◆第十四話『ゼロ・マキーナ戦①』
この空間もまたほかの区画と同様に無機質な雰囲気だ。ただ、観光地に来たように隅々まで観察することなく、全員の視線はただひとつに注がれていた。
「バゾッドたちを造ったって聞いてたから人間だと思ってたけど……」
「まさかこんな姿をしてるとは思わなかったわ」
動く床から降り立つなり、ルナとラピスが圧倒されているようだった。そばではクララがこれから戦うことになる相手を見上げながら、恐怖に顔を歪めている。
「それより大きさがすごいんだけど……」
「だね。受け止めきれるかな」
レオでさえもわずかにこわばっているようだった。
これまででもっとも大きなうえ、魔物とはかけ離れた外見だ。気持ちはわからなくもない。だが、恐れに支配されていては本来の力を発揮できなくなる。
「いつ仕掛けてくるかわからないからな。引き締めていけよ」
敵を警戒しながら仲間たちに声をかけた、そのとき。
ついにゼロ・マキーナが動きを見せた。
刃物を思わせる両手の指を床に立て、俯けていた顔を上げた。深いくぼみに埋め込まれた、あやしげに光る紫の瞳をこちらに向けてくる。
「デキソコナイガ、ナニヲ、シニキタ」
バゾッドたちのような〝ココロある〟オートマトンと同じく言葉を話せるようだ。ただ、彼らよりもどこか淡々として冷たい感じがする。
「ジユウノタメ、オマエヲ、タオシニキタ」
「ボクモ、バゾッドト、オナジダ。オマエヲ、タオスタメニ、キタ」
バゾッドに続いて意思を示すヒュージ。
ゼロ・マキーナに〝ココロ〟があるのかはわからないが……自らの手で造ったオートマトンから宣戦布告されるのはいったいどんな気持ちなのか。答えとなる言葉は一拍の間を置いて放たれた。
「ヤハリ、オマエタチハ、デキソコナイダ。ソンザイスル、カチハナイ」
それが開戦の合図となった。
大きく開けられたゼロ・マキーナの口から、頭の中を直接かき回してくるような不快な音が発せられた。アッシュは仲間とともに思わず顔を歪めてしまう。できれば両耳を塞ぎたいところだが、そんな余裕はなかった。
敵が床の上をすべらせるように右手を払ってきた。その手だけでも以前に戦ったクリスタルドラゴン級の大きさだ。レオでも受け止めるのはまず厳しいだろう。
選ぶなら回避しかない。
だが、手の先は壁にも達しているためにできない。
となれば道はひとつ――。
「前に走れッ!」
アッシュは声を張り上げ、仲間たちと走りだした。
いまも視界の左端からは敵の右手が迫ってくるのが見える。まともに当たればまず命はないだろう。そう思えるほどの猛烈な勢いだ。
アッシュはラピスとともに一足先に安全圏まで到達。続いてバゾッドとヒュージ。その次にルナとクララが飛び込むようにして達する。
「レオッ!」
懸命に走っていたが、重鎧のせいで遅れていた。《ロケット噴射》で回避しようにも発動までの時間で間に合わない。
レオが覚悟を決め、流れるように盾を構えた。
手の付け根近くが盾に激突する。かすかな衝突音が響いたが、ほんのわずかだ。それよりも敵の手が床を削る音のほうが大きかった。
そのまま勢いを止められずに押しやられていく。途中までは地に足をつけながら受け止めていたが、最後に増した勢いに大きく弾かれてしまった。生きてはいるようだが、その場で膝をついてしまっている。
「レオさんっ!」
「あとにしろ!」
レオに《ヒール》をかけようとしたクララを、アッシュは思い切り引っ張りながら左方へ飛び込んだ。敵の左手が頭上から迫っていたのだ。
背後からとてつもない轟音が響き、床とともに体が大きく上下に揺れる。
アッシュは即座に立ち上がり、剣を構えた。ほかの仲間も無事に回避できたことを確認しつつ、敵の左手に接近。突きを繰りだし、剣を深く刺し込んだ。
硬度はそれほどではないようだ。ただ、図体が図体だ。この程度の攻撃では虫に刺された程度だろう。ならばと連撃を加える。今回つけてきたのは白の属性石。斬りつけるたびに白い光が軌跡を描いては消えていく。
どうやらほかの仲間たちも無事に回避できたようだ。反対側ではラピスも敵の左手に猛攻撃をしかけていた。ルナは敵の頭部に向かって爆発矢を射ている。ほんのわずかな間の攻撃だったが、敵がひるんだ。左手を引き、上半身をわずかに仰け反らせる。
この隙を逃さない手はない。
そうしてアッシュはラピスとともにすぐさま接近しようと走りだした瞬間、バゾッドがビービーと不快音を鳴らしはじめた。
「トマレ! トマレ!」
半ば反射的に急停止する。と、敵が2つの瞳から紫色の光線を放ってきた。目の前の床を薙ぐように光線が通過していく。激しい音こそ鳴っていないが、あとは黒く焼け焦げている。
発動までの時間があまりに短かった。
バゾットの警告がなければまともに当たっていたところだ。
と、敵の周りを囲むように大の大人程度の高さと太さを持った柱がいくつもせり上がってきた。先端付近で帯状にかすかに盛り上がった箇所が横にずれ、中からゼロ・マキーナと同様の色をした紫の宝石が現れる。
宝石はまるで人間の目のように動き、こちらを捉えてくると、細い光線を放ってきた。アッシュはとっさに身を投げて回避する。ただすぐに次なる光線が撃たれ、落ちつく暇がない。
「これじゃ近づけないっ!」
ラピスにも多くの光線が放たれていた。
前衛組で排除に当たるのは難しい状況だ。
「ルナ、頼むッ!」
すでに矢を射ていたようだ。
ルナの矢が脇を翔け抜け、柱の1本に命中し、轟音を鳴らして爆発する。だが、煙が晴れたとき、映ったのは無傷の柱だった。柱を覆うように球形状の障壁が張られていたのだ。
「――ッ! 本体に攻撃を移すよ!」
ルナは攻撃目標をすぐさま切り替え、敵の頭部に矢を射はじめた。爆発矢が命中したけたたましい音が上方から聞こえてくる。敵は大型レア種だ。個人の攻撃だけで削りきれる耐久力ではない。
さらにまたも敵が右手で払い攻撃を放ってきたこともあり、回避するためにルナも前へと出ざるを得なくなった。多数の光線にさらされ、攻撃する暇がなくなってしまう。
近接攻撃なら障壁を破壊できるかもしれないが、それにはまず近づく必要がある。多少の傷は覚悟して進むしかないか。
そう決意して前へ駆けだそうとした、そのとき。
「アッシュくん、ラピスくん! 僕の後ろにっ!」
レオが叫びながら後方から走ってきた。
どうやらクララの《ヒール》で回復したようだ。
盾で光線を防ぎながら直進してきている。
アッシュはラピスとともに、そばまで駆けてきたレオの背後についた。そのまま柱の近くまで来たのを機に散開。各自1本ずつ柱を上下に両断し、破壊する。障壁の抵抗はわずかに感じたが、やはり近接攻撃なら難なく破壊できるようだ。
わずかでも光線が放たれる本数が減ったことにより、ルナも攻撃する隙ができたらしい。再び敵の頭部に爆発矢が次々と命中しはじめる。さらにクララもレオの回復が終わったことで攻撃に参加していた。その豊富な魔力量を活かした大量の《フレイムバースト》が敵に激突していく。
その間にも前衛組で柱を破壊し、敵正面の床から生えていたものをほとんど処理しおえた。あとは側面や裏側だけだが、あれらは敵本体が邪魔をしてあまりこちらに撃ってこられない状態だ。わざわざ破壊しにいく必要はない。
「いまのうちに一気に削るぞ!」
ようやく敵の胴体に攻撃を加えられる。
アッシュは敵に肉迫と同時に、すでにいつでも発動できる状態となっていた《ソードオブブレイブ》を繰りだした。
あらゆるものを斬り裂く必殺の剣とあって、柄近くまで到達してもまるで抵抗を感じることなく振り抜けた。ただ満足感にひたることなくすぐさま切り替えし、連撃へと移る。
ラピスとレオも本体への攻撃に移り、総攻撃といった状況になっている。敵が鬱陶しそうに巨大な手で攻撃をしかけてくるが、初見でなければ問題なく対応できる攻撃だ。それに先ほどの光線の嵐がなくなったいま、それほど脅威は感じない。
「順調に削れてるねっ」
「けど、敵は10等級の大型だ! このまま終わるはずがない! 油断はするなよ!」
そうクララに注意を促したときだった。
根元だけとなった壊れた柱とともに、正常な柱が床の中に引っ込んだ。まるで連動するようにバゾッドがビービーと不快音が鳴らしはじめる。
「コウタイシロ! クルゾクルゾ!」
バゾッドは先ほども見事に敵の攻撃を察知してみせた。今回も当たっている可能性は高い。全員が警告に従って全力で後退をはじめる。
肩越しに振り返ってみると、敵が頭部を下げ、床に顎をつけていた。ぱかっと開けた口から紫色のどろどろした液体を大量に吐きだしはじめる。
「見るからにやばそうな液体だなっ!」
「アンフィスバエナの毒液に似てるわっ」
「アレハ、《アルカヘスト》。フレルモノ、スベテヲ、ノミコム、ヨウカイエキダ! ドクトハ、ワケガ、チガウ!」
クララが即座に10枚の《ストーンウォール》を背後に生成し、壁を作る。だが、《アルカヘスト》に触れた瞬間、なめらかに崩れていった。
「うそぉ……一瞬で溶けちゃった」
「ムダダ。ソンナモノデハ、フセゲナイ」
「えぇ、じゃあどうするのっ」
あれほど速く溶かされれば、アンフィスバエナの毒液をやり過ごしたように足場にすることはできないだろう。
壁付近まで到達できればそこから《ストーンウォール》を生やし、足場にすることでやり過ごせるかもしれない。だが、壁はまだまだ遠い。どう頑張っても誰ひとりとして間に合わない。
対応策を考えている間にも《アルカヘスト》の脅威はすぐ後ろまで迫ってきていた。このままでは呑み込まれる。
「ソノタメニ、ボクガ、キタ」
そう発したのはヒュージだった。
彼は一気に加速して反転し、《アルカヘスト》に体の正面を向けると、足を胴体に収納。その場に体を固定した。
「ミンナ、ボクノ、ウシロニ!」





