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五つの塔の頂へ  作者: 夜々里 春
【煌天の舞台】第二章
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◆第三話『怨嗟の声』

 先ほどから何度も邪魔をされているからか。

 あるいは邪魔をしてきた相手が同じ場所に集まったからか。


 敵が怒り狂ったように両手を地に打ちつけた。子どもが起こした癇癪ならば騒がしい程度で終わるが、相手は強大な力を持った神だ。


 あまりの衝撃に足場が上下に激しく揺れはじめた。立っているのがやっとといった状態だったが、そこへさらに敵から放たれた黒い衝撃波が襲いくる。身を守る間などなく、レオを残した全員が後方へと吹き飛ばされる。


 こちらを突き抜けた黒い衝撃波が遥か遠くで円を模るように止まっていた。規模的にはジュラル島を囲む程度か。それはまるで壁を作るようにせり上がると、内側に向かって無数の巨大な顔を浮き上がらせた。


 顔の形は様々だが、共通する特徴があった。

 すべてが悲しみと怒りに満ちているのだ。


 と、無数の顔たちが一斉に口を開けられた。

 なにか攻撃を放ってくるのかと思いきや、出てきたのは純粋な声だった。ただ、頭の中を直接揺らしてくるかのような、怨嗟の悲鳴だ。


「なにこれ、頭がおかしくなりそう……っ」

「呑まれるな!」


 感情すらも揺さぶられそうな強烈な負の叫びだ。

 このままなにもしなければ間違いなく戦意をそがれてしまう。


「仕掛けるぞ!」


 アッシュは自身を奮い立たせんと吠えた。幸いにもそれが周囲の怨嗟を吹き飛ばすにも効果を発揮したようだ。仲間たちも苦悶に満ちた表情ながら一斉に動きだした。


 すでに敵の近くに立っていたレオがいち早く交戦状態へと入る。盾を構えながらの突進で襲いくる触手を弾き返していく。触手では仕留められないと踏んだか、敵が両手を左右へと伸ばし、盾を迂回する形でレオを掴もうとする。


 が、それよりも早くに右手をルナの矢が、左手をクララの《ライトニングバースト》が迎撃した。ただ、敵の手が怯んだのはほんの一瞬。すぐさまレオを襲おうと動きだす。


「レオッ」


 瞬間、アッシュはラピスとともにレオの側面へと到達した。駆けつけるなり、敵の両手を斬りおとす。


 その隙にレオが肉迫し、盾の脇から突きだした剣で敵の胸部を刺した。ぐさり、とたしかな音も聞こえてくる。敵もかすかな呻き声をもらしたが、これで終わるとは思えない。


 アッシュはラピスとともに先の勢いを殺さず、側面から回り込んでいた。互いに得物を突きだし、挟撃をしかける。あと少しで敵の脇腹に切っ先が触れる、直前。一瞬にして再生した敵の手に真正面から弾かれてしまった。


 硝子が割れるような音が鳴る。どうやら復活した《アイティエルの加護》が守ってくれたようだ。ただ、衝撃は殺しきれずに抜けてきた。足場を跳ね転がったのち、すぐさま体勢を立て直す。


 ラピスも同様の攻撃を受けたようだが、すぐさま立ち上がっている。ただ、いまは彼女の無事に安堵している暇はなかった。


「ぐ……ぁっ」


 レオが敵の巨大化した右手で全身を掴まれ、その身を持ち上げられていた。顔と足だけしか動かせず、ただもがくことしかできないようだ。敵は腹に大きな口を開き、レオを呑み込もうとしている。


 レオを解放せんと、ルナとクララが必死に遠距離から攻撃を繰りだす。ただ、レオを巻き込まない規模の攻撃とあってか、すべてが敵の左手にあっけなく弾かれてしまう。後衛組の援護もむなしく、ついにレオが敵の腹の口に放り込まれた。


「レオさんっ」


 クララの悲鳴にも似た声が響く中、敵の腹の口が閉じていく。が、ルナの爆発矢が敵の下半身に命中したことが幸いしたか。レオの足首から先だけが飛び出した格好となった。


 開幕に敵の腹の中を覗いたが、人間の負の感情を吸いつづけた存在とあって狂気に満ちたていた。いくらレオでもあの空間にさらされれば、長く正気を保っていられるとは思えない。


「多少荒くても構うな! 急げッ!」


 クララとルナも覚悟を決めたようだ。クララは《ライトニングバースト》を5発、ルナは《レイジングアロー》を放った。命中とともに強烈な衝撃音と炸裂音を響かせ、敵に悲鳴をあげさせる。敵の腹に縦に入った切れ目――口もわずかに開いている。


「効いてるぞ!」


 後衛組が再度同じ攻撃をしかける。が、今度は先ほどのように敵は悲鳴をあげなかった。それどころか平然としている。


「これが耐性っ」

「えぇ、早すぎないっ!?」


 ルナとクララが驚愕の声をあげる。


 敵が同じ属性の攻撃にすぐさま耐性を持つという話は聞いていたが、想像以上の早さだ。ほかの属性で攻撃することによって耐性は収まるとの話だったが、先の攻撃を見る限り2種類では完全に耐性は消えないらしい。なんとも厄介な能力だ。


 ただ、後衛組が注意を引きつけてくれたおかげで、アッシュはラピスとともに敵へと接近できた。互いに交差する格好で敵の腹をかっさばく。


「アッシュ、いまのうちにっ!」


 ラピスが反転して再び敵に飛びかかる中、アッシュはすぐさま剣を収め、レオの足を掴んだ。吸い込まれている様子はないが、微妙な抵抗感がある。おまけにレオの鎧が重いせいか、なかなか思うように引っ張れない。


 腹に違和感を覚えたのか、敵がラピスの攻撃を両手で防ぎながら無表情の顔をぬっと近づけてきた。なにをしているのか、と言いたげだ。


 次の瞬間、敵がどんな攻撃をしてくるかはわからない。ただ、このままではレオの救出に支障が出ることは間違いない。なんとかしていますぐにでも対応しなければ――。


 そう思った瞬間、視界の中で光の膜がうっすらと映り込んだ。《アイティエルの加護》がまた再生成されたのだ。これを使うしかない、とアッシュは力の限りレオの足を掴む。


「ラピス、俺を思い切り突いてくれッ!」


 とんでもない要求だ。ただ、彼女はこちらの意図を汲み取ってくれたようで指示どおりにすぐさま槍で突きを繰りだしてきた。その穂先はこちらの胸部を貫くことなく、《アイティエルの加護》が生みだした光膜によって阻まれる。


 が、狙いどおり充分な衝撃が抜けてきた。レオを掴んだまま、敵の元からの離脱に成功した。弾き飛ばされる中、とてつもない衝撃音が聞こえてきた。おそらく敵が先ほどまでこちらが立っていた場所になんらかの攻撃を加えたのだろう。


 やがて勢いが止まるやいなや、アッシュはレオの頭部を持ち上げる。


「あ、あぁ……あぁあああ……」


 レオは痙攣したように全身を震わせていた。視点も定まっていないうえ、声にもならない声をもらしている。大抵のことなら動じないレオがここまで狂ってしまうとは。思っていた以上の狂気にさらされたようだ。思い切り平手をかましてみせる。


「無事か、レオっ!?」

「う、あぁっ、あああああ……っ」


 まだ正気を取り戻せないようだ。

 戦闘後ならゆっくりと待つところだが、いまは悠長にしている暇はない。


「悪いっ」



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書籍版『五つの塔の頂へ』は10月10日に発売です。
もちろん書き下ろしありで随所に補足説明も追加。自信を持ってお届けできる本となりました。
WEB版ともどもどうぞよろしくお願いします!
(公式ページは↓の画像クリックでどうぞ)
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