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五つの塔の頂へ  作者: 夜々里 春
【朽ちた遺物】第一章
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◆第四話『赤の塔・3等級階層』

 そこはまさに大空洞といった造りだった。


 足場や壁、天井を覆うのはごつごつとした岩。そこに埋め込まれるような形であちこちから顔を出す巨大な赤色結晶。結晶は胎動するかのように力強く、絶えず明滅し、光源の役割を果たしている。


「な、なんだかこれまでと全然違う雰囲気だね……」

「こういうとこのが戦いやすくて好きだけどな」

「ボクはひらけてるほうが好きかな。距離も稼げるしね」


 ラピスと別れたのち、早速赤の塔21階へと足を踏み入れていた。


 まだ魔物には遭遇していない。

 だが、いつ来てもおかしくない空気が流れている。


 ふいにバサバサという音が辺りに響き渡った。

 ほぼ間を置かずに奥から3つの影が飛び出してくる。


 控えめな乳房を揺らし、空中を飛び回る女型の鳥人。

 ハーピーだ。


 敵は踊るようにくるりと横に回ると、幾本もの羽根を飛ばしてきた。


「散れっ!」


 3人がバラバラになって避ける。と、先ほどまで立っていた場所にハーピーの羽根がトストスと突き刺さった。ボゥと音をたてて羽根は燃えると、跡形もなく消える。


「あれ、青の21階にもいたよね!?」

「あいつが3等級の共通ってことだろ!」


 なおも敵が飛ばしてくる羽根を、各々が駆けながら避ける。


 ルナが走りながら矢を射るが、あと少しのところでハーピーにひらりと躱されてしまう。あれの厄介なところだ。非常に俊敏性が高い。


「相変わらずすばしっこい……!」

「知ってると思うけど、あたしの攻撃も当たりませんっ」


 自信満々に言うことではないだろう。

 そう心中で突っ込みを入れながら、アッシュは敵へと駆け出した。


「任せろっ」


 今回、携帯しているのは短剣2本と鞭のみ。


 短剣では届かないので鞭を選択し、1体のハーピーへと打ち込んだ。バシンッと破裂音が響く。打たれたハーピーが麻痺の効果を受け、硬直。その一瞬を狙ってクララがフロストレイを撃ち込み撃墜した。


「やったっ」

「喜んでる暇はないぞ!」


 仲間をやられた怒りからか、もう2体のハーピーが金切り声をあげながらクララに羽根を飛ばした。


「うわぁっ」


 クララはぎりぎりで回避に成功したが、尻餅をついてしまっている。

 もう一度撃たれたら一巻の終わりだ。


 アッシュは急いでハーピーに接近、鞭で叩いた。勢いを殺さず、もう1体にも見舞う。と、どちらも麻痺の硬直が終わる前にルナの矢によって眉間を射抜かれ、弾けるように消滅した。


 ルナが弓を下ろし、にっと笑う。


「大活躍だね、麻痺の強化石」

「高いだけはある」


 欲を言えば硬直時間をもっと延ばしたいところだが、いまでも充分に役立ってくれている。今後も末永く世話になりそうだ。


「クララ、大丈夫か」

「う、うん。へーきだよ」


 立ち上がり、服についた汚れを叩いて払うクララ。

 と、その後ろで岩の壁が蠢いた。


 いったいなんだろうかと目を凝らした直後。ズズズッと一部の岩が手前に突き出し、角ばった人型の魔物と化した。どうやら擬態していたようだ。


 岩人は地に足をつけるなり、右腕を振り上げる。


「クララ、後ろだ!」

「え? ひゃっ」


 クララはまろぶようにして身を投げ、なんとか攻撃を回避した。だが、岩人は空振りに終わった拳をすぐさま引き戻し、再びクララに襲いかかろうとする。


 アッシュは岩人の胸元へと足裏を押し付ける格好で飛びかかった。壁に叩きつけ、勢いのままスティレットを突き出す。が、ガキンッと音を鳴らすだけでまったく刺し込めなかった。


「くそっ、なんて硬さだよッ!」


 払い落とそうとする岩人の手から逃れ、後方へと宙返りしながら後退する。と、待っていたとばかりにルナの矢が脇をかすめていった。鋭い風切り音を鳴らして突き進んだ矢が岩人の頭部に命中する。が、かすかによろめいただけで傷ひとつつかなかった。


「だめだ、こっちも徹らない!」


 となれば倒す方法はひとつ――。


「クララ!」


 彼女も出番だとわかっていたようだ。

 両膝をつけた状態で右掌を突き出し、フロストレイを発動。岩人の右足付け根を撃ち抜いた。片足立ちになった岩人が間抜けな格好で崩れ落ちる。


「このっ、このっ」


 やけくそ気味にクララがフロストレイで追撃する。すでに身動きが取れないこともあり、そのすべてが命中。岩人は軋むような呻き声を残して消滅していった。


「凄まじい追撃だな」

「だって本当にびっくりしたんだもん……!」


 どうやら仕返しのつもりだったらしい。

 今後、彼女を驚かすのは程々にしたほうが良さそうだ。

 でなければ穴だらけになってしまうかもしれない。


「にしても、これ青の魔石つきだってのにな」


 アッシュはスティレットを見ながらこぼした。

 ルナも弓を持ち上げて言う。


「ボクのもだよ。あの岩の敵は3等級じゃないと厳しいのかもね」

「この際だ。戻ったら武器は全部3等級にとっかえるか」

「そのほうがいいかも。まだ硬い敵がいないとも限らないし」


 そんな会話をしているよそで、クララがどんよりした顔をしていた。


「ガマルが干からびそう……」

「そうならないためにも、たっぷり肥やして帰ろうぜ」


 幸い3等級の階層とあって落とすジュリーの量は増えている。

 ハーピーは5ジュリー。

 岩の魔物は10ジュリーだ。


 3人なので1体ごとの収入は下がるが、その分数を狩れば問題はない。


「とりあえず壁にはあまり近寄らずに進んでいこう」

「またあの岩と戦うのは面倒だしね」


 そうして進行を再開してから間もなく――。

 少しひらけた場所に出た。


 アッシュは仲間を制して一旦後退。

 陰から中の様子を確認する。


 中央には巨大な球形のナニカが鎮座していた。貝を無数に取り付けたような不気味な表面。地面に近い場所には人が余裕を持って通れるほどの大きな穴が見える。


 その穴を通って蠍型の魔物が頻繁に出入りしていた。


 全長は人間と同じぐらいか。硬そうな赤い皮膚に、人の首など簡単に断ち切りそうな立派なハサミ。そして尻尾には人の指ほどの大きさの鋭い針。


 おそらくあれがスコーピオンだろう。


「……思った以上にでかいな」

「ねえねえ、あの尻尾の針ってやっぱり毒だよね?」

「毒無効なんて装飾品を落とすぐらいだからな。たぶんそうだろ」


 表に出てるのは3体。

 中には2体いるのを確認できた。

 もっと潜んでいる可能性もあるが、あの穴の大きさでは一気には出てこられないはずだ。充分にやれる。


「俺が引きつけるから2人は援護を頼む」

「ま、任せてっ」

「あまり無茶はしないでね、アッシュ」

「わかってる」


 アッシュは左手にソードブレイカー、右手に鞭を持って飛び出した。


 音で気づいたか、表に出ていたスコーピオン3体が一斉にこちらを向いた。カサカサと音をたてながら向かってくる。予想以上の速さだ。


 まずは様子見で鞭を放つ。

 が、バシンと音が鳴っただけで敵は硬直しなかった。


「麻痺耐性か!」


 敵の1体が尻尾を地面に勢いよく叩きつけ、反動で跳び上がった。その高さは、ほぼこちらの目線と同じだ。


「イキのいい奴だなっ」


 繰り出されたハサミをかいくぐるように躱す。その最中、ルナの矢が命中。「ミィッ」とその外見に似合わない慟哭をあげて敵が消滅していった。まずは1体。


 と、後続の敵2体が尻尾を前面側へと丸めていた。その針は、いつでもこちらを射抜けると言わんばかりだ。


 アッシュは足裏を地面に叩きつけ、スコーピオンの上を跳び越えた。ドスッ、ドスッと先ほどまで立っていた場所に針が突き刺さる。針を引き抜くまでの間、1体をクララのフロストレイが、もう1体をルナの矢が仕留めた。


「2体追加、その後ろからもう3体!」


 ルナの声が響く。

 先ほどと同じように後衛の2人に任せても問題なく倒せるだろう。


 ただ、攻勢に出ても問題ないと思った。

 それほどスコーピオンの攻撃は読みやすい。


 アッシュは鞭を放り、その手でスティレットを抜いた。敵の予備動作を見極め、先んじて攻撃に出る。まずは先行する2体を、そのあとに後続の2体を一瞬にして切り裂いていく。そして最後に残った一体は地面に串刺しにして仕留めた。


 ほぼ間を置かずに、5体のスコーピオンたちが消滅していく。

 もう援軍はないようで一気に静かになった。

 ふぅと息をついて武器を収める。


「さっすがー!」

「いまのは余裕があったから怒れないね」


 クララとルナが賞賛しながら駆け寄ってきた。

 アッシュは先ほど放り投げた鞭を拾い上げながら言う。


「攻撃が徹る分、さっきの岩の奴より楽な相手だ」

「頼もしいね。じゃあ、この調子でどんどん狩っちゃおうか」


 ルナの言葉に、クララが右手を突き出して元気よく答える。


「おーっ!」



     ◆◆◆◆◆


「……出ないな」


 もう何度目かというスコーピオンの悲鳴を耳にしながら、アッシュはそうぼやいた。


 あれから三刻近くは経っただろうか。

 スコーピオンの巣を見つけては狩っているが、いまだ《スコーピオンイヤリング》は見ていない。


「まだ初日だしね。あんまり意識せず気長に行こう」

「そうだよ。レリックだって出たんだし、そのうちイヤリングもポロッと出るよ」


 逆にレリックで運を使い果たしたのでは、とも思ったが、野暮なので口には出さないでおいた。


「二人とも、ちょっといいかな。あそこに人の脚が見えるんだけど」


 ルナが訝るような目であるほうを見ていた。

 それを辿ると、少し進んだ先の曲がり角から、たしかに人の脚と思しきものが出ていた。確認できるのは膝下だけで、ほかは死角になっていて見えない。


「誰か倒れてるのか……?」

「ま、まさか脚だけなんてことないよね……」

「そうじゃなければいいが」


 なにしろ魔物が跋扈する塔の中だ。

 胴体をぱっくり食べられて……なんてこともあるかもしれない。

 怯えるクララを引き連れ、〝脚〟のほうへ向かった。


 角から顔を出して確認すると、しっかりと胴体も頭もついていた。

 そして、倒れていたのは小柄な少女だった。


 年齢も身長もクララと同じぐらいだろうか。

 褐色の肌と、短めの金髪が特徴的だ。


 肩、胸に板金のようなものをあしらった軽装。

 手にはクローをはめている。

 近接格闘型といったところか。


「ひどい傷だな……」


 すりむいたような傷が幾つもあり、そこかしこから血が垂れている。それに火傷のような痕も多い。目をそむけたくなるような状態だ。


「スコーピオンにやられたって感じの傷じゃないね」

「おい、大丈夫か」


 声をかけてみるが、返事はない。


「息はあるみたいだね」

「あたしヒールするよっ」


 クララが杖をかざしてヒールをかける。

 時間はかかったが、なんとか見える範囲の傷はなくなった。


「傷は治ったけど……起きないね」


 穏やかな呼吸は聞こえる。

 大事はないと思うが、このまま放置するわけにもいかない。


 と、そのとき。


 地鳴りのような音が聞こえてきた。

 音は角を曲がった先、通路の奥からだ。


 なにやら揺らめく赤い光が漏れている。

 目を凝らしてみれば、それが火の粉であることがわかった。


 さらにその奥に目をやれば、ぐりんとした爬虫類のような目を捉えることができた。それは獲物を狙うかのように鋭くこちらを見つめている。


 クララが震えた声で言う。


「も、もしかしてドラゴン……?」

「いや、ドラゴン系は8等級のはずだから違うと思う。あの感じ、たぶんなにかのレア種じゃないかな……」


 ルナが言うように、あれはドラゴンではない。

 ただ、纏う風格は決して劣るとも勝らないものだ。


 あの爬虫類のような目を持つ魔物のことは気になる。

 だが、いまはほかにやるべきことがある。


「とにかく、まずはこの子の保護が先だ。俺が運ぶから二人は援護を頼む」

「了解」

「任せて!」


 アッシュは少女を両腕で抱え、走り出した。



     ◆◆◆◆◆


 赤の塔を無事に脱出したのち、中央広場に戻ってきた。すでに日は落ち、辺りは山吹色の仄かな灯によって優しく照らされている。


「さて、連れ出したはいいが……どうするか」


 少女は腕の中でいまも気を失ったままだ。

 ただ苦しそうな様子はない。

 むしろ心地良さそうに寝息をたてている。


 ルナが少女の顔を覗き込む。


「この子の宿、どこかもわからないしね」

「ひとまず目を覚ますまで、ブランの止まり木で預かるしかないか」


 また金を払うことになるだろうが、仕方ない出費だ。


「止まれ」


 突然、横合いから険を帯びた声が飛んできた。

 さらに獲物を構えた3人の女がこちらを取り囲んできた。 

 剣が1に弓1、魔術師が1人だ。


「え、な、なにっ!?」


 クララが予想だにしない状況に動揺する中、アッシュは相手を威嚇する。


「いきなり剣を突きつけてくるなんて物騒だな。何者だ、お前ら」

「……私たちを知らないなんて」


 リーダー格と思しき女性がぷっくりとした唇を忌々しげに歪めた。


 よく見れば化粧はばっちりだし、随分と垢抜けた風貌だ。ほかの3人も程度の差こそあれ、いかにも〝女〟といった身なりをしている。装備を外せば、いますぐにでも男を引っ掛けられそうな勢いだ。


「アッシュッ、アッシュッ!」


 なにやらルナがぐいぐいと服のすそを引っ張ってきた。かと思うや、ぐいっと顔を寄せて耳元で囁いてくる。



「彼女たち、ギルド《ソレイユ》のメンバーだよ」




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書籍版『五つの塔の頂へ』は10月10日に発売です。
もちろん書き下ろしありで随所に補足説明も追加。自信を持ってお届けできる本となりました。
WEB版ともどもどうぞよろしくお願いします!
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