◆第八話『辿りついた舞台は』
暗くて冷たいと感じた。
自分という存在がまるで掴めない。
いったいどうしてしまったのか。
虚無と化した頭の中を探りはじめると、膨張した闇が襲いくる光景が蘇った。それはすべてを喰らい尽くすかのように広がりつづけ、瞬く間にこちらを呑み込んだ。
あとのことはなにも思いだせない。
ただ、全身の感覚がなくなった。
わかるのはそれだけだ。
――そうだ。俺は敵の攻撃に呑み込まれて……。
ふと暗かった世界に光が映り込みはじめる。
どうやら無意識にまぶたを持ち上げていたようだ。
かなりの距離を飛ばされたらしく、負に染まったアイティエルの半身――敵が遥か遠くに見える。だが、敵は唸り声をあげながら、身をよじるようにしてのそりのそりと近づいてきている。動きこそ緩慢だが、その移動速度は恐ろしく速い。
敵が近づいてきたことで、ぼやけていたその姿が鮮明に捉えられるようになった。先ほど倒したはずの《憤怒の顔》が灰色から黒色へと戻り、活動を再開している。周囲の髭や触手も同様に動いている。
上の《悲哀の顔》の周辺から覗く黒球たちは元の8個に戻っているが、元気なのは相変わらずだ。まるで獲物を探すかのようにぐりぐりと動いている。
間もなく、黒球から放たれる黒線の射程圏内に入るだろう。このままではまず間違いなく死しか待っていない。逃げようにも体がまったく反応してくれないのだ。気合でどうにかなる状態をとおり越している。
ただ、現状をありのまま受け入れるわけにはいかなかった。自分ひとりだけならまだいい。ただ強さを追い求め、自身の力を試すために至った結果だ。
ただ、今回の戦いはそんな単純なものではない。
失うものが多すぎる。
首すら触れない状態とあって仲間たちの姿は見えない。
ただ、きっと近くにはいるはずだ。
――せめて、みんなだけでも……。
すぐさま立ち上がって敵の注意をそらす。
そう機敏に動く自分を思い描くも、現実ではやはりなにも行動を起こせなかった。
敵がついに移動を止めた。
低い唸り声をあげながら、黒球すべての視線をこちらに向けてくる。
いまほど悔しさを感じたことはない。
ここで自身の力試しが終わることにではない。
仲間のために力を使えないことに対する悔しさだ。
自身への悪態を胸中で繰り返し、溢れかえりそうになったとき、ついに敵の黒球たちから黒線が放たれた。瞬きをする間も、呼吸をする間もない。やがて視界の中、8本の黒い筋が交わり、ひとつの点となる。
なにかを思ったわけでもない。
ただ、自然と目が閉じはじめた。
徐々に狭まる視界。
そこへ自身の終わりを重ねかけた、そのとき。
荒い息遣いと騒がしい足音が聞こえてきた。
次いで、鳴り響いたのは激しい衝突音。
一瞬、なにが起こったのかわからなかった。
視界の端へと拡散するように黒線が弾けた。
それをなしたのは、いまも視界の中央でひとつの背中。
レオだ。
もしやクララが無事で《ヒール》を受けられたのか。
……いや、違う。後ろからでもわかるほど全身がぼろぼろだ。鎧もあちこちが欠けているし、血も流れている。彼もまた先ほどの攻撃を受け、負傷していることは間違いない。
その証拠に、いまの攻撃で片膝をついてしまっていた。だが、それでもレオは剣を突き立ててすぐに立ち上がろうとしている。
「くそっ、動けっ! 動けっ! まだ倒れるわけにはいかないんだ! 動けぇッ!」
自身を奮い立たせるように大声で叫びながら、レオが再び立ち上がった。だが、その脚は震え、とても先の攻撃をもう一度受けられるような状態ではない。このままではレオが倒れてしまう。
と、レオのそばを3本の矢が続けざまに翔け抜けていった。それぞれが命中直前で2本に分裂し、衝突と同時に爆発。3つの黒球を見事に破壊してみせた。
これはルナの矢だ。
どうやら彼女も無事だったようだ。
ただ、安堵する間もなく、残りの黒球から黒線が容赦なく放たれた。数が減ったとはいえ、5本も受ければいまのレオでは無事ではすまない。
だが、黒線がそのままレオに到達することはなかった。彼の前を駆け抜ける形で黄金の髪をなびかせる人影――ラピスが白の属性障壁を張ったのだ。
黒線たちは障壁を通過してくるものの、その威力はかすかに弱まったようだ。黒線を受けたレオは苦しげな声をもらしたものの、倒れることなくなんとか踏みとどまっていた。
「クララはっ!?」
「まだ倒れてるっ」
視界の両脇に立ったラピスとルナが互いに顔を合わせることなく、切羽詰った声で言葉を交える。
「あたしは大丈夫……だよ。アッシュくんがとっさに庇ってくれたから……」
たしかにとっさにクララを庇おうとした。彼女がもっとも防御面に不安を抱えていることはあるが、なにより《ヒール》でチームを立て直せるからだ。
ただ、敵の攻撃があまりに強大で確実に守れたとは言いがたい状態だった。実際にほかの仲間と同様に視界に映り込んだ彼女の姿は痛々しく傷ついている。
「神だろうがなんだろうが、僕の親友はやらせないよ!」
「アッシュは絶対に守ってみせる……!」
「アッシュさえいればまだ勝機はある! みんな、ここが堪え時だ!」
「いつも守ってばかりだから……今日ぐらいはあたしが頑張らないと……!」
視界の中、この身を守ろうと仲間たちが懸命に立ち向かっていた。クララの《ヒール》を受けているとはいえ、余裕はない状況のはずだ。だが、そんなことを感じさせないほどの生命力を彼らから感じられた。
そこには諦めの感情などいっさい感じられない。
ただ、勝利だけを信じて立ちつづけている。
思わず乾いた笑いをこぼしてしまった。
もっとも近くにいたクララが困惑したような顔を向けてくる。
「ど、どうしたの……もしかしてさっきの攻撃で頭おかしくなっちゃったりとか……?」
「いや、本当に最高の仲間に出逢えたんだって……改めて思っただけだ」
クララの《サンクチュアリ》と《ヒール》のおかげもあり、声を出せるだけでなく、体も動くようになってきた。とはいえ、傷が傷だ。わずかな動きでも全身が悲鳴をあげるように痛む。
だが、それでも仲間たちがいまに繋ぐために負った痛み、苦しみを思えば大したことはない。アッシュはそばに落ちていた剣を手繰り寄せ、それを支えにゆっくりと立ち上がる。
「助かったぜ、みんな……俺はもう大丈夫だ」
依然として仲間たちは敵の猛攻にさらされた状態だ。現状が続けば体勢は立て直せるかもしれない。だが、敵はこちらの再起を見てか、はかったように前進を始めた。下部分の鎌や触手の攻撃範囲に入れば、いまのままでは壊滅しかねない。
「一旦後退するぞ! レオは先に全力後退! クララは《メテオストライク》後、ルナと一緒に後退! ラピス、敵の気を引くぞ」
誰一人として疑念を抱くことなく、弾かれるようにして動きだした。レオが敵に背を向けて走りだす。すれ違う形でアッシュはラピスとともに前へと出た。互いに左右に弧を描くように膨らみ、交差。敵の鎌や触手攻撃を引きつけつつ駆ける。
敵に影が差し、クララの《メテオストライク》が激突。大量の破片が辺りに散った。それらを避けながら、アッシュはラピスと全力で後退をはじめる。
敵はかすかな呻き声をならしていたが、どうなったかまでは確認していない。《メテオストライク》は相当な威力を持っているが、敵はこれまで戦ってきた相手とは比べ物にならないほど強大だ。おそらく傷すらも負っていないだろう。
時間稼ぎのための攻撃だったが、おそらくそれもほんのわずかな時間しか作れないに違いない。
――すぐに切り替えろ。そして考えろ。あいつを倒す方法を!
先の膨張する闇を受ける前の戦闘を、数瞬の間に幾度も脳裏に流し、すぐさま作戦を構築する。ほかにもっと楽な倒し方があるのかもしれない。だが、試している余裕はない。ならば前回と同じ工程を辿り、攻略するのが最適だ。
いままでもそうして勝利し、塔を昇ってきた。
アッシュはたしかな自信を抱きながら、前方を駆けるレオへと叫ぶ。
「レオ、上の顔を守るあの障壁を越えられるか!?」
「周りの黒球たちの攻撃に曝される中ってことだよね!?」
「ああ、かなりきついはずだ! 死ぬほど痛いのは覚悟してくれ!」
「それでも僕ならいけるって思ってくれたなら越えてみせるよ!」
ひどく危険な頼みだというのに、いやな顔ひとつせずに乗ってくれるとは。寄せられた信頼が嬉しいと感じると同時、絶対に成功させるという意志がより強まった。
レオは「それに」と続けて、わずかに体を横に開きながら自身の胸を右拳で叩いた。
「僕にはコレがあるからね!」
「……だったら決まりだ! 越えたら中でこいつを使って出口を設定してくれ! 入口の場所はまた伝える!」
アッシュは腕につけていた《ワープリング》を外し、投げた。受け取ったレオがそれを右腕にとおしはじめる中、次なる指示を飛ばす。
「下の顔を倒すまではクララが黒球の破壊! ルナは下の顔を攻撃! 倒したあとは2人で増えた黒球を全力で破壊してくれ!」
レオよりもさらに前を駆ける後衛組が肩越しに振り返りながら了解の旨を伝えてくる。
ルナに下の《憤怒の顔》を攻撃するよう頼んだのは、《アルカヘスト》が吐かれる前に倒してしまいたいという考えからだ。
「ラピスは俺と一緒に下の顔を攻撃しにいくぞ!」
「破壊後はワープゲートをとおって上の顔を破壊ね」
ああ、と頷いたのち、もっとも重要なことを全員に伝える。
「もっとも注意しないといけないことは、敵が最後に撃ってきた、あの膨張する闇だ! あれを撃ってきたのが、下の顔を倒したからか、上の障壁に触れたからかはわからない。ただ、さっきと同じなら時間的な猶予はあるはずだ! それまでに上も沈める!」
敵がまた同じ行動をとると決まったわけではないが、いまはそれを頼りに動くしかない。いずれにせよ、いままでと同じように予想外のことが起きればその場で対応するだけだ。
「アッシュ、敵がもう動きだしてる!」
ルナから知らされるが、その気配は感じとっていた。足場の揺れとともに、怖気のする存在が近づいているのがはっきりと伝わってくる。
『聞こえる……か』
ふと覚えのある声が頭に直接届いてきた。
これはアイティエルのものだ。
ただ、普段の威厳あるものではない。
封印の維持に尽力しているからか、ひどく苦しげな声だ
『奴の力が世界にもれはじめている。なんとか留めようとはしているが、限界が近い』
「つまり時間がないってことだよな。だったら心配はいらない――」
アッシュは勝ち気に笑みながら、いまもジュラル島でひとり戦っているアイティエルへと告げる。
「ちょうど次で決めようと思ってたところだっ!」
『……そのようだな。ならば我は待っているぞ。お前たちの勝利を――』
アイティエルの言葉が聞こえなくなった、瞬間。クララから「もう、かなり近いよ!」と焦った声が聞こえてきた。黒球からの黒線もすぐ後ろに着弾した。これ以上、敵に背を向けつづけるのは危険だ。
「反転ッ! しかけるぞッ!」
指示に応じて全員が揃って反転した。
直後、頭上を16個の《ライトニングバースト》が翔け抜け、2個ずつ黒球へと命中。見事に破壊するが、すぐさま再生してしまう。ただ、再生した瞬間にクララがまた破壊してくれるため、こちらに黒線は飛んでこない。
いまのうちに接近せんとアッシュはラピスとともに先行し、敵との距離を詰めにいく。
こちらの気迫を感じとったか、敵が威嚇するように金切り声をあげた。あわせて黒味を帯びた強烈な衝撃波を周囲へと幾度も撒き散らしはじめる。
衝撃波は後方へ押しやってくるほどの勢いを持っていた。さらに触れた瞬間、当然とばかりにおぞましい悲鳴も聞こえてくる。
「怯むな、進めぇッ!」
アッシュはラピスとともに衝撃波の中を構わず駆け抜けた。ついに敵の鎌の攻撃範囲内に入ったようだ。こちらの腰を切断する高さで右方から迫ってくる。
アッシュは即座に剣の切っ先を下げ、柄側を左方に倒す形で構えた。鎌と剣身が接触した瞬間を見計らって上方へと受け流し、弾く。直後、頭上でたわんだ鎌の先端をラピスが斬り裂いた。
先ほどの交戦時と同様、裂かれた鎌が硬化する中、騒がしい金属音が近づいてきた。どうやらレオも来たようだ。彼はそのままこちらのそばに立つと、左方から襲ってきた鎌を弾き上げた。
ラピスがまたもたわんだ鎌を斬り裂くと、敵がわずかに呻き、身をよじった。応じて周囲へと散っていた衝撃波が止むと、待っていたとばかりにこめかみのそばを1本の矢が翔け抜けた。
どうやら初っ端から《レイジングアロー》を放ったようだ。とても矢とは思えない重い音を鳴らし、下の《憤怒の顔》へと命中する。その後もルナは適度に《レイジングアロー》を交えつつ、容赦なく《憤怒の顔》に矢を立てつづける。
ルナの矢がそばをとおり過ぎる中、こちらも鎌を迎撃しつづけ、ついに最後の1本を硬化させた。アッシュはすぐさま声を張り上げる。
「レオ、入口設定後、上の顔へっ!」
「了解っ」
レオが《ワープリング》を設定後、硬化した鎌を足場にして上の《悲哀の顔》を目指して駆けはじめる。レオへと触手たちの先端が向かおうとしていたが、アッシュはラピスとともに属性攻撃を放ってこちらに注意を向けさせた。
「俺たちは下を潰すぞ!」
そのまま2人で突き進もうとした、瞬間。下の《憤怒の顔》が両頬を膨らませた。先ほどまではなかった挙動だ。だが、いまにもなにかを吐き出しそうに見える。前回の交戦時に出してきた《アルカヘスト》をもう吐きだすつもりか。
「ラピス、鎌にのぼれ!」
こちらがちょうど鎌に飛び乗った直後、敵がまるで破裂するかのように口から勢いよく黒い液体を吐きだした。これは間違いなく《アルカヘスト》だ。ただ――。
「さっきよりも量が多いっ」
ラピスが険しい顔つきでそうこぼす。
彼女の言うとおり、今回の《アルカヘスト》の勢いは前回を遥かに上回っていた。先ほどまでこちらが立っていた場所を瞬く間に黒く塗りつぶすと、さらに周辺を満たしはじめる。その流れはあまりに早く、もう後衛組に達しようとしていた。
敵が前回と同じ動きをするかはわからない。
そう予想してはいたが、まさかこんな形で変化させてくるとは思いもしなかった。
すぐにでも《憤怒の顔》を倒さなければ後衛組の命はない。だが、先ほどの鎌との交戦でまだ《ソードオブブレイブ》は発動状態にない。あと2、3撃は必要だ。
一瞬の逡巡を経て、前へと駆けた。立ちはだかる触手を斬り裂き、すぐさま発動状態へと持っていく。が、いまも《アルカヘスト》を吐きつづける《憤怒の顔》までわずかな距離があった。移動時間を考えればもう間に合わない。
「……アッシュ、あとはお願い」
と、激しい炸裂音を鳴らしながらラピスがそばを駆け抜けた。血統技術、《限界突破》を放ったのだ。稲光を発したその穂先が《憤怒の顔》に刺し込まれた、瞬間。
世界すらも揺らしたかのような強烈な衝突音が辺りに響いた。《憤怒の顔》が慟哭をあげたのち、灰色と化したまま動かなくなる。その口も閉じられ、吐きだされた《アルカヘスト》が消滅した。
ほぼ同時、上方からまたもばちばちと炸裂音が聞こえてきた。見れば、レオが《悲哀の顔》を守る障壁へと盾を押し当て、その身をねじこまんとしていた。
障壁に触れたことが理由か、《悲哀の顔》の周辺に幾つもの切れ込みが入ると、ぬっと黒球たちが姿を見せはじめた。
黒球が増えることは想定済みだ。しかし、その数は前回の50とは比べ物にならないほど増えていた。優に100は超えている。
「球の数も、さっきより明らかに多いっ」
「でも、破壊しないとレオさんが……っ」
クララが40個を越える《ライトニングバースト》を連発しはじめた。ローブによって扱える魔力の量は増えているし、魔法系武器のオーバーエンチャントで魔力の使用量も軽減されている。それでもあの使用量は明らかに危険な域だ。
ルナにいたっては短い間に3度撃てば倒れるような《レイジングアロー》をかなりの頻度で撃っている。2人とも命を削っているようなものだ。無茶をするなと言いたい。だが、彼女たちが無茶をしなければレオが倒れてしまう。
後衛組が頑張ってくれてはいるものの、あまりに黒球の数が多いため、いまも大量の黒線がレオに浴びせられていた。その鎧が焼き焦がすように部分的に黒く染められては、そぎ落としたように破壊されていく。
鎧のあちこちが欠損し、血に染まった肌も覗きはじめている。だが、それでもレオに止まる気配はない。むしろ、その体がぼろぼろになるにつれ、力を増しているようにさえ見えた。
「ぉおおおおおおおおおおおおッ!」
レオの雄叫びが辺りに響き渡る。
どれほどの痛みに苛まれているかは想像もつかない。
だが、耐えていることをまったく感じさせない力強い咆哮だった。
レオなら必ず突破するはずだ。
そう信じて、アッシュは先ほど設定された《ワープリング》の入口へと向かって走りだした。道中、上方からの流れ矢のごとく降ってきた黒線を躱しつつ、ただただ全力で駆けつづける。
あと少しで目標地点に辿りつくといった、そのとき。
聞こえていた炸裂音が聞こえなくなった。
すぐさま振り返ると、レオが障壁の向こう側へと達していた。どうやら、ついに突破したようだ。ただ、たび重なる黒球の攻撃で鎧だけでなく肌着すらも焼かれ、肌のあちこちがあらわになっていた。
普段、レオが酔ったときの格好に似ている。だが、いまの彼は飲んだくれのみっともない姿ではない。まさしく最高の戦士と言い切れる姿だった。
「レオッ、頼むッ!」
「了解! いますぐに――」
レオが言葉を途中で遮り、《ワープリング》をはめた右腕を下げると、すぐさま両手で盾を持った。途中でやめたのも無理もない。彼が大股3歩程度の距離で対峙する《悲哀の顔》が、口を開いたのだ。
静かな音とともに出された閃光がレオの盾に、そっと触れた。直後、渦巻く闇が膨張し、視界のすべてが影を交えた光によって包み込まれた。
ただ、いくら待っても《膨張する闇》の衝撃は来ない。それどころか新たな痛みすらも感じない。訪れた変化は視界を埋め尽くした影交じりの光だけだ。
すべての感覚が失われた前回とはまるで違う。
ただ、理由はすぐに戻った視界からすぐに得られた。
レオが敵の間近で《虚栄防壁》を展開し、《膨張する闇》を受けきっていたのだ。ただ、あれほどの威力を持った一撃だ。衝撃がすべて自身に跳ね返る《虚栄防壁》で受けたとあれば、レオの身がどうなるかは明白だった。
全身が焼け焦げたように黒くなったまま動かなかった。そこに奇跡はない。遠目からでもレオの命が潰えたことはしかと見て取れた。
戦いの中に身を投じれば、いつか死が訪れてもおかしくはない。いつか仲間の死も訪れるかもしれないと考えたことはあった。だが、こうして実際に目の当たりにする日が来るとは思いもしなかった。
だが、悲観する気はいっさい起こらなかった。
この胸中にあふれる希望に応えるように、レオの体から大量の燐光が舞い上がりはじめた。さらに殻が割れるように黒く染まった肌や鎧に亀裂が入り、そこから眩い閃光が溢れだし――。
ついにはレオがもとの色だけでなく、命を取り戻した。
奇跡が起こって蘇ったわけではない。
10等級で出会ったオートマトンのバゾッド。彼から受け取った、致命傷に至るあらゆる攻撃の身代わりとなる《バゾッド人形》の効果だ。
誰よりも危険な最前線で盾を構えつづけるレオが持っていたほうがいい。そうチームで決め、彼にネックレスとして渡していたのだ。
「はは……本当に死ぬほど痛いね。というか、これは実際に死んだってことになりそうだけど……でも、こうして生きているからどうでもいいか」
レオが黒く焦げたとき、仲間の誰もが悲鳴すらあげなかった。それはすべて《バゾッド人形》の存在を知っていたからだ。
「さあ、決めてくれるかい! アッシュくんっ!」
レオが前方に右手を突きだし、《ワープリング》で出口を設定。《ワープゲート》を開いた。アッシュは自身の正面に現れた入口となる靄へと飛び込み、出口からレオの前へと飛びだす。
「――ああ、任せとけ。親友……!」
《悲哀の顔》へと素早く剣を3度振り、移動時間に衰えた光を補充。発動状態へと一瞬で持っていき、腰を落とした。ここにきて敵がまた口を開こうとしていたが、それよりも早くに肉迫。右後ろに流した剣を、横薙ぎに振り――《ソードオブブレイブ》をぶつけた。
すべてを斬り裂いてきた剣だが、初めて抵抗感を覚えた。《憤怒の顔》とは比較にならない硬さだ。ただ、絶望感はない。
むしろ、これほどの硬さで守る必要があるということは、それだけ重要である証拠だ。この《悲哀の顔》を壊せば敵を倒せるという確信を得られた。
「行って、アッシュ!」
「行けっ、アッシュっ!」
「アッシュくんっ……!」
ラピスにルナ、そしてクララの声が聞こえてくる。
歴代のブレイブだけではない。この剣にはジュラル島に来てから、ともに戦ってきた信頼できる仲間たちの想いも乗っているのだ。
――斬れないものはない。
「ぉあああああああああああああああああ――ッ!」
かすかにめり込んでからは一瞬だった。咆哮とは相反して剣の軌跡は静かに描かれ、《悲哀の顔》を斬り裂いた。その左頬から鼻、右頬をとおる形で両断された《悲哀の顔》が、耳をつんざくような慟哭をあげながら崩れていく。
あわせてその闇で形作られた体も輪郭が崩壊し、まるで暴れ狂うように膨らんでは縮みはじめる。相変わらずの規模で広範囲に及ぶ動きを見せたが、ついに次なる形態を披露してくることはなかった。
足場や空を覆った闇もろとも瞬く間に、人間の拳大程度の1点の黒い球へと収縮。音もなく消滅した。あまりに強大だったこともあり、本当に消滅したのかと疑念は湧いてきたが、どれだけさぐっても感じられない。
もう、負の存在はいない。
そう伝えてくるように空には澄んだ青空が広がっていた。
アッシュは二の足でしかと下り立つと、剣を収めた。
天を仰ぎながら思い切り息を吸い込む。
当初、描いていた神との戦いとはまるで違う。ただひとりでなににも頼らず、純粋に戦いだけを楽しむ舞台になると思っていた。だが、いまはひとりではない。純粋な戦いであるとは言い切れない様々な事情も絡んでいる。
いずれにせよ、この戦いがジュラル島に来る前の自分が求めていたものでないことは間違いなかった。
ただ――。
辺りを見回すと、4つの顔が映り込んだ。
浮かべられたのはどれも陽のような眩しい笑み。
アッシュは自然と彼らと同じ笑みを浮かべていた。
――これだけははっきりと言える
最高の勝利だ、と。





