◆第二話『神としてではなく』
「ねえ、本当に大丈夫なの?」
「その話はもうしたろ。実際に闘ったからわかるが……あいつの実力なら間違いない」
その日の夜、ログハウスにて。
就寝までの間、住人全員が居間に集まっていた。
全員がいるときは自然と集まって話すことが多い。
今回も例にもれずそうなったのだが、当然とばかりに話題は1つに集中していた。特別クエストに急遽参加することになったアイリスの件だ。
「たぶん、ラピスはそういうこと言いたいんじゃなくて、連携のことを気にしてるんじゃないかな」
そうルナが補足すると、ラピスがこくりと頷いた。
「それを言うならヴァネッサやシビラたちも同じだろ」
「でも、ヴァネッサさんたちとは大型レア種の討伐で何度も一緒に戦ってるよね」
そう口を挟んだのはクララだ。
たしかに彼女の言うとおり連携という意味では、ヴァネッサたちとのほうが慣れているのは間違いない。ただ、アイリスの実力であれば、高い水準であわせてくれる可能性は高いと踏んでいる。
そんな気持ちが顔に出ていたのか、ラピスから細めた目を向けられた。
「……やけに庇うのね」
「べつに庇ってるわけじゃない。ただ、あいつのことを同じ戦士として認めてるってだけだ。それにもし一緒に戦えたら面白そうだろ」
「面白そうって……」
「なんともアッシュらしい考えだ」
ラピスが大きなため息をつき、続いてルナがくすりと笑った。
なにやら呆れられているようだが、納得してもらえたのならなんでもいい。ひとまずこれでアイリスの件は終わりだ。そう思った矢先──。
「あっ、そういえば館で話したときのこと!」
クララがなにか思い出したかのように声をあげた。
首を傾げながら、怪訝な表情をこちらに向けてくる。
「な~んかアイリスさんの様子おかしかったんだよね」
「もしかしたら誕生日会でなにかあったのかも」
「どうなの? アッシュ」
またも彼女たちから揃って疑問の目が向けられた。
べつに説明する義理はないかもしれない。が、彼女たちとの関係を前に進めようとしている手前、無視するわけにもいかない。
「お前たちが思ってるようなことはないから安心してくれ。ウルの誕生日会の件で怒らせたかもって話はしたよな。あれで和解できて元通りになっただけだ」
「……あれのどこが元通りなんだろ」
「反動で一気に距離が縮まったのかも」
「いまさらだけど、はぁ……」
こちらの弁解もむなしく、風向きはいまだ悪いままだった。
彼女たちとの付き合いも長くなったおかげか、信頼関係は充分に築けている。ただ、こと女性関係に至ってだけはあまり信用を得られていなかった。今回の件がいい例だ。
「でも、全然そんな素振りなかったのに……どうして」
「ボクもさすがに予想外だったよ」
心底疑問だとばかりにそうこぼしたラピスに、ルナが苦笑で応じた。
会話から察するにアイリスから好意を向けられている、という仮定で話が進んでいるようだ。あの色恋とは無縁そうな彼女がありえない、と言いたいところだが……こちらもそこまで鈍くはない。
思い当たる節もあるだけに、なんともいたたまれなくなった。そんなこちらの胸中を知ってか知らでか、女性陣はアイリスの話題で盛り上がっている。
「あたし、今日アイリスさんが照れたとこ初めて見たけど、笑ったところって見たことないかも」
「嘲笑するところなら見たことあるけど」
「アッシュに対してならわたしも見たことあるわ」
「やっぱりアッシュくんだけ特別だったってことかな……」
なぜ嘲笑が特別に繋がるのかと突っ込みたいところだが、ぐっとこらえた。ここで口を挟めば先の二の舞だ。状況の鎮静化を見守っていたところ、クララが不安げに「仲良くできるかなぁ」とこぼした。その直後──。
「あやつがあんなにも不愛想になったのは我の責任だ。だからどうか大目に見てやってはくれんか」
突如、ここにいるはずのない者の声が聞こえてきた。かと思うや、対面の女性陣が座るソファの後ろから三角の耳を生やした幼い少女──アイティエルが顔を覗かせた。ゆっくりと振り返ったクララが「うわぁっ!?」と驚いて机に背中から倒れ込んだ。がこんっとなんとも痛々しい音を響かせ、呻いている。
「うぅ……し、心臓止まるかと思ったぁ……!」
「さすがにいきなり過ぎだろ」
「すまなかった。だが、驚かそうとしたことを謝るつもりはない」
悪びれた様子もなく、くすくすと笑うアイティエル。
純真な幼女の姿を模っていることもあってか、余計にその無邪気さが際立った。
「明日のクエストを前にどうしているかと様子を見にきたのだが、気になることを話していたからな。つい口を挟んでしもうた」
「相変わらずの覗き魔ね。……いえ、神だから覗き神?」
どうでもいいことでひとり首を傾げるラピス。
そんな彼女をよそに、アッシュは先ほど途切れた話題に戻さんとアイティエルへと視線を向ける。
「アイリスが不愛想になった理由、か。どういうことだ?」
「なに大して難しい話ではない」
そう言いながら、アイティエルが女性陣のソファを回り込んでこちらまで来た。隣にちょこんと座ると、足をぶらぶらとさせながら神妙な顔で話しはじめる。
「もう聞いているかもしれんが、アイリスだけはミルマの中でも特別でな。ジュラル島を創ってからというもの、記憶を消さずに何度も肉体を生まれ変わらせては我のそばに仕えさせている。そのせいかどうも達観してしまうところがあってな」
この話についてはすでに聞いていたが、改めて聞いても驚くべきことだ。ジュラル島を創ってからとなると、約200年。そんな途方もない時間を過ごしたらいったいどうなるのか。自身をあてはめてみたものの、やはり想像もつかなかった。
「──だが、それも見かけだけのもの。長らく人と深く関わってこなかったことで奴の感情はずっと子どものままだ」
アイリスはどこか冷めていて、大人びているように見える。だが、アイティエルに言わせれば、まだまだ子どもだという。生みの親だからこそ感じるものがあるのだろう。
「どうか我が娘を……アイリスをお前たちと同じ人間として……同じ仲間として見てやってほしい」
アイティエルが目を伏せながら、そう口にした。
飄々とした普段とは相反した真摯な態度だったからか、はたまた話題にしていたアイリスの〝親〟を前にしたからか。女性陣が少しだけばつが悪そうにしていた。
「べつに嫌ってるわけじゃないわ」
「だね。むしろいつもお店でよくしてもらってて、いい印象のほうが強いよ」
「うんうん。ただ、そういうことに興味なさそうだったから驚いただけっていうか、だから……」
上手く言葉を繋げずに言いよどむクララ。
そんな彼女に満面の笑みで助け船を出したのはルナだ。
「正直に言うと、ボクたちだけじゃ飽き足らずさらに女性を食い散らかすアッシュをいじって遊んでいただけだから」
「そう、それだよ!」
ルナの冗談に力強く同意を示すクララ。
「おい、悪意しか感じないんだが」
「自業自得だと思うけど」
ラピスに鋭い目とともに釘を刺された。
居心地がよく安らげるログハウスはどこへいってしまったのか。これなら敵がはびこる塔の中のほうがよっぽど気楽な空間だ。
「相変わらずお前たちは見ていて飽きないな」
どうやら神にはこれが楽しい光景に映ったらしい。
大笑いというわけではないが、楽し気に笑みを浮かべていた。
色々と物申したいことはあるが、いまはアイリスの件だ。
「アイリスのことを同じ人間として、仲間として……だよな。そんなの当たり前だ。じゃなかったらクエストに誘うなんてしなかったしな」
女性陣が色々と言っていたが、アイリスを嫌ってのものではない。それを肯定するように彼女たちも頷いていた。
「……そうか、ならば安心だな」
そう口にしたアイティエルからは、あどけない顔ながら多くの慈愛を感じられた。神だけの特別なものかと思ったが、違った。これはありふれた母親の顔だ。
彼女は立ち上がると、全員に向かって改めて目を伏せた。
「どうかあの子のことを……アイリスのことをよろしく頼む」





