◆第十五話『ゼロ・マキーナ戦②』
促されるがまま、全員がヒュージの裏に飛び込んだ。
直後、ヒュージの腹がぱかっと片側にずれる形で開いた。
いったいなにをするつもりなのかと思った瞬間、そこから無数の細かい氷片を笠状に勢いよく放射。迫りくる《アルカヘスト》に付着させ、瞬く間に凝固させた。
ただ、凝固させたのは手前の《アルカヘスト》だけだ。凝固したものを乗り越える格好でさらなる死の溶解液が迫ってくる。ヒュージはその場で体を左右に振り、万遍なく氷片を振りまきはじめる。
まだまだ《アルカヘスト》の勢いは止まりそうにないが、完全にせき止めている。アッシュは眼前の光景を目にしながら、考えを口にする。
「もしかして氷に弱いのか?」
「だったらあたし、《ダイヤモンドダスト》持ってくればよかったよっ」
「ムリダ。ソンナモノデハ、アレハ、トメラレナイ」
ヒュージが氷片を放射しながら、続けて説明する。
「モトモト、ボクハ、《アルカヘスト》ガ、ボウハツシタトキニ、トメラレルヨウニ、ツクラレタモノ、ナンダ」
「つまりあれを止められるのはヒュージの氷だけってことだね」
そうルナがまとめると、「コウテイダ」とヒュージが発した。
いまも《アルカヘスト》はヒュージによって次々に固められている。目の前には《アルカヘスト》だったものが溜まり、壁ができあがりはじめていた。すでに高さはこちらの背丈を超えている。
「ワタシハ、ホンライノ、チカラヲ、ツカウタメニ、パワーヲ、ウバッテクル」
いきなりバゾッドがそんなことを言いはじめた。
「エネルギーコアじゃだめなのか?」
「アレハ、カラダヲ、ウゴカスタメノ、モノダ。ホンライノ、チカラヲ、ハッキスルニハ、エネルギーガ、マダマダ、タリナイ」
「その本来の力ってのがどんなものかわからないが、必要なことなんだな」
「カナラズ、ミンナノ、チカラニナル」
声こそ淡々としているが、そこにはたしかな決意のようなものを感じた。彼もまたともに戦う仲間のために、なにかをしようとしているのだ。
「だったら頼むぜ、バゾッド」
「ナントカ、フンバッテクレ」
そう言い残したのち、バゾッドが背を向けて走りだす。その先の壁に辿りつくと、引き剥がした壁の穴に手を突っ込んだ。バチバチと炸裂音を鳴らしながら小刻みに震えはじめる。……見るからに痛々しいが、大丈夫だろうか。
と、なにやらヒュージが慌てたような声を発する。
「モウソロソロデ、《アルカヘスト》ノ、イキオイガ、トマル」
すでに凝固した《アルカヘスト》は見上げるほどの高さに達していた。その頂では、勢いの弱まった溶解液の姿が窺える。
「一気に距離を詰めたいな。レオ、いけるか?」
「任せておくれ。僕がみんなをまた敵の懐まで連れていくよ」
レオがいつでも動きだせるように軽めに腰を落とした、瞬間――。
辺りに影が差した。
見上げれば、敵の巨大な左手が迫ってきていた。固まった《アルカヘスト》のせいで敵の挙動が掴みにくかったせいで、いまのいままで気づけなかったのだ。
「後ろに走れっ!」
全員が後ろに向かって走り、頭から飛び込んだ。
体が床についたのとほぼ同時に、巨大な建物が倒壊したかのような凄まじい轟音が鳴り響いた。背後で敵の手が叩きつけられたのだ。地面が上下に激しく揺れ、視界もぐわんぐわんと揺れる。
アッシュはすぐさま振り返る。先の衝撃で凝固した《アルカヘスト》が破壊され、床を離れて飛び散っていた。それらは空中で色をなくし、消滅していく。見晴らしがよくなったのは最高だが、最悪なものが映り込んだ。
敵の両目が光を増していた。
また光線を放ってくるつもりだ。
アッシュはとっさに近場のクララとバゾッドの腕を掴み、右方へと身を投げる。そのまま雑に2人を放ったからか、ガシャンと騒がしい金属音と「へぶっ」と間抜けな声が聞こえてくる。
最中、一瞬だけ視界が紫に煌めいた。
じゅっと肉が焼け焦げたかのような音が背後で聞こえてくる。振り返れば、光線がすぐ近くを通過したようで床が黒く焦げていた。
「あ、ありがと」
「タスカッタ」
「礼を言うよりも先に走れ!」
すでに敵の右手による払い攻撃が迫ってきていた。3人揃って前へとひた走り、また飛び込む。一撃一撃が命を奪われる攻撃なこともあり、回避も全力だ。ただ休む間もなく光線が放たれた。それを躱せば、また巨大な手が襲いくる。
こちらが狙われている間にほかの仲間たちが敵に攻撃できる。悪くない状況だが、なにか違和感を覚えた。なぜこんなにも狙われるのか。
どれだけ攻撃を加えたかによって標的が決まるのであれば、いまも攻撃しつづけているラピスやルナに向くはずだ。
「ヒュージを狙ってきてるのかっ」
「きっと《アルカヘスト》を使っても止められないようにだと思うっ!」
ルナも同じ見解に至ったようだ。
矢を射つづけながら、そう叫んでいた。
たしかにヒュージがいなくなれば、敵は《アルカヘスト》を放射するだけで勝利できるのだ。狙わない手はない。
とはいえ、ヒュージを守ろうにも敵の攻撃の威力が高すぎるため、防ぐことはできない状況だ。すべて回避してもらうしかないが、彼だけでは少々危なっかしい。
「クララ! 一旦、《テレポート》で離脱しろ!」
「でもこの子はっ!?」
「ヒュージは俺に任せろ!」
「わ、わかった!」
クララが指示どおりに《テレポート》で離脱する。直後、またもこちら――というよりヒュージ寄りに敵の目から光線が飛んできた。やはり敵の狙いはヒュージで確定のようだ。アッシュはヒュージを引っ張ってまたも敵の猛攻を躱しはじめる。
「また柱……!」
ラピスの苦々しい声が聞こえてきた。
見れば、敵の周辺にまたも極細の光線を放つ柱が生えていた。おかげでラピスとレオは敵の胴体への攻撃を中断し、柱の処理に追われている。クララとルナだけは敵の頭部に継続的な攻撃を加えられているが――。
「ゆ、指が伸びたっ!?」
驚愕の声をあげたクララの視線の先――敵が引き戻した手の指が、第一関節から伸びていた。蛇のようにうねりながら宙空を走り、その尖った切っ先で後衛組を襲いはじめる。あまりに鋭いため、2人とも回避で精一杯といった様子だ。
ただ、ヒュージを狙うために片手を繰りだし、空いたもう一方の手で指を伸ばして後衛組を攻撃。それを交互に繰り返しているため、ヒュージへの攻撃が緩くなったわけではなかった。
敵の猛攻により味方がほとんど攻撃できない状況が続く。ラピスとレオ組による攻撃で柱が壊されれば状況は変わるかもしれないが、少しずつといった様子だ。すぐには変わらない。
とはいえ、こちらもヒュージの護衛もあってなかなか敵の懐に飛び込む暇がない。ただ、できることはある。
アッシュはヒュージを引っ張って敵の左手による叩きつけを回避したのち、なるべく勢いに逆らわずに体勢を戻した。幾度も回避したことで動きを最適化。余裕を生みだすことができた。
地面が揺れる中、いまだ床に貼りついたままの敵の手に接近。人間の腰よりも数段太いその親指へと剣を振り下ろす。胴体同様、それほど硬くはない。わずかな抵抗で表面を深めに斬り裂くことができた。
敵が手を持ち上げはじめるが、逃がすまいとさらに追撃。最後に振り下ろしからの切り替えしで親指を斬り飛ばした。敵がわずかな呻き声をもらし、体をひるませる。
「まずは1本ッ!」
敵が苛立ったようにもう片方の手――右手をヒュージに振り下ろさんとしていた。アッシュはまたもヒュージの腕を掴んでともに回避。すぐさまひとり敵に接近し、連撃を加えて今度は人差し指を飛ばした。
「2本目ッ!」
無駄なところを省いたことで2本目は先ほどよりも時間的な余裕があった。敵が今度は左手を薙ぐようにして繰りだしてきた。
「悪いっ」
アッシュはヒュージを部屋の中央側に押し飛ばす形で回避させつつ、反転。溜まっていた《ソードオブブレイブ》を発動。すれ違いざまに敵の左手付け根を深く斬り裂いた。
敵が怯んだことや、指の本数が少なくなったことで後衛組もわずかな隙を見つけて攻撃に転じられていた。ラピスとレオも正面の柱を処理し終え、胴体に攻撃を再開している。確実に状況は好転している。だが、手を緩めるつもりはない。
――このまますべての指を斬り落とす。
敵の手を見据えながら、そう意気込んだ瞬間のことだった。
敵が紫に光っていた瞳の色を赤に変え、開戦と同時に放った咆哮よりもさらに大きな声を発しはじめた。
「ミンナ、キヲツケテ。ゼロ・マキーナガ、オコッタ!」
ヒュージの警告を聞くまでもない。
それほどまでにゼロ・マキーナの変貌は異常だった。両手を突っ張るように床に押し当て、上半身を持ち上げていく。当然ながら現れた下半身は上半身に見合った大きさを持っていた。
まずは左足を床に立て、続いて右足を立てる。
すべてがさらされたゼロ・マキーナの姿を前に、アッシュは思わず乾いた笑みを浮かべてしまう。
「はは、やっぱり下半身もあるのかよ……!」





