◆第ニ話『アイティエルの加護』
2日かけてクリスタルドラゴンを討伐後、帰還。
早速、鍛冶屋のリリーナにエネルギーコアを製作してもらっていた。
「よしっ、できた。2回目だし、するんだよね?」
「ああ、オーバーエンチャント5回分、頼むぜ」
アッシュは自身の長剣と黒の属性石を差しだした。
長剣にはすでに黒の属性石が10個埋め込まれている。
黒を選択した理由は、もちろん白の塔を攻略するためだ。
長剣と属性石を受け取ったリリーナが背を向ける。向かったのはいつも使っている窯ではなく、隅に置かれた箱型のなにかだ。窯のように戸はあるものの、煙を排出するための筒はない。質感に関してはどこかで見たことがある。
そう思っていたところ、ルナが答えを出してくれた。
「なんだかオートマトンを思わせる見た目だね」
「エネルギーコア自体、もともとあいつらを動かすためのものだったし、そうなのかもね。ま、この窯はベヌス様から預かったものだから、わたしも仕組みはよく知らないんだけどねー」
リリーナは喋りながら長剣と属性石を新型の窯の中に入れていた。戸を閉めたのち、脇に設けられた取っ手を勢いよく引き下げる。と、ガコンガコンと窯の中から騒がしい音が聞こえてきた。
いつもの窯と違って煙も出ていない。進行度がまるでわからないが、終わりは唐突に訪れた。窯の上部付近に取りつけられた透明で丸い飾りが緑に光った。
リリーナがまぶたを跳ね上げ、口元を綻ばせる。
「お、成功だ」
「本当か……っ!?」
「うん。ここが赤に点灯したら失敗なんだけど、緑に点灯したから成功だ」
クララとレオが「おぉ」と感嘆の声をあげる。
リリーナが戸から取りだし、長剣を受付台に置いた。
「成功確率が大幅に上がるって聞いてはいたが……まさか1発で成功するとはな」
「失敗する確率のほうが高いんだけどね。ま、きみの運がよかったってことだ」
アッシュはオーバーエンチャントが成功した長剣を受け取った。柄にはたしかに11個の黒の属性石が埋め込まれている。試しに抜いてみた、その瞬間。
「な、なんか出たぁっ」
クララの驚愕する声が聞こえてきた。
振り返ってみると、うっすらと女性型の像が浮遊していた。翼が生えていることもあり、まさに天使といった外見をしている。黒味がかっているが、外見の美しさもあって禍々しい感じはいっさいない。
「属性石11個目からつく特殊効果、アイティエルの加護だよ」
「色が黒なのは属性石の影響か?」
「うん。赤の属性石なら赤っぽい感じになるね」
リリーナが説明するなり、ラピスが興味津々な様子で質問する。
「効果は?」
「持ち主を敵意ある攻撃から護る、だね。得物を構えれば発動状態になるよ」
「最高の効果だね」
レオが食い気味に反応した。
たしかによく攻撃を受ける盾役としては喉から手が出るほど欲しい代物だろう。
「ただし、無敵じゃあない。加護が持つ耐久を上回る攻撃を受ければ破壊される」
「ミルマたちは当然破壊しにくるってことか」
「攻撃の種類にもよるだろうけど、1度ぐらいなら耐えられると思うよ。一応、再生成はされるけど、一定の時間を要するから注意してね」
リリーナが人差し指を立てながら、そう言い聞かせてきた。
たった1度しか耐えられない、というより個人的には1度でも耐えられるといった認識だ。アイリス相手では少し踏み込むだけでも体を刻まれる感覚があった。あの感覚が少しでも和らぐ瞬間を作れるなら、それだけでかなり大きな優位性だ。
「それにしても《ミロの加護》とすごい似てるよね」
「そういえば……効果もほとんど同じだ」
ルナが《アイティエルの加護》をじっと見ながら呟くと、クララもそれに頷いた。直後、入口側から覚えのある声が聞こえてきた。
「当然だ。なにしろアイティエルとミロが崇めるシュラアハは同じ神だからな」
振り返った先にいたのはベヌスだった。
相変わらず幼い見た目に不釣合いな喋り方だ。
リリーナがひどく動揺した様子で口を開く。
「ベ、ベヌスさま……!? ど、どうしてまたこんなところに……」
「気ままに散歩をしているだけだ」
「わたしが言うのもなんですが、アイリスさんが知ったら大騒ぎになるんじゃ……」
「見つからなければ問題はない」
自信満々な顔で応じるベヌス。
ただ、あのアイリスのことだ。
捜索が開始された段階で見つかるのは必至な気がしてならなかった。
ただ、いまはその心配よりも気になることがあった。
それはベヌスが登場と同時に放った言葉だ。
「さっきの話だが……アイティエルとシュラアハが同じってどういうことなんだ?」
「シュラアハは人間が勝手につけた名であって正しくはアイティエル。そういうことだ」
ミロの人間が大昔に見た神の名を、アイティエルと知らずにシュラアハと名づけたということだろうか。
「さらっと言ったけど、これ衝撃の事実ってやつだよね……」
「ミロの人たちが聞いたら騒ぎになりそうだね」
クララは片頬を引きつらせ、レオは苦笑していた。
下手に事実を伝えれば宗教戦争まで発展しそうだ。
「案ずるな。名は特別なものだが、我々が呼び方を強いることはない。もちろん、お前たちが我のことをベヌスちゃんと呼んでも咎めるつもりはない」
「呼んでほしいのか?」
「例えとして挙げただけだ」
前の喋り方ならまだしもいまの喋り方ではとうてい似合いそうにない。そう思った矢先、後ろから「ベヌスちゃん」とラピスの呟きが聞こえてきた。どうやら彼女の中では〝ベヌスが可愛い〟という印象がすでに固定化されているようだ。
「それより我のことは気にせず続けてくれ。いまは楽しみの最中なのだろう?」
ベヌスが楽しげに口元を綻ばせた。
彼女の言うとおりいまは挑戦者としてもっとも楽しい時間だ。アッシュは仲間の顔を見回したのち、問いかける。
「次は誰が行く?」
「なら、わたしがいくわ」
「その次はボクが挑戦しようかな」
「じゃ~、あたしはルナさんの次ーっ!」
「ということは僕が最後だね」
ラピスに続いて、ルナ、クララ、レオといった順で決まった。
早速、仲間たちがオーバーエンチャントに挑みだす中、ベヌスが隣に立った。尻尾を振りながら意地の悪い笑みを向けてくる。
「こっぴどくやられていたな」
「どこかで見てたような口振りだな」
「ようなもなにも、実際に見ていたからな」
塔の頂にはベヌスの姿はどこにもなかった。
おそらく彼女には離れたところからでも見られる手段があるのだろう。
「相手はミルマだ。人間とは違う。そして神もまた人間ではない」
「……なにが言いたい」
「お前たちが出した答えは間違いではない、ということだ」
ベヌスが先ほどとは違って毒気のない笑みを向けてくる。
「期待しているぞ」
言い終えるや、静かに鍛冶屋を去っていった。
ミルマだけでなく、その先の神との戦いも見据えた助言に感じられた。いったいベヌスがどんな立場から発言しているのかわからないが、最後に残した〝期待している〟という言葉だけは間違いなく本物だと感じられた。
ベヌスが去ってから間もなくして、全員のオーバーエンチャントが終わった。
「わたし、こういうのは強いから」
「さすが初めて8等級武器で成功させただけあるな。ルナはほっとしてるんじゃないか」
「あはは……記憶が蘇りそうで怖かったよ」
成功したのは2人。
ラピスとルナだ。
反して失敗したのはクララとレオだ。
2人とも絶望に満ちた顔で肩を落としている。
「なんかこんな感じになる気がしてたんだよね……」
「ぼ、僕もこの構図が頭によぎってしかたなかったよ……」
最前線で常に攻撃にさらされるレオに、一撃でも攻撃を受ければ瀕死になりかねないクララ、と《アイティエルの加護》による恩恵をもっとも受けられる2人が失敗するとは思わなかった。
いまも成功した2人の背後には《アイティエルの加護》が出現している。ルナのものは緑色で、ラピスのものは白色だ。
それら2つの加護へと、クララが羨望の眼差しを向ける。
「いいなぁ。あたしも欲しかったなぁ……」
「材料さえ集めればまた挑戦できるんだし、そこまで気を落とす必要はないよ」
「確率が低いとはいえ、通常のオーバーエンチャントでも成功する可能性はあるし」
ルナとラピスがそう慰める。
2人の言うとおりでまだ強化は始まったばかりだ。
「エネルギーコアの製作には最低でも1ヶ月はかかるしな。ラピスの言うとおり併行して通常のオーバーエンチャントも挑戦もしていこう」
成功確率があまりに低いこともあり、これまではなにかのついでに軽くオーバーエンチャントに挑戦することが多かった。しかし、これからは本格的に成功目指して資金を投じていくことになる。きっと成功するはずだ。
装備の強化は塔を昇るのとはまた違った難しさがある。成長しているのかが目に見えてわかりにくい。ただ、アイリスという強敵を倒すという明確な目標があるからか、不思議ともどかしさは感じなかった。
……待ってろよ、アイリス。次は絶対に勝つからな。
そう胸中で宣言しながら、アッシュは《アイティエルの加護》を得た相棒の柄を握った。





