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五つの塔の頂へ  作者: 夜々里 春
【朽ちた遺物】第一章
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◆第三話『取引相手』

「雑貨、雑貨っと……」


 翌朝。

 アッシュは仲間とともに委託販売所を訪れていた。


 営業開始と同時に入ったこともあり、ほかに挑戦者はいない。おかげで混み混みな普段が嘘のような快適さだった。


 ふと、装飾品の掲示板が目に入った。


 ゴブリン特効効果を持つ《ゴブリンリング》は55万ジュリー。


 スケルトン特効の《スケルトンリング》は98万ジュリー。


 暗闇でもはっきりと見える《悪魔の目玉》は500万ジュリー。


 などなど、いつ見ても装飾品群の値段には圧倒されてしまう。

 ただ、驚くのはまだ早い。


 ブレスの被害軽減効果を持つ、8等級の《ドラゴンネックレス》に至っては1000万ジュリーととんでもない値段で売られている。


 レオ曰く、装飾品は非常に落ちにくいうえに強力な効果を得られるので、どうしても高くなってしまうそうだ。ただ、たとえそうだとしても価格がぶっ飛びすぎているような気がしなくもないが。


 いずれにせよ、万年金欠の身には縁遠い掲示板だ。

 さっさと目的の物を探そう、と視線を外したとき。


「ア、アッシュくん……」


 口をあんぐりと開けたクララが目に入った。

 その隣では、ルナが腰に手を当ててため息をついている。


 二人していったいどうしたのか。

 彼女たちの目の前に掲示された品を確認する。と、幾つかの雑貨の中、《聖石の粉》と書かれた札を見つけた。


「……冗談だろ」


 1億ジュリー。


 桁が違いすぎる。まさか装飾品の中でもっとも高かった《ドラゴンネックレス》をさらに超えてくるとは思いもしなかった。


 レオがやけに渋い顔をしていたのはこれが理由だったわけだ。


「なあ、ルナ。こんな金、貯まると思うか?」

「どうだろ。古参の人ならもしかしたら……でも、やっぱりありえないと思う」

「だよな」


 ジュラル島や塔のことについて、いまだ知らないことが多い。もしかしたらという思いはあるが、それでも他の品の値段設定を見れば現実的でないのはたしかだろう。


「これ、明らかに売る気ないな」

「どういうこと?」


 と、クララが首を傾げる。


「見せびらかしてるか、あるいは……」


 アッシュは札を手に取った。


「え、それどうする気? 買えないよ?」

「ちょっと試してみたいことがある」


 そう言い残して、受付へと向かった。

 にこにこと笑みを絶やさないミルマへと差し出す。


「なあ、これの出品者と交渉がしたい。頼めるか?」

「トラブルを避けるため、それはできないことになっています。どうかご理解ください」


 予想どおりの言葉が返ってきた。

 問題はここからだ。


「相手もそれを望んでたら話はべつなんじゃないか?」


 返答はない。

 アッシュはガマルの腹をプッシュ。

 100ジュリーを取り出し、目の前に置いた。


「伝言を頼みたい」

「受付にはほかに2人のミルマがいます」


 気づけば、両側のミルマから視線を向けられていた。

 どうやら彼女たちにも渡せということらしい。


「ボクも出すよ」

「あ、あたしもっ」


 ルナに続いてクララもジュリーを出してくれた。

 それを見て、目の前のミルマが口を開く。


「伝言の内容はいかがいたしましょうか?」

「《聖石の粉》の値段について交渉がしたい。もし受けてくれるなら時間と場所を指定するよう伝えてくれ」


 相手に時間と場所を指定させるのは警戒させないためだ。

 まずは交渉の席についてもらわなければ話は進まない。


「承りました。では明日、同じ時間にまたお越しください」


 痛い出費だったが、ミルマの協力は得られた。

 あとは返答を待つのみだ。



     ◆◆◆◆◆


 飛沫が散り、揺れる水面。

 紛れて映る水盤は煌き、いつまでも見ていられるほど美しかった。


 翌日の正午。

 アッシュは中央広場の噴水に腰掛けていた。

 そばにはクララもルナもいるが、なにも揃って涼みにきたわけではない。


 今朝、委託販売所に行ったところ出品者から交渉に応じるとの連絡が入っていたのだ。そして指定された交渉の場がここだった。


 同じく噴水の縁に座ったクララが、ぶらぶらと足を揺らす。


「相手の人、誰なんだろーね」

「8等級ってなると限られてくるだろうしな」

「もしかしたら3大ギルドのマスターかもね」


 ルナが水面を手で撫でながら笑いごとのように言った。


 その場合、《アルビオン》のマスター、ニゲルだけは勘弁してもらいたいものだ。交渉以前に難癖をつけて突っかかってきそうな気がしてならない。


「……アッシュ・ブレイブ」


 ふと聞こえた声のほうを見る。

 と、近くにラピスが立っていた。

 狩りにいくところなのか、その手には槍が握られている。


「こんなところで遊んでる暇があるなら、さっさと塔を昇ってきたら? まだほとんど20以下なんでしょ」

「会うなり散々な言いようだな」


 いまや彼女の憎まれ口も慣れたものだ。

 とくに気にすることなく応じる。


「ちょっと用事があってな。そういうラピスはこれから塔に行くところか?」

「そのつもり。だけど、その前に少し予定があるから」

「じゃあ、引きとめるのも悪いし、また今度だな」

「ええ」


 と頷くやいなや、ラピスは噴水の縁に座った。


「おい、行かないのか?」

「わたしの用事もここなの」


 まさか同じ場所で待ち合わせをするとは。

 偶然もあるものだ。


「ねえ、もしかして彼女が交渉相手なんじゃ?」


 ルナが潜めた声で言ってきた。


 よく喋る相手とあって、完全にその〝候補〟から外れていた。たしかにラピスは8等級の階層に到達している挑戦者だ。目的の品、《聖石の粉》を入手する可能性がある。


 ただ、どうやって聞き出すか。

 直球で聞いてみるのもありだが……。


 そう考えを巡らせはじめたとき、クララがぼそりとこぼした。


「聖石」


 ぴくり。

 ラピスの体がかすかに揺れた。

 さらにクララが一言。


「粉」


 ぎゅっ。

 ラピスの槍を握る手が強まる。


「交渉」


 最後にはギロリと鋭い目で睨んできた。

 ひぃっ、と悲鳴をあげたクララから視線をそらしたラピスが訊いてくる。


「……もしかして、あなたたちが《聖石の粉》の交渉相手?」


 どうやら間違いないようだ。


「合図でも決めとくべきだったな」

「まったくそのとおりね。おかげで無駄な時間を過ごしたわ」


 ラピスは槍を握る手を緩めると、盛大にため息をついた。


「さっさと交渉を始めましょう」

「ああ。ただ、その前にひとつ言わせてくれ。あの価格はないだろ、あの価格は。1億って、どんだけだよ」

「価格はあってないようなものだし、いずれにせよ交渉は必須でしょ」


 やはり彼女も交渉ありきで提示していたようだ。


「それより、《聖石の粉》を欲しがるってことはアレを手に入れたんでしょ?」

「ああ」


 ラピスになら見せても問題ないだろう。

 アッシュはポーチから灰色の交換石――レリックを取り出した。


「……まさか本当にあったなんてね」


 さすがのラピスでもレリックは珍しいようだ。

 まじまじと見ながら、静かに感嘆の声を漏らしていた。


「で、どうだ。どこまで負けられる?」

「1000万。これ以上は無理」


 相手が吹っかけてきた値段から大きく下げたのちに譲歩していく……なんてことを考えていたのだが、あまりに桁が違いすぎて計画がぶっとんだ。


「そんな金、持ってるわけないだろ」

「古参の人間なら出せる」

「残念ながらこっちは新人だ」

「3人いるでしょ」


 とラピスは厳しい目つきでクララとルナを見やる。


「残念ながらボクは長く2等級だったからね」

「あ、あたしは……ほら、最近まで本気出してなかったから」


 ルナは苦笑。

 クララは強がりつつ、目をそらすという謎の反応を見せていた。


「……ごめんなさい。わたしが悪かったわ」


 あまりのひどさゆえか、ラピスに謝られてしまった。

 ただ譲歩するつもりはないようで、彼女はなおも強かな目を向けてくる。


「でも、こっちも死ぬ思いをして取ったの」

「やっぱり、やばい相手だったのか?」

「ドラゴン種って言えば理解してもらえる?」


 クララ、ルナが揃って息を呑んでいた。

 アッシュも内心は穏やかではなかった。


 世界各地に存在する試練の塔。それらを攻略する際、数えきれないほどの魔物と戦ったが、中でも抜きん出た強さを持つ魔物がいた。それがドラゴンだ。


 あのときのドラゴンと同じかはわからないが、相当な強さを持っているのは間違いないはずだ。ラピスが〝死ぬ思い〟というのも理解できる。


 なにやらラピスが考え事でもするかのように手を顎に当てた。


「ねえ、赤は何階まで行ってるの?」

「ちょうど昨日20階を越したところだよ」


 クララが得意気に答える。

 と、ラピスがなにか決意したように頷いた。


「いいわ。いまのあなたたちでも入手可能な、あるものと交換にしてあげる」

「……あるもの?」

「《スコーピオンイヤリング》」


 聞いたことのないものだ。

 その名からも装飾品であることはわかるが……。


「たしか毒無効の効果を持つ装飾品だよね」


 そう確認したのはルナだ。

 ええ、とラピスが頷いて答える。


「その名が示す通り、赤の21から29階に出現するスコーピオンが落とすから。これを取ってきてくれればお望みどおり《聖石の粉》をあげる」


 金での支払いが難しい中、大きく譲歩してくれたことには感謝するが、疑問が残る。


「でも、ラピスならそれぐらい買える金はあるんじゃないのか?」

「なかなか売りに出ないの」


 昨日に続いて今朝も委託販売所を訪れたが、たしかに見かけなかった。


「だからと言って、いまさらスコーピオンなんか狩る気にもならないし、乱獲したところで出る可能性なんてすごく低いし」

「だから俺らにってことか」


 塔を昇るついでに狩れる魔物だ。

 こちらに損はない。


 ただ、ラピスほどの者が狩りでの獲得を諦める代物だ。果たして数百数千とスコーピオンを倒したところで落ちるのだろうか。


「可能性がないよりはマシなんじゃないかな?」

「だね。せめて3等級の階層にいる間ぐらいは頑張ってみようよ」


 ルナとクララの言うとおりだ。

 それに悩んだところで選択肢はほかにない。


「わかった。じゃあ、スコーピオンイヤリングでの交換を頼む」

「交渉成立ね」


 決まるなり、ラピスはすっくと立ち上がる。


「あ、でもあんまり長引くと安く売りさばくかもだから」

「えぇ、そんなぁっ」


 つい先ほどまで余裕をかましていたクララがその顔を一気に絶望の色に染めた。そんな彼女を歯牙にもかけず、ラピスは背を向ける。


「それじゃ、入手できたら教えて。……入手できたら、ね」


 そう言い残して、噴水前から彼女は去っていった。


 わざわざ二度も言ってくる辺り期待されていないのだろう。だが、それが逆にやる気を満たしてくれた。アッシュは立ち上がり、島の西にそびえる赤の塔を視界に入れる。


「よしっ、まだ時間はあるし、早速赤の塔に行くか!」



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書籍版『五つの塔の頂へ』は10月10日に発売です。
もちろん書き下ろしありで随所に補足説明も追加。自信を持ってお届けできる本となりました。
WEB版ともどもどうぞよろしくお願いします!
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