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五つの塔の頂へ  作者: 夜々里 春
【煌天の舞台】第二章
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◆第五話『形なき闇』

 敵が咆哮をあげると、耳ではなく骨へと響いてきた。また頭が割れそうなほどの圧迫感に見舞われる。


 見れば、敵の頭上に巨大な黒球が出現していた。それは瞬きひとつする間に円形に広がり、空を闇で覆ってしまう。


 広がる闇の中、数多の人間の苦しみ悶える顔が視界に飛び込んできた。相応に怖気のする声も聞こえてくる。おそらくこれは敵が先の形態で見せた腹の中と同じだ。


 ただ、目にするだけなら耐えられる範疇だ。仲間たちも顔を歪めてこそいるものの、自我を保てている。


 ──いまのうちに削るぞ!


 そう指示を出しながら、敵の足下へ駆けようとした、瞬間。


 足場のすべてが一気に黒く染まった。

 まるで湯気が立ち上るかのように、縦長に伸びた人の白い顔が幾つも天へと昇っていく。


 最悪に不気味な光景だったが、それが持つ効果も最悪だった。体が持ち上げられたのだ。平地を駆けるような速度だが、着実に上方へと向かっている。このままでは頭上を覆った闇に呑まれかねない。


「みんな、落とすよ!」


 クララの声が聞こえた直後、体が黒い靄に包まれ、ぐんと下がった。半ば叩きつけられる格好で足場まで戻ってくる。これはクララの《グラビティ》だ。見れば、ほかの仲間たちも足場まで戻ってきている。


「た、助かったよ、クララくん。またあそこに入ったら、もう立ち直る自信がないからね……っ」


 訥々とそうもらすレオ。《グラビティ》の圧のせいで顔こそ歪めているものの、心底ほっとしているようだった。


「止んだらすぐに仕掛けるぞ!」


 そう指示を出してから間もなく、空を覆っていた闇が球に戻るなり、ふっとかき消えた。あわせて足場を染めていた黒もなくなり、もとの青空を映す鏡面に戻る。


 クララによる《グラビティ》が解かれ、全員が一斉に立ち上がった。


 アッシュはラピス、レオとともに敵の足下へと駆ける。最中、頭上を通過した後衛組の攻撃が一足先に命中していた。《ライトニングバースト》の激しい炸裂音と爆発矢による重厚な衝撃音がけたたましく鳴り響く。


「効いてる気がしないんだけどっ」


 クララのもどかしそうな声が聞こえてくる。

 敵の下半身は太さがジュラル島の塔と同じか、それ以上だ。相手からすれば小さな虫がかみついている程度なのかもしれない。


「それでもやるしかないよっ」


 ルナがそう叫び、愚直に矢を射続ける。


 後衛組が猛攻撃をしかける中、ようやく前衛組も敵の足下に辿りついた。敵の両脚は太腿まではくっきりと生成されているが、足首から下はくっついたうえにぼかされた状態だ。本当に大樹の幹を思わせる。


 巨人のように指先やくるぶしといった弱点らしい弱点は見当たらない。ゆえに各人が攻撃をしかけやすい場所で剣を振るいはじめるが――。


「歯ごたえがなさすぎるっ」

「砂を斬ってるみたいだよっ」


 ラピスとレオが険しい表情でそうこぼす。


 斬った感触はあるし、実際に削れてもいる。ただ、すぐさま再生してしまううえに、敵が痛がった素振りをまったく見せなかった。


 いまの攻撃は無駄なのではないか。

 そんな考えが脳裏を過ぎる。だが、だからといってほかに攻撃できる場所がない状態だ。いまはこの足下を攻撃するしかない。


「みんな、敵に向かって左に! 早く!」


 ルナの切羽詰った声が飛んできた。

 なぜ、と考えるよりも早く前衛組で指示どおりに駆けた。直後、敵の足下のすぐそば――正面から向かって右側に巨大な刃が落ちてきた。


 まるで処刑人の斧を思わせる残酷さを孕んでいたが、その印象は間違いでなかった。少し遅れて、敵の左腕が落ちてきたのだ。血を思わせる黒い飛沫が大量に飛び散っている。先の刃によって切断されたのだろう。


 敵は悲鳴のような声をあげ、さらには両目から涙のような液体を流していた。頬から首、鎖骨をとおって下へと流れていく。


 いまこの場において敵しか黒い存在を操ってはいない。つまり、いま持っている情報からでは、ひとつの答えにしか至らなかった。


「……自分の腕を斬ったのか」


 狂気染みた行動に思わず呆気にとられてしまう。

 仲間たちも同じく顔を引きつらせている。

 クララにいたっては吐き気を催しそうな勢いだ。


 どしん、と大地を揺るがすような震動とともに敵の左腕が足場に触れた、瞬間。肩と指先が吸いつくように丸まり、敵の左腕は黒い球体と化した。そこからまた変化し、新たな形を造りだしはじめる。


 生まれたのは地竜を思わせる四足歩行の魔物だ。ただ、四つの脚は不恰好に大小様々で左足にいたってはいまにも破裂しそうに膨らんでいる。顔も似たようなもので右目が飛び出したうえに膨らんでいる。


 不気味を通りこして気持ち悪いとしか言いようがない。できれば直視したくはないし、触れたくはない。だが、それが明確な敵であることは全員がしかと認識していた。


「本体は後回しだ! あれを先に落とすぞ!」


 誰一人として目を背けることなく、新たに生みだされた敵へと攻撃対象を変更する。本体の左腕に応じた大きさとあって、なかなかに巨大だ。簡単に側面や背後に回れそうになかったため、前衛組全員で最短で辿りつける正面からしかけにいく。


 敵がこちらに向かって右足を振り上げる。が、後衛組がすぐさま迎撃し、怯ませた。最中に前衛組で肉迫し、駆け抜けざまに斬りつける。


 斬った感触は先の敵本体と同じだ。ただ、敵本体とは違ってすぐに傷口が再生することはない。そのうえ、苦しむような声をあげている。間違いなく効いている実感がある。


 ぬちゃっと不快な音をさせながら敵が口を大きく開け、黒い影をまとったブレスを吐き出した。ちょうど正面に立っていたレオが呑まれてしまう。盾で防いでいるものの、影自体に斬撃効果があるのか、肌だけでなく鎧すらも刻まれている。


 さらに敵は首を振って全方位にブレスを吐きはじめた。


 アッシュはラピスとともにすぐさま敵の懐へと滑り込み、やり過ごす。が、逃げ場のない後衛組は黒いブレスに呑まれていた。とっさに生成したらしい《ストーンウォール》もあっけなく四散してしまっている。


「クララ、ルナ!」


 レオですら受けるのが困難だった攻撃だ。後衛組2人は揃って転がり、倒れてしまった。《アイティエルの加護》のおかげか、辛うじて息はあるようだが、状態はあまり良くない。


 やがて敵のブレスが止んだと同時、視界の端でべつの動きを捉えた。アイティエルの半身――敵本体の脚の上から下へと伝っていく黒い液体だ。おそらく敵の目から流れてきた涙だろう。


 涙が敵の下半身からこぼれ落ちた、瞬間。足場の鏡面がまたも黒で塗りつぶされた。あわせて地竜型の敵の体がボコボコと音を鳴らしながら、段々と膨らみはじめる。明らかに異常な変化だ。もしこのまま膨らみ続け、破裂したとしたら――。


「ラピス、ルナを頼む!」


 いやな予感に突き動かされるがまま、アッシュは叫んだ。全速力でラピスとともに後衛組のもとへ向かう。レオも察して後衛組のほうへ向かい、彼女らを背にした状態で地竜型の敵に向かって盾を構えた。


 直後、膨らんでいた地竜型がついに爆発した。無数の黒い影を纏った白光がすべての空間を呑み込むように広がっていく。


 そのさまを肩越しに窺いつつ、アッシュはラピスとともにレオのそばを駆け抜けた。後衛組2人は先のブレスで《アイティエルの加護》を失っている。彼女たちを守れるように、と飛び込む格好で覆いかぶさった。


 きぃんと耳鳴りに見舞われる中、視界のすべてが白く飛んだ。ほぼ同時、凄まじい衝撃に見舞われた。飛ばされないよう、また抱いたクララに被害が及ばないようにと必死にその場に留まった。


 長いようで一瞬だった爆発が収まるや、アッシュは体をわずかに起こした。眼前には、苦しげなクララの顔が映っている。


「無事か?」

「う、うん。アッシュくんこそ、大丈夫?」

「ああ、なんとかな」


 ただ、体中が焼けるように熱いし、節々が軋むように傷む。このまま寝転んでゆっくり休みたいところだが、そんな悠長にしていられる状況ではなかった。どすっとまたも重厚な斬撃音が聞こえてきた。敵が、今度は残った右腕をも斬り落としたのだ。


 腕がまたも変形し、不恰好な地竜と化す。


 レオだけでなく、ラピスも無事にルナを庇えたようで生きている。ただ、全員が満身創痍といった状態だ。すぐに戦闘を開始できるような様子ではない。だが、それでもいま仕掛けなければ確実に敗北が待っている。


 アッシュは「くそっ」と悪態をつきながら、敵へと駆けだした。


「さっき敵の涙が落ちた瞬間にあの敵は破裂した! 偶然とは思えない!」

「つまり……涙が落ちる前に処理しろってことね……っ」


 ラピスも続いて立ち上がり、あとに続いてきた。ともに敵の攻撃を躱しつつ、反撃を見舞いはじめる。ルナの爆発矢も加わり、最後にレオが突っ込んでくる。


 クララの《サンクチュアリ》と《ヒール》のおかげで次第に体の傷が癒えていく。なんとか立て直せたが、依然として余裕はない。


「クララとルナも前に来い! 後ろだとブレスにやられるぞ!」


 当然、敵の前足や尻尾による攻撃も迫ってくる。前線も安全なわけではないが、黒いブレスを確定で受けるよりはまだマシだ。全員が前線に揃った中、各々が先よりも限界を攻め、がつがつと敵を削る。


 と、敵が黒いブレスをまたも吐きはじめた。レオも懐に入ってくるかと思いきや、その場を維持している。懐に入ることで敵が先ほどとは違う行動をとる可能性を危惧したのだろう。レオが黒いブレスを受けつづける中、アッシュはほかの仲間とともに敵の腹へと攻撃を続けた。


 ようやく黒いブレスが止んだ頃、敵が弱ったようによろめいていた。だが、涙のほうはすでに太腿を通りこしている。もうあまり時間がない。


「あと少しだ! 急げ!」

「みんな、離れて!」


 クララの声が響き渡る。


 いつの間にやら上空に《メテオストライク》を発動状態で待機させていたらしい。全員が地竜型から離れるやいなや、巨岩が1発、2発。さらに3発と連続で落とされた。どれもが背中に命中し、敵の頭部と尻尾が折れたように跳ね上がる。


 その身から幾筋もの閃光が溢れはじめる。またも破裂するのかと思いきや、一気にしぼんでいった。まるで蒸発するように黒煙と化して消滅していく。


 ちょうど滴った涙も敵本体の下半身からこぼれ、足場に触れていた。が、鏡面を黒く染めることなく、静かに消えていった。どうやら爆発を起こさずに凌げたようだ。


 ただ、敵本体から慟哭のような声があがりはじめた。しかもその声量は3拍ごとに強まり、呼応するように敵本体から強烈な衝撃波が飛び交いはじめた。中には荒々しく舞う黒い影も大量に存在し、斬撃となってこちらの肌を刻んでくる。


 とてもではないが、属性障壁で防ぎきれる威力ではない。


「僕の後ろにっ」


 全員がレオの背後へと駆け込む。だが、レオひとりで全員を庇いきるのは大きさ的に難しい。ゆえに、クララが左右の後方へ流すよう斜めに構えた《ストーンウォール》をレオの両脇に生成した。


「な、なんかやばそうなんだけど……っ」

「ボクもそんな気がするよ……」


 衝撃波が頭上、左右を強烈な勢いで駆け抜けていく中、クララとルナが身を縮めながら不安げな表情でそうこぼした。


 敵の叫びがさらに強まると、足場の鏡面に亀裂が走りはじめた。それも目に映るすべての箇所でだ。氷が崩れるように足場が揺らぐことはなかったが、あちこちに舞う黒い闇が生まれた亀裂に吸い込まれるように入っていく。


 そばにいたラピスが険しい顔を向けてくる。


「アッシュ、これ……」

「ああ、たぶんもれてるな……っ」


 いま足場にしている鏡面は、おそらく負に染まったアイティエルの半身を閉じ込める壁のようなものだ。それに亀裂が入ったということは封印に綻びが生まれた可能性が高い。


 こちらが敵を刺激したせいか。

 あるいは敵の力がすでに抑えられる領域を超えていたのか。


 いずれにせよ、いまはほかに気を配っていられる状況ではなかった。世界に混沌を届けようとする元凶が、姿を変えて眼前に立ちはだかっているのだ。


 ようやく敵の咆哮とともに衝撃波が終わり、敵の姿を認めることができた。


 全体的な形状は芋虫に近いが、細かいところは似ても似つかない。


 とくに頭部前面だ。上下で分かれた構造となっていた。下半分には、口と思しき大量の触手に守られる格好で、憤怒の表情を見せる人の顔が姿を覗かせている。また鎌のような髭も側面からたくさん生やしている。


 対して上半分の中央には、悲哀の表情を見せる顔が配されていた。顔の周囲には、縁取るように埋め込まれた8個の紫色の球。どれもが眼であるかのようにぐりぐりと動いている。


 両腕を失ったからか、大量の闇を吐きだしたからか。大きさ自体は先ほどよりもかなり控えめだ。だが、決して存在感は衰えていなかった。それどころか強まり、より威圧感を増している。


 おそらく敵が、こちらをついに脅威と認識したのだ。

 そう思わざるを得ないほどの圧が発せられていた。



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もちろん書き下ろしありで随所に補足説明も追加。自信を持ってお届けできる本となりました。
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