◆第十九話『合成許可証』
鍛冶屋でリリーナに合成許可証を提示すると、あからさまにいやな顔をされてしまった。しかも大きなため息のおまけつきだ。
「あぁ、もう。どうして倒しちゃうかなぁ……」
「なんでそこまでいやそうなんだ?」
「……あとでわかるよ」
リリーナが拗ね気味に答える。
よほど自身の口から話したくないようだ。
隣に並んだラピスが合成許可証を見ながら質問する。
「それで、これはどういうものなの?」
「10等級の防具交換石を2つ組み合わせることでべつの防具を造りだせるんだけど、それができるようになる許可証だよ」
「不要なものを使うって感じね」
「そういうこと。使う防具交換石は10等級ならなんでも構わないからね。種類も部位も組み合わせは適当で問題なし」
現状、10等級に達したチームがほかにいないため、余った防具交換石を売ることもできず処理に困っていたところだ。この仕組みはとても助かる。
「問題はその造りだせる防具の性能だな」
「どんな感じなの?」
そう訊いたのはルナだ。
彼女はまだ9等級の《ヴァルキリー》シリーズを着ている。そろそろ10等級に変えたいという思いもあって興味があるようだ。
「見た目や性能に関しては保障するよ」
「関してはってことは、なにかダメな点があるのかな」
「ダ、ダメな点ってことはないけど、いずれにせよきみが着る分にはなにも問題はないと思う……思いたい」
なんとも歯切れの悪い返しだ。
ただ、性能も見た目も悪くないなら心配することはない。
「《エンシェント0》の防具交換石、たしかかなり余ってたよな」
「うん。11個あるから余裕で全身4部位いけるよ」
クララがポーチを漁って余りの個数を教えてくれた。
途端、そばに立っていたレオが焦りはじめる。
「え、ちょっと待ってくれないかい! まさか《エンシェント0》を使うつもりじゃないよね!?」
「つもりもなにも、そのつもりだ」
「そんなっ! こんなに格好いい装備なのに! 性能だって最高だよ!?」
「何度も言ってるが、見た目が致命的なんだ。性能に関してはたまにいいと思うときはあるが、使える場面が限定的すぎる」
搭載された《ロケット噴射》や《ミサイル》といった機能は爆発力こそあるが、やはり限定的な場面でしか活躍できない。それなら己の身体能力を向上させるような効果を持つ装備のほうが、やれることが多くて実用的という判断だ。
ただ、もっともらしい理由を口にしたところで、すべては〝ださい〟の一言で終わるのが本音だった。
「いつか、みんなとお揃いで戦う日を夢見ていたのに……」
「えぇ、あれ着るのは絶対いやだよ」
「ボクもこればかりは本気で遠慮したいかな」
「わたしは死んでもいや」
女性陣から返ってくる完全拒否の声。
ついにレオが燃え尽きたように絶句して崩れ落ちた。
そんな彼をよそにルナが受付台の前に立つ。
「それじゃ、1セットお願いしてみようかな」
「了解。すぐに終わるから待っててくれるかい」
リリーナが《エンシェント0》の交換石を8個受け取り、受付台を離れた。作業場の隅から取りだしてきた片手で持てる程度の透明な容器に、彼女は《エンシェント0》の防具交換石から適当に取った2つを摘んで投入。さらに虹色の液体を少しだけ流し込んだ。
みるみるうちに防具交換石が溶け、虹色の液体が薄い赤色に変色した。さらに《エンシェント0》とはべつの丸い石を投入すると、そこに赤い液体が染み込んでいき――赤色の丸い石だけが残った。
同じことをそそくさと繰り返し、赤色の石を4つ生成するリリーナ。そこで作業に区切りがついたのか、また隅に向かうと、今度は先に丸くて透明な水晶がついた白い杖を持ってきた。交換屋でよく見る形状の杖だ。
「それってオルジェのと同じ杖か?」
「これから生成するための防具専用のだけど、基本的には同じかな。さ、これを持っていつものようにしてて。って、あぁここじゃだめだね」
はっとしたようにリリーナが言ったのち、生成した4つの赤い石をルナに持たせた。新たに防具を生成する際、いま身につけている防具を外す必要がある。交換屋では当然のごとく女性用にそういった個室が用意されているが、ここにはない。
人目につかない鍛冶場の奥で生成することになった。ただ、いつも交換屋でしていることだ。そう時間はかからずにルナが戻ってくる。
「お待たせ」
「うわぁ、すごい可愛いっ」
「本当ね……わたしもちょっと欲しいかも」
ルナの新装備お披露目に、クララとラピスが揃って感嘆の声をもらす。
どことなく初めて出会った頃のルナの衣装を彷彿とさせるような、白と緑を基調にした色合いだ。ただ、印象はまるで違った。
どこかドレスのようで、腰からはスカートを思わせる布地が垂れている。かすかなスリットからは彼女の白い太腿が覗き、色気をふんだんに感じられる構造となっていた。思わず視線が吸い寄せられそうになってしまう。
ルナから「どう?」と言いたげな目を向けられた。「ルナにぴったりだ」と返すと、彼女は満足気に微笑んでいた。
遅れて戻ってきたリリーナがセット効果の説明をはじめる。
「性能は敵への損傷大幅増加、魔法による損傷を大幅に軽減。移動速度微量増加。そして最大の特徴は属性攻撃の効果範囲、時間を微量増加だ。最高だろ?」
全体的に高性能だが、なにより注目すべきは最後の効果だ。
ルナが自身の腕につけた妖精王の戦利品を見ながら言う。
「《オベロンの腕輪》と同じ効果だね」
「もちろん重複して発動するよ」
「それは楽しみだね」
言いながら、身に纏った新たな防具を見下ろすルナの顔は楽しげだった。効果だけでなく、見た目も気に入ったようでなによりだ。
「《ヴァルキリー》の敵からの憎悪を受けにくくなるって効果が消えたのは痛いが、より攻撃に特化した効果がついた感じだな」
「うん。立ち回り次第でこれまで以上に活躍できるかも」
いまのルナからは早く魔物を狩りたいといった気持ちが滲みでていた。ただ、なにか大事なことを思いだしたかのように「あっ」と声をあげる。
「そう言えば肝心なことを聞き忘れてた。これはなんていうシリーズなのかな?」
質問を受けたリリーナがなにやら渋い顔をした。
何度か口を開いたり閉じたりしたのち、ぼそぼそと呟きはじめる。
「……ナ、シリーズ」
「え~と、ごめん。もう一度お願いできるかな」
「《リリーナ》シリーズッ! わ、笑いたければ笑えよっ」
その言葉はやけくそ気味に放たれた。
なぜ合成許可証を持ってきたことでいやな顔をしていたのか。すべてはこの《リリーナ》シリーズが公になるからだったというわけだ。
アッシュは仲間ときょとんとしながら顔を見合わせたのち、思ったことを口にする。
「自分の名前をつけられるって最高の名誉だと思うけどな」
「でも、その名前が……っ」
可愛すぎるんだよ、と小さな声で続けるリリーナ。
彼女は自分の名前を似合っていないと考えている。心境的には、晒し者にされているといった感覚になるのだろうか。
そんな彼女に追い討ちでもかけるようにレオが得意気に話しはじめる。
「きっと商品として売りだされたらこんな謳い文句がつくかな。〝鍛冶屋リリーナがすべてを賭けて造り上げた至高の一品〟ってね」
「やーめーろー! 想像しただけで穴に入りたくなるだろぉっ」
リリーナが顔を真っ赤にしながら小さなハンマーを投げつけた。ごんっと鈍い音を鳴らして頭に命中し、レオが笑顔のまま崩れ落ちる。せっかく失意から復活したのに残念だ。
何事もなかったかのようにルナが受付台の前に立ち、自身の新たな防具をリリーナに見せつける。
「でも、本当にこれすごくいいよ」
「ま、まあ出来に関してだけは胸を張れるからね」
「名前も、見た目とぴったりだしね」
いっさい悪意のないルナの言葉に、リリーナも怒るに怒れないようだ。首まで赤らめながら複雑な顔で震えていた。ただ、最終的には観念したようで「はぁ~」と大きなため息をついて脱力していた。
「ま、いつかはバレてたかもしれないし、それがきみたちでよかったのかも」
彼女は受付台の椅子に座ると、そのまま頬杖をついて気だるげに見上げてきた。
「にしてもまさか本当にここまで来る人間が現れるとはね。もう96階だろ? きみたちならきっと100階までは辿りつけるだろうね」
「まではって含みがあるな」
「だって100階はゼロ・マキーナとは比べものにならない難度だからね」
リリーナが当然のごとく言い放った。
突破できるとはまるで思っていない様子だ。
バゾットを始めとした〝ココロある〟オートマトンたちの協力を得てようやく倒せたゼロ・マキーナ。そんな強敵とは比べものにならない難度とは、いったいどれほどのものか。
楽しみな気持ちが湧いてくるが、相反してクララはすっかり怯えてしまっていた。
「そ、そんなに強いの……?」
「そりゃあ、神アイティエルの前に立ちはだかる最後の壁だからね。中でも白の塔は――っと、ここからは辿りついてのお楽しみだね」
リリーナがわざとらしい笑みを向けてくる。
続きは気になるが、止めてくれて助かった。
せっかくここまで昇ってきたのだ。
言葉だけで先を知るのは避けたい。
「そうさせてもらうぜ」
言って、アッシュは勝ち気な笑みを返した。
「ま、きみたちのことは応援してるよ」
「そんじゃ、とりあえずその応援が驚きに変わるように頑張るとするか」
「ははっ、楽しみにしてるよ」
リリーナの快活な笑いを最後に、アッシュは気を失ったままのレオを引きずりながら仲間とともに鍛冶屋をあとにした。
鍛冶屋を出た先で足を止め、顔を上げる。
と、ちょうど視界に青の塔が映り込んだ。
果たして、神が創りだした塔の頂にはなにが待ち受けているのか。もう少しで手の届くところまで達したからか、初めて島に来た頃よりも頂に向ける意識が強まっている。
「あと少しだね」
隣に並んだクララが顔を覗き込んできた。
彼女の顔には先ほどまで見せていた怯えはなく、どこか楽しげだ。なんだかんだ言いながら彼女も強敵を相手に戦ってきた挑戦者だ。100階を前に高揚する気持ちはあるのだろう。
アッシュはクララに向かって頷いたのち、ルナとラピスとも顔を見合わせた。最後にレオの硬質な鎧の首元をぐっと握りながら、塔の頂を見据える。
「ああ、楽しみだ……!」
これにて【機巧戦線】は終了。
次回から【頂の守護者】に移行します。
 





