◆第七話『青の塔・3等級階層』
「ただの槍かと思ったらハルバードとはね。アッシュらしいよ」
「色々できるほうが性に合ってるからな。一番気に入ってる形状だ」
いましがた委託販売所で購入した3等級の武器交換石を、交換屋で変換してきたところだった。いまは、ユインとの待ち合わせである青の塔に向かっているところだ。
アッシュは交換したばかりの槍の感触を確かめるため、柄をくるりと回す。
選んだ槍の形状は、いわゆるハルバードと呼ばれるもの。穂先に斧頭がついており、斬る、突く、叩く。さらに引っ掛けることもできる多様性に富んだ武器だ。
ちなみにクララは腕輪、ルナは弓とこれまでと同形状のものを交換している。
「にしても1500ジュリーか……3等級から一気に跳ね上がるよな」
「ほんとだよ。おかげであたしもう3000しか残ってないよ」
「こっちは2000だ」
クララと揃ってガマルの軽さを嘆く。
不本意ではあるが、おそらくジュラル島内の貧乏ランキング1、2位を独走していることだろう。
「1、2等級の階層にはほとんど人がいないけど、3等級にはそれなりに人いるからね」
「それだけ需要があるってことか」
「うん。だから一番人が多い4等級は悲惨なんだよね」
先ほどの時点で4等級の武器交換石相場は約1万だった。3等級より落ちにくくなっているとはいえ、そのあまりの価格差に初めは目を疑ったほどだ。
アッシュはハルバードを空にかざし、遠くにそびえる青の塔と交差させた。柄には3つの穴があり、内2つが埋まっている。どちらも青の属性石で、先ほどはめてきたものだ。
「青の属性石、全部はめるってことになると……クララのフロストレイ用に2つ、俺とルナに1つずつだから計4つか」
「4つなら意外と早くに集まりそう」
クララが呑気な声で言う。
「1等級で狩りしてた頃よりはよっぽど出やすいだろうしな」
「もしかしたら今日で集まっちゃうかもっ」
などと二人で楽観的な会話をしていると、ルナが「2人とも」と声をかけてきた。彼女の視線は青の塔前の広場に向けられている。
「あの子、もう来てるみたい」
「あれ、こっちも結構早いはずなのに」
昨日も思ったが、かなり真面目な気質なようだ。
「とにかく急ぐか」
青の塔前の広場まで早足で向かった。
クローを抱いた褐色の少女――ユインに声をかける。
「悪い。待たせたか?」
「いえ、そんなに待ってないです」
ユインは素っ気なく答えたのち、こちらの装備をちらりと確認してきた。ひとまず3等級の装備に交換したことに満足したのか、彼女はリフトゲートに向かって歩きはじめる。
「では行きましょう」
◆◆◆◆◆
青の塔の3等級階層は切り立った崖に挟まれた――言わば渓谷のような形状となっている。降り注ぐ陽光のせいで上空は見えない。ただ、枝葉でも垂れているのか。そこかしこから雫が落ち、ざらついた岩の足場を湿らせている。
「悪いな、22階からで」
「大丈夫です。どうせすぐに抜けられると思いますし」
ユインは淡々と答えながら胸に抱いていたクローを手にはめた。彼女のクローには甲の先から三本の鉤爪が伸びている。長さは拳3つ分ほど。彼女の体が小さいこともあって余計に大きく見える。
「初めて見たときから思ってたけど、珍しい武器だよね」
クララがユインのクローを見ながら言った。
「そうですか。でも、わたしにとってはこれが普通なので」
言って、ユインは腕をだらりと下げると、前傾姿勢になった。なにをするのかと思いきや、そこから一気に加速。ひとり飛び出した。
「あ、おいっ」
呼び止めるが、もう遅い。
ユインのそばに落ちた、3つの雫。それらが弾けるように散ったとき、人間の子供ほどはあろうかという巨大なロブスター型の魔物がそれぞれの雫から飛び出てきた。3体の魔物たちは青い甲殻で形成されたハサミをふりかざし、ユインに飛びかかる。
だが、ユインに動じた様子はなかった。自ら敵へと向かい、振り下ろした鉤爪で1体の頭を斬り裂くと、2体目には振り上げる形で腹から抉り、屠った。
3体目が飛びかかってくるが、軽やかに後退して回避。なにもない空中を薙ぐと、青白い光が斬撃をなぞるようにして放たれた。属性石5つ以上から使うことのできる攻撃だ。虚空を突き進んだ斬撃は最後の3体目を斬り裂くと、音もなくふっとかき消えた。
瞬く間に3体の魔物が消滅し、静寂が辺りに戻る。
くるりと振り返って、ユインが一言。
「これぐらいは使いこなしています」
「すごーっ」
「3等級レベルじゃないね」
クララ、ルナが揃って絶賛する。
ユインの動きは平時ののんびりした姿からは想像もできないほど機敏だった。加えて、あの小さな体に見合わない膂力――。
「負けてられないな」
アッシュは槍を握る手を強め、ユインのもとへと向かう。と、少し先の地面に大きな雫が落ち、弾けた。瞬間、先のロブスターよりも大きな影が5つ現れた。
高さ、横幅のどちらも人間と同程度。
なにやら海豹のような外皮をしている。
と思いきや、一斉に「ブチャッ」と音をたてて皮をぶち破った。中から出てきたのは人間の骨をヘドロで覆ったような外見の魔物だ。
ヘドロの色は2種あり、赤が4体、青が1体。
先のロブスター型は見たことがあったが、こちらは初めて見る魔物だった。
戸惑いを読み取ったか、ユインが情報を提供してくる。
「赤いのがファイター。青いのがヒーラーです」
「ってことは青が先だな」
「やれるなら、です」
アッシュはユインの脇を駆け抜け、ヘドロたちのほうへ向かった。2体のファイターがまるでなにかを投擲するように手を振るってくる。と、その指先からヘドロが分離。飛沫のように飛んできた。慌てて槍の斧頭で振り払う。
刃に付着したヘドロが、ジュゥという音をたてて消えていく。まさか溶解液とは。幸い武器に損傷はないようだが、もし肌に触れれば火傷どころではすまなさそうだ。
ほかのファイターたちが抱きつかんばかりの勢いで接近してくる。あれに捕まれば一巻の終わりだが、あまりに動きが遅い。アッシュは肉迫寸前に槍の穂先を地面に突き立てると、それを支えに跳躍。ファイターたちを一気に跳び越えた。
空中で引き戻した斧頭を天に掲げ、着地と同時に後方のヒーラーへと叩き落とす。と、ブチャッと音をたてて、ヒーラーは真っ二つになった。ぶぁああ、と間抜けな声を出しながら溶け、崩れていく。
まずは1体。
だが、息つく間はなかった。
すでに転身したファイターたちが背後まで迫っているようだった。聞こえた間抜けな声を頼りに、振り向きざまに槍を払う。裂いたのは2体。残りの2体は少し遅れて向かってきている。
――どうする。
槍はすでに振り切ったあとだ。
戻しても威力はたかが知れている。
一旦後退か。いや。
アッシュは先ほど払った槍の勢いを殺さずに、体ごと横回転させながら一気に前へ出た。2体のファイターの間を抜けながら一閃。上下に分断し、屠った。
斧頭についたヘドロがジュゥと音をたてて消滅していく。
槍を使ったのは久しぶりだったが、悪くない感触だった。
ただ、完全に慣れるにはまだ時間がかかりそうだ。
アッシュは石突を地面にたてて一息つく。
と、ユインが無表情でこちらを見つめてくる。
「本当に使えるんですね」
「我流だけどな」
「曲芸みたいでした」
褒めているのだろうか。
わからないが、心なしか声が柔らかくなったような気がする。
「二人ともー、こっちの出番がないんだけどー!」
ルナが冗談交じりに愚痴を飛ばしてきた。
それを受けてか、ユインが先へと歩きはじめる。
「どんどん進みましょう。27階以降なら、もっと沢山いるので」