◆第ニ話『予想外の反応』
最初に選んだ案内先は委託販売所だ。
中に入るなり、シエラが「うわぁ」と感嘆の声をもらした。
初めは委託販売所に置かれた幾つもの掲示板や、そこに貼られた商品の多さに圧倒されたのかと思ったが、どうやら違うようだ。彼女の目は掲示板を確認する幾人もの挑戦者に向いている。
「こんなにもたくさんの方々が朝から訪れているのですね」
「塔を昇るために必要な装備の充実。それをするためには欠かせない場所だからな」
塔を昇る前だけでなく、塔を昇ったあともついでに委託販売所を訪れる挑戦者は少なくない。ゆえに委託販売所で挑戦者の姿を見るのは当然のことだった。
「ま、違った理由で張りついてる奴もいるが……とくにそこで誰よりも熱心に掲示板を見てる奴とか」
あえて少し声を大きめにして言ってみる。
と、掲示板に向かっていた小柄な挑戦者がくるりと振り返った。
彼女はキノッツ。《アルビオン》所属の挑戦者だ。
7等級に達していながら、彼女が装備をつけることはほとんどない。いまも動きやすい粗野な軽装姿だ。
キノッツがとことこと歩み寄ってくる。
「なんだか呼ばれた気がしたんだけど」
「ここの住民だって話してたところだ」
「ノンが言うのもなんだけど、間違ってはいないね」
キノッツは冗談を言うように笑うと、その視線をシエラに向けた。
「初めて見るミルマだね」
「見学に来たらしい」
そう説明するや、シエラが一歩前に出た。
合わせた両手を腹に当てながら、丁寧に頭を下げる。
「初めまして、シエラと申します。えっと……」
「キノッツだよ。アッシュから紹介してもらったとおりここの住人さ」
そうしてとぼけながらキノッツがシエラの頭のてっぺんを見つめたあと、ウンウンと満足気に頷いていた。シエラが困惑した様子で問いかける。
「あの、なにか?」
「なんでもないよ。ただ自分の尊厳を確認していただけだよ」
おそらく身長の高さで勝てる相手に出会えて喜んでいるのだろう。
「……満足してるとこ悪いが、あんまり変わらないからな」
「そんなことはないよ。ノンのほうが少しだけ高い」
にっと口の端を吊り上げるキノッツ。
「身長のことならキノッツさんの言うとおりですね。でも、わたしはまだ子どもですから、きっとまだまだ伸びると思います」
シエラの〝子ども〟という言葉が響いたのか。
キノッツが勝ち誇った様子から一転して絶望していた。
「……いいんだ。ノンが戦える舞台はここだけだから」
そのまま生気を失ったようにフラフラと掲示板の前に戻っていく。
塔を昇ることに限界を感じ、ジュリーを集めることに生きがいを感じていたキノッツだが、どうやら身長争いでも限界を感じてしまったようだ。
「な、なにか気に障るようなことを言ってしまったのでしょうか……?」
「まあ、人それぞれ特徴があるってことだ」
アッシュは首を傾げるシエラを連れ、委託販売所をあとにした。
その後は交換屋や鍛冶屋、雑貨屋など通りに面する店を順に見て回っていく。シエラはすべての体験を心から楽しむため、こちらまで楽しい気持ちにさせられた。
ただ、一緒に見て回っている際に2点だけ気になることがあった。
ひとつはシエラを見たときのミルマの反応だ。
ウルやシャオのように総じて顔をこわばらせるのだ。いつも飄々として掴みどころのない交換屋のオルジェでさえ、冷や汗をかいているようだった。
もうひとつは……。
いまもすれ違う挑戦者たちから向けられる視線と言葉だ。
「見て、アッシュよ。またべつのミルマを連れて歩いてるわ」
「しかもあんなに小さい子だぞ。どんだけ範囲広いんだよ、あいつ」
「あれが島で最強の挑戦者だってんだからな……ほんと世の中どうかしてるぜ」
女性関係でいろいろ言われることはある。
だが、ここまで当たりがきついのは久しぶりだ。
そんなこちらの心境を知ってか知らでか。
シエラが嬉しそうな笑みを浮かべていた。
「アッシュさんは、とても人気なんですね」
「この状況を見てどうやったらそんな考えに至るのかすごく興味があるな」
「こんなにも注目されているのですから、人気の証拠です。それになんだかんだと言いながら、ほかの方々の目は本気で蔑んでいるようには見えませんし」
挑戦者たちから向けられた言葉が本気でないことはもちろんわかっている。ほぼ冗談交じりだ。だからといって心地がいいわけでもないが……少なくとも本気で反論するほどのものではなかった。
ジュラル島に来てからというもの、いろいろなことがあって多くの挑戦者と良好な関係を築けていた。そうしたことがきっと良い方向に働いているのだろう。
「さてと、次はどこに行くか。昼も近いし、飯を食べるってのもありか。なにか食べたいものはあるか?」
「本日はアッシュさんにすべてをお任せするつもりです」
「それは責任重大だな」
楽しませてほしい、といった気持ちをシエラがあけすけに見せてきた。このあたりは子どもだからゆえの純粋さか。まるでいやな気持ちを感じなかった。
「あっ、でもわたし、ジュリーがなくて……」
「それぐらいべつに気にしなくていい。昼飯代が1人増えたぐらいじゃ堪えないぐらいこいつは太ってるからな」
アッシュは自身のガマルを掴んで見せつけた。
太っているといっても当初からやや肉がついている程度だ。
妖精王と妖精女王の戦利品購入の件で一時期は空に近かった中身だが、9等級の天使や10等級の魔物を大量に狩ったことで、約600万ジュリーまで回復していた。
シエラが細く白い指でつんつんとガマルの頬をつついた。ガマルが「グェ~」と甘い鳴き声を発しつつ、普段は見せないようなとろけた顔を見せる。
「本当にぷっくりですね。では、お言葉に甘えさせていただきます」
「了解だ。そんじゃ、知り合いが崇拝する食べ物を紹介するとするか」
そうして向かった先はスカトリーゴだ。
もはや勝手知ったる場所とあって迷うことなく適当な席についた。
昼間の《スカトリーゴ》は座っていれば店員の誰かが注文を聞きにきてくれる。誰か、といっても高確率で来るのはアイリスだが。ほかの店員に「あれの相手はわたしがする」と睨みを利かしているのではないか、と邪推したことは一度や二度ではない。
「もうお客さんが入りはじめているのですね」
対面に座ったシエラが周りを見回しながら言った。
正午には早い時間帯だが、すでに3つのテーブルが埋まっている。
「夜はもっと多いぜ。入れないときもあるぐらいだ」
「そんなにですか。少し見てみたいです」
「機会があればいつでも付き合うぜ」
「本当ですか!? 期待して待っていますっ」
シエラが弾けるような笑みを浮かべた、そのとき。
この店の看板娘――アイリスがテーブルのそばに立った。
これからいつものごとく嫌味が飛んでくるはずだ。
軽口でどういなそうか、と考えながら待ち構える。
が、一向に飛んでこない。
おかしいと思ってアイリスの顔を改めて窺ってみたところ――。
「い、いらっしゃいま……せ……」
ほかのミルマと同様。
いや、それ以上にこわばっていた。





