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五つの塔の頂へ  作者: 夜々里 春
【頂の守護者】第ニ章
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◆第十三話『限界の先へ』

 離れれば結晶を使った攻撃が飛んでくる。

 ゆえに、やるべきことはアイリスが本気を出す前と変わらない。


 ――無理やりにでも接近戦に持ち込む。


 いまも悲鳴をあげる全身に鞭打ち、アッシュは踏みだした。


 強がってはみたが、体はとっくに限界を迎えている。無傷で凌ぐのが厳しい相手であることを考えれば、早めに勝負を決めるしかない。


 視界の中、アイリスが1本の剣を再生成し、両手に1本ずつ持ちなおした。その後、静かな動きだしから、おそろしい速度で向かってくる。と、瞬きする間もなく手の届く距離まで迫ってきた。


 本当に信じられないほどの速さだ。試しに迎撃に動こうとしてみたが、即座に間に合わないと判断。回避を選択する。まさに風と化したアイリスが、鋭い音を鳴らしてそばをとおり過ぎていく。


 勝負はこのあとだ。彼女がまたすぐに向かってくることを想定し、反撃に出る。アッシュは振り返りざま、流れるように虚空を3度斬り、10等級から可能となる属性攻撃の準備をする。


 が、アイリスがこちらに向かってくることはなかった。進路を変え、わずかに離れたところを通過していく。アッシュは思わず舌打ちしてしまう。


 これまでの主であれば、同じ攻撃パターンをとってくれた。だが、アイリスは状況に応じて変えてくる。当然と言えば、当然だ。彼女はこちらと同じく思考しているのだ。


 アイリスはさらに方向転換をし、もう1本の軌跡を描いた。彼女のとおったあとに残った結晶片が凝固し、壁へと変化する。


 先ほどは結晶壁から離れたが、それではまた大量の剣による攻撃にさらされることになる。アッシュはすぐさまもっとも近い結晶壁の上へと跳んだ。


 着地した直後、結晶壁から放たれた大量の剣たちが衝突する。無数の結晶片が四散するさまはひどく美しかったが、見惚れる暇などなかった。


 上空からアイリスが飛びかかってきたのだ。前回は空中で回避行動をとれなかったが、いまは足場がある。アッシュは彼女の攻撃をすれすれで躱せるところまで移動する。あえて大きく移動しなかったのは、次の攻撃に移りやすくするためだ。


 アイリスに肉迫するため、すぐさま結晶壁を蹴りつけようとした、そのとき。結晶壁が崩れ、結晶片となったのちにかき消えた。最悪のタイミングだ。いや、アイリスが狙っていたというべきか。


 その証拠に彼女はすでにこちらの落下地点目掛けて突きを繰りだしていた。このままでは体に穴ができてしまう。アッシュは身をよじり、剣を突き立てて落下を遅らせた。こちらの剣とアイリスの剣がこすれ合い、耳をつんざくような音が鳴り響く。


 ひとまず凌げたが、安堵はできない。彼女は両手に剣を持っているのだ。と、追撃を警戒した瞬間、彼女が左手に剣を持っていないことに気づいた。いったいどこにいったのか。その答えはいまも自身に差した影が示してくれた。


 おそらく巨大化した剣が落ちてきている。いつの間に剣をしかけたのかなんて答えを探っている暇はない。いまも支えにしている剣を引き抜きつつ、身を投げた。転がりつつ、できるかぎり距離を稼ぐ。


 背後で巨大化した剣が落ちたようだ。地鳴りのような音が響く中、流れるように立ち上がって剣を構える。と、大量の結晶片が舞い散る中から、アイリスが右手に持った剣を突きだしながら迫ってきた。


 煌めく剣の切っ先は、こちらの喉もとを正確に貫こうとしている。いっさいのぶれもない。本当におそろしく、また美しい攻撃だ。神の御技というものがあるとするならば、彼女の振る剣にこそ相応しい。


 だが、見えている。

 いや、正確にはようやく見えた。


 アッシュは自らの剣の刃先を、相手の剣を外側へそらさんと添えるように当てた。ただ、静かな一撃とは思えないほど強烈な力が込められているようでまったく微動だにしてくれない。震える肉を、軋む骨を叱咤し、無理やりに外側へとそらす。


 空いた相手の左の横腹を裂こうと剣を振る。が、アイリスの割り込ませた左手の剣に邪魔をされ、肉には届かなかった。こちらとしては悔しい結果だが、相手も同じようだった。アイリスが眉をひそめている。


 なにからなにまで後手後手なうえ、まともに反撃すらできていなかった。それでもようやく捕まえられたのだ。1度攻撃を止められたからといって手を止めるわけにはいかない。


 相手から反撃で繰りだされた剣が眼前の空を斬った。わずかに斬られた前髪が舞う中、アッシュは恐怖を押し殺して踏み込んだ。相手の胸を貫かんと剣を突きだすが、しかし感触はなかった。わずかに体を動かし、躱されたのだ。


 すぐさま向かってきた反撃を剣で受け流したのち、今度はこちらの反撃を加える。互いに肉を斬ることなく、甲高い接触音と鋭い風切り音を鳴らし合う。


 頭で考えてから動けば間違いなく追いつかない応酬だ。体が、いや本能が反射的に動いてくれている状態といっても過言ではない。


「最初は手も足も出なかった……そんな俺が、いまはこうして撃ち合えてる! あんたっていう、最強の相手と対等に渡り合えてる!」


 いま体をどう動かしているのかすらわからない。

 ただ、アイリスの動きにどんどん対応している。

 それどころか上回る勢いだ。


 このままアイリスと剣を交えつづければ、さらなる高みへと至れるかもしれない。その思いが、無限の昂揚感となっていまも胸中を巡りつづけている。


「たまらないな……ッ!」


 その言葉を放った直前の攻撃が、ついにアイリスの肩を捉えた。かすかに肌を斬る程度だが、それでも応酬を制したのだ。


 アイリスは驚くよりも悔やむように顔を歪めている。一瞬、世界が止まったかのような錯覚に陥った。だが、互いの剣によっておりなされる応酬はなおも続いている。


「なぜ……なぜ、あなたにはできて、わたしには……っ」


 わずかに苛立ち混じりの声が聞こえてきた。


 普段のように理不尽な怒りを向けられているのかと思ったが、どうやら違うようだ。おそらくアイリスは自分自身に向けている。それに、その目はどこか助けを求めているようにも見えた。


「なにに悩んでるのか知らないが、こんだけの力がありゃ大抵のことはどうとでもなるだろっ!」

「あなたが考えてるような簡単な問題ではないのですっ」

「だったら教えてくれりゃいいだろっ!」

「知ったところで、あなたにどうこうできる問題ではありませんっ」

「んなの、話してみなきゃわかんねぇだろ!」

「きっと無理です。ですが……もし、どうしても知りたいというのであれば――」


 アイリスが攻撃の合間を縫って片方の剣を床に差し込んだ。すべてが吸い込まれたのを機に、頂の舞台すべてが結晶で覆われる。さらに彼女は翼をはためかせ、飛びあがった。


「――わたしに勝ってください。そうすれば、いやでも知ることになります」


 見上げた先、彼女は1本の剣を天にかざしていた。

 剣は荒れ狂う風を放出し、いまも光を増しつづけている。間違いない。あのおそろしいまでの威力を持った攻撃をしてくるつもりだ。


「心配するな。初めからそのつもりだ」


 アッシュは歩いて距離をとり、剣をそばに突き立てた。


 あの攻撃を相手に真っ向から撃ち合うのは無謀だ。狙うなら攻撃直後しかない。ゆえに、アイリスの真下に近い場所に位置どったのだ。


 と、アイリスの顔から感情が消えた。

 おそらくこちらの選択を察し、勝利を確信したのだろう。


 前回と同様にただ属性障壁を展開するだけでは、彼女が描いた未来のとおり――確実にこの身は終わりを迎えるだろう。なにしろ、あの攻撃は気合だけで耐えられるようなものではない。


 アイリスの持つ剣から溢れる光が空を覆うほどになった、そのとき。


「――いきます」


 彼女は落下をはじめた。


 アッシュはそのさまを見つめながら、限界まで体から力を抜いて待機。アイリスの剣が床に接触する直前、腰裏に差したスティレットとソードブレイカーを抜いた。交互に眼前の足場を削り、属性障壁を2重に展開する。


 ほぼ同時、アイリスの剣が頂の舞台へと刺さった。高波のごとく押し寄せる光の奔流が瞬く間に距離を詰めてくる。2度目だが、本当にこの世とは思えない光景だ。


 アッシュは両手の短剣をそのまま鞘に戻すことなく、放った。急いでそばの長剣を抜き、さらに足場をこする。属性障壁が3重となったとき、ついに光の奔流が衝突した。


 1枚目から2枚目が壊れるまでは一瞬だった。3枚目もすぐに壊れてしまう。すでに周囲は光に呑み込まれている。なにも視認できない状態だ。


 アッシュは属性障壁がすべて壊れたのを機に前へと駆けた。《アイティエルの加護》もあっけなく消えてしまう。直後、全身を焼かれているかのような痛みが襲ってきた。それに、とてつもない奔流に押されているようで体が思うように進まない。


 全身を苛む痛みのせいで、なにも考えられなかった。


 ただひとつ。

 アイリスという最強の相手に勝ちたいという気持ちだけを除いて。


「ぁあああああああああああああ――ッ!」


 アッシュは咆哮をあげ、一気に前進した。


 光を抜け、なにより先に映り込んだのは翼を生やした美しい女性――アイリスだ。彼女はこちらを捉えるなり、顔を驚愕の色に染めていた。すぐさま迎撃せんと床に突き立てた剣を引き戻すが、遅い。


 その胸元へと力の限り伸ばした剣の切っ先を刺し込んだ。


 音はなかった。

 ただ、たしかな感触が手を通じて伝わってきた。


「……あなたの勝ちです」


 言葉を聞いても、細められた目やだらりと下がった腕を見ても、しばらく実感が湧かなかった。長い静寂の中、彼女の手からこぼれ落ちた1本の剣が、からんと音をたてる。


 その瞬間、アッシュはようやく自身が勝利したことを感じとった。



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書籍版『五つの塔の頂へ』は10月10日に発売です。
もちろん書き下ろしありで随所に補足説明も追加。自信を持ってお届けできる本となりました。
WEB版ともどもどうぞよろしくお願いします!
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