◆第十一話『ココロあるモノたち』
荒地に轟音が絶え間なく響きはじめる。
城壁から向けられた大砲の数はおよそ50門。
各自で散らばって回避行動をとれば、それだけ広範囲に及ぶ。高い連携が必要となるが、まとまって動くほかなった。
「このままレオに合わせて走り続けろ! 際どい砲弾は迎撃する方向で頼む!」
レオに合わせるのは、もっとも移動速度が遅いからだ。
予測して放たれた砲弾を中心に迎撃しつつ、荒地の上を駆けつづける。足をとられるほどではないが、あちこちに散乱したがらくたが厄介だ。実際、クララが《テレポート》を使わずに走っているときは、何度か転びそうになっていた。
「もう少し近ければ大砲に届くんだけど……!」
「ただ、近づくといま以上に余裕がなくなるねッ」
城壁に近づけば、それだけ大砲が撃たれてから着弾までの時間も短くなる。より危険が増すが、このまま駆けつづけていても無駄に体力を消耗するだけだ。
「とはいえ、このままじゃジリ貧だ! レオ、合間を狙って少しずつ距離を詰めてくれ!」
そう指示を出した直後のことだった。
なおも大砲の雨が降り注ぐ中、要塞の正面に設けられた巨大な門が中央から左右にずれる形で開けられた。オートマトンが要塞の中から綺麗な隊列を組んだ状態で続々と出てくる。まるで途切れる気配がない。
少なとも500体は超えただろう頃。
外に出たオートマトンたちが一斉に前進を始めた。
「うそぉ……数、おかしくない?」
「……さすが中で生産されてるだけあるね」
敵の圧倒的な物量を前に愕然とするクララとルナ。
なによりおそろしいのは、なおも門から追加のオートマトンたちが続々と投入されていることだ。
先頭を走るレオが肩越しに切羽詰まった顔を向けてくる。
「アッシュくん、どうする!? あれじゃ近づいたら一気に呑み込まれるよ!」
「っても、このままでも呑み込まれる!」
敵は車輪型の足を回転させ、どんどん距離を詰めてくる。
的確な対応策を考えるにしても、まずは時間が欲しい。
「クララ、《メテオストライク》でひとまず敵の第一陣を迎撃頼む!」
「りょーかいっ! 3発、行くよっ!」
《メテオストライク》はその威力もあって、かなりの魔力を消費する。だが、10等級リング――というより属性石9個目の〝消費魔力を軽減する〟特殊効果により、問題なく放てるラインだった。
上空に現れた3つの魔法陣から、ずずずと巨岩が現れはじめる。やがてそのすべてがさらけだされる、直前。城壁の大砲から一斉に放たれた砲弾により、3つの《メテオストライク》が見事に粉砕されてしまった。
細かい破片が降り注ぐが、それで倒れたオートマトンは20体程度。敵の数に鑑みれば、本当にわずかなものだった。
「そんなぁ……っ!」
絶望の声をもらすクララ。
いよいよもって敵の大軍と衝突することになりそうだ。
とはいえ、まともにぶつかれば間違いなく押し潰されるのは必至。アッシュはすぐさま意識を切り替え、敵陣をかき乱さんと真っ先に突っ込もうとする。
直前、城壁の大砲が爆発しはじめた。
なにもひとりでに爆発したわけではない。
どこからともなく飛んできた砲弾が、城壁の大砲に当てられたのだ。
「ドウヤラ、マニアッタヨウダ」
バゾッドが半ば安堵したような声をもらした。
ほぼ同時、ラピスが「見て、あそこっ!」と空を指差す。
その先を辿れば、4隻の巨大な船が浮いていた。
先日、痛い目を見たこともあって忘れるはずがない。
バゾッドの協力者のひとり。
「ドナーズかっ!」
「オクレテスマナイ! ドナーズグン、タダイマ、トウチャクダ!」
先頭を翔ける飛空船からドナーズが顔を出していた。
城壁のオートマトンたちが大砲の照準を急いでむけようとする中、そうはさせまいとドナーズ軍が空から大砲を浴びせつづける。荒地に解き放たれた敵のオートマトンたちにも砲弾の雨を降らせ、大幅に数を減らしていた。
「ソウイン、コウカ、カイシ! カレラヲ、エンゴセヨ!」
飛空船の側面に設けられた無数のハッチが開き、そこから次々にドナーズ軍のオートマトンが球形状で飛び降りだした。
地面を軽く抉る格好で着陸したドナーズ軍の個体は、頭部と手足を伸ばして人型に変形。あちこちで敵に襲いかかっていく。
瞬く間に両軍入り乱れての混戦状態となった。オートマトン特有の拳を飛ばす攻撃や、ミサイル。さらには自爆、とけたたましい戦闘音が響く。
荒地で繰り広げられる凄惨な光景を前に、クララが顔をこわばらせる。
「な、なんか一気にすごいことになったね」
「まさに戦争だ、なッ……!」
アッシュは飛んできた拳を両断する。
ほかにも何体かのオートマトンが突出して襲ってきたが、ドナーズ軍のおかげで散発的で脅威にはなっていない。
ふいに要塞の遥か奥のほうから巨大な物体が空に上がった。あれは飛空船だろうか。ドナーズ軍のものより小型で流線的な形状だ。船首も鋭利でどこか刃物のような鋭さがある。
と、その船首から発射した赤い光線がドナーズ軍の飛空船1隻に命中し、墜落させてしまった。ドナーズ軍が大砲で反撃を開始するが、敵の船は素早いうえに小回りが利くようでなかなか当てられないようだった。
「相手は1隻だけど、厳しそうね」
空を見上げながら、ラピスが険しい顔で言う。
実際にかなり難しい相手のようだった。またも敵の船首から光線が発射され、まともに食らった2隻目が煙を上げて墜落していく。
「ココハ、ワレワレニ、マカセロ! オマエタチハ、サキニイケ!」
「ドナーズ、アリガトウ! キミノコトハ、ワスレナイ!」
「ワタシハ、マダ、シンデイナイ!」
空と陸でやり取りをするドナーズとバゾッド。
話し方こそ特徴的だが、会話の内容は人間とそう変わらない。
「ってことだ。ここはあいつらに任せて要塞内に向かうぞ!」
クララに援護の指示を出すことも考えたが、それで倒しきれず標的がこちらに向いたら厄介だ。ここはドナーズに任せて進むしかない。
併走するバゾッドとともに荒地を直進する。
ドナーズ軍と敵があちこちで激しい攻防を繰り広げる中とあって、気を抜けば不意の攻撃にさらされる状態だ。レオを先頭に被害を最小限に抑えながら要塞の門を目指していく。
「門を閉められた!」
レオの叫び声が戦場に響く。
視界の中、要塞内へと通じる門が完全に閉じられた。
「クララ、破壊するよ!」
「うんっ!」
ルナが爆発矢、クララが《フレイムバースト》を放ちはじめる。それらが門に命中するたび、とてつもなく重い音が鳴り、爆風が辺りへと広がっていく。
10等級の武器から放たれた攻撃だ。
いまや並の魔物なら容易に屠れる程度の威力はあるはずだが――。
「うそぉっ!?」
「全然効いてないみたいだ……!」
黒煙が晴れたとき、まったく傷のついていない門があらわになった。
「ラピスッ!」
「ええっ」
アッシュはラピスとともにレオを追い越した。そのまま道を阻むオートマトンを排除し、門に接近。勢いのまま2人で攻撃を繰りだす。が、揃って弾かれてしまった。
まるで徹る気がしない。
遅れて辿りついたレオも盾で突進をかますが、やはり門はびくともしない。
「たぶん攻撃無効化だ! なにかほかの方法で――」
城壁を突破するぞ。
そう叫ぼうとしたとき。
背後から地鳴りのような音が聞こえてきた。





