◆第十三話『セイサンコウジョウ』
正面の門に到達するなり、バゾッドが門の脇に向かった。
壁に設けられた小さな矩形の戸を開け、そこに自身の丸い手を突っ込む。
「イマカラ、ゲートヲ、アケル」
バゾッドの目が明滅しはじめた。
呼応するようにピーピーと小気味いい音も鳴っている。
なにをしているのかさっぱりわからないが、おそらくバゾッドに頼るのが正攻法なのだろう。そう思った矢先、ビービーと不快音を鳴りはじめた。バゾッドが慌てて手を引っこ抜く。
「ダメダ。アクセス、デキナイ」
落ち込んだような声を発するバゾッドに、ヒュージが慰めるように寄りそう。
「トウゼンダ、ボクタチ、オイダサレタンダ」
「ソレモソウカ。ハッハッハ」
またもや始まった2体の〝ココロある会話〟に、冷たい目を向けるラピス。2体のオートマトンも視線を感じとることができたようで、びくりと怯えていた。
「よくわからないけど、開けられないってことでいいのかな?」
ルナが困惑しながら質問すると、バゾッドが「コウテイダ」と答えた。
アッシュは話を聞きながら、門に剣の刃を軽く当ててみる。やはり硬いようだが、傷は残っていた。傷すらつかなかった城壁の門とは違う。
「だったら壊すしかないな。これは攻撃通じるっぽいぞ」
「じゃあ、あたしに任せて!」
クララが右手を突きだし、《フレイムバースト》を大量に生成しはじめる。視界が一気に赤く染まる中、彼女を除いた全員が門から遠ざかった。それを機にすべての《フレイムバースト》が放たれ、門に激突。豪快な音を鳴らして見事に吹き飛ばしてみせた。
「今度はいけたっ!」
クララが歓喜の声をあげる中、背後からとてつもない轟音が聞こえてきた。さらに地面が大きく揺れる。振り返ると、超巨大オートマトンに組み伏されたボニーの姿が映った。
さらに奥の曲がり角から、敵のオートマトンが次々に飛びでてきていた。どうやら目標はこちらのようだ。ボニーを無視して一直線に向かってくる。
「悠長にしてる暇はなさそうねっ」
「みたいだなっ」
「イソゲ、イソゲ!」
先導するバゾッドとヒュージに続いて、アッシュは仲間とともに門をくぐる。
待っていたのは、外と同じく無機質な建材で造られた箱型の空間だ。自然を感じさせるものはいっさい見当たらず、どこか冷たい空気を感じる。辺りを照らす灯に松明のような黄色味が混じっておらず、純粋な白であることもそれを手伝っていた。
「次の道はどこに……?」
レオが戸惑い気味に声をもらした。
たしかに扉らしきものがどこにも見当たらない。
またどこかの壁を破壊して進むのだろうか。
「ココノ、テスリノ、ウチガワニ、ハイッテ。ハヤク!」
空間の奥側に鉄の手すりで囲われた床の上で、ヒュージが飛び跳ねていた。よくわからないが、促されるがまま全員でその場に向かった。
「で、ここからどうすればいいんだ?」
「ユカガ、ウゴイテ、シタニ、イケル」
「っても動く気配がないぞ」
「イマカラ、バゾッドガ、ウゴカス」
ヒュージが話している最中に、バゾッドが隅に向かっていた。手すりの内側に隣接する形で腰高の台が置かれていた。そこに設けられた戸を開け、またもその丸い手を突っ込んでいる。
「さっき門を開けるの失敗してたけど、大丈夫なの?」
「モンダイナイ。ココハ、ウゴカセル、ミタイダ」
ただ、いますぐにというわけではないらしい。
ピロピロと小気味良い音を鳴らすだけで一向に床は動きださない。
「早くしないとなだれこんでくるかも!」
門の外から追ってくる敵のオートマトンたちを迎撃せんと、ルナが矢を幾本も放っていた。そばではクララも迎撃に当たっている。
2人のおかげで先頭を走る個体を転がして進行を阻むことには成功しているが、その場限りだ。追い越す形で次々に後続のオートマトンが現れていた。
「バゾッド、まだか!?」
「マタセタ。イマカラ、ウゴク」
がくん、と視界が揺れた。
クララが「うわぁ」と声をあげて転びかけたのでとっさに後ろから抱き止める。その間にも話に聞いていたとおり床が動きだしていた。ゆるやかに暗い空間へと沈んでいく。
やがて、先ほどまでいた箇所を塞ぐように上部が閉められた。が、3体のオートマトンが間に合ったようで勢いよく落下してくる。ただ、いまさら3体程度、脅威ではなかった。クララとルナによって損傷させ、落下したところを狙って前衛組で難なく処理した。
「ほんとに床が動いてる……!」
「うん。驚いたよ。こんなものがあるなんて」
落ちついたところでクララとルナが感嘆の声をもらしていた。ラピスも言葉こそ出さないが、目を瞬かせている。
レオが手すりを持ちながら興味深そうに言う。
「昇降機みたいだね」
「ただ、ここまでなめらかに動くのは見たことないけどな」
石切り場で幾度か見かけたことはあるが、どれもガタガタと揺れて安定していないものばかりだった。対していま乗っているものは気持ち悪いぐらいに振動がない。おそらく技術力が段違いに高いのだろう。
降りはじめてから周りが壁に囲われた状況が続いていたが、ついにその光景に変化が訪れた。
「……冗談きついな、こりゃ」
新たに現れた光景があまりにも衝撃的で、アッシュは思わず乾いた笑みを浮かべてしまった。仲間たちにいたっては絶句している。
そこはまさに地下の世界といった様相だった。
遥か遠くを見渡しても、終わりとなる壁が見当たらないほど恐ろしく広い空間だ。足場となる箇所には、見たこともない構造物がたくさん置かれていた。ただ、一目でオートマトンを製造するものだとわかった。
造られた胴体に四肢が接続され、最後に頭部をガンッと音をたててはめこまれる。仕上がったオートマトンたちは両肩を吊るされ、2本の筒が巡った箇所の下をなぞるように運ばれていく。完全な流れ作業だ。おそろしいほどに乱れがない。
「ワレワレ、オートマトンノ、セイサンコウジョウダ」
「コウシテ、ボクタチハ、ツクラレテイル」
このゼロ・マキーナのオートマトンたちが塔の外に解き放たれたなら、間違いなく人間の世界は滅ぶだろう。そう確信できるほどの数だ。
驚いている間に〝セイサンコウジョウ〟をとおり過ぎ、またも壁で囲われた光景が訪れた。バゾッドがこちらに向きなおり、改まった様子で声を発する。
「ソロソロダ。ジュンビハ、イイカ?」
その問いに、アッシュは仲間とともに頷いて応じる。
ここまで未知の光景に驚かされるばかりだった。これ以上、動揺するわけにはいかない。アッシュはそう決意しながら、剣の柄をぐっと握る。
間もなくして壁だけの光景が終わった。
今度の空間は半球状だった。〝セイサンコウジョウ〟と違って壁はあるが、とてつもなく広い。ただ、空間の大半を埋め尽くすある存在のせいで、正確な大きさはわからなかった。
巨大な人型のナニカが中央に居座っていた。ただ、人型といっても胸部から上が床から生えた形で下半身はない。また肉はなく、人間の骨にそのままオートマトンたちと同様の硬質な皮を被せたような外見だ。
背と腕には、あちこちの壁からうねりながら伸びた太い筒状のようなものが幾つも繋がっていた。それらはまるで胎動するように不気味に動いている。
一見して生き物とは思えない。
ただ、オートマトンとは違ってたしかな存在感を持っている。
大型レア種だとは聞いていたが……。
ほかのレア種とあまりにも規模が違いすぎる。
妖精王と女王が呼びだした花の戦士や、リッチキング。ベルグリシよりひと回りもふた回りも大きい。
アッシュはごくりと喉を鳴らしたのち、口を開く。
「バゾッド……確認だ。あれで間違いないか?」
「コウテイダ。アレガ、ゼロ・マキーナダ」





