◆第三話『10人の挑戦者』
「うわぁ……なんかすごい注目されてるんだけど……っ」
「場所が場所だから仕方ないかも。でも、クララは気にしすぎだと思う」
「逆にラピスは気にしなさすぎだと思うけどね」
「僕はこれぐらい注目されているほうがやる気が出るけどね。そう、このたくさんの視線が僕に力を──」
「レオは少し黙っててくれ」
迎えた翌日。
特別クエストに参加する10人がベヌスの館前に集まっていた。ただ、参加者が島でも名が知れた者ばかりだからか、事情を知らない者たちが足を止めるなり何事かとざわついていた。
アッシュは集まった参加者の顔を見回したのち、告げる。
「みんな、今日は来てくれてありがとな」
「礼なんていらねえよ。こっちだって楽しみにしてたんだからな」
「ああ、ベイマンズの言うとおりだ。わたしもこの日を楽しみにしていた」
ベイマンズに続いてそう口にするシビラ。
言葉どおり、2人の顔は開始をいまかいまかと待ちわびているようだった。とはいえ、気負いしている様子もない。さすがに上層到達者とあって肝が据わっているようだ。
「俺は息子の成長でも見せてもらうとするぜ」
そんな呑気なことを言ったのはディバルだ。
そばのベンチに座ってあくびをしている。
我が父ながら相変わらず緊張感がなさすぎだった。
「それじゃ俺は親父がどれだけ衰えたか見ないとな」
「は、言うじゃねえか。逆に若返りすぎて驚くんじゃねえぞ」
若返るはずがないだろう。
そう言い返したいところだが、実際に島に戻ってからというものディバルの肌に艶が戻ってきていた。実力云々に関してはわからないが、充実していることは間違いないのだろう。
「にしても10人目にミルマ、か。アッシュらしいっちゃらしいけど……聞いたときは本当に耳を疑ったよ」
ヴァネッサが、クエスト参加者から少し離れて待機するアイリスを横目に見ながら言った。
アイリスは普段の給仕服ではなく、100階の守護者としての戦闘服に身を包んでいる。鈍色の華やかな意匠が所々に施された純白のドレス。まさしく〝白〟を主題としたその戦闘衣は、周囲の中でも圧倒的に人を惹きつける魅力があった。実際、足を止めている挑戦者の多くはアイリスに目を奪われているようだった。
久しぶりに見たが、相変わらずアイリスにぴったりな衣装だ。それに……今回は以前にはなかったものがあった。その細い首から垂れる装飾品だ。気に入ってくれているかはわからないが、どうやら律儀につけてくれているらしい。
と、じっと見ていたからか、視線に気づかれたようだ。一瞬アイリスが隠すように首飾りに手を運んだが、直前で止めた。まるで羞恥に耐えるように手を下ろしたのち、ちらりとこちらを窺ってくる。どうやら見せるために我慢してくれているらしい。
以前のアイリスでは考えられないいじらしい対応だ。
その姿には思わず目を瞬かせてしまったが、それ以上に嬉しさがまさった。アッシュは胸にくすぐったさと温かさを感じながら、ほかの参加者たちに向かって告げる。
「アイリスの実力は俺が保証する。こいつならきっと力になってくれるはずだ」
「そりゃ100階を守ってるんだからそうだろうね。ただ、闘うときの楽しみが減っちまうって思っただけだよ」
「我々も100階が近づいてきたところだからな」
ヴァネッサに続いて、シビラが敵意にも似た視線をぶつけた。
現在、もっとも100階に近いのは彼女たちのチームだ。2人が100階の守護者を強く意識するのも無理はない。
ただ、そんな彼女たちから向けられる視線をアイリスはなんとも思っていないようだった。先ほどの照れた姿はどこへやら、淡々とした声で応じはじめる。
「安心してください。本来の力は制限されていますので100階ではしかと驚きをお届けできると思います。もっとも絶望も一緒に受け取って頂くことになりますが」
「言うねえ。店で接客してるときよりも、いまのほうがよっぽどいい女だ」
「それはどうも」
見ようによっては一触即発ともとれるが、血気盛んな者が多い戦士にはよくあることだった。ただ、根っからの戦士からかけ離れたクララはそう感じなかったようだ。不安げな様子で服をぐいとつまんでくる。
「ね、アッシュくん。ほんとに大丈夫なの? なんか言いあってるけど」
「あんなもん挨拶のひとつだろ。戦闘に関してもきっと問題ない。アイリスの実力を見りゃ、すぐに認められるはずだ」
「そういうものなのかな」
そういうもんだ、と返したそのとき。
ベヌスの館からアイティエルが出てきた。
最近では外に姿をさらすときは少女の姿を模っていたが、今回は大人の状態だ。2人のミルマを従えながら、しずしずと近づいてくる。
さすが神といったところか。つい先ほどまで騒がしかった辺りが、いつの間にやら水を打ったように静かになっていた。
「今日は大人の姿なんだ」
「……いつものほうがいいのに」
「ラピスは本当に可愛いものが好きだね」
「べ、べつにそういう意味で言ったわけじゃ──」
後ろでぼそぼそと喋るクララにラピス、ルナ。
我らが仲間は何度も大人版を前にしているからか。あるいは少女版ともよく喋っているからか、まるで緊張していないようだった。
「集まっておるな」
アイティエルが参加者10人の姿をおうように見回した。アイリスを見るときだけ優し気な目に変わったように見えたが……きっと気のせいではないだろう。やがて全員の顔を見終えたアイティエルは満足そうに頷くと、クエストについて話しはじめた。
「今回の特別クエストは塔を延ばせというどこぞのバカたちの要望に応えた結果、調整が必要と判断し、試験的に導入したものだ。今回限りとするか今後も受けられるようにするかはまだ決めていないことを先に伝えておく」
「ってことはなおさら参加させてもらってよかったね」
「先行者の特権ってやつか」
ヴァネッサとベイマンズが得したとばかりに口元を綻ばせていた。
「あれ、もしかしてバカってあたしたちのこと?」
「あはは……もしかしなくても、ね」
「ま、無理もないわ。わたしもそう思うし」
「大丈夫だよ。バカって言葉は最高の褒め言葉だから」
我が仲間たちはさらっと〝バカたち〟とまとめられたことを気にしているようだった。実際、アイティエルに揶揄する気はないと思うが、なんともひどい言われようだ。なによりひどいのは、それに対して否定する者がいないことだ。
父親のディバルに至っては「ありがとよ、バカ息子」と言ってくる始末。こちらが「うるせえバカ親父」と言い返していると、ちょうどアイティエルが続きを話しはじめた。
「ともかく、お前たちの力に見合った敵かどうかも判断がついていない。あっさり勝利できるかもしれんし、逆に全滅するかもしれない。…………ふむ、臆する者はいないか」
「当然だろ。俺が選んだ最強の仲間たちだからな」
はっきり言って実力の違いはある。
だが、精神面だけで言えば間違いなく誰もひけはとっていない。どれだけ強い敵を前にしてもきっと怯まずに立ち向かえるはずだ。
「いいだろう。では、さっそく始めるとするか」
「どこの塔に移動すればいい。始めるって……先に移動するんじゃないのか?」
「お前はなにを言っている? 舞台はここだ」
当然とばかりにそう言い切るアイティエル。
ここということは中央広場を指している。
つまり多くの建物だけでなく人とミルマも集まっている場所だ。こんなところをわざわざ舞台に選ぶ理由がない。
ほかの参加者たちも同じ考えに至ったのだろう。
驚きと動揺を見せながら疑問の声をあげている。
「冗談が過ぎるぜ。こんなとこで戦えるわけないだろ」
「ああ、そうだった。1つ付け加えるのを忘れていたな」
その発言後、参加者全員の足元に魔法陣が生成されはじめた。最中、アイティエルがにやりと意地悪く口を歪める。
「──舞台は、このすぐ上だ」





