてを貫くように突き出してくる。


 すでに孵化を終えた蜘蛛型の雑魚たちに囲まれ始めている。おそらく暗黒騎士も追ってきているはずだ。回避する時間すら惜しい。


「わたしが受けます」

「──いや、俺が受ける」


 アッシュはそばで湧いたばかりの雑魚を斬り裂いたのち、剣の柄を握る手により力を込めた。とっくに発動条件は満たしている。ここぞという場面にずっと温存していた。使うならばいまを置いてほかにない。


 迫りくる黒い槍。一度、敵本体の鎌を受けたときは圧倒的な力を前にただ受け流すのが精一杯だった。だが、あれは受け止めたからこその敗北。今回は違う。


 アッシュは光り輝く己の剣を振るい、そこに込められた力を解き放った。《ソードオブブレイブ》。その名の通りブレイブの血が繋いできた最高の剣技だ。煌めく一閃が敵の槍を先端から裂き、道を作りだす。


 視界に映るのは、もう敵本体のみ。

 アッシュは振るい終えた剣を強く握りしめながら叫ぶ。


「決めろ、アイリスッ!」


 そばを駆け抜けた彼女の姿はまるで風──いや、光のようだった。残像のように残った青色を辿れば、敵本体に肉迫する彼女が映り込んだ。すでに剣は振るわれたか、胴体、そして首の2箇所でわずかなズレが生じている。


 やがてそのズレがたしかなものとなったとき、敵本体は一気に崩れ落ちた。煙と化し、空気に溶けるように消えていく。


 続いて暗黒騎士と蜘蛛型の雑魚。ついには蟻塚も消えた。蟻塚は足場にしていたこともあり、ほぼ空中に投げ出された格好だ。慌てて受け身をとって着地する。


 巨大な敵の消滅は、勝利したことを確信するには充分な材料だったようだ。後方から仲間たちによる歓喜の声が聞こえてくる。


 ただ、アイリスだけは違った。

 雄叫びもあげなければ歓喜の声も出さない。

 彼女らしいひどく静かな終わりだ。


 今回の特別クエストに彼女を誘ったのは、ともに戦ってみたいという気持ちがあったからだ。だが、ほかにも挑戦者の気持ちを味わってもらいたい。そしてあわよくば楽しんでもらいたいという気持ちもあった。


 戦闘中は彼女も楽しんでくれているという確信があった。だが、いまの彼女を見る限りそんな様子は見られない。……もしかすると、上手くいかなかったのだろうか。だとすればただ面倒ごとに巻き込んだ形になる。


 ──あとで謝らないとな。

 そう思いながら、剣を鞘に収めたときだった。


「……これが挑戦者の世界」


 アイリスが困惑した様子で自身の手を見つめはじめた。


 そして──。



 最後には、その口元を一瞬だけ緩めていた。



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