◆第一話『謎の交換石』
「こいつ、タフにもほどがあるだろっ」
赤の塔の20階
対峙する主――ミノタウロスを前に、アッシュは苛立ちを混ぜて叫んだ。
ミノタウロスは牛の頭をした人型の魔物だ。
人より一回りも二回りも大きく、さらに過剰なほど隆起した筋肉を持っている。
試練の塔でも何度か戦ったことはある。
ただ、眼前の個体は完全に別物だった。
と言うのも、異常といえるほど肉が硬いのだ。
両手に1本ずつ持たれた戦斧から繰り出される豪快な攻撃。それらを避けながらいまもスティレット、ソードブレイカーで何度も斬り続けているのだが、弾かれてばかりだった。上手くめり込んだと思っても、すぐに押し戻され、浅い傷で終わってしまう。
「アッシュ、離れて! そろそろ突進が来るよ!」
後方からルナの声が飛んできた。
アッシュは言われるがまま後退する。
ミノタウロスが両腕を胸前で交差させるや、雄々しく咆えながら走り出した。歩くたびに重々しい音が響き、地面が揺れる。
その巨体に似つかわしくない、とてつもない速度で迫ってくる。だが、この突進攻撃は開始早々にも繰り出してきたので見るのは二度目。アッシュは動揺することなく、横へ身を投げて回避した。
ミノタウロスは前方に攻撃対象がいなくなっても真っ直ぐに走り続け、壁に衝突。くるりと身を翻すと、次の標的――ルナへと向かって駆け出した。
このミノタウロスは壁に衝突するたび、もっとも近い挑戦者に向かって突進するようだった。そのため、クララには遠くで待機してもらっている。
幾度かの衝突を経たあと、ルナがミノタウロスの突進を回避しながら弓を射た。その矢は弾かれることなく、敵の広い背中に突き刺さる。
ミノタウロスに変化はない。
だが、これまでルナがいくら射ようとも刺さらなかった矢が刺さった。
そこに攻略の糸口があるような気がしたとき――。
ミノタウロスが突進を止め、腕の交差を解いた。
咆哮をあげたのち、両手の戦斧を荒々しく床に叩きつける。ガンッと音とたてて激突した床に、斬撃の延長線を辿るよう亀裂が走ると、そこから炎が噴出した。
このミノタウロスが持つ特徴的な攻撃だ。突進時以外に離れていると、この攻撃を大暴れでもするように乱発してくる。炎の噴出はすぐに収まるものの、当たればタダでは済まない。
アッシュは急いで肉迫し、敵の大暴れを止めた。
またも2本の戦斧を避けながらの恐怖の近接戦が始まる。
「たぶん突進中は敵の体が柔らかくなってる! そこを狙えばいけるかもしれない!」
どうやらルナも同じ見解に至ったようだ。
ただ、あの速度で走られては致命傷を与えるのはかなり難しい。どうにか動きを止められないだろうか。そう考えを巡らせたとき、ちょうど良い攻撃があるのを思い出した。
「クララ、またあれで狙えるかッ!?」
「あれってフロストレイのことーっ!?」
入口付近で待機中のクララから質問が返ってくる。
フロストレイ。
見学がてらに挑んだ青の塔21階で運良く入手した魔法だ。
氷属性の光線を放ち、敵を貫くことができる。光線の太さが腕ほどしかないので当てるのは難しいようだが、その分威力は高かった。赤の塔11階から19階に出現する魔物の多くを一撃で仕留められるほどだ。
開始早々に撃ったときは通じなかったが、そのときは突進中ではなかった。試してみる価値は充分にある。
「そうだ! 次の突進が始まったらあいつの足を狙ってくれ! あとは俺とルナで仕留めるッ!」
「わ、わかった! やってみるっ!」
クララの返答から間もなく。
ルナが「アッシュ、来るよ!」と注意を促してくれた。時間でも計っていたのか、ほぼぴったりのタイミングでミノタウロスが両腕を交差させた。
敵の正面から急いで離れ、突進を回避する。と、ミノタウロスはこれまで同様に真っ直ぐに走り続け、壁に激突した。そして、また突進をはじめる。
「いまだ!」
合図を出した、直後。
視界の右端から青白い光線――フロストレイが凄まじい速度で飛び込んでくると、ミノタウロスの左太腿を貫いた。ミノタウロスが前のめりにずしんと音をたてて倒れる。
「当たった!」
「よくやった!」
アッシュは即座にミノタウロスとの距離を縮める。が、接近する前に敵は無理矢理にでも立ち上がろうとしていた。なんという生命力か。このままでは肉迫する前に起き上がられてしまう。
そう思ったのも束の間、敵の鼻先にルナの矢が命中した。さらに両肩に1本ずつ、ドスッ、ドスッと突き刺さる。ミノタウロスがたまらず床に這いつくばる。
「アッシュ!」
ルナの声に後押しされてアッシュは跳躍。ミノタウロスの広い背中に着地し、勢いのままスティレットを首裏に刺し込んだ。
骨にまで響くような低い呻き声があがる。やがてその声が途絶えたとき、試練の間からミノタウロスの姿は消え失せた。大量の宝石がカラカラと音をたてて床に落ちていく。
アッシュは身を起こし、短剣をベルト裏の剣帯に収めた。やはり階層の主とあって雑魚とは強さが別格だ。ふぅと息をつく。
「フロストクイーンも厄介だったが、こいつも相当だったな」
「だね。火力がなかったらいつまでも付き合うハメになってたかも」
近寄ってきたルナとハイタッチを交わす。
今回の殊勲賞とも言うべきクララにも声をかけようと思ったが、なにやら彼女はひとりしゃがみ込んで戦利品を眺めていた。
「ねえねえ、二人とも」
ガマルが食べ残した幾つかの宝石。
そのうちのひとつを手に取って、クララが見せてくる。
「見たことない色の交換石が落ちてるんだけど」
それは五つの塔の、どの色でもない。
灰色の交換石だった。