◆第五話『赤の塔99階』
10等級階層では馴染みのある空中通路に足をつけた。
相変わらず青空はどこにもなく、あるのは星が瞬くだけの黒い背景のみ。まるで夜空に包まれたかのような、そんな感覚に陥ってしまう。
右手に目を向ければ、これまでとおってきたひどく長い空中通路を見ることができた。遠目からでもわかるほど多くの魔物が跋扈している。9等級階層の天使に近い密集具合だ。あの中をとおってきたのだと思うと、なかなかに感慨深い。
「やっぱり何度使っても便利だね」
レオが振り返りながら言った。
背後には先ほどとおってきた黒い靄が虚空に浮いていた。
以前、バゾッドと呼ばれる〝ココロある〟オートマトンを助けたことで得られた《ワープリング》によって作りだしたものだった。《ワープリング》は入口と出口を設定することで、どんな場所でも行き来できる優れものだ。
今回はログハウスからここ赤の塔99階に《ワープ》してきたところだった。
「魔力なしでも使えるってのが最高だ」
言いながら、アッシュは自身の右腕を軽くかかげた。
そこにはめられた《ワープリング》にクララが惜しむような目を向けてくる。
「でも、魔力がないと使えないほうがよかったなぁ。そのほうがあたしの存在意義が高まりそうだしっ」
「逆によかったろ。それ以上、装飾品つけたら重くて潰れるんじゃないか」
「うっ、それはたしかに……」
初めはクララが《ワープリング》を装備していたが、魔力なしでも使えると判明してからはこちらが預かることになった。もちろん意地悪ではなく、いまもじゃらじゃらと大量に装飾品をつけたクララを思ってのことだ。
「改めて見ても、ここだけ異様な空気だね」
「ええ、本当に。きっと考えた人は頭がおかしいに違いないわ」
「ボクもそう思うよ。ま、実際は人じゃなくて神様だけど」
ルナとラピスが左手側の、通路の先を見ていた。
そこには段々に連なった3つの床が待っていた。
構造としては階段そのものだ。
ただ、どの床も横長でとてつもなく面が広い。
試練の間をそのまま引き伸ばしたぐらいだ。
また、それぞれ3つの床の両端に巨大なリングが浮いていた。リングは対峙したものと繋ぐように、定期的に火炎を横向きに吐きだしている。
火炎は相応に巨大で床にいる限り回避できる場所はない。それぞれの床ごとに火炎が出る間隔は違い、上の段に行くほど早くなっている。1段目はカウント20で、2段目はカウント15。3段目は10といった具合だ。
ただ、火炎を避けるだけなら突破はそう難しくはない。だが、当然ながら床には魔物が配置されている。
1段目には3体のフェニクス。
2段目には3体のイフリート。
3段目には全身を鎧で包んだ戦士姿の魔物が1体。背丈は人間のおよそ3倍程度。剣の先を床に突き立て、柄に両手を乗せた格好で堂々と立っている。
あれはスルト。
この難所で初めて現れた魔物だ。
「あの剣がまた飛んでくるところを思いだすと、ぞっとするね」
レオがスルトを見つめながらおどけたように言った。
スルトの剣は振り下ろされる際に巨大化する。規模的にはスルトの立つ3段目から1段目の床まで余裕で届くほどだ。さらに接触した床は燃え続けて足場にすることができなくなるという、厄介な効果も持っている。
力を溜めるために時間を要するのか、1撃1撃に間があるので多少の救いはある。だが、振り下ろされる場所を考えずに駆け回れば、あちこちが火の海となりまともに戦えなくなってしまう。ゆえに、上手く立ち回る必要があった。
クララが「え~っと」と思いだすようにして話しはじめる。
「1段目は右端に誘導で、2段目は左端に誘導だよね」
「ああ、2段目は移動もあってかなり面倒になるが、やる価値は充分にある」
初回は様子見で足を踏み入れ、スルトの攻撃を見て早々に撤退。対策を考えて挑んだ2回目――前回の挑戦は1段目を右端、2段目を中央に落とす、という方法をとったのだが、これが大惨事を招いてしまった。
ルナとクララが当時のことを思いだしたのか、痛々しい笑みを浮かべる。
「中央に落とすのだけはなんとしても避けたいね。前回、とんでもないことになったし」
「ねー。まさかあんな広範囲に広がるなんて思わなかった」
火の粉が大量に飛び散るだけでなく、その先で燃え続けたため、ひどく窮屈な舞台となってしまったのだ。そのため、前回は2段目であえなく撤退するはめになってしまった。
「2回も苦い思いをさせられたが、その分だけ前に進む材料は得られた。今日こそはあいつのところまで辿りつくぞ。そんでもって塔内を突破だ」
アッシュはスルトのさらに奥へと目を向けた。
高さの関係ですべてを視界に映すことはできないが、そこには虹の膜を張った転移門の頭がかすかに覗いていた。
アッシュは階段の正面に立ったのち、仲間たちの顔を見回す。
「準備はいいか?」
「ええ、いつでも」
ラピスが気合の入った表情で答えると、くるくると槍を器用に回し、石突で勢いよく床を叩いた。こつん、と鳴った音で身が引き締まったのか、ほかの仲間たちもラピスと同様の表情で頷く。
アッシュは抜いた剣を構え、隣に立つレオへと合図を送った。
「っし、レオ、頼む!」





