表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
五つの塔の頂へ  作者: 夜々里 春
【頂の守護者】第ニ章
438/492

◆第十話『黒の塔100階戦』

 ――間違いなく当たった。

 ラピスは槍を突きだした瞬間、そう確信した。


 だが、貫いたのは虚空のみ。


 正面から向かってきていたはずだが、いったいどこへ消えたのか。視界に映っていないとなれば上か背後か。半ば反射的に左前方へ転がる。と、ひゅんっと空を斬る音が聞こえた。


 すぐさま体勢を整え、先ほどまで自身が立っていた箇所に槍を構える。が、すでに敵の姿はなかった。――また消えたのだ。


 敵の姿をまともに捉え切れていない中、このまま接近された状態が続くのは危険だ。ラピスはその場で重心を落とし、槍が全方位に巡るよう思い切り振り回した。近場にいれば確実に当たったはずだが、手応えはない。


 とん、と静かな着地音が聞こえてきた。

 目を向ければ、離れたところ――舞台中央に立つひとりの少女が映り込んだ。


 彼女は《ブランの止まり木》で女将を務めているミルマだ。ただ、普段の愛らしい耳と尻尾はどこにもない。先ほど彼女に一撃をいれた途端、黒い翼と入れ替わるようにして消えてしまったのだ。


 いまの彼女が漆黒の戦闘衣に身を包んでいることもあり、その風貌は悪魔を想起させる。だが、禍々しさはいっさいなかった。同じ黒でも、こちらは神聖な力がひしひしと感じられるうえ、思わず見惚れそうになるほど美しかった。


「逃げるなら早めに逃げてください」


 クゥリから冷たい警告の声が放たれた、そのとき。頂の舞台の縁から上空を覆うように無数の短剣が生成された。どれも彼女の得物と同様の、腕ほどの長さの両刃の短剣だ。また浮遊した状態で切っ先がこちらに向いている。


 どう見てもいやな予感しかない。

 だが、だからといって返答を変えるつもりはなかった。


「言ったでしょう。今日はわたしが勝つって」


 ラピスは槍の穂先をクゥリに向け、言い放った。

 直後、待機状態にあった短剣たちが弾かれるようにしてこちらに向かってきた。


 大きな回避行動をとろうにも、安全地帯がまるで見つからない。ある程度は留まって迎撃するのが最適だ。そう判断を決めるやいなや、向かってくる短剣を属性攻撃を織り交ぜつつ撃ち落としていく。


 一斉に向かってくるのかと思いきや、散発的だった。これならすべてをやり過ごせるだろう。そう思った矢先、足下に黒い靄が渦を巻くように現れはじめた。範囲はちょうどこちらを包む程度。


 ラピスは幾本かの短剣に肌が刻まれるのをいとわず、その場から逃れた。直後、先ほどまで立っていた空間を貫くように、黒い柱が噴出。巨人が足踏みでもしたかのような重い音が鳴った。


 わずかでも留まれば噴出するようだ。

 これでは移動しながらの迎撃に変更せざる得ない。


 ラピスは奥歯を強く噛みつつ、走りだした。移動した先を狙い済ましたかのような軌道で幾本もの短剣が迫ってくる。すべてを綺麗に撃ち落とすことはできず、腕や脚、肩にどんどん切り傷が増えていく。状態はよくないが、致命傷は避けられている。


 このまま短剣を弾きつづければ、いつかは途切れるはずだ。そこを狙って反撃に出るしかない。そう思ったのも束の間、短剣が新たに生成されているのを捉えてしまった。最悪だ。次の手を考えなければ――。


 ふいに短剣の雨が止んだ。ほぼ同時、心臓が跳ね上がるような感覚に見舞われた。強張った体を無理やりに動かし、振り返りざまに槍を振る。と、切ったのは虚空のみ。視線を下向けたとき、地を這うような姿勢で短剣を突きだそうとするクゥリが映った。


 クゥリの存在を忘れていたわけではない。

 ただ、短剣と黒柱の中では彼女も攻撃できないだろうと踏んでいたのだ。


 ――間に合わない。


 クゥリの短剣がいまにもこちらの肉に触れようとしたとき、その刃が薄い光膜によって弾かれた。武器のオーバーエンチャントで得た《アイティエルの加護》の効果だ。


 ただ、いまの攻撃で硝子が割れたような音を鳴らし、砕けてしまう。再び攻撃を受ければ、今度こそ肉を斬られかねない。


 ラピスはすぐさま槍を引き戻し、突きだす。が、またもクゥリはすっと消えてしまった。瞬きしたうちに移動したわけではなく、単純に消えたのだ。


 再び短剣による全方位攻撃が始まった。駆けながら迎撃する中、いつの間にか舞台の中央に戻っていたクゥリを見つめる。


 おそらく彼女が移動に使っているのは黒の塔9等級魔法の《テレポート》だ。ただ、挑戦者が使っているものと違い、属性石の個数によって移動距離が変わるものではない。間違いなく好きな距離を飛んでいる。


 クゥリが本気になるまでは、足部位をオーバーエンチャントしたことで得られた《ヘイスト》のおかげでなんとかついていくことができた。だが、彼女が黒い翼を得てからは、《テレポート》も加わって速さで勝負すること自体が難しくなってしまった。


 本当に速さが取り得の自分には最悪といってもいい相手だ。


「早く縁から飛び下りてください」


 懇願するようなか細い声が聞こえてきた。

 戦闘が始まる前も、始まってからもこの言葉を聞いている。ラピスは短剣の攻撃から逃れつつ、胸中に湧きあがったわずかな苛立ちを混ぜて吐きだす。


「だから、言った、でしょっ! 今日はわたしが勝つって!」

「取り返しがつかなくなる前に……お願いです」


 ――寡黙でわかりにくいが、本当は優しい奴なんだ。

 以前、アッシュがクゥリのことをそう言っていたことがある。いまの彼女を見ていれば、いやというほど理解できる。だが、いまの状況では嫌味にしか聞こえなかった。


 なぜならすでに勝った気でいるからだ。


 速さはもちろん、手数でも負けている。相手のほうが圧倒的有利な状況であることは間違いない。だが、こちらが勝利する方法が消えたわけではなかった。


「……あなたがいけないんですよ。諦めないから」


 クゥリが静かに駆けだした。応じて、あちこちの空間に人の頭ほどの大きさを持った黒点が生成された。黒の塔9等級魔法の《グラビティ》だ。


 ここにきてまだこんな妨害魔法が放たれるとは思いもしなかった。しかも、ひとつひとつの間隔が大股1歩程度、とかなり狭い。


 黒柱の直撃を避けるには移動を続けなければならないが、そうすれば《グラビティ》に触れることになる。逆に《グラビティ》を避けるには、黒柱の直撃を受けることになる。


 最悪の状況だ。

 けれど、幸いだ。


 ラピスは《グラビティ》に触れない選択をした。


 その場に留まり、短剣を迎撃しつづける。足下で黒い靄が現れだしているが、動くつもりはない。短剣の攻撃が止み、クゥリの姿も消えたのを捉えた、瞬間。入れ替わるように視界が黒で埋め尽くされた。


 黒柱が噴出したのだ。まるで激しい暴風の中にいるかのようだった。だが、痛みはない。先ほど復活したばかりの《アイティエルの加護》が防いでくれているのだ。ただ、それも一瞬で終わりを迎えてしまう。


 周囲に張られていた光膜が弾け、待っていたかのように黒の激流が襲ってきた。まるで全身を焼かれているかのような疼痛に見舞われ、意識が飛びそうになる。だが、ここで倒れてしまえば次の一手に繋げられない。


 ラピスは黒柱の中で深く腰を落とし、槍を握った手に力を込める。


 長いようで短い黒柱が消滅したとき、クゥリの存在を近くに感じた。右方からだ。すでに懐まで迫られている。ラピスはすぐさま向きなおったのち、迎撃への動きをわずかに遅らせた。


 直後、腹部への衝撃が襲いくる。クゥリの短剣が柄に触れるまで刺さったのだ。ただ、痛みを感じなかった。いや、正確には痛みを感じる前に動きだしていた。


 反撃に出たこちらの動きに驚愕するクゥリ。すぐさま後退しようとするが、間に合わないと踏んだか。《テレポート》を発動させ、その輪郭が薄れはじめる。


 ただの攻撃直後ではない。もっとも硬直が長くなる〝肉を貫いた瞬間〟を狙っていたのだ。絶対に逃すつもりはない。


 ラピスは強い決意とともに、みちりと柄が軋むほど持った槍を思い切り突きだした。炸裂音を伴ったこの一撃は《限界突破》。轟音が鳴りつづける黒柱の中でひそかに準備していたのだ。


 クゥリの顔面に穂先が触れる、直前。なにか硬いものに触れた。が、構わずに押しやった。強烈な衝突音が響き、クゥリが猛烈な勢いで吹き飛んでいく。ただの一度も床に触れることなく、その身は塔の縁に激突。ようやく勢いが止まった。どさり、と力なくクゥリが倒れる。


 貫くことはできなかったが、たしかな損傷を与えたはずだ。そもそも《限界突破》は貫くよりも、衝撃を与えることを目的としている。当たった時点で大半の相手を沈黙させる。あのような小柄な相手ならなおさらだ。その証拠に、クゥリはいまだに動かない。


 勝てたのだ。

 初めて挑んだとき、手も足も出なかった相手に勝てたのだ。


 嬉しさが込み上げてくる。ただ、安堵を感じた瞬間、刺された腹部の痛みや、黒柱に襲われた全身の疼痛が一気に襲ってきた。とうてい我慢できるようなものではなく、思わずその場に倒れこんでしまう。


 ただ、勝てたのならどうもでよかった。

 いまも感じる痛みが勝利の証だと思えば、悪くはない。


 かすれる視界の中、そんなことを考えていたときだった。


 クゥリの体を球形状の白い光が包み込んだかと思うや、瞬く間に彼女の傷ついた体を癒してしまった。気づけば彼女は目を覚まし、さらにしかと両の足で立ち上がっていた。やせ我慢をしているようにはいっさい見えない。


 《限界突破》は体力の大半を使って放つ。そのうえで相手に肉を差しだして繰りだしたのだ。本当の意味で最後の一撃だったのだが、これでも立ち上がられるとは……最悪としか言いようがない。


 万全の状態でも厳しい戦いだったのだ。

 この状況ではまず勝ち目はないだろう。


 だが、それでも諦めたくはない。


 ラピスはいまにも途切れそうな意識をなんとか繋ぎ止め、槍を支えに立ち上がろうとする。と、クゥリが手にした短剣を手放したのち、困ったような顔を向けてきた。


「安心してください。あなたの勝ちです」


 その言葉をすぐには理解できなかった。

 ただ、彼女の背から翼が消え、入れ替わるように耳と尻尾が現れたことで、ようやく受け入れられた。全身から力が抜け、その場に崩れ落ちてしまう。


 ただ、相手が立ったままでこちらは倒れた状態だ。

 まるで勝った気がしなかった。


「いま、回復します」


 そばに屈んだクゥリが両手をかざしてきた。


 ほのかな白い光に体を包み込まれる。何度も味わったことがあるため、間違いない。この心地良い温かさを持つ光は《ヒール》だ。貫かれた傷は深いため、すぐには治らないようだったが、痛みは急激に引いていく。


「どうして……どうしてこんな痛い思いをしてまで勝利にこだわるのですか」


 クゥリが理解できないといった様子で訊いてきた。


 いまだ痛みはおさまっていない。

 だが、《ヒール》のおかげで喋れる程度には回復していた。


「ただ彼の隣に……胸を張って立っていたいから」

「アッシュさん、ですか」

「ええ」


 すぐさま言い当てられたことに思うところはあったが、いまさら隠すようなことでもないため、ためらわずに頷いた。と、こちらの答えになにを思ったか、クゥリの顔がいきなり険しくなった。


「仮にあなたのほかにも突破者が出たとしても、白の塔だけは不可能です」

「……どういう、こと?」


 なぜ白の塔を指したのかは、アッシュの名前を出したからだろう。知りたいのは、不可能と言い切った理由だ。


「アイリスさんだけは別格だということです。わたしや、ほかの頂の守護者とは比べ物になりません」


 あれほどの強さを持つクゥリにここまで言わせるとは。


 もともとベヌスから事前に白の塔がもっとも突破が難しいと言われていた。


 わざわざ嘘をつくようなことでもない。アイリスは、きっとこちらの想像を遥かに超える力を持っているのだろう。とはいえ、心配はしていなかった。


「あいにくだけど、そのままお返しするわ」


 ラピスはいまだ傷の痛みを感じる中、たぐり寄せた槍を支えに立ち上がった。


「わたしたちの中でもアッシュは別格なの。彼女がどれだけ強くても、アッシュが勝つに決まってるわ」


 ねえ、そうでしょう。……アッシュ。


 島の北側に黒の塔と並び立つ、もうひとつの塔。

 その頂へと目を向けながら、ラピスはそう語りかけた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

書籍版『五つの塔の頂へ』は10月10日に発売です。
もちろん書き下ろしありで随所に補足説明も追加。自信を持ってお届けできる本となりました。
WEB版ともどもどうぞよろしくお願いします!
(公式ページは↓の画像クリックでどうぞ)
cop7m4zigke4e330hujpakrmd3xg_9km_jb_7p_6
ツギクルバナー
登場人物紹介
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ