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五つの塔の頂へ  作者: 夜々里 春
【頂の守護者】第ニ章
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◆第十四話『頂を制覇せし者たち』

 殺す気で挑まなければ勝てない相手だ。

 実際に人であれば致命傷となる一撃を繰りだした。


 だが、勝利を示されたことではっとなった。

 すぐさま剣を引き抜き、倒れるアイリスを左腕で抱き寄せた。そのまましゃがみ込み、そっと寝かせる。


「無事か?」


 ミルマは神の使いだ。

 きっと死ぬことはない。

 そう勝手に思い込んでいた。


 だが、いまも腕に抱いた華奢なアイリスの体からはどんどん熱が失われていた。死が近づいていることをいやでも感じられるほど色味がなくなった、そのとき。


 ほの白い光がアイリスの体を包み込みはじめた。

 手を通じて伝わってくるこの温かさは《ヒール》か。いや、違うかもしれない。白の塔10等級魔法の《リザレクション》かもしれない。


 やがてアイリスの目が静かに開けられた。

 血色の戻った唇が緩やかに動きだす。


「それは、あなたが自身に向けるべき言葉でしょう」

「間違いないな」


 指摘されるまでもなく、自分の体がぼろぼろなことは身に染みていた。いまも強がって苦笑してみたが、苦痛で歪むのを我慢している状態だ。


「……ありがとうございます。もう、大丈夫です」


 アイリスが上半身を起こしたのを機に、アッシュは尻からどかっと座り込んだ。正直に言えば、このまま寝転がりたいところだが、勝者として意地を張りたいという欲求が勝って踏みとどまった。


「手を貸してください」

「あ、ああ」


 右手を差しだすと、アイリスの両手に挟まれた。

 なにをするつもりなのかは柔らかな光を見てすぐにわかった。《ヒール》をかけてくれているのだ。


 クララが使う《ヒール》よりもさらに強い力を持っているのか、みるみるうちに傷が癒えていく。おかげでやせ我慢で気を張る必要はなくなった。


「わたしは負けたのですね」


 アイリスが合わせた手を見つめながら、ぼそりとこぼした。その顔からは負けたことによる悔しさは感じられない。むしろ、どこかすっきりしているようにさえ思う。


「意外だな」

「なにがですか?」

「いや、嫌味でも飛んでくるかと思ってたからな」

「……わたしをなんだと思っているのですか」

「だって俺のこと嫌いだろ?」


 そう問いかけたところ、アイリスがすっと目をそらした。


「べつにあなたを嫌っていたわけでは……いえ、少しは嫌っていましたが」

「そこは違うって言うとこじゃないのか」

「自惚れないでください」


 ふざけたところ冷たい目を向けられてしまった。

 ただ、おどけた空気はすぐに終わりを迎えた。


 いまも手に触れるアイリスの手がこわばったのだ。

 見れば、彼女は俯いたままもどかしそうに下唇をぎゅっと噛んでいた。


「わたしはただ自身の無力感に苛立っていたのです」


 ――なぜ……なぜ、あなたにはできて、わたしには……っ。


 戦闘の最中にアイリスが漏らした言葉だ。

 詳しい事情はわからないが、彼女の前には自身の手で壊せない壁があるようだった。そしてその壁を壊す手段を、おそらくこちらは持っている。


「教えてくれるんだろ」


 それを目的に闘ったわけではない。

 ただ、彼女とはもう決して浅くはない付き合いだ。この手で取り払えるものがあるのなら、いくらでも力を貸すつもりだった。


 アイリスが「ええ」と答えながら、すっくと立ち上がる。


「ですが……そのお話をするにあたって相応しい場が用意されています」



     ◆◆◆◆◆


 神アイティエルとの戦いについて。

 ベヌスから話がされるとのことで訪れるよう言われたベヌスの館。その2階に上がった先の廊下で、仲間たちがすでに待っていた。


「みんな、勝ったみたいだな」


 顔を見れば一目瞭然だった。

 ただ、クララを皮切りに全員が苦い顔をしはじめる。


「本気で死にかけたけどねー……」

「あはは、ボクもマリハバの地が見えたよ」

「わたしも故郷の光景が脳裏をかすめたわ」

「僕は溶けてそのまま大地に還りそうになったかな」

「全員、死にかけてるじゃねえか」


 仲間たちがどのような戦いを繰り広げたのかは想像もできない。ただ、アイリスとの戦闘を思えば、彼らも決して楽な戦闘でなかったことだけは想像できる。


「でも、こうして生きて戻ってこられたっ」


 弾けるような笑みを浮かべたクララに、釣られる格好で全員が笑顔で頷く。その瞬間、ようやくチームとして勝利したのだと実感が湧いてきた。


 がちゃ、とそばの扉が開けられた。


「お待たせしました。どうぞお入りください」


 中から出てきたのはアイリスだ。

 彼女に促されるがまま仲間とともに部屋に入る。


 内装の雰囲気は以前に訪れたときとそう変わらない。

 ただ、左手側の奥行きが増していた。


 手前の壁際には頂の守護者であるウルにシャオ、クゥリ、オルジェたちが控えていた。全員が戦闘後とは思えないほど平然としている。


 そんな彼女たちのさらに奥へ目を向ければ、3つの段差を経たのちに荘厳な椅子が置かれていた。まさに玉座といったその椅子に座るのは、白を基調とした清廉なドレスに身を包むひとりの女性。


 座っているので正確な身長はわからないが、こちらと同程度か。なにより目についたのは、おそろしく整った顔と肢体だ。そこには当然といったようにしなやかな肉と、きめ細かい肌も共在している。


 髪もまた同様に美しかった。

 純粋な白で彩られたそれは輝くほど艶やかで、床につくほどの長さを持っている。


 すべてが人の身では、まず辿りつけない境地だ。

 ただ、あまりに美しすぎて手を伸ばしたいという欲求すら湧いてこない。


 違う世界に生きている。

 そう思わせられるほどに完成されていた。


 あまりの存在感ゆえか。

 仲間たちは圧倒されたように唖然としていた。

 誰一人として感嘆の声すらもらさない。


 女性が自信に満ちあふれた表情で、その深い紫の瞳を向けてくる。


「よくぞきた、五つの塔を制覇せし者たちよ。我はベヌス。神アイティエルの使いたるミルマの長だ」


 わずかに面影はあるものの、仮の姿からは想像もつかないほど成熟している。いずれにせよ、100階を突破すれば本来の姿を披露するという約束を彼女は守ったのだ。


 ただ、ある意味で彼女はまだ偽っている。

 アッシュはふっと笑みをこぼす。


「ミルマの長だって? 違うだろ」


 これまで本気で女性に見惚れたことがあるのは2度だけだ。そのうちの1回はジュラル島で再会したばかりのラピス。もう1回は、廃棄された塔の頂の壁に施された彫刻だ。


 まさしくこの世のものとは思えないほど美しく、また底知れない存在感を放っていた。そんな彫刻といまのベヌスの姿がこれ以上ないほど酷似しているのだ。


 ミルマの長とはいえ、果たして神の使いが主を差し置いてそんな場所に描かれるものだろうか。いや、ありえないだろう。なにより眼前のベヌスと名乗った者には、ほかのミルマのように耳や尻尾がない。


 アッシュはいまもこちらを見下ろす者へと挑戦的な笑みを向ける。



「――なあ、アイティエル」



これにて【頂の守護者】編は終了。

次回から【煌天の舞台】編に移行します。


ついに最後の話が始まります。

どうぞお楽しみにです。

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書籍版『五つの塔の頂へ』は10月10日に発売です。
もちろん書き下ろしありで随所に補足説明も追加。自信を持ってお届けできる本となりました。
WEB版ともどもどうぞよろしくお願いします!
(公式ページは↓の画像クリックでどうぞ)
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