◆第四話『仲間との違い』
翌朝、アッシュはベヌスの館前のベンチに座っていた。
今日も今日とて塔を昇る予定だが、そばに仲間は誰もいない。
とくに大した理由があるわけではなく、女子勢の準備がまだかかるようだったので先んじて出発。ついでにと静かな朝をひとり堪能している感じだ。
「おはようございます、アッシュさん」
ふいに横合いから声をかけられた。
見れば、爽やかな笑みを浮かべたウルが立っていた。
朝だというのに気だるさをまるで感じさせない。
本当に見ているだけでこちらまで元気にさせてくれる子だ。
「お、ウルか。ちょうどよかった」
首を傾げるウルに、続けて告げる。
「明日の夜、空いてるか?」
「はい、空いてますけど……どうかしたのですか?」
「アイリスん家でパーティするから空けといてくれるか」
「パーティって……いったいなんの──あっ」
すぐに思い至ったようだ。
ウルがそわそわしながら期待に満ちた目を向けてくる。
「もしかして、ウルの……ですか?」
「ああ、そのもしかしてだ。アイリスから誘っといてくれって頼まれてな」
そう伝えると、ウルが途端にぱあっと笑みを弾けさせた。もともと感情豊かなウルだが、こうして純粋に喜んでくれると誘ったかいがあるというものだ。
「一応俺も参加させてもらうことになってるんだが、問題ないか?」
「問題なんてありません。むしろ、ウルとしてはアッシュさんが参加してくださるともっと嬉しいです……!」
「そうか、ならよかった」
ウルのことだ。誰が参加しても喜ぶことはわかっていたが……例年はアイリスと2人で祝っていたようだし、念のための確認だ。
「それじゃ、明日は家まで呼びにいくから待っててくれ」
「はい、よろしくお願いします。すっごく楽しみです……!」
言葉どおり興奮しているようだ。
ウルは無垢な幼子のように目を輝かせていた。
「なになにー、なんの話してるの?」
とすん、となにやら背中に重みを感じた。
声からすぐに誰だかわかったが、どうやらクララが到着したらしい。こちらの肩に顔を乗せて会話に割り込んできた。
「あ、クララさんっ。あの、明日、ウルの誕生日なのですけど、アッシュさんとアイリスさんがお祝いしてくださるとのことで……」
「え、ウルさん誕生日だったの!? えー、言ってよー!」
「あのあの、そんな大したことではないですし……」
申し訳なさそうに目をそらしたウルに、クララが弾かれるようにして駆け寄った。その手を取り、ぐいと顔を寄せる。
「大したことあるよ! ウルさんは大事なお友達だもんっ」
クララがそう伝える中、ちょうど遅れてルナとラピスも到着したようだ。あまりにクララが大きな声で喋っていたからだろう。事情を理解したうえで頷いていた。
「それにたくさんお世話になってるからね」
「ええ、出来れば参加させてもらいたいわ」
「うんうん、ぜひ僕もお祝いさせてもらえるかな」
いつの間にやら到着したレオも参加を希望していた。
クララたちの想いに、「みなさん……!」と感極まったように声をこぼすウル。ただ、あることを思い出したようでちらりとこちらを窺ってきた。
「あの、アッシュさん」
「あ~……主催はアイリスだし、確認をとらないとな」
知らぬ仲ではないが、だからといって勝手に決めることはできない。
「なんて言っていたら、あんなところにアイリス嬢が出現したね」
そう口にしたレオの視線を追うと、《スカトリーゴ》への通りを歩くアイリスを見つけた。ちょうど出勤時間だったのだろう。
「みんな、ちょっと待っててくれ。聞いてくる」
アッシュはその場を離れ、アイリスのもとに向かった。「アイリス!」と声をかけると、足を止めて振り返ってくれた。いつもの不愛想な顔で出迎えられる。
「いま、ちょっといいか?」
「ええ、構いませんが」
「ウルの誕生日会のことなんだが、あいつらも参加していいか?」
肩越しに振り返って、クララたちのほうへ視線を促した。アイリスがちらりと一瞬だけ窺ったのち、眉間に皺を寄せる。
「……なぜ彼女たちが?」
「ウルを誘ってるときにちょうど居合わせてさ。話を聞いてあいつらもウルを祝いたいって──」
「好きにすればいいのでは」
話を遮る格好でそう返してきた。
いつもどおりアイリスの淡々とした口調だ。
ただ、怒りがふんだんにこもっているのがありありと感じられた。
「ただし、わたしは参加しませんので、どうぞべつの場所で開いてください。では」
「お、おい。ちょっと待ってくれ。参加しないって……どういうことだよっ」
背を向けて去ろうとしたアイリスの肩を掴んで制止する。と、顔だけ振り向いた彼女からぎろりと睨まれた。
「どうもなにも、そういうことです。あの、放してくださいますか」
あえて自ら振りほどこうとしないあたりに強い拒絶を感じた。これ以上引き留めたところで悪化するだけだろう。こちらがすっと手を離すと、とくに未練もなくそそくさとアイリスは去っていってしまった。
その後ろ姿を見送っていると、クララがそばまでやってきた。会話が聞こえていてもいなくても、アイリスの返答があまりよくないことは伝わったに違いない。その証拠に、見上げてくるクララの顔はばつが悪そうだった。
「もしかして、あたしまずいことしちゃった?」
「……いや、悪いのは俺だ」
最近は喋る機会が多くなっていたこともあり忘れていたが、アイリスはあまり賑やかな空気が好きではない。そのうえ、2人で計画していたものだ。許可もなく話が進んで面白くなくなるのも無理はない。
「失敗したな……」
苛立ちを隠さんと思わずぐしゃっと荒く髪をかいてしまう。距離が縮まったからといって配慮を失くしていいわけではない。アイリスの性格や立場といったことを考えるべきだった。
いずれにせよ、いまの状況はよくない。とはいえ、もとはウルを祝うために行っていたことだ。ウルのことを1番に考え、そのうえでアイリスのことも対応するしかない。
アッシュは振り返ったのち、仲間たちに向かって告げる。
「みんな、悪い。ちょっと頼みがある」





