◆第三話『停滞と変化』
「やっぱこいつらがあるとしっくりくるな」
「うんうん、アッシュくんって感じがするー」
塔から帰還後、仲間とともに訪れた交換屋にて。
アッシュは生成したばかりの10等級武器――スティレットとソードブレイカーを手に持ち、懐かしさを感じていた。
エネルギーコアの材料集めをしつつ、通常のオーバーエンチャントに挑戦する日々が続く中、クララの魔法に使う武器交換石にも余裕が出てきたため、それならばとスティレットとソードブレイカーを作らせてもらったのだ。
「にしても……どうしたんだ、オルジェ。いつもの元気がないな」
アッシュは2本の短剣を腰裏の鞘に収めたのち、交換屋のミルマ――オルジェにそう声をかけた。彼女は受付台で頬杖をつきながら憂鬱な顔をしている。そこには普段の華やかさが微塵も感じられない。
「たしかに。いつもならアッシュに色目を使ってるのに」
「あなたたちがそれを言う?」
ラピスの威嚇めいた言葉に、オルジェがため息交じりに答えた。
「どういうことだ?」
「わたしが100階の主だってこと、言いふらしたでしょ」
「べつに誰かに言った覚えはないが……」
仲間たちの顔を見たところ、クララだけが目をそらしていた。大方、仲の良いマキナあたりにでも話したのだろう。そこからソレイユ、島全体へと広がったに違いない。
「でもまあ、隠せとも言われてないしな」
「そうだけどぉ~……おかげで怖がられてばかりなのよ。あなたたちって一応、挑戦者の中で一番強いじゃない? そのあなたたちが勝てなかったからって」
挑戦者の中で、という言葉が引っかかった。
もちろん彼女が嫌味で放ったわけでないことはわかっているが、100階の主たちに完敗したばかりだ。〝挑戦者の中で一番強い〟という称号はどうしても空虚なものに感じてしまう。
「もう少し満喫できると思ったんだけど~。はぁ……」
「あんまり気にしなくても、すぐに素敵な男性が見つかるよ。それだけの魅力がオルジェくんにはあるからね」
そうレオが発言した途端、オルジェが蠱惑的な笑みを浮かべた。見る者を吸い込むように光らせた目をレオに向けながら甘い声を紡ぎはじめる。
「じゃあ、あなたが相手をしてくれるの?」
「ぼ、僕は遠慮しておくよ」
赤の塔でオルジェと戦った記憶が蘇ったか。
レオが片足を下げ、引きつった笑みを浮かべた。
「あら、さっきと言ってることが違うじゃない」
「きみと僕が愛し合うかどうかはまたべつの話で……」
「焦ってるいまの顔、すごく好きよ。また来るんでしょう? 楽しみにしてるわ」
オルジェの熱のこもった言葉に、乾いた笑みを浮かべつづけるレオ。
このまま居続ければレオの精神が破壊されそうだ。またくる、とだけ言い残して早々に交換屋をあとにした。
◆◆◆◆◆
「それじゃ、またあとでねー」
レオがギルドメンバーと食事をすると言って去ったあとのこと。
なによりも先にログハウスで風呂に入りたいという女性陣と別れ、アッシュはひとり中央広場に残っていた。最近では日課といってもいい流れだ。
またこのあとにすることも決まっている。
委託販売所でのんびりと相場を確認することだ。
先ほど仲間とも一緒に確認したばかりだが、挑戦者が塔から帰還する夕刻とあってこまめに確認しても損はない。なにしろエネルギーコアを製作するには、硬度上昇の強化石が50個も必要になるのだ。少しでも安く売りだされていれば即座に買うつもりだった。
委託販売所が並ぶ北側通りに辿りついたとき、密林地帯と繋がる小道から挑戦者がぞろぞろと出てきた。三大ギルドのひとつ、《レッドファング》だ。
ざっと見ても60から70人程度はいるだろうか。大所帯のギルドとはいえ、あれだけの数で行動するのは珍しい。
と、中間辺りを歩いていた中に知人を見つけた。《レッドファング》幹部のベイマンズとロウ、ヴァンの3人だ。好奇心に突き動かされるがまま、アッシュは彼らに声をかけにいく。
「よっ、どうしたんだ。勢ぞろいで」
「おお、アッシュか。ついさっきリッチキングに挑んできたところでな。その帰りだ」
「結果は……顔を見たらわかるな」
「ああ、成功したぜ」
ベイマンズが得意気な顔でそう答えた。
その隣では、ヴァンが見せつけるようにスティレットをかかげている。
「これもレリックのおかげっすよ!」
リッチキング攻略には白の属性石9個が装着された武器が必要となる。ゆえにその条件を満たしたレリックさえあれば、攻略は可能となるわけだが――。
「あの全体への昏睡魔法はどう凌いだんだ?」
リッチキングは狂騒状態に入る際、全体に昏睡魔法をかけてくる。9等級相当の武器があれば属性障壁を生成することで防げはするが、全員にはないはずだ。
そうしたこちらの疑問に答えてくれたのはロウだった。
「以前、妖精郷で使った戦法をとったまでだ」
「2つにわけて入れ替わったのか」
「《レッドファング》にはそれだけの人数がいるからな」
さすがはもっとも在籍者数の多いギルドだ。
数が力になるということを見事に体現している。
「そちらも順調らしいな。ついに100階に到達したという噂を耳にしている」
「実際は順調とは程遠いけどな」
「100階の主はミルマらしいが……それほどの強さなのか?」
ロウの顔は疑念に満ちているが、無理もなかった。
なにしろ普段のミルマからは戦闘している姿がまるで想像できないからだ。
「段違いだな。正直、手も足も出なかった」
「アッシュの兄貴がそこまで言うってことは相当っすね」
言って、恐れたように顔を歪めるヴァン。
相反してベイマンズは真剣な顔をしていた。
「つっても、俺たちより進んでることには変わりねぇ。俺たちも本格的に80階突破を狙わねぇと。ヴァネッサたちに先を行かれたままってのも気に食わねぇからな」
応じたようにロウとヴァンが頷く。
いまの状況に甘んじるつもりはない。
そんな強い意志を彼らからひしひしと感じられた。
「ボスー、先行ってますよー!」
「おう、すぐ行く!」
先を歩いていた《レッドファング》メンバーの声に、ベイマンズがそう応じた。
「いまから打ち上げか」
「おう、朝まで盛大にな」
彼ら全員が入れる酒場はない。
おそらくいつものように会場はギルド本部となるのだろう。
「また近いうちにアッシュも飲もうぜ」
「そんときゃ俺も呼んでくださいっ。100階までの話とか聞きたいっす!」
「わたしも同席させてもらおう。……さ、酒は飲めないが」
「ああ、もちろんだ」
そう約束を交わしたのを最後に、アッシュはベイマンズたちと別れた。
彼らの後ろ姿を収めつつ、中央広場全体を見渡した。
ジュラル島に来てから中央広場の景色はほとんど変わっていない。だが、挑戦者はどんどん変わっている。単純に外見だけの話ではない。
自分たちだけが進んでいる。
そう錯覚してしまいがちだが、周りも前へと進んでいるのだ。
塔の頂に辿りつきはしたが、これが高みではない。
立ちはだかる壁は強大だ。生半可な準備ではまた返り討ちにされるのは目に見えている。だが、だからといって長く足踏みはしたくない。
停滞する現状へのもどかしさを押し潰すように、アッシュは剣の柄を強く握りしめた。





