◆第一話『ジュラル島と五つの塔』
アッシュは仲間とともにログハウスの居間でくつろいでいた。
女性陣はソファに、アッシュはレオとともに食卓の席についた格好だ。先ほどベヌスの館から帰ってきたばかりとあって、まだ全員に落ちつきがない。
「まだ朝なんだよねー」
クララが窓の外を見ながら言った。
「あんなに濃密な戦闘をしたあとだから、なんだか変な気分だね」
「たしかに、いつも帰ってくるときは夕刻か夜だし」
ルナに続いて、ラピスもしみじみとそうこぼした。
本日、100階に挑戦し、なんとか無事に全員が突破した。ただ、開始時間が早朝なこともあり、まだ中央広場の店も開いていない時間に帰還することになったのだ。
「1日が長くなったって思えば、得した気分だろ」
「うんうん。アッシュくんとの時間が増えると思えば、得したきぶ――いたっ」
隣のレオから伸びてきた手を無造作に叩き落とす。
普段ならこの見慣れたやり取りだけでも、ほかの仲間たちが呆れた顔なり笑ったり反応するが、いまはそんな空気ではなかった。
すべては先ほどベヌスの館で受けた、〝神との戦い〟についての説明が原因だ。
クララがソファの背もたれに顎を置きながら、神妙な顔でこぼす。
「ほんとピンとこないよね……あたしたちの結果次第で、まさか世界の命運が決まっちゃうなんて」
◆◆◆◆◆
――なあ、神アイティエル。
そう告げた途端、部屋の空気が緊迫した。
ミルマたちは一瞬にしてこわばり、仲間たちは目を見開いている。
クララが「え、え? どういうことなの?」と無垢な反応を示す中、ベヌスが底冷えするような細めた目を向けてきた。
「いつから気づいていた?」
その問いは〝ベヌス自身が神である〟ことを肯定するものだ。
これまで幾度か話した経験からとぼけられると思っていただけに、意外にもあっさり認められ、少し拍子抜けしてしまった。
「いや、気づいたのはいまだ。あんたの本当の姿って奴を見て、な」
「……そうか。あの塔には我の彫像が置かれていたな」
廃棄された塔のことを言っているのだ。
アイリスがこちらに険しい目を向けてくる。
「ベヌス様」
「よい。こやつらに隠す必要はないだろう」
制されたアイリスが静かに険を解いた。
直後、ベヌス――いや、神アイティエルが緩やかに口を開く。
「いかにも、我こそがアイティエル。このジュラル島、そして五つの塔を創りし神だ」
荒々しさの垣間見える口調だが、そこにはたしかな威厳が備わっていた。ただの言葉でありながら、圧倒的な重みを感じられる。
いま、目の前にいる者が神である。
そう納得せざるを得ない圧力だ。
「どうしてそんな嘘をついて……」
仲間たちが息を呑む中、ルナが喉から押しだすように声を発した。
「アイリス」
「ですが、そこまでお話しになるのは」
「いずれにせよ、こやつらには話すことになる」
アイティエルに強く言われれば、さすがのアイリスも反論できないようだ。渋々といった様子を一瞬だけ見せたが、次の瞬間には無表情で説明をはじめる。
「アイティエル様は、ある理由によっていまは力を失われています。ゆえに、あのような仮初の姿でしのばれていたのです」
どうりでアイリスが過剰にアイティエルの身を案じていたわけだ。ただ、アイティエルに力がないとなると、ひとつ大きな疑問が出てくる。クララもそこに行きついたようで混乱したように首をかしげている。
「え、でも力がないって……これからあたしたちと戦うんだよ、ね?」
「そのとおりだ。しかし、おまえたちが戦うのは我であって我ではない」
「ん、んん……?」
クララの首が捻じ曲がりそうだった。
ただ、こちらも同じ思いだ。
まるで意味がわからない。
「それがある理由というものに関わってくるんだね」
レオがわずかにこわばった表情で問いかけると、アイリスが頷いたのちに説明を始めた。
「あなたがたは、この世界が滅びようとしていることを知っていますか?」
アッシュは思わず眉をひそめてしまった。
なにしろその話は、以前に聖王から聞いたものと同じだったからだ。
「……まさかあんたらからも聞くとは思ってもみなかったな」
「じゃあ、あの話は本当だったってこと?」
ラピスが困惑したようにそう口にした。
あのときは聖王たちが勝手に言っているだけだと思っていた。だが、今回は信じないわけにはいかない。なにしろ相手は、こちらよりも世界のことを知っている神とその使いたちだからだ。
「たび重なる人間の争いによって世界には怨嗟がはびこっています。また土地も疲弊し、世界は破滅の一途を辿っています」
「でも、そんな感じはないけど」
「アイティエル様が防いでくださっているためです」
クララが間に挟んだ言葉はアイリスによって一蹴された。
「だが、それももう長くは続きそうにない」
そう告げてきたのはアイティエルだ。
そこには悲観的な感情はこもっていなかった。
ただ事実として伝えられた形だ。
「我は唯一の神として世界そのものと繋がっている。世界が負に染まれば、我の身も負に染まる。ゆえに我は現状を打開せんと負の力に染まった己の半身を封印したのだ」
彼女は続けて詳細を説明する。
「しかし、深いところで我と繋がっているため、完全に世界から隔離するには至らなかった。封印した我の半身はいまも負の力を吸いつづけている。このままではいずれ封印を破られることになるだろう」
世界が滅びるというのに、やはりアイティエルに焦りは見られない。とはいえ、神として泰然であろうという気を張った様子でもない。その理由にきっとたしかな裏づけがあるのだろう。そう考えてから、すぐに辿りついたものがあった。
アッシュはふっと思わず笑みをこぼしてしまう。
「ジュラル島を創ったのはそういうことか」
「そのとおりだ。アッシュ・ブレイブ――」
同様に不敵な笑みで応じたアイティエルが答えを口にする。
「すべては負の力に染まった我の半身を消滅させるためだ。塔を昇り、頂の守護者たちを倒した、最強の挑戦者たちの手によってな」





