◆第五話『ギルド・ソレイユ』
「ほらっ、マキナ! あやまんな!」
「ず、ずびばぜぇ~ん……」
「もっとちゃんと!」
「早どぢりじでずみばぜんでじだ~~~っ!」
とある一室にて。
アッシュは仲間とともにソファに座りながら、女性が女性を叱責する光景を目にしていた。
中央広場でギルド《ソレイユ》の3人組に絡まれたのが少し前のこと。どうやら赤の塔で保護した少女が《ソレイユ》の身内だったらしく、こちらが襲ったのだと勘違いしたようだった。
そして半ば強引に連行されたギルド《ソレイユ》の本拠地で、ようやく事情を説明する機会を得たのだが……。
すべてを話し終えたとき、現在の状況に至ったというわけだ。
「ゆ、ゆるじでぐだざい~~~」
「それを決めんのはあたしじゃないよ。ほら、もっと声を張んな」
叱責を受けているのは先ほど絡んできた3人組のリーダー格の女性だが、叱責しているほうは初めて見る女性だった。
歳は若く見えるが……実際は30歳近くといったところだろう。怜悧かつ端整な顔からはふんだんに自信が滲んでいる。ほかには戦闘に支障が出るのではと思うほど豊満な胸、腰に届こうかというほど長く美しい髪が特徴的だ。
そして、彼女の身を包むのは金の意匠が入った煌びやかな軽鎧。《アルビオン》のマスター、ニゲルの防具と雰囲気が似ている辺り、もしかすると同じシリーズかもしれない。
まだ紹介は受けていないが、纏う風格、振る舞いからしてもおそらくは《ソレイユ》の幹部だろう。
「あー……もうそのくらいにしてやったらどうだ。べつにこっちは直接的な被害は受けてないしさ」
アッシュは目の前の光景に憐れみを感じ、思わずそう提案した。
仕方ないな、とばかりに幹部と思しき女が息をつく。
「マキナ、許してくれるそうだ」
「ありがどうございばずぅ……!」
鼻水を垂らしながらの号泣。
広場で対峙したときの剣幕が嘘のような情けない顔だ。
「よし、もう行っていいぞ」
「はぃぃ……ひっぐ」
マキナと呼ばれた女性がとぼとぼと部屋から出て行く。
「うちのメンバーがすまなかったね」
「べ、べつにそんな気にしてないし。ね、ねっ、みんなっ」
叱責の光景を見たからか、クララが完全に怖気づいていた。
幹部と思しき女が対面のソファにどすんと腰を下ろす。
「そうかい。じゃあ、お言葉に甘えてこの話はここで終わらせてもらうよ。ってことで、改めて挨拶といこうじゃないか」
女は広げた腕をソファに預けると、脚を組み、胸を張った。
「あたしはヴァネッサ・グラン。ギルド《ソレイユ》のマスターだ」
ただの幹部ではなく、まさかマスターとは思いもしなかった。
「アッシュ・ブレイブだ」
「あ、あたしはクララですっ」
「ボクはルナ・ピスターチャ」
こちらも順に自己紹介を済ませた。
と、ヴァネッサが楽しげに目を細める。
「あんたたちの噂はよく聞いてるよ」
「えぇっ、あたしたちってそんなに有名なの」
「ああ、とてもな」
言って、ヴァネッサが順々に視線を向けてくる。
「男装女子」
「な、なにも言えない」
「青塔の地縛霊」
「やっぱりそれなのっ」
「そして……」
彼女はもったいぶるように間を置いてから口を開く。
「好色家のアッシュ・ブレイブ」
「「ぷっ」」
横から噴出し笑いが2つも聞こえてきた。
「おい、なに二人して笑ってんだ」
「だって、そんなの笑うしかないじゃんっ」
「ごめんアッシュ……」
必死に笑いを堪えている辺りタチが悪い。
「そっちもそっちだ。なんだよ、好色家って」
「島に来てから日が浅いってのに、そこのお嬢さんたちに加えて、2人もミルマを手篭めにしたそうじゃないか。ほかに言いようがあるかい?」
言い返してみろとばかりにヴァネッサが挑戦的な笑みを浮かべる。
クララが共感したようにウンウンと頷く。
「そうそう。アッシュくんは女の子に馴れ馴れしすぎるんだよ。……って、あたしも入ってるのっ!?」
「ボクたち一緒に手篭めにされたみたいだね」
悪乗りするルナとは相反して、クララは意識した途端に顔を赤く染めていた。「ち、違うから! そんなんじゃないから!」と必死に否定しはじめる。
よく一緒にいる二人が誤解されるのはともかくとして。
ミルマまで入れられているとは思いもしなかった。
そもそもミルマの知り合いなんてそう多くない。
大方、よく会うウルはその中に入れられているのだろう。
あとは交換屋でいつも誘惑してくるオルジェ。《スカトリーゴ》で働くアイリスぐらいしかまともに話したことはない。
さすがにブランはないだろう。
ないと思いたい。
いずれにせよ問題はそこではない。
「どんだけ俺は手が早いんだよ。こいつらはただの仲間だし、ミルマにだって手は出してない」
「そ、そう! アッシュくんとはただの相棒だから!」
「そりゃあ悪いことを言ったね」
言葉のわりに悪びれた様子はない。
むしろ楽しんでいるようだった。
「ま、そういうこともあって、マキナも慌ててたんだよ。あの子があんたに食われちまうんじゃないかってね」
そういうこととはどういうことなのか。
素直に納得はできないが、形だけ納得しておいた。
「まだ礼を言ってなかったね。ユインを助けてくれたこと、感謝するよ」
脚組みを解いたヴァネッサが軽く目を伏せながら言った。
ユインとは助けた少女の名前だろう。
先ほど叱責されていたマキナもそう呼んでいた。
「偶然だったし、本当に気にしないでくれ。それより少し気になったんだが……あの子はひとりで昇ってるのか?」
「いまは、ね」
なんだか含みのある言い方だ。
「前はいたのか」
返答はない。
どうやら当たりのようだ。
揉めて解散か。あるいは――。
「ひとつ訊きたい。ユインはどこで倒れてた?」
ヴァネッサが少し前のめりになって訊いてきた。
「赤の塔23階だ」
「やっぱりか……」
彼女は深く息を吐きながらソファにもたれなおす。それから神妙な面持ちでしばらく無言になったあと、意を決したように口を開いた。
「あんたたちに頼みたいことがある」
「頼み?」
「ユインと一緒にサラマンダーを倒してくれないか?」
その真剣さから深い事情があるようだが……。
こちらとしてはわからないことだらけだ。
「待ってくれ。話がまったく見えない。どうして俺たちがってのもあるし、第一サラマンダーってのはなんだ?」
「ユインが倒れていた場所の近くにレア種がいただろう」
「トカゲっぽい目の……?」
クララが確認するように尋ねると、ヴァネッサは頷いた。
「そう、そいつだ」
「それで俺たちに頼む理由は? あの子……ユインにあれを倒させたいなら、あんたや《ソレイユ》のメンバーが手伝えばいいだろ」
こちらはほぼ新人のようなチーム。
装備の質なら圧倒的にヴァネッサや《ソレイユ》のメンバーが勝っているはずだ。わざわざ依頼する理由がない。
「それができないんだよ」
「どうして? 同じギルドの仲間なんだろ?」
そう問いかけると、ばつが悪そうに目をそらされた。
「……もしかして違うのか?」
「色々事情が複雑なんだ。とにかく、うちのメンバーじゃ手伝えないんだよ」
言って、ヴァネッサは歯がゆそうに下唇を噛んだ。なにか陰謀があるのではと警戒していたが、彼女の顔を見る限り、その様子はなさそうだ。
「なにか理由があるってのはわかった。ただ、知り合いでもなんでもない俺たちが手伝うって言っても断られるのが目に見えてる、まだ話してもないんだぜ」
「助けたって恩がある。ユインも無下にはできないはずだ」
ユインという少女の性格を把握したうえでの返答だろう。
「サラマンダーを倒したいけど、戦力が足りないから手伝ってほしい。こんな感じか」
「それで問題ないはずだ」
「ちょっとアッシュくんっ」
依頼を受ける体で話しはじめたからか。
クララがひとり焦ったように割り込んでくる。
「まさか受ける気なの? あのレア種、見るからにやばそうだったよ……」
「もちろん報酬は払うつもりだよ。それもたんまりね」
「ほ、報酬は欲しいけど……」
相変わらず金には弱いようだった。
「ボクはアッシュに任せるよ」
と、ルナのほうはあっさり委ねてくれた。
なんだか楽しんでいるように見えたが、きっと気のせいだろう。
あとは報酬についてだ。
まだ金額は提示されていない。
それ次第では断ることも考えなければ――。
と、気になるものを見つけた。
ヴァネッサの左耳から垂れる銀のイヤリングだ。
三本の針が重なったような絵が描かれている。
「その耳につけてるのってジュラル島の装飾品か?」
「ああ、これかい。これは《スコーピオンイヤリング》だ」
その返答を聞いた瞬間、色々と決意が固まった。
冗談でしょ、とばかりにクララが顔を強張らせる。
「まさかアッシュくん」
「そのまさかだ。……ヴァネッサ、依頼は受ける。ただ、報酬にはその《スコーピオンイヤリング》を頼む」
ほかの装飾品の価格と効果を照らし合わせてみても、おそらくは500万ジュリーは下らないだろう。そんな装備を報酬にと要求した。
そのあまりに強気な態度に、ヴァネッサが見るからに難色を示した。
「冗談も程々にしな。いくらなんでも欲張りすぎだ」
「へぇ、そうか」
アッシュはあえて挑発するように言う。
「この依頼、ユインにとっては大事なことなんだろ。けど、あんたにとっては《スコーピオンイヤリング》以下ってわけだ」
ソレイユのメンバーでないにもかかわらず、ヴァネッサはユインのことをひどく大切に思っているようだった。そこを突いてみたのだが、反応は予想以上だった。
「……言うじゃないか。いいよ、賭けてやろうじゃないか」
ヴァネッサは笑っていた。
だが、その目は完全に血走っていた。
「失敗したらわかってんだろうね」
「わからないな。なにしろこっちは成功する気で依頼を受けるからな」
「はっ、あんたっていう男がよーくわかった気がするよ」
荒々しく、しかし静かに言い合う。アッシュとしては慣れたやり取りだったが、クララは完全に竦み上がっていた。
と、扉が開けられた。
ソレイユのメンバーと思しき女性が顔を覗かせる。
「マスター。ユインが目覚めました」
その報を聞いて、ヴァネッサはあっさりと怒気を抜いた。
「わかってると思うが、あたしの依頼だって言うんじゃないよ」
「もちろんだ」
行け、とばかりにヴァネッサが顎をしゃくった。
アッシュは仲間とともに立ち上がり、部屋をあとにしようとした、そのとき――。
「ユインのこと、頼んだよ」
後ろから、そんな優しい声が聞こえてきた。





