◆第五話『新たなチーム』
翌朝。
アッシュはひとり中央広場をうろついていた。
本日の狩りは正午からとなっている。そのため、適当に委託販売所を回ったり、すれ違う知人と他愛もない話をしたりと暇を潰しているところだった。
中央広場に1人で来ることはよくある。
ただ、今回のように意識して1人で来ることはそうなかった。
……あいつらのこと、もっと真剣に考えないとな。
噴水脇に腰を下ろしたのち、胸中でそうひとりごちたときだった。
「お、辛気くせえ背中した奴が座ってるじゃねえか」
覚えのある声が聞こえてきた。
見れば、初老とも言える男がこちらに近づいてきていた。
飄々としながらも妙に自信に満ち溢れた佇まい。かすかに白が混ざったかきあげられた髪。誰よりも見慣れたその顔を前にして、思わずため息をついてしまう。
「なんだ、親父か」
「なんだってお前な。愛する父親が絡みにきたんだからもっと喜べよ」
「誰が愛してるってんだよ」
彼はディバル・ブレイブ。認めたくはないが、正真正銘の父親だ。およそ2か月前、島にふらっと戻ってきてから長く居座っている。
「よう、アッシュ」
「うーっす、兄貴」
ディバルの後ろから見知った顔が現れた。
ギルド《レッドファング》のベイマンズに、ヴァンだ。ベイマンズは出会ったときからまったくといっていいほど変わらない。気持ちのいい性格はもちろん、外見も筋骨隆々の大男のままだ。
反面、ヴァンのほうは調子乗りだった昔からかなり雰囲気が落ちついた。やはり結婚したのが大きな理由だろう。
2人から少し遅れて眼鏡の男──ロウが顔を見せた。昔とは違って彼は髪を伸ばし、1つに結っている。もともと美形なうえに怜悧な顔立ちもあってか、いまでは島の多くの女性たちを虜にしているらしい。
目線で挨拶を交わしたロウへと、アッシュは問いかける。
「狩りの帰りか?」
「ああ、出来れば夜のうちに帰りたかったんだが」
「9等級の階層は短い反面、一度詰まったら出られないとこあるからな」
「まさにその通りの状況になったというわけだ」
苦笑交じりにそうロウが答えると、後ろでヴァンが「ほんと天使多すぎっすよね」とため息をついていた。こちらも通った道だ。彼らのうんざりする気持ちはよくわかる。それほどまでに天使がうじゃうじゃと出てくる階層だったからだ。
アッシュは昔のことを思い出しながら、眼前の4人の男たちを見回した。年齢的にディバルは1人だけ大きく離れている。にもかかわらず、不思議なほど溶け込んでいた。
「にしても違和感なさすぎだろ」
「ん、なにがだ?」
「いや、親父がベイマンズたちと一緒にいるってのがだよ」
ディバルは島に戻ってきてから、ベイマンズたちとチームを組むようになった。なんでも酒場で知り合い、一晩飲み明かして気が合ったのがきっかけだという。
「ま、ディバルと俺らはもう兄弟みたいなもんだからな」
「そっすね。っていうかアッシュの兄貴の父親みたいなもんすから。俺にとっても親父みたいなもんですし!」
「きみの父親とあって腕もたしかだ。こちらとしても助かっている」
ディバルと肩を組むベイマンズとヴァン。その傍らでは眼鏡をくいと上げながら微笑むロウ。そんな3人に囲まれて鬱陶しそうにしながらも楽しそうに笑っているディバル……とやはり見事に溶け込んでいた。
「ま、上手くやれてるならいいが……気をつけろよ。気づいたらふらっといなくなってるかもしれないからな」
「そんときゃそんときだ」
ベイマンズがからっとした笑みを浮かべながら即座に答えた。ヴァンもロウも同じ気持ちだとばかりに笑っている。こんな男たちだからこそ、気まぐれなディバルも居心地よく感じて組むことを考えたのだろう。
ほんの少しだけ嬉しそうな顔をするディバルを見る限り、今回は長居するかもしれない。アッシュは息子ながらにそう感じていると、ふとディバルの腰に提げられた長剣が目についた。
彼も《たったひとりの英雄》の血を引くものだ。長剣を持てば《ラストブレイブ》が発動し、見境なく周囲の生物を殺戮してしまう。にもかかわらず長剣を得物に選んでいるのには理由があった。それは腕にはめられた血統技術を封印する《アイティエルの鎖》だ。
「使い心地は?」
「そりゃ最高に決まってるだろ。出来るならもっと早くから使いたかったが……あの神、前はもう造れないとか言ってやがったのに、あっさり造りなおしやがって」
「本来の力が戻ったことで可能になったんじゃないか」
「だとしても、もう少し早く教えてくれりゃよかったのによ」
そう愚痴をこぼすディバルだが、本心から恨んでいる様子はない。いまのチームで黒の塔88階のレア種に挑み、獲得したことに嬉しさも感じているようだ。本当にいいメンバーと出会えたようだ。と改めて思ったところで、すっかり忘れていたある人物のことを思い出した。
「そういや……あいつは一緒じゃないのか?」
実は、いまのベイマンズチームにはもう1人の新加入者がいる。その新加入者の姿が見当たらず問いかけたのだが、なにやらロウから困ったような顔を返された。
「あ~、それが……」
「もしかしてさっきからこっそり近づいてきてるのがそれか?」
ベイマンズたちが現れてからだろうか。噴水を挟んで裏手側に回り込むなにかがいた。もしかすると、〝それ〟かもしれないと思ったのだが、どうやら当たりだったようだ。「くふふっ」とおかしな笑い声をこぼしながら、〝それ〟は飛び出してきた。
「アッシュさまなら、きっと見つけてくれると信じてましたぁっ!」
両側で結ばれた愛らしい髪に、貴族の娘かと思うほど端正な顔立ち。血なまぐさい戦闘とはかけ離れた容姿を持つ彼女は、神聖王国ミロの元聖騎士ルグシャラだ。
「では、闘いましょうか」
「いまの会話の流れでどうしてそうなる」
「だって、ルグシャラとアッシュさまの仲ですし」
にたあっと薄気味悪い笑みを浮かべるルグシャラ。
相変わらず恵まれた容姿を台無しにするのが得意なようだ。
「改めて思うが、よくチームに入れる気になったな。後ろから斬りかかられるかもって心配はしなかったのか?」
「ひどいです、アッシュ様。ルグシャラ、殺るときはちゃんと前から殺りますよ~」
あはは、とルグシャラは楽し気に2本の剣を抜くと、ぶんぶんと虚空を斬りはじめた。
ディバルについては元から9等級階層に到達していたが、ルグシャラは当時6等級。1度攻略した試練の間には入れないという決まりもあって、チームを組むには支障があったのだが……。
ベイマンズたちはルグシャラのために、塔を1から昇りなおすことにしたのだ。
「たしかに彼女の言動は極めて狂気的だが、補って余りある働きをしてくれている」
「だな。俺も最初は女を入れるなんてって思ったが、なかなかどうして。いい感じだぜ、こいつ」
ロウに続いて、ベイマンズがルグシャラのことを擁護した。
「俺も最初は反対っていうか、その……あいつのこともありますし、ちょっと心配してたんすけどね。でも、女は女でもルグシャラなら問題ないって許してもらえたんで」
頬をかきながら、少し照れた様子でそう口にするヴァン。彼の言う〝あいつ〟とは、約1年前に結婚した相手──《ソレイユ》に所属する挑戦者ドーリエのことだ。
「……あれ、ルグシャラなにか貶されてます?」
「チームを組む相手として最高って意味じゃないか?」
「だったらいいですっ」
むむっと眉を吊り上げたかと思うや、ぱあっと子どものような無邪気な笑顔を見せるルグシャラ。この扱いやすさが唯一の救いといって間違いないだろう。
「いずれにせよ、心配する必要はないだろう。なにしろ彼女はきみの父親のことをひどく慕っているようだからな」
「はい、お父様はアッシュさまのお父様ですから。言うことはちゃんと聞かないとです」
ルグシャラがディバルのそばに立つと、なにやら得意気にそう言った。べつに慕うこと自体はいい。ただ、その呼称が引っかかり、思わず細めた目をディバルへと向けてしまう。
「変な呼び方させるなよ」
「勝手に呼ばれてるだけだ。でもま、このままだと孫の顔をいつ見られるかわかったもんじゃないからな。ちょうどいいんじゃねえか」
「おい、なに勝手なこと言ってんだよ」
ディバルの発言が冗談か本気かはわからない。ただ、問題なのはルグシャラが聞いているという点だ。彼女は首を傾げながら、ロウに問いかける。
「……どういうことです?」
「つまり、きみがアッシュの嫁になるということだ」
ロウの返答を受け、ルグシャラがヴァンへと目を向けた。その視線は結婚の意味を探求するものだ。
「その……ずっと一緒になるってことだよ」
「一緒! 毎日一緒ということですか!? では毎日闘えます!」
ルグシャラが興奮した様子でにじり寄ってきた。
しかも餌を前にした動物かと思うほど息が荒い。
「いや、毎日闘うって。大体、俺はお前とそういう関係になるつもりはないからな」
ルグシャラの容姿はたしかに見目麗しいと言われる部類だ。ただ、その中身は一日中戦闘していても飽きないというほどの狂人。正直、心の底から遠慮したい相手だ。
はっきりと断ったこともあってか、「そ、そんな……」と落ち込んだように座り込むルグシャラ。だが、そんな彼女にあろうことかディバルが救いの手を差し伸べた。
「心配すんな。塔のてっぺんまで行ってアイティエルに願えばいいだろ」
「その手があったですっ!」
飛び跳ねるようにして再び立ち上がるルグシャラ。
「なに余計なこと言ってんだよ」
「チームメンバーのやる気を出すのはなにもおかしくないだろ?」
「だからって自分の息子を売る父親がどこにいんだよ」
「ここにいるぜ」
自身を指さしながらあっけらかんと答えるディバル。
悪びれた様子がいっさいなくて、もう正すことすら億劫だった。
「ま、俺としちゃ孫の顔さえ見せてくれりゃいいんだけどな。っていうかなんだよ、今日は本気でつっかかってくるじゃねえか。まさかマジでそろそろなのか?」
親だからか、あるいは彼自身の勘か。こういうときだけは本当に鋭い。べつに特定の誰かを決めたわけではないが、いまは1歩を踏み出そうとしているところだ。読まれたことが悔しくて、思わず目をそらしてしまう。
「……仮にそうだったとしても教えるかよ」
「んだよ、つれねえな。ま、どうせお前のことは訊かなくても勝手に入ってくるからべつにいいけどよ。気が向いたらちゃんと紹介しろよ」
残念そうな顔から一転、ディバルは最後に優し気な笑みを向けてきた。こういったときだけ父親面を見せてくるのは本当に卑怯だ。ただ、そう思う反面、わずかな嬉しさがこみ上げてくるあたり、ディバルのことが嫌いではないらしい。
「そんじゃ、俺たちはそろそろ行くぜ。帰ったばっかでもうくたくただからな」
「なに言ってんだ、ディバル! その前に1杯だろ! いや、べつに10杯でもいいけどよ!」
「悪いっすけど、俺は一旦家に戻んないとあいつが心配するっていうか……」
「わたしも悪いが遠慮する。疲労もあるが、酒だけは遠慮したい」
「ルグシャラはお・ん・な・の・こなので! お体を綺麗綺麗してくるで~す!」
全員から酒盛りを断られ、「んだよお前ら、つれねえな!」と叫ぶベイマンズ。本当に個性あふれるチームだ。一見ばらばらのようだが、それがまたいいのかもしれない。いまでこそ9等級階層だが、すぐにでも10等級階層に到達することは間違いないだろう。
──いい場所を見つけたな、親父。
そんなことを思いながら、アッシュは賑やかに去っていくベイマンズチームを見送った。





