◆第一話『10人』
「最後の1人に誰を選ぶのかと思っていたが……」
「誰でもいいって言われたからな」
翌朝。アッシュはチームメンバーとともにアイティエルのもとを訪ねていた。
広間の中、玉座のごとく椅子にベヌスが座っている。見慣れた光景ではあるが、いつもと違ってそばにアイリスは控えていない。今回は彼女もこちら側に立ってアイティエルと対峙している。
「ねえ、やっぱりだめなんじゃないの?」
「あはは……でも、たしかに無理がありそうだね」
「わたしたちはミルマの実力を知ってるからなおさらね」
そばからクララとルナ、ラピスの潜めた声が聞こえてくる。たしかに100階の守護者であるミルマが挑戦者の仲間として戦うのは考えられないことだ。しかし、その考えられないことを容認するような発言をしたのはアイティエル自身だ。
「しかし、アイリスもよく承諾したな。以前のお前であれば突っぱねていただろうに」
「そ、それは……」
返答に窮して視線を下向けるアイリス。
そんな彼女を横目に、レオがおどけたように口を開く。
「たしかに昔のアイリス嬢なら、『なぜあなたにわたしが協力しなければならないのですか? 死んでください』ぐらいは言っていた気がするね」
「──レオさん」
「はい、黙ります」
ふざけた自覚はあるらしい。
レオが姿勢を正して硬直した。
ただ、おかげでアイリスの緊張も緩んだようだ。
軽く息を吐いたのち、ゆっくりと話しはじめる。
「たしかにアイティエル様の言うとおりです。以前のわたしであればバカな話と一蹴していたでしょう。ただ……彼ら挑戦者が塔を昇るさまを間近に見ることで、興味を持ってしまったのです。どうして彼らはそんなにも上を目指すのか、と」
ミルマにとって挑戦者はサポート対象だ。加えて狭い島の中とあって互いに接する機会は多い。ゆえに興味を持つのはなにもおかしいことではない。もっともな理由だ。ただ、アイティエルには納得がいかない部分があったらしい。
「ふむ、なるほどな。だが、疑問が残る。挑戦者の誰もが上を目指しているわけではない。挫折する者や現状に満足する者。ほかにも金儲けに走る者などさまざまだ。だが、お前は上を目指す者と限定した──」
途中まで淡々と話していたアイティエルだが、最後ににやりと笑った。
「お前が興味を持った〝挑戦者〟とはいったい誰のことだろうな」
意味ありげな視線がこちらに向けられる。
たしかに塔を昇ることばかり考えているし、否定はしない。ただ、同じような者はほかにもいるはずだ。そう思いながら隣を見やったとき、思わず目を瞬かせてしまった。
アイリスが肩を狭めながら俯いていたのだ。
しかも耳まで真っ赤にさせながら、口をぱくぱくさせている。これではアイティエルの考えに頷いているも同然だ。
「え……えっ? なにこれ? え?」
「さすがにこれはボクも予想外かな」
「アッシュ、ちょっと話があるんだけど」
戸惑いの声をあげる女性陣。
完全に誤解だ。とはいえ、いまも動揺しているアイリスの傍らで弁解してもさらなる誤解を生むことは間違いない。
「か、勘違いしないでください! いえっ、あの、これはアイティエル様を否定したわけではっ、ですがそれが真実だということは決してなく──っ」
「わかってる。挑戦者として興味を持ってるってことだろ」
絶賛混乱中のアイリスを落ちつかせんと声をかけたところ、思いのほか効果があった。アイリスが途端に勢いを失い、しおらしく話しはじめる。
「そ、そうです。そのとおりです。わたしはそれが言いたかったのです……っ」
素直なのは悪いことではない。
だが、アイリスの普段が普段なだけに調子が狂ってしまう。ため息をついたのち、場をかき乱した張本人へと忠告する。
「娘が可愛いのはわかるが、いじるのもほどほどにな」
「すまない。つい、な」
途中、後ろから「かわっ!?」と動揺するアイリスの声が一瞬聞こえたが、知らないフリをした。数日前にも同じようなことがあったが、どうやら彼女は〝可愛い〟と言われることに免疫がないらしい。
「それで答えはどうなんだ? アイリスを参加させてもいいのか?」
「……ふむ、まあ面白いものを見せてもらったしな」
その言葉に、恥ずかしそうに身を縮めるアイリス。
今日は彼女の知らない一面を多く見ている気がする。それだけでも誘ったかいはあるが、いま本題のほうが気になってしかたなかった。
「ってことは──」
「ああ。だが、本来の力は制限させてもらう」
頂の守護者が使う技はどれも便利過ぎる。
それこそ様々な局面に対応できるほどに。
ゆえに、この条件は予想できたことだった。
「どの程度かを教えてくれ」
「案ずるな。ミルマ特有の力を封じ、挑戦者と同等になるだけだ。せいぜい、いまのお前たち程度だ」
「せいぜい、か。言ってくれるな」
「当然だろう。お前たちのいる場所はまだまだ我には遠いぞ」
──絶対に辿りつくから待っていろ。
そう胸中で投げかけたのが伝わったのか、アイティエルから勝ち気な笑みが返ってきた。
「いいのですか?」
アイリスが不安げな顔で問いかけてきた。
本来の力がない状態でも参加していいのか、と言いたいのだろう。
「いいもなにも、俺たちと同じぐらいってんなら断る理由もないだろ。大体、誘ったのはこっちだしな。改めてよろしく頼むぜ、アイリス」
「……はい。参加させていただくからには全力で臨ませていただきます」
アイリスは長めに息を吐いたのち、いつもの凛とした表情で頷いた。
実際に白の塔100階で闘ったからこそわかる。
アイリスが持つ強さはミルマ特有の技に頼り切ったものではない。たとえ本来の力が制限されていたとしても、きっと大きな助けとなってくれるはずだ。
「っし、ともかくこれで揃ったぜ。ここに俺のチーム5人。それからヴァネッサ、シビラ、ベイマンズ、親父。そして……アイリスの10人だ」
正直、メンバーが濃すぎてどうなるかわからない。
ただ全員の実力は間違いなく島でも……いや、世界でも有数だ。いったいどんな戦いになるのか。いまから楽しみでしかたなかった。
「いいだろう。では明日の正午、この館の前に来い。……お前たちのために我が最高に面白い舞台を用意してやる」





